第89話 出店計画

「今後はみんなの事、優と同じように『嫁』として接していこうと思う」


 俺の口から出たその言葉に、集まった凜さん、ナツ、ユキ、ハルの四人は手を叩き、歓声を上げた。


「だけど……」

 俺が深刻な顔で言葉を続けると、みんなの笑顔がちょっと不安そうなものに変わった。


「誰かの『嫁』になるっていうのは、本来すごく大変で、勇気がいることなんだ……例えば優だって、正式な嫁になったのは、行方不明になったアキを探すためにどうしても必要な事だったからだ」

 隣に座る優が、真剣な表情で頷いた。


「よく考えて欲しい……嫁になるって事は、一生、俺と一緒に生活するっていうことなんだ。例えば、他に好きな人ができたとしても、その人と結婚することはできない。あと、俺が稼げなくなったとしたら、君たちの生活はとても苦しいものになる」


「……それは覚悟の上ですわ。誰の嫁になるとしても同じはずです」

 これは凜さんの言葉だ。さすがに年長だけあって、しっかりしている。


「……いや、問題は『俺の嫁』っていう部分なんだ。知っての通り、俺は本来この世界の住人じゃない。この前、厄介ごとを持ち込んで君たちに怖い思いをさせてしまった。それどころか一時的に阿東藩から追い出すような結果にまでなってしまったけど、そんなことが、今後も起こり得るんだ」


 なんだか話が深刻な物になったので、せっかく盛り上がっていたさっきの雰囲気が壊れてしまっている。だが、これが正直な俺の本音だった。


「……それも承知の上。私たちが受けた恩はそれよりずっと大きいし……なにより、もう貴方に付いていくと決めたんだ」

 ナツの表情は真剣そのものだった。


「……別に恩なんて、感じることはないよ……けど、君たちの気持ちは分かった。俺、正直、みんなのこと好きだから凄く嬉しいし……ただ、みんなが本気で『嫁』になった場合の、今後の計画を聞いておいて欲しい。もしこれが負担になるって思うなら、正直にそう言って欲しいんだ」


 俺はそう言うと、A4サイズの印刷物を取り出した。

『前田屋』が存在する『新町通り』の見取り図だった。


「今、新しい店を出そうと考えているんだ……凜さんには先に話しているけど、まずはこのあたりに『薬屋』を出そうと思っている。未来から、この時代に役に立ちそうな薬や栄養補助食品を運んできて、販売するんだ」


「……新しい店……薬屋?」

 ナツ達三姉妹はきょとんとしている。


「ああ。あんまりきつい薬は副作用が心配だから出せないけど……痛み止めや熱冷まし、胃薬、咳止めなんかの大衆薬でも十分に効果が期待できるし、それよりサプリメント……足りない栄養を補う『薬みたいな』ものも、脚気かっけなんかの予防に役に立つ。なるべく安い値段で提供して、この時代の人みんなに元気になってもらおうと思う」


「……そうです。それと、怪我をしたときのために清潔な包帯とか、絆創膏なんかも」

 凜さんは目を輝かせ、笑顔になっていた。


 彼女はしばらくの間、『平成の世』で生活しており、その時のドラッグストアの充実ぶりに感銘を受け、自分でも阿東藩に店を出したいと望んでいたのだ。


 人の役に立ち、かつ、ある程度の収入源にもなりうる薬屋の開店は、俺にとっても有益な話に思えた。


「それと、飲食店をもう少し充実させたいと思っている。今、鰻料理専門店の『前田屋』を開店して、そこに『いもや』の天ぷらも出している。良平、鈴さん、ヤエの三人が働いている他に、君たちの何人かが日替わりで手伝いに行っているわけだけど……ここに江戸から良平の『彼女』がやってきて、一緒に仕事してくれることになった」


 一瞬、みんなの視線がナツに集中したが、彼女は

「私はタクヤ殿の嫁だから、良平に彼女ができたのは喜んでいるぞ」

 と、笑って受け流し、みんなも「そういえばそっか」と納得していた。


「その代わり、ナツには新しい店の料理長をやってもらおうと思ってる」

「なっ……私が? 新しい店?」

 ナツは目を丸くしている。


「ああ。君が相当料理の腕を上げていることはよく知っている。それに前に言っていただろう? いつか自分でも店を持ちたいって」

「それはそうだが……」


「特に、たまにミヨが持ってきてくれる魚を捌いて、刺身にする手際は見事だ。生魚を扱うのは、食あたりとか多少心配だけど……そこは俺が『製氷機』、つまり氷を造る道具を用意するし、暑い季節は提供を避けるようにすれば大丈夫だろう。『新町通り』は海に近い。この店で、『阿東藩』の魚がいかにおいしいか、訪れる人に知ってもらいたいんだ」


