第92話 お薬屋さん

 少女たちを囲炉裏部屋に集め、出店計画を発表した翌日。

 俺は早速、彼女たちを旅行に連れて行くための準備を始めた。


 しかし、やはりネックとなるのは『通行手形』。

 特に女性の場合、手続きが面倒で、数日はかかりそうだ。


 お寺や庄屋などを回って前田邸に返ってきたのは、昼過ぎだった。

 すると、奥の一室から俺の名を呼ぶ、凜さんの声がする。

 なんだろう、と思って行ってみると……部屋一面に、薬や健康食品が並べられており、俺は唖然としてしまった。


 全て、俺が運び込んだもの。

 ただ、現代でこれらを準備したのは母で、袋に詰め込まれた状態だったので中身はあまり確認していなかった。

 まさかこれほど多くの種類になっていたとは……。


「もうすぐお薬屋さんが開店できるということだったので、嬉しくって。でも、最初は並べる商品を絞るつもりですので、どれがいいのか、拓也さんにも選んでいただこうと思いまして」


 うーん、最初から何を持ち込むか、決めておくべきだったと思うのだが。

 しかし、確かに現代において、薬の種類は何を買うか悩んでしまうほど多い。

 風邪薬だけで数十種類もあるわけだが……。


「凜さん、ここはやっぱり『あると非常に便利』なものを優先するといいと思う。たとえば、風邪薬は特に必要ないと思う。特効薬ってわけじゃないし」

「たしかに、その通りですね。それなら、この『咳止め』薬はどうでしょう?」


「……うん、咳が続くとつらいからなあ……あと、これ、この薬。H2ブロッカーの『ケスター100』、これが胃痛とか胃潰瘍とかにいいんだ。これも採用」

「いいですわね。あ、それと前にお雪ちゃんが熱を出したときにつかった、この座薬。これも外せませんわ」

「うん、そうだね……あと、『江戸わずらい』、つまり脚気予防にはこの健康食品が……」

 なんか結構楽しい。


 やっぱり新しい店を出す時の商品選定っていうのは、わくわくする。

 それに、この時代の人に、すぐにでも役立ちそうな物ばっかりだし。

 他にも、水虫薬や鎮痛剤なんかも選んだが、そうすると結構な種類になっていた。


「……あと、これ。この商品も、絶対に外せませんわ」

「……凜さん、これって……」

「『こんどーむ』って読むんですよね? 凄いですわね、仙界では、こんなふうに『被せて使う』ものがあるんですものね……あら、拓也さん、どうかしました?」

 俺は唖然としていた。


「い、いや、凜さん……なんでこんな物が、この時代に必要なんだ?」

「えっ……なにをおっしゃっていますの、拓也さん。『望まれない妊娠』は、とても深刻な問題じゃありませんの?」


 俺は凜さんのその言葉を聞いて、はっと気づいた。

 確かに、知っていた……生まれてきた子供を育てるだけの経済的余裕がない家庭が、数多くあったことを。


 別の里親に『貰われていった』子供はまだ幸せな方で、いわゆる『間引き』という不幸な目にあった子も多数存在していたのだ。


「……もし、赤ちゃんが『天からの授かり物』と考えるならば、こういったものを使うことは考える必要があるのかもしれませんが……三百年の後の世で、一般に売られているっていうことは、やはり望まれない妊娠っていうのが、いつの世でもあると言うことの証明ではないでしょうか」


 ……確かに、その通りだった。現代においては避妊は『あたりまえ』の行為だ。


「……もちろん、これが阿東藩の小さなお店で売られる数なんて、たかが知れていますし、そもそも我々の時代の人々が、どれだけ使ってくれるかわかりません。それでも……少しでも、不幸な事を未然に防げるのならば……」


 凜さんは、真剣だった。

 この時代において、避妊は現代より遙かに大切に考えなければならない、重要な問題だったのだ。


「……それで拓也さん、いろいろ種類があるみたいですが……おすすめはどれですか?」


 ……へっ?


「女の私には、使い心地とかよくわかりませんので……拓也さんなら、お勧めの品、分かるんじゃありませんか?」

「い、いや……俺、使ったことないから……」


「……まあっ!」

 凜さんが大げさに驚く……絶対に演技だ。


「……じゃあ、拓也さん、優とはどうなさっていたの?」

「いや、あの……自然のままに、っていうか……」

 しどろもどろになってしまった。


「子供を望んでいるのならそれでよろしいですわ。でも、昨日、私たち全員を嫁にしてくださるっておっしゃっていましたわね? でしたら、計画的になさらないと、赤ちゃんの数が凄いことになりますわよ」

 ……いや、俺、そこまで頑張るつもりは無いけど……。


 けど、本音を言うと、夫婦とはいえ優との間にもまだ子供は早いかなって思うし、他の女の子達とは……うーん、どこまで許されるのかも含めて、凜さんの言うとおり、真剣に考えないといけない。


「……では、こちらなんていかがでしょうか、『ろーしょん』がたっぷりで……」

 と勧められるが、正直よくわからない。


 っていうか、こんなに種類が豊富なんだ……。

 俺の母も、こんなにたくさん、実の息子にこっそり運ばせていたんだな……。


「……これ、いいんじゃないですか?『薄くて丈夫、ぬくもりがすぐに伝わる……』」

 なんか、表現が生々しい。


 凜さん、現代にいるときに勉強して、大抵の文字は読めるようになっているからごまかしが利かない。


「……もう私も拓也さんの嫁。一緒に使ってみて、一番良かった物を置くっていうのがいいのかもしれませんね……」

 そう言って、凜さんが俺にわずかにもたれかかってくる。


 う、やばい……なんだかんだで、また凜さんのペースに持って行かれてしまっている。

 いけない、ここは真剣に出店用の商品選定を進めねば。

 俺は咳払いを一つして、すぐ目の前の商品を手に取ってみた。


「……あらっ! 拓也さん、そういうのお好きなんですねっ?」

「うん? いや、適当に取っただけだから……なっ!」

 その描かれた形状と説明に、目を見開いてしまった。


「このツブツブが、二人の敏感な部分を刺激し……いいですわねっ! 実は私もそれには興味があったんです。早速今夜、私たちで試してみて……いえ、ちょうど誰もいませんから、今すぐにでも……」


「り、凜さん、ごめんっ、今から啓助さんに会う用事があったの、思い出したっ! 商品の選定はお任せするから……じゃ、じゃあ、また後で……」


 俺は顔が熱くなるのを感じながら、一目散に逃げ出してしまったのだった――。

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