第79話 誓い

「みんな、ちょっと話を聞いて欲しいんだ……今後の事について、俺のこの時代での家族や凜さん、優とも少し相談をした。そこで、まずは身の安全を第一に考えよう、ということになったんだ。正直なところ、今までのように『みんな一緒に』とはいかない部分もある。でも、まだ決定じゃないし、どうしても受け入れられないようなら、そう言ってもらって構わない」


 出だしから重苦しい話題に、皆に緊張が走る。


 リビングに集まっているのは、俺と優、凜さん、ナツ、ユキ、ハル。

 妹のアキと母親には、席をはずしてもらっていた。


「まず、ポチだけど……もうすぐ退院できるけど、左前足の治療に時間がかかりそうなんだ。だからこの家で預かることにした。また元気になれば、江戸時代に帰せると思う」


 家族同然である番犬の回復に、みんなの表情が少しだけ緩んだ。


「それと……うん、俺からの贈り物を、先に見せておくよ」

 まだ全員の緊張が解けていないと思ったので、先に喜びそうな話題から提供することにした。


「まず、ユキ。空を飛ぶ機械は無理で、鷹を飼うのも時間がかかりそうだけど、代わりにこれを用意した」

 そこで俺が取り出したのは、ビニール製の三角形の凧、いわゆる「ゲイラカイト」だった。


「これに小型のカメラを付けて飛ばす事ができる。ちょっと練習がいるけど……ちゃんと撮影出来る事は確認済みだ。ほら、これが印刷した写真だ」


 それは、現代の阿東川で凧を揚げ、撮影した画像だった。

 五十メートルほどの高度で、それなりに街が一望できている。


「うわぁっ、ちゃんと写ってる!」

 うん、結構笑顔で食いついてくれた。


「動画を再生する機械も操作が簡単な物を渡すから、みんなで楽しむといいよ」

 ユキは「ありがとうっ、タクッ!」と元気にお礼を言ってくれた。


「次に、ハルには……『勝手に走る自転車』は無理だったけど、『坂道でも軽く走れる』自転車なら用意できるよ。今はカタログだけだけど……ほら、こんなやつで、どんな急な坂道でも立ち漕ぎする必要がないんだ」


「えっ?……それって、降りて押すんじゃなくて?」

「ああ。座って漕いで、坂道を登れる」

「すごーい。乗ってみたいですぅ」

「ははっ。ちょっとこれは今は無いけど、すぐ用意するよ」


 実際には、自転車自体は準備できるのだが、江戸時代でどうやって電動アシストのバッテリー充電をするかが問題だった。

 今のところ、やはり太陽電池から大容量の一次バッテリーに電気を溜め、そこからさらに充電するのが現実的かと考えている。


「ありがとう、ご主人様っ! 楽しみですぅ!」

 ハルも満面の笑顔になった。


「次にナツ。さすがに真剣は無理だけど……代わりにこれを用意した」

 次に俺が取り出したのは、包丁の三本セットだった。

 ナツがそれを手に取り、その刀身の美しさに息を飲んだ。


「最近、料理がんばっているから、こういうのがあってもいいかなって思って。日本刀とは趣旨が異なるけど、本物の『刃』だ。こんなのでも喜んでくれるかな?」


「……ほ、本当にいいのか? こんな綺麗な包丁、見たことがない……ものすごく切れそうだ」

「ああ、しかも錆びにくい。とはいえ、研ぎ直したりといった手入れは必要だ。その分、愛着も湧くんじゃないかと思って」


 牛刀、万能包丁、ペティナイフの三本セット。「銀三鋼」という最高級のステンレス鋼を使っている。


 ナツはしげしげと刀身を見つめ、しばらくして

「ありがとう、拓也殿……」

 と涙目で感謝された。

 これだけ喜んでくれると、こちらも嬉しい。


「最後に、凜さん。欲しがってた『薬』は無理だったけど、これなら用意できた」

 そう言いながら取り出したのは、ブランド物の香水セットだった。


 そのうちの一つを取り出し、ほんの一滴、凜さんの左手首につけてあげた。

 鼻を近づけてその香りを嗅いだ凜さんは、文字通り目を丸くした。


「なんていい香り……素敵……」

「それ、若い子にも人気のある香水ブランドらしいから。凜さんもまだこちらの歳の数え方なら十代だし、無くなるまで長く使えると思うよ」


「……ありがとうございます、拓也さん。あと、ごめんなさいね、この間はちょっとからかうような事言ってしまって」


 ……やっぱり凜さん、冗談だったか。まあ、そうだとは思ってたけど。

 やっと、全員が笑顔になった。これでようやく本題に入れる。


「……みんなに喜んでもらえそうで、良かったよ。でも、これを実際に渡すのはちょっとだけ先になる。というのも、知っての通り、前田邸を綺麗に修繕しないといけないからだ。その前に、今の『埋蔵金探し』の決着もつけないといけない」

