第82話 天の川
数時間後、三郎さんと、作業者のリーダーである『松吉』が一緒に帰ってきた。
金板はすでに、作業者数人が持ち帰ったという。
なぜ俺にも見せてくれなかったのかと迫ったところ、松吉たちの側の
「あんたに見せ、そして持たせるのは危険だと判断した」
という理由だった。
以前、銀板を持ったまま相手の目の前から突然消えたのを相当警戒しているらしい。
三郎さんは、
「だからといって、『岸部藩』側に一方的に持たせるのは納得がいかない」
と相当食い下がったらしいのだが、作業者は『松吉』配下の人員がほとんどだし、この樹海は『岸部藩』の領地だ、ということで押し切られたという。
しかし、実はこれは想定の範囲内。三郎さんが『金板』に刻まれた文字や図形を、こっそりデジカメで撮影してくれていたのだ。
『岸部藩』側の人たちは、そんな便利な道具があるとは考えもしていないはずで、金板一つ出し抜いたと思っていたに違いなかった。
それと、三郎さんと二人だけになったときに「五免の弥彦」の話をしたのだが、
「財宝が本当にあるというのなら、それで良かったじゃないか。俺も会ってみたかったが、まあ、噂通りの人だったということだな」
と、さほど気にした様子ではなかった。
こうして、見つけたそのお宝『樹海の金板』は岸部藩側の所有物となり、今回の探索は一旦終了。
一応、探索に金属探知機を貸し与えた俺には三両の分け前があったのだが、それらはこっそり『梅』と『桐』の姉妹に「君たちへのご祝儀だ」といって渡してあげた。
その金額に二人は目を丸くし、大喜びだった。
この姉妹、今回は短期のご奉公、ということでまた仕事を探さないといけないようだったが、とりあえず今回の報酬でしばらくしのげるはずだ。
その後のことについては、
「なんとか俺が仕事を見つけてくるから」
と励ましてあげた。
実際、お梅さんの仕事内容に関しては、内容はあまり深く知らないがかなり人気だったようだし、桐に関してもてきぱきとよく働き、作業者達からは不満の声は聞かれなかったので、何か仕事を紹介したとしても役に立ってくれそうだ、と自分を納得させていた。
これで、三枚の金板のうち『岸部藩』側は『樹海の金板』と、以前から持っている『荒野の金板』の二枚が揃っている。
それに対し、こちらは『天空の金板』のみ。
しかし、『樹海の金板』に関してはその板面の写真を得ていた。
このままでは両者立ちすくみの状態。
ただ、その間にもなんとか『天空の金板』と『樹海の金板』だけで財宝の在処を知ることができないか、現代に持ち帰って叔父に画像解析をしてもらっていたのだが……。
結果、分かったことは、
「『天空の金板』と『樹海の金板』が縦長の楕円形の範囲内にピタリとおさまるよう文字や図形が刻まれており、透過処理にて重ね合わせることにより鮮明になっている」
ということ。
例えるなら、『口』 という漢字部分と『十』という部分がぴたり重なり、『田』になる、という感じだ。
おそらく、『魚拓』を取るように、もしくは『百円玉に紙をかぶせて、上から鉛筆で擦る』ような手法で模様を写し取れば、江戸時代でも画像を重ね合わせることは十分可能だろう、という話だった。
ただ、二枚だけだとやはり核心部分がつかめない。
残る一枚をどうしても手に入れないといけない。
それは『岸部藩』側も同じはずだった。
案の定、数日の内に、向こうが一度も入手していない『天空の金板』を渡してくれないか、という依頼が来たが、こちらも『はい、そうですか』と渡すわけにはいかない。
最初、
「それならばこちらが一度も手にしていない『荒野の金板』と『樹海の金板』の二枚とも渡してもらわないと、対等な条件にならない」とごねたのだが、それはさすがに無理と言うことは分かっていた。
交渉の末、『岸部藩』側からはこちらに『荒野の金板』を引き渡して、『天空の金板』と交換して保管する、という取引が成立した。
向こうは、こちらが『樹海の金板』の画像を持っていることを知らないので、「二枚揃えられてもまだ安全」と考えていたものと思われるが、とにかくこれで三枚の画像が揃った。
ただ、それは『岸部藩』側も同じ。『荒野の金板』表面の型は取っているはずで、すぐに指し示される場所を特定し、抜け駆けする可能性が高い。
大急ぎで『荒野の金板』の画像を現代に持ち帰って叔父に渡し、考古学が専門という帝都大学教授と共に、興奮しながらその解析結果を見た。
その透過した三枚の画像を重ね合わせた結果、浮かび上がったのは俵型の楕円図形に『山ノ城極大判』の文字。
「……そうか! 金板を三枚集めると、大判型の図形が完成する……これ自体が、真の埋蔵金を隠した『山ノ城極大判』なんだ!」
思わず大声を出してしまった。
そして完成した文字を詳細に解析すると、その場所に行き着くまでのルートが詳細に記載されていた。
北へ、西へ、そして渓谷を遡り、遂にたどり着くその場所。
現代の地図に照らし合わせ、そして俺と叔父、教授の三人は、ほぼ同時に「あっ!」と声を上げた。
「これは……こういうことか……」
それはある意味、落胆だった。
密かに考えていたのだ……俺が行き来している江戸時代と、今住んでいる現代の三百年前はパラレルワールド。過去の世界で財宝を見つけ、そして現代でもまた同じ財宝を見つける事ができるのではないか、と。
しかし、それはかなわぬ夢だった。
