第114話 武芸者
『前田女子寮』が開設されてから一ヶ月。
この日、その建物の隣に新しく剣術道場が開かれた。
その名称は、『秋華雷光流剣術道場 井原支部』。
剣の達人、井原源ノ助さんが、念願の道場を設立したのだ。
話は一ヶ月前に遡る。
『前田女子寮』は元々、旅籠だった建物を借り受けて女の子達を住まわせたのが始まりだった。
基本的に男子禁制、俺でも彼女たちの許可がなければ立ち入りできない。
一応町中なので、山の上の一軒家である『前田邸』よりは安心かもしれないが、それでも住んでいるのが女子だけというのは不安が残る。
どうしようかと前田邸や前田屋号店の店員さんたちと相談したところ、用心棒で剣の達人、源ノ助さんが
「ならば、使われていない離れの間を、剣術道場にするのはいかがか」
と提案してきたのだ。
女子寮のすぐ隣が剣術道場とあれば、まあ、泥棒なんか怖くて近寄れないだろう。
逆に剣術道場にガラの悪い連中が集まらないか、と不安だったが、
「
と、源ノ助さん自身がえらく乗り気だったのだ。
元々源ノ助さんは、阿東藩にてお殿様直属のかなり身分の高いお侍だった。
現役引退した今も、『秋華雷光流免許皆伝』の腕は衰えず、いつか自分の道場を持ちたいと思いながら、なかなかその機会がなかったのだという。
今回、旧『三国屋』を借り受けるにあたり、別契約となるはずだった離れの間を、源ノ助さんはなんと私財で買い取ったのだ。
そして一ヶ月かけて改装を施し、遂に今日の開設を迎えたのだった。
『秋華雷光流』は一刀流の実践剣術で、阿東藩の城内で藩士達に正式に教えられている。
今回、支部ということで、対象となるのはまだ城に上がれない少年や、成人していたとしても正式に藩士として認められていない、下級武士の三男坊など。
彼等に指導を施すのは、もちろん源ノ助さん。
ちなみに、前田女子寮で誰かが非常ベルのボタンを押すと、この道場まで響くように工夫されている。
しかし、これだけだと実は防犯体制としては不十分。
なぜなら、源ノ助さんは夜になると、前田邸の用心棒としてここにはいなくなってしまうからだ。
そこで、この道場に夜間も住み込みで駐在してくれる用心棒を募ることにした。
三食付きで、給金までもらえる待遇とあって、浪人を中心に二十人以上もの応募があって、その一人一人が源ノ助さんと一対一で試合をすることになった。
ちなみに、ここで活躍したのが、俺が現代から持ち込んだ剣道の道具。
防具でしっかりガードされており、刀も竹刀なので思いっきり打ち込むことができる。
これには源ノ助さんは相当感心し、喜んでもいた。
そして源ノ助さんの強いこと。
『雷光流』は、まさに雷の如き一撃を放つ。
一瞬で間合いを詰め、面に、胴に、強烈な剣をたたき込む。
ある者はうずくまり、またある者は吹き飛んだ。
二十人の申込者全員が、ものの一分も持たずに降参する有様だった。
そんな時現れた、一人の大柄な武士。
『
歳は三十手前ぐらい。
落ち着いたその物腰から、これまでの浪人とは別格であることが、素人の俺でも見て取れた。
この試合を見ていたのは、俺と、午後で店がヒマになったからと、見学に来ていたナツ。
それと、たまたま(今考えればたまたまではないのだが)通りかかったという『忍』の三郎さん。
あと、すでに入門が決まっていた、十三~十五歳の少年剣士三人だ。
緊迫した空気の中、先に動いたのは源ノ助さん。
彼の雷の如き面の一撃が決まったかと思った瞬間、仕掛けた源ノ助さんの方が吹き飛んだ。
どっと尻餅をつく源ノ助さん。
対峙する武清さんも、よろけて二、三歩後退したものの、立っている。
「……見事な一撃だ……実践であったなら、お互い怪我だけでは済まなかったか……」
武清さんが称賛する。