 俺の言葉に、またみんなの表情が少し暗くなった。


「『埋蔵金探し』、まだ続けるのか?」

 ナツが心配そうに問いかける。


「……実は、こんな目にあったんだからもう、辞退しようとも思ったけど……そうもできない状況なんだ。俺の名前も知られてしまっている。『もうやめた』と言ったって、競合相手が『はいそうですか』と納得して、俺を追いかけなくなる、とは考えにくい」

 ……一同、沈黙する。


「だから、一番いいのはさっさと財宝を見つけて、依頼主に渡してしまうことなんだ。そうすれば追い回されることはなくなるだろう。だからそれまで、皆には安全な場所にいてもらいたい。そう思って、どこに行けばいいのかいろいろ考えたけど……やっぱり、みんな……特にユキとハルは、自分達の時代に戻った方がいいだろう、という結論に達した。もちろん、実の姉であるナツも一緒だ」


「……ああ、私もそう思っていた。この『仙人の世界』は、私たちには不釣り合いだ……」


「……といっても、どこが一体安全なんだろうか……そう考えて思いついたのが、かつて妹のアキや、数日だけど優も世話になった『明炎大社』だ。そこなら阿東藩から相当離れているし、また、警備も厳重だ。親しい巫女さんもいるし、『宮司代理』と面識もある。向こうとしても、『天女』が再び来てくれることを望んでいるそうだから、お互いに利点がある……それに、優やアキによればかなり『礼儀作法に厳しい』らしいから、ちょうど勉強にもなるんじゃないかって思って。まあ、これは余計なお世話だとは思うけど」


「……本当に余計なことだな……でも、私も、ユキもハルも修行しないといけないと思っていたところだ。いい話だと思う」


 ……実はナツには事前に話しをしておいた。妹二人は、ナツが「それでいい」と言えば、ついて行きやすいだろうとの考えだ。


「私はそれでいいですぅ。でも、じゃあ……優さんや凜さんは、どうするんですか?」

 ハルが、逆に二人を心配するように尋ねてきた。


「優は、『橋渡し役』だ。『明炎大社』と現代を、頻繁に往復することになると思う。ちょっと怖いかもしれないけど……よろしく頼む」

 俺の言葉に、優は強く頷いた。


 次に、凜さんが

「そして私は……しばらくこの時代に残ります」

 と宣言し、ナツも、双子のユキとハルも驚いた。


「……三百年の時間を経て、どんな風にこの世界はこれだけ発展したのか……そしてこの時代で、私は何を、どれだけ学べるのか……特に医術を勉強してみたい。そして元の世界で役立てたい……」

 凜さんは目を輝かせている。


 医術、つまり医学となると相当難しいが……それでも、例えば応急手当の方法など、江戸時代にいるよりは勉強できるだろう。

 彼女の固い決意に、三姉妹も納得した様子だった。


 こうなると、一時的とはいえ、みんな本当にバラバラになる。


 ポチと凜さんは現代に残る。


 ナツ、ユキ、ハルの三姉妹は江戸時代の『明炎大社』へ。


 優は江戸時代と現代を往復する。


 そして俺は、(無事を確認している)三郎さん、お蜜さんと『埋蔵金探し』を続行する。


 なお、『前田屋』はしばらく休業となり、良平は古巣の老舗料亭『月星楼』でお世話になることとなった。

 そこで彼は鰻料理の紹介をし、代わりに秘伝の料理を教えてもらう約束をしたという。


 天ぷら料理の『いもや』は、元々屋台のため場所を移動して独立して開業、またお客さんの行列ができている。


 実は一番可哀想なのは源ノ助さんだった。


 病気のはずの娘がぴんぴんしており、不思議に思って帰ってきて目の当たりにした『前田邸』の惨状。


 一応、前もって啓助さんから状況を教えてもらっていたとはいえ、ショックで寝込んでしまっているという。

 そこでみんなで、彼のために元気な様子を動画で撮影、『ビデオレター』として渡すことにした。


 ――こうして、時空を超えて離ればなれになった『江戸時代の家族』。


 またいつか、近いうちに、それぞれ成長した姿で出会う日が来る。


 それまで、ほんの少しだけ寂しいけれど……俺も、自分が成さねばならないことに全力で取り組もうと、改めて心に誓った。

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