現代では、その財宝はすでに発見されていたのだ。
ただ、それで安堵した一面もあった。
この財宝は、少人数ではその持ち出しは不可能だ。
大勢の人間が協力せねば為し得ない、一大事業になる。それも、『阿東藩』と『岸部藩』双方の協力が必要だった。
また、幕府直属の調査隊として活動していた『山ノ城』や『川田』が発見したことになれば、それは幕府の宝として召し上げられていた可能性があった。だからこそ、『阿東藩』と『岸部藩』の人間が、建前上でも協力し、苦労して捜索し、「自分達で見つけた」事にする必要があったのだ。
それが分かっていたので、『五免の弥彦』は、こんな回りくどく、大げさな仕掛けを、十年以上の歳月を費やして完成させていたのか……。
現代だけで考えるとちょっとがっかりした面はあるけど、これは確かに、『阿東藩』と『岸部藩』の両方が豊かになる可能性がある……いや、今よりずっと景気が良くなるに違いない。そうしたら、『身売り』しなければならないような女の子達の数はずっと減るはずだ。
そして、この長い『宝探し』の旅も終わって……『前田邸』を再建し、離ればなれになった少女達と、また一緒に笑い合えることができる……。
ようやく何気ない平和な日常を取り戻せる、それがこれほど待ち遠しいとは。
江戸時代に戻った俺は、だいたい把握したその財宝の正体を、三郎さんに伝えた。
彼は、『岸部藩』側の人間に先を越されるのではないかと気が気ではない様子だったが、その内容を聞いて落ち着きを取り戻した。
「なるほど……そういうことか。それなら、無理に急いで『先に発見する』必要はないな。こっちは金板二枚分の情報しか持っていないことになっているし……向こうの出方を見るか」
こうして、俺達は様子を見ることにして……そしてさらに一週間が過ぎた。
その日の早朝、『阿讃屋』に行くと、啓助さんが三郎さんから手紙を預かっていてくれていた。
そこには、
「向こうの『松吉』から連絡があった。一緒に財宝を探しに行きたいという話だった。おそらく、先に盗賊団員の『利吉』あたりに捜索を指示したんだろうが……『見つけたが、手に負えない』状態だったんだろうな……まあ、それで約束を守って、一緒に見つけたことにしたい、というのが本音だろう。待ち合わせは、『樹海の金板』捜索時の例の小屋だ。あんたは一瞬でたどり着けるだろうから、先に出発することにする」
といった内容が書かれていた。
俺も、向こうが先に探索を開始しているという予測については、そうだろうな、と思った。
いくらこの時代でも、金板の謎を解くだけでは、一週間は長すぎると考えていたのだ。
そしてその待ち合わせ日時は今日の巳の刻、つまり十時頃。俺の行動パターンに合わせて調整してくれていたようだ。
ラプターを三時間クールダウンさせた後、現代を挟む連続時空間跳躍で例の小屋の裏に出現する。
そこから表に出て行くと、待機していた作業員から
「おおっ!」
と歓声が上がった。
「……言った通り、彼は仙人だ。間に合っただろう? 約束通り、俺達二人同行させてもらう」
「ああ、こっちもその方が好都合だ。さあ、出発しよう」
もうすっかり旅立つ準備はできていたようだった。
俺と三郎さんの他は、『松吉』と、金板探索の際も作業を手伝っていた作業員が三人。計六人で、『山ノ城極大判』に書かれている場所を目指す。
峠を越え、渓谷を遡り、洞窟へ潜り、地下水脈へと進入する。
複雑な水路となっている部分を、膝まで水に浸かりながら進んでいく。
所々、目印のような物が記されている。
岩を削って付けられているのだが、古い物と、新しい物が混在している。
新しい物は、おそらく、先遣隊が付けていたのだろう。
『松吉』は、それを気にもしない。また、三郎さんも同じだった。
自分達が先遣隊を派遣していたこと、そしてそれを三郎さんが知っているであろう事も分かっている。
みんな、知っているのだ……今の探索が、
「当初の約束通り、両方の藩が協力して同時に見つけた事にする」ためのものであることを。
そういう意味では、『松吉』達が道を知っているのはある意味、楽だった。
大して迷うこともなく、危険も少なく、この狭く、暗く、複雑な地下水脈を通っていけるのだから……。
なお、照明は俺が持ち込んだLEDライトを使っている。
「先遣隊」は
最後に、人が一人、やっと抜けられるだけの細い横穴を十メートルほどほふく前進して抜けると、そこにはかなり広い……おそらく、前田邸が二つは入るであろう程の岩の空間が開けていた。
下は十センチほど水が溜まっており、わずかに流れがある。
上部は五,六メートルほどの高さがあると思われる。
「ここだ……向こうをちょっと照らしてみてくれ」
俺が『松吉』のその指示に従い、予備のLEDライトの光を、彼が指差すその方向に当てた。
「うおおおおぉ……」
男達は、一斉に感嘆の言葉を漏らした。
その光は、わずかに濡れた壁面、そして突き出た、透明の突起に乱反射を繰り返し、さらにその周囲に広がる黄色の粒子を煌めかせ、まるで黄金色の天の川のような幻想的な光景を生み出していた。
『阿東』と『岸部』両藩をまたぐように存在する、金と水晶の複合鉱脈。その公式な発見の瞬間だった。
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