「……歳は取りたくたいものですなあ……このように無様に破れるとは……」
源ノ助さん、相当ショックを受けているようだ。
ちなみに、俺は一体何が起きたのか分からなかった。
「先生……今日は浪人達の相手でお疲れでしょう。私が変わりにお相手させていただきとうございます」
そう名乗り出たのは、三郎さんだった。
「それに先生、このお方は当代随一の剣豪、『
「なっ……それでは、貴殿があの……」
源ノ助さんが驚きの声を上げる。
俺はまったく話について行けないが、まあ、凄い人なんだろう。
そして三郎さんが防具を身につけ、試合が始まった。
――それはまさしく、映画のアクションシーンのようだった。
源ノ助さんの剣術が『静から動』への瞬間的な切り替えなのに対して、三郎さんの剣は常に超高速。
前後、左右、上下の三次元的な身体移動、時に柔らかく、時に強烈な剣を連続でたたみかける。
それを武清さんは全てすんでの所で見切り、逆に豪快な一撃を見舞おうとする。
のけぞってそれを
さらにそれを剣でガードし、はじき、さらなる一撃を繰り出す武清さん。
戦いの次元が、さっきまでの浪人とはまるで異なっていた。
そして一瞬、大きく間合いをとり、両者大声を上げたその直後、二人の姿が消え、次に現れた時には互いの位置が入れ替わり、そして背中合わせに、それぞれ片膝を着いた。
「……ぬう、なんという二人だ……打ちも打ったり、躱すも躱したり……」
源ノ助さんが、冷や汗をかきながら呻く。
……なんかよくわかんないけど、互いにものすごい技を繰り出したらしい。
隣で見ていた武士の娘、ナツに
(今の、見えたか?)
と聞いてみたが、困惑の表情のまま、首を左右に振った。
ふう、俺だけ見えなかったわけじゃないらしい。
「ふふっ……世の中、広いのう……このような剣術使いがおったとは……おぬし、仙人か? 前田拓也殿か?」
武清さんがつぶやくように問う。
「いや……俺はただの雇われ者だ。前田拓也殿は、あの方だ……」
と、三郎さんは俺を指差した……ひいっ、や、やめてくれっ!
「なんと、あのような者が……」
がっかりしたようなセリフ……なんか、それはそれで悲しい。
「いや……あの方は、確かに剣士ではない。しかし、あの方のもとにはいろいろな才覚を持った者が集まる。大商人や、身分の高いお侍、名のある神主や宮司……阿東藩主様でさえ一目置く仙人。それが前田拓也殿だ。そして腕に覚えのある者もまた同じ。俺も、井原先生も……貴方もそうなのではないですか?」
「……確かに、俺も仙人の噂を聞いてここに辿り着いた。そしてこのような、胸躍る戦いを演じる事ができた。偶然などではない……」
「そう。あの方の側にいれば、もっと面白い巡り合わせに出会えるかもしれませんよ……」
三郎さんは、トレードマークの不敵な笑みを浮かべた。
「なるほど、な……ならば、腹は決まった。前田拓也殿、是非とも、ここに住み込ませて頂きたい。俺が用心棒では、不足かもしれませぬが……」
驚いたことに、武清さんは俺に向かって頭を下げてきた。
いや、とんでもない。剣の腕は十分すぎる。
ただ、得体の知れない怖さはあるけど……源ノ助さんが、
「伊東武清殿は、純粋に剣の修行に励み、己に厳しい立派な武芸者だとのお噂です。用心棒としてこれ以上の逸材はありませぬぞ」
と興奮した様子で勧めてくるので、即決してしまった。
しかし、その後の雑談で彼が言った一言が、ちょっと気になった。
「いつか、本気で仙術を使う前田拓也殿と、試合してみたいものですな」
……いや、あんたも三郎さんも、人間じゃないから……。
こうして、また新たなる
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