第115話 番外編:オーディション

 人気アイドルグループ『TKT44』第16期オーディションに応募し、一次選考を通過していた妹のアキ。


 6200人以上の応募の中から420人しか選ばれないそれに通っただけで、大したものだと思っていた。

 ところが……まさか、わずか50人という二次審査の狭き門を、彼女が通過してしまうとはっ!


 面接を伴ったこの試験に合格したアキ、当然大はしゃぎ……かと思いきや、まだ最終審査は三週間も先だというのに、興奮と緊張で眠れないのだという。


 無理もない。最終審査発表は、公開生放送なのだ。


 最終審査では、歌唱力とダンスのテストがあるという。

 歌唱力は、まあ普通よりはうまい方だと思う。

 ダンスに関しては最近始めたばっかりの素人だ。

 ただ、母によれば、アキは運動神経は悪い方ではないから、上達は早いらしい。


 身長は145センチと小柄ながら、女子バスケットボール部に所属している。

 これは、本人が『バスケットをすれば背が伸びる』と思い込んでいたから。

 いや、普通は背が高いからバスケットを選ぶのだと思うのだが……。


 小学校の頃から、背の低い順で並べば前から一番目か二番目だったアキ。

 頑張り屋の彼女、最初は背を伸ばすため、そのうちにバスケット自体が面白くなり、ついにはその低身長でレギュラーの座を獲得していた。


 TKT44のオーディションを受けたのは、最初は気まぐれだったかもしれない。

 しかし今は、学業、部活をこなしながら、家でもダンスや発声練習まで行っている。

 俺も、そんなアキを応援している。


 もちろん、妹だからっていうが最大の理由だけど、俺は自分のせいで、彼女の心に深い傷を負わせてしまっていて、それをずっと気にしていた。


 時空間移動の事故による、思わぬ江戸時代への強制転送。

 さらに、俺はアキの行方を知る手段を持たず、彼女は20日以上も過去の世界で過ごすハメになったのだ。


 その不安と恐怖は計り知れず……絶望に耐えかね、一時、現代の記憶を無くしてしまっていた。


 無事現代に連れ戻してからも、表面上は明るいが、やはりそれだけの期間行方不明になっていたのだから、周囲から変に気を使われたり、あらぬ偏見を持たれたりもしただろう。


 それに対し、アキは気丈であり続けた。

 自分は何も悪いことはしていないし、むしろ貴重な体験をしたんだ、と。


 その空白期間の存在が、オーディションに悪影響を与えていないようなのは幸いだった。

 警察も事件性はないとしていたし、学校も特に問題はなかったと発表している。


 これを理由にオーディションを落とされると最悪だったが、二次まで通ったということは、つまり問題ないということなのだろう。


 生中継される中、50人の女の子のうち、合格するのは10~20人ぐらいだという。

 この話を前田邸の女の子達に話すと、


「凄いけど、大勢の人の前で選ばれるの、すごくどきどきするのに、大丈夫かな……」

 という具合に心配していた。

 これはユキの言葉だが、他の女の子達も同様の意見。


 なぜそんなことが分かるのかと聞いてみると、

「私達全員、セリにかけられたとき、拓也さんに選んでもらったじゃないですか。みんな本当に心細いし、怖くて……それで拓也さんが買い取ってくださったとき、まさに地獄から天国に引き上げられた気分だったんですよ」

 と凜さんが、笑いながら話してくれた。


 そうか、そういやあ、あれも川原で大勢の人が遠巻きに見る中、一種の公開スカウトを開いていたんだったな……。

 あのときは自分自身もテンパっていて、彼女たちの気持ちを考える余裕なんてなかったけど、そっか、みんな怖かったんだ……。


 アキの場合、今回落ちたとしてもそこまで深刻ではないかもしれない。

 またもう一度、受け直すことが出来るだろう。


 しかし、その時にまた最終審査まで来られるとは限らないのだ。

 そして合格すれば、その瞬間からアキのアイドルとしての人生が始まる。


 妹のアキが……アイドル?

 想像して、ちょっと笑ってしまった。


 しかし、それは俺が兄で、彼女をものすごく身近に感じているからだ。

 アキは特に最近、結構男子から告白されると言うし……実際、かわいいのかもしれない。


 今、彼女は夢に向かって、必死に努力し、足掻いている。

 俺に何か出来るかと問われると、今回ばかりは時空間移動能力も役に立たず、応援することしかできない。


 夢に向かって懸命に努力するその姿。

 今、まさにアキは、青春の真ん中にいる。

 そしてさらに、栄光への道が果てしなく続いているのかもしれない――。


 公開オーディションの生中継まで、あと三週間ちょっと。

 がんばれ、アキ!

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