第80話 交渉

 江戸時代の『海老ヶ池』で、財宝『銀板』を見つけた俺と三郎さん、お蜜さんは、岸に着いて船から上がったところで、刃物を持った地元の漁師達に囲まれ、『銀板』を渡すよう要求された。


 雇い主でもある三郎さんの指令により、俺は『銀板』を持ったまま、『ラプター』により現代、そして『前田邸』へと連続時空間移動を実行していた。


 三郎さん、お蜜さんの事が気になっていたのだが、俺が啓助さんに「もし二人が尋ねてきたなら、夕刻に『阿讃屋』で落ち合おう」と伝言していた事もあり、三日後に無事再会することができた。


 そこで改めて『前田邸』の少女達は現代、つまり『仙界』に無事避難していることを伝えた。


 二人とも『前田邸』を見てその惨状を知り、心配していただけに安堵してくれたのだが、俺にとってはどうやってあの窮地を脱出したのかが気になっていた。

 それには、三郎さんが笑いながら答えてくれた。


「奴等、あんたが目の前からかき消えた事に相当うろたえていた。そして俺も腰刀を抜いた。あいつらは腰が引けていた……おそらく、刃物を使っての戦いを、訓練していたわけじゃ無いんだろう。『利吉』だけは幾分落ち着いていたが……それだけに、苦虫をかみつぶしたような表情だった……何しろ、最大の目的の『銀板』が目の前から消えたんだ、ケンカする意味もない」

 俺は「なるほど」と相づちを打った。


「お蜜は、相手が怯んだ隙に逃げ出した。何人かは反射的に追いかけたが……『忍』は遁術、つまり逃げることに於いて他のどの職業より優れている。奴等、単純な『まきびし』を踏みつけて痛がっていたから……まったくの素人だったってことだな」

 俺が二度目の相づちを打つ。


「さらに、それでも追いかける一人の背中に、俺は『手裏剣』を当てた……急所は外しておいたが、叫び声をあげて、もんどり打って派手に転んだ。そしてさらに腰刀を突きつけ、『俺の本業は殺しだ』と脅してやったら……おそらく『利吉』は、俺が本物の『忍』であることを理解したのだろう。『銀板』がない今、ケガを覚悟で戦う利点もない。『引け』と一言声を上げると、皆口々に『覚えてろよ』とか、そんなふうに負け惜しみを言いながら帰っていった」

 その話を聞いて、大いに溜飲が下がる気分だった。


「けれど、それで満足する私たちじゃありませんわ。鷹の『嵐アラシ』に後を追わせましたの。その方が尾行されていると気づかれにくいので……嵐が上空で旋回する場所、その下にあの方達の拠点がありました。そこを見張り、出入りしている人を確認してみると……驚いたことに、その中に『岸部藩』のお侍さんがいましたの」


「えっ……あの藩の役人が居たんですか?」

「そうです。こうなってくると、私たち二人の手には余る大事になりかねませんので……我々の組織の『上層部』に調査を依頼しているところですわ」


 ――その時、単なる『宝探し』のつもりで始めた今回の探索が、とんでもなく大きな話になっていることを実感し、前田邸の女の子達が巻き込まれた事もあり、正直、逃げ出したい気分になっていた。


 さらに翌週、優達が『明炎大社』へと移動し、ようやく一段落ついた頃。

『阿讃屋』にて、前回の二人に啓助さんも交え、今後の方針について話し合った。


 まず、口を開いたのは三郎さんだ。

「やはり、と言うべきなのだろうが、俺達と対立した『利吉』は、『岸部藩』に存在する盗賊団の幹部だった。そしてその盗賊団は、実は裏で『岸部藩』そのものとつながっていることが判明した。まあ、調査した結果では、少なくとも自分の藩の住民には手を出さないまっとうな『無法者』らしいがな」


 ……いや、それはまっとうじゃ無いと思うけど。

 ちなみに『岸部藩』は『阿東藩』の隣国で、『海老ヶ池』の存在する藩だ。


「本当は『岸部藩』はお抱えの『忍』集団を作りたかったのかもしれないが、『阿東藩』より財政的に遙かに貧しい。いわゆる『外様大名』で六万石、大きな川も無ければ、田畑や港の整備も遅れている。まともな賃金を払えないから、ごろつきを集めるしかない、という感じなのだろう」


「……でも、それだと今回の埋蔵金探しそのものに『岸部藩』が絡んでいる、ということになるのではないですか? それだと相当厄介だと思いますが……」

 啓助さんの冷静な意見だ。


「ああ、その通りだ。実は『岸部藩』は財政的に相当厳しい、という事実があって、どうもこの『埋蔵金探し』に大きな期待……というか、これがうまくいかないと藩がつぶれる、ぐらいに切羽詰まっているらしい。こんな荒唐無稽な話に藩の命運を懸けないといけない程に、だ。しかも公にはできない……そこで盗賊団に『手段を選ばず』財宝を、他の誰よりも先に見つけるよう命じているらしいんだ」


 ……うーん、それはそれで『岸部藩』が可哀想な気もしてきた。ただ、やり口は納得できない。


「ところが、『海老ヶ池』での銀板奪取失敗、そして『前田邸』にあると思われていた『天空の金板』の強奪も失敗……盗賊団も、『岸部藩』も窮地に立たされた。まあ、俺達も盗賊団が『金板』を一枚持っている以上、埋蔵金探しは頓挫する。あれは三枚揃わないと意味がないものだからだ。そこで我々の上層部は、その盗賊団と『交渉』することにした」


「えっ……話し合ったんですか?」

 これにはちょっと驚いた。


「ああ。組織としても、単なる盗賊団ではなく、背後に『岸部藩』が付いているとなれば大きな話になるからな……まず、『海老ヶ池』の一件については、確かに向こうに非はあったものの、けが人も向こうにしか出ていないので、不問にすることになった……ちょっと納得いかないが、『脅すだけで、実際にケガをさせるつもりはなかった』と言われれば仕方がないし、三十万両の前では、そんな最下層の人員のいざこざなど、大きな事ではないらしい」


「……でも、前田邸は大きな被害だ。それも上層部にとっては『大きな事』ではないんですか?」

 俺が苛立ちながら質問する。


「いや、それはそもそも向こうが『何のことか分からない』と言っているそうだ……確かに強盗が入ったのは間違いないと思うが、それが『岸部藩の盗賊団』の仕業だという証拠はどこにもない」

「そんな……」

 俺は言葉を失った。


「……まあ、それは交渉の上で仕方のないことだ。水掛け論になって、それ以上先に進まないからな……話を続けるが、交渉する以上、少しでも自分達が有利になるよう駆け引きをするのが常なのだが、意外とすんなりと決着した。『盗賊団と、俺、お蜜、場合によっては拓也さん、あんたが協力して埋蔵金を探し、見つかった場合はきっちり折半する』という条件となったんだ」


「……協力して探して、見つかったら折半?」

「ああ。無駄な争いはやめて、一刻も早く見つけたいという岸部藩の意向が伺える……本当は半分だと岸部藩としては痛手なのだが、それでも十五万両、なんとか藩は持ちこたえる。それに比べて俺達は、力の入れ方から分かるとおり、最初っから大して期待していた訳じゃない。直接関わる人数からして大きな差がある……実質、たった三人で十五万両手に入るならば大儲け、というわけだ」


 ……なんかそう聞くと、我々の方が悪者の気もしてきた。

 けど、『前田邸』の被害がうやむやになっている以上、ここは毅然とした態度で臨まねば。


「一旦協力する、となったんだ。今後はいざこざや抜け駆けはなし、だ。あくまで建前上は、だが……あと、拓也さん、仙界の道具も今まで同様、用意してほしい」


 今までの経緯もあったので少し考えたが、敵対する勢力が一応味方になり、それで早く埋蔵金が見つかってしまえば、俺や少女達に対する危険もぐっと減るはずだ。

 俺はしぶしぶ、首を縦に振るしか無かった。


 さらに数日が過ぎ、『海老ヶ池』で見つけた『銀板』の解析の結果、残る一つの『金板』は、岸部藩の宏大な『樹海』のどこか、大木の幹に埋め込まれている、という事が判明していた。


 これが極悪で……それ以上、何のヒントもなく、何千本と存在する木々を一つずつ丁寧に、どこか不審な形跡が無いか調べていくという、気の遠くなるような作業が必要だった。


 そこで少しでも負担を減らそうと、俺は小型の金属探知機を十五本買いそろえ、江戸時代へと持ち込んだ。

 これはコンサート会場の入場時に、客が不審物を持っていないか調べるための簡易的な探知機で、一本数千円程度とそれほど高い物でもなかった。

 その分、精度がやや心配だが、まあ五十センチ内部まで探知できれば十分だろうという推測からこれを選んだ。


 『盗賊団』が用意したのは、いかにも『無職者』を集めたような出で立ちの十人の男と、彼等をまとめる『松吉』と名乗る大男。

 ちなみに、『利吉』は『海老ヶ池』でのいざこざがあったので我々の前には出さないで欲しい、と伝えていた。


『松吉』は二十代後半ぐらい、身長は百八十センチ近く、体重も百キロ近くあるだろう。この時代ではまさに『大男』だ。


 先に一緒に仕事を開始していた三郎さんによれば

「真面目で堅物、作業者に対しても厳しく、その反面、面倒見がいい。『利吉』よりは信用できる」

 とのことだった。


 他に、彼等の食事や洗濯といった身の回りの世話をする女性が二人。

 一人が『梅』、もう一人が『桐』という名前の姉妹だった。


 この樹海には小さな小屋が存在し、そこを拠点としたのだが、この大人数では狭すぎる。そこで俺は要請を受けて、三,四人泊まれるテントを、余裕を考えて三つ持ち込み、それで拠点としていた。


 女性二人はテントを一つ占有しているわけだが、その一人、お姉さんの『梅』さんは昼間からそこで寝ていた。

 その代わり、妹の桐は、小屋の方で昼飯の後片付けや夕飯の準備を一生懸命頑張っている。

 歳を聞いてみると、俺や優と同い年だった。


「家にいても仕事がないので……こうやって出稼ぎで働かさせてもらうだけでありがたいんよ」

 と明るく笑う。

 可愛らしいし、すぐ打ち解けてくれた。


 そこにお姉さんが起きてきた。

 なんか髪とか乱れているし、ちょっとだらしない印象を受ける。

「桐、そちらの若い人は?」

「姉ちゃん、この人があの『拓也』さんだよ」

「……へえ、あんたがあの『仙人』の? ふーん、こんなに若くて格好いいんだ。ちょっと私好みかも」

 そういって微笑む。


 服装も、なんていうかちょっと『色っぽく乱れて』いるので、ほんの少しどきっとしてしまう。結構、美人だし。

 数え年で二十三歳、満年齢なら二十二歳だ。


「また気が向いたら、お相手してね……桐、夕飯この前みたいに量間違えたりしないようにね……私、もうちょっと寝るから」

 