 金鉱脈が見つかったことで、今後阿東藩に多くの人が訪れることを見越しての出店計画だった。


「あと、現代から『濃口醤油』も運び込む。刺身にぴったりだし、『前田屋』の鰻のタレも、もっと深みが増すと思う。まあ、こうやっておいしい物を提供し、みんなに喜んでもらえて、かつ商売として儲けることができれば、それで本望だ。最初のうちは手が足りないと思うから、『岸部藩』で知り合った女の子二人を呼び寄せようと思ってるのと、あと、当面はユキとハルの二人にも手伝ってもらって……」


 そこまで言ったところで、ナツが泣いているのに気がついた。

「タクヤ殿……本気なんだな……本気で私なんかに、店を持たせてくれるつもりなんだな……」


「……ああ、だってみんな、生涯の伴侶になるわけだし……凜さんにも、ナツにも、時がくればユキとハルにも新しい店を持ってもらおうと思っている。それが商人である『前田拓也』の嫁になるっていうことだよ」


 この言葉にはユキもハルも驚いていたが……嫌がるそぶりは全くなく、むしろ大喜びしている。


「……さすが拓也さん、凄いですわね。まさに飛ぶ鳥を落とす勢い……本気で大商人への道を駆け上がって行かれるつもりなんですね……」

 凜さんはすっかり感心している様子だ。


「いや、そんな大層なものじゃないよ。まだ小さな店を二つ、新しく出そうとしているだけだ」

「それでも、それだけ拓也さんの事を慕い、人が集まるっていうだけでも大したものです……それで、優の事はどうされるおつもりなんですか?」


「ああ、優には、常に俺と共に行動してもらう。場合によっては一緒に旅に出る」

 ……俺と優を除く全員、「えっ?」と声を上げた。


「知っての通り、優は俺と同じく……いや、俺以上に強力な『時空間移動』能力を持っている。俺の倍以上の重量物を運ぶ事ができる。子供や、小柄な女性を未来に連れて行くことだって可能だ。その力を最大限に利用して、必要な物資をこの時代に運び込む手伝いをしてもらう」


 それは少女達の中で、唯一優にしかできないことだった。


「それに、俺は阿東藩藩主様から特命を受けている。『この地域で新しい作物の栽培試験を行うこと』とか、『金山採掘に関する新しい技術の開発』とか……ようするに、『阿東藩が豊かになるための方策全般』だ。最初はあまりに話が大きすぎて、断ろうと思っていたんだけど……去年の台風の被害で多くの『身売り』があっただけではなく、餓死者まで出てしまったこと……さらには、洪水を防ぐために『人身御供』が実施された地域があるって聞いて……俺はもっと自分に出来る事があるんじゃないかって考えたんだ」


「……『人身御供』って?」

 その恐ろしい言葉の響きに、ユキはこわごわ姉のナツに質問した。


「……水神様の怒りを静めるために、誰かを生け贄に……その命を捧げさせることだ」

 ナツの重い答えに、ユキとハルは、身を震わせた。


「……その生け贄に選ばれたのは、君たちとあまり歳の変わらない女の子だったっていう噂だ。俺はそんなの迷信だって思っているけど……その地域の人達も必死だったんだろう。……そんな状況で、俺に何ができるのかは分からない。でも、でも……放っておけないんだ……そしてそんなふうに困っている人たちが、大勢いるんだ」


「……なるほど、拓也さんらしいですわね……で、そんな大事を成し遂げるためには、優の力が必要だと……優、あなたもそれを了承してるのね?」


「はい、もちろん……私も拓也さんの『嫁』です。拓也さんを信じて……拓也さんの指示に従って、付いていきます」

 彼女の言葉に、迷いはなかった。


「……優、やっぱりあなたは拓也さんの『真の花嫁』ね……うん、常に拓也さんと一緒にいるのは、優、あなたであるべきだわ。それで拓也さんが無茶しそうなときは止めてあげるのよ」


「はい……そのつもりです」

 そこも迷わず答えた優に、全員苦笑した。


「……思ったより、重大な話が続きましたけど……拓也さんとみんなの本音が聞けたし、良かったんじゃないでしょうか。全員、本気で将来の事を考えていると分かりましたし」

 凜さんがうまくまとめてくれ、みんな大きく頷いた。


 正直、俺も嬉しかった。少女達が、これほどの覚悟を持って、俺に付いてきてくれるつもりだと分かったのだから……。


 いつの間にか、俺は涙を流していて……つられたのか、彼女たちも全員泣いていた。


「……これから、ものすごく忙しくなるし、迷惑もかけると思うけど、常にみんなのことを最優先に考えるよ。でも、その前に……」

 全員、涙を拭きながら俺に注目した。


「忙しくなる前に、みんなで旅行にでも出かけようと思うんだけど……どうかな?」


 俺の意外な言葉に、彼女たちは互いに顔を見合わせた。

 そして一瞬遅れて、大きな歓声が上がった。

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