第104話 狙われた『ラプター』

 恐る恐る、奥の部屋を覗いてみた。


 するとハルの言うとおり、巫女の服を着た小さな女の子が、眠そうな顔でちょこんと座っていた。

 十歳ぐらい、おかっぱ頭で可愛らしい、見たことのある少女。


「……瑠璃! やっぱり瑠璃だっ!」

「……仙人様ーっ! やっぱり仙人様ですぅー!」

 お互いの顔を確認して、同じように声を出してしまった。


 俺と優は、動揺する前田邸の他の少女たちに「心配ないから」と伝え、とりあえずこの部屋には瑠璃を含めた三人だけにするようにお願いした。


 彼女たちは、

「不思議なことが起こるのは毎度のことだから」

 と、素直に聞き入れてくれた。


 そして改めて瑠璃から話を聞くと、以下のような概要を話した。


 その日、夕暮れが近づいた頃、先に公務が終わった瑠璃は、一人で自分達の部屋に戻ったという。

 すると、建物の裏手の方から

『瑠璃様、助けてっ!』

 という声が聞こえてきた。


 驚いて庭に出て見渡すと、大きな木の枝に子猫が乗っていた。


『瑠璃様、私は神様の使いで、あなたがたを見守っていたのですが、うっかりこんなところに登ってしまい、降りられなくなってしまいました。どうかお助けください!』

 と頼まれたという。


 元々農民の娘で、よく遊びで木登りとかもしていたし、その木は枝が多く登りやすかったので、その『ものを言う子猫』を助けようとしたらしい。


 ところが、その子猫の乗っていた枝の先端に手を伸ばして首のうしろをつまんだとき、またがっていた枝が根本から折れ、猫と一緒に落ちてしまった。


 次の瞬間、一瞬目の前が明るくなって、周りが草で覆われた場所に出て、もう一度目の前が明るくなって、気がついたらこの部屋にいたという。


「それで、どうしていいか分からなかったので、こうしてずっと誰かが来てくれるのを待っていましたぁー」


「……『落下による強制時空間移動』だ……」

 ぼそりと、俺はつぶやいた。


「……ということは、思いがけない理由で正常に働いたんですね……彼女の『らぷたー』」

「ああ……そういう事になる……」


 そこまで話したとき、彼女が抱いていた子猫が目を覚ましたようで、みゃーみゃー鳴きだした。

 確かに可愛らしく、優も笑顔になる。瑠璃が多少危険だと思っても、思わず助け出したくなるのも分からないではなかったが……。


「でもそうすると、瑠璃ちゃんがいなくなって、今頃『水龍神社』は大騒ぎになっているんじゃないですか?」

「うん、そうかもしれないな……瑠璃、君が木から落ちるとこ、誰かに見られていたか?」


「うーんと……あ、そういえば、綺麗なおねえさんが、私の事を受け止めようとしてくれていましたぁー!」

「綺麗なおねえさん? 常磐じゃなくて?」


「はい、巫女の服は着ていなかったので、参拝者の方だと思いますぅー。普段、私たちの住む場所まではあんまり入ってこないんですけどー」

「参拝者……他には、誰かいたの?」

「うーんと……その人だけでしたぁー」


 俺と優は、首をかしげながらお互いの顔を見つめた。


「常磐と瑠璃の部屋は、あの神社でもかなり奥の方だ……巫女も居ないその時間帯に、一般の人が入り込むものかな……」

「……どちらにしても、みんな心配しているでしょうから、瑠璃ちゃんを早く帰してあげなきゃ……私の『らぷたー』で送っていきます」


「ああ……いや、待った!」

 何か、大きな不安を覚えた俺は、彼女を制した。


「行くなら、俺も一緒に行く。万が一、君が瑠璃をさらったなんてあらぬ疑いをかけられたら面倒だ。ただ、俺はさっき現代から移動してきたばっかりだから、もう一往復するにはちょっと間を置かなければいけない」


 現代からこの時代に来た場合、もう一度現代に戻るのはすぐに可能だが、そこからさらにこの時代に来るとなると、三時間待つ必要がある。

 それに、タイムトラベルを挟まないと、同じ時代で単なる『空間移動』をすることはできないのだ。


「でも、そんな……疑われたりしないと思いますけど……」

「いや……なんか嫌な予感がするというか……怖いんだ」

「怖い? 何がですか?」

「『猫がしゃべった』からだよ」

 その一言に、優はきょとんとした表情を浮かべた。


「瑠璃……今、みゃーみゃー鳴いているその猫、なんて言っているか分かるか?」

「……いいえ、わからないですぅー」

「じゃあ、今までに動物がしゃべるのを聞いたことは?」

「……いいえ、一度もなかったですぅー」


「……今回、たまたま子猫が『自分は神の使い』としゃべったように聞こえて、それを助けようとしたら時空間移動、つまり『神隠し』にあった……そんな偶然あるだろうか」

「……じゃあ、誰かが仕組んだっていうことですか?」

 優が怪訝そうな表情になる。


「……いや、あり得る……一般の女性が瑠璃を受け止めようとしていたっていうのも、偶然にしては話ができすぎている」


「……まさか、わざと瑠璃ちゃんが落ちるように細工したってことですか? でも、そうなると『落下でらぷたーが働く』ことを知っている人っていうことになりますよ」


「ああ……しかしそれだと、俺達の他には常磐か宮司様だけってことになる。けど、その女性は常磐じゃなかったって言っている」

「じゃあ……ひょっとして、私たちの話、誰かに聞かれていた?」


「うーん、そこなんだ……こっそり盗み聞きするっていったって、この時代じゃ『盗聴器』なんて存在しないし……あの密室での俺達の会話を聞けるとしたら、それこそ忍者みたいに屋根裏か床下に……」


 そこまで話して、俺ははっと気づいた。

 それが可能な『忍』を、俺は二人知っていた。

 うち一人は、『綺麗な女性』だ。


「……まさか……お蜜さんが……」

 ぼそりとつぶやいた俺の言葉を優は聞き逃さず……そして意味を理解し、口を両手で覆って驚いた。


「そんな……まさか……」

「……とにかく、もうしばらく経ってから、瑠璃を神社に帰そう……」

 嫌な予感が消えぬまま、俺と優はただ時間が過ぎるのを待つことにした。


 あと、泣きべそをかいていた娘が一人。

『嫁の日』に当たっていた、ハルだ。


「せっかくご主人様と二人っきりで過ごせると思っていたのに……」

 といじけていたので、優が優しく

「今度、私の日が来たら替わってあげるから」

 というと、ぱっと明るい表情になり、指切りをして約束していた。


 なんか……ハルがこれほど楽しみにしていてくれたのか、と思うと、結構嬉しかった。


 しばらくして、ようやく『ラプター』の解除が解け、俺達は一旦現代を経由して、あらかじめ登録していた瑠璃達の部屋の裏へと出現した。


 ちなみに、子猫は俺がリュックの中に入れて連れて行った。

 辺りはもう暗かった。そして想像に反して、静かだった。

 瑠璃を必死に探している、といった様子が感じられなかったのだ。


 彼女たちの部屋がある建物の扉を叩く。

 パタパタといそいで駆け寄ってくる足跡。


「はい、どなたですかっ!」

 少し焦ったような、女性の声。


「前田拓也です」

 と名乗ると、勢いよく扉が開いた。

 そこに居たのは、常磐。


 そして俺のすぐ後にいる優と瑠璃に気づき……彼女は小さな少女に駆け寄り、抱き締め、

「瑠璃……心配したのよ……」

 と、泣き声で語りかけていた。


「……ほら、私の申し上げた通り、心配すること無かったでしょう、宮司様」

「うむ……しかし、事前に話しておいてもらいたかったのう……」

 奥からゆっくりと出てきたのは、この神社の宮司である卜部うらべさんと、そしてお蜜さんだった。


「お蜜さん……やっぱり貴方だったんですね……」

「さすが拓也さん、気づいてらっしゃったのですね」

 ちょっとバツが悪そうな表情を浮かべるお蜜さん。


「どうして、こんなことを……」

 優も、ちょと信じられない、と言った表情。


「上役に言われましたの、『本当にそんな仙術が効くのか分からないのに、報酬を支払うような真似をしたのか。騙されたのではないのか、きちんと確認しろ』と……」


 ……うーん、たしかに優が時空間移動するところは見せたけど、常磐や瑠璃がそうなるところを実証したわけではない。


「だから、少々強引ですけど、本当に落下によって術が発動されるかどうか、確かめたのです……それに、ちゃんと『前田邸』に移動したことも、確認しましたし」


「確認? だって、ここから前田邸までは、どんなに急いだって半日以上かかる……」

 とその時、バサバサと翼を羽ばたかせてオオタカが降りてきて、お蜜さんの左腕に止まった。


「サブから文を貰っていたの。『嵐』ならば、一時いっときもかからず運んでくれるわ」

 ……あらためて、彼女たちが本物の『忍』であることを悟った。


 その後、俺はお蜜さんから、今回の『試験』について、説明を聞いた。

 大体、俺達が予想していた通りで、子猫の声は彼女がそう見せかけてしゃべっていただけだった。


 落下した瑠璃を、万一のために受け止めようとしたのも彼女。

 ただ、どうやって『落下によってラプターが働く』情報を入手したのかに関しては、教えてくれなかった。


「まあ、確かに俺達も確認が不十分だったし、これで瑠璃の時空間移動能力が証明されましたけど……ちょっと危険です。もっと安全な方法だってとれただろうし、俺達には事前に知らせておいて欲しかった」

 と、俺は抗議した。


 すると、お蜜さんは悲しげな表情になり、

「拓也さん……私の口からはあまり多くは申し上げられませんが……まだまだですわね」

 と、小さくつぶやいた。


 途端に、ふっと大きな違和感を覚えた。


 まだまだ……?

 それは、俺が『未熟』ってことか?

 何が、どこが?


 ……いや、待て、何かおかしい……。

 俺が時空間移動出来る事は、お蜜さんも、三郎さんも、おそらくその『上役』も知っている。なにしろ、藩主様にも話しているぐらいだから……。


 なら、なぜ、いまさら何を確認する?

 瑠璃や常磐が時空間移動できることか?

 確かに、彼女たちは仙人でも天女でもない。

 けど、ラプターさえ着ければ、同一条件で最初の一人ならば誰でも時空間移動できるんだから……。


 ……。

 …………。

 ………………。


 ――ぞくん、と、背中に冷たいものが走り、鳥肌かたった。


『ラプターさえ着ければ、同一条件で最初の一人ならば誰でも時空間移動できる』……もし、その事実に気づかれたならば。

『忍』にとって、『自由に時空間移動できる』ラプターは、『究極の忍具』になるのではないか。


 つまり、今回強引な試験を行った理由は、『瑠璃が人身御供として川に投げ込まれても助かるのかどうか』ではなく、『どんな人間でも、ラプターさえ身につければ時空間移動できること』を確認するためではなかったのか――。


 さらにゾクゾクと、寒気が襲った。

まだ常磐は、一度も時空間移動を実践していない。


 つまり今『ラプター』を奪われると、別の誰かか『時空間移動能力者』になってしまうのだ――。


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(補足)

現時点での時空間移動能力獲得の条件:


それぞれの時代から、300年前、600年前、300年後、600年後に一人ずつ移動可能。

ただし、現代より未来へは移動できない。


最初にその時代へ時空間移動を果たした者のみ、繰り返し往復できる。

現代 → 300年前(拓也)、600年前(叔父)。

江戸時代 → 300年後(優)、300年前(未確定)、600年前(瑠璃)。


体重が合わせて「80キロ以内」であれば、能力者でなくとも荷物として一緒に移動は可能。

600年(2サイクル)より前へ移動できるラプターはまだ開発されていない。


なお、この移動の法則を詳細に知っているのは叔父と拓也のみ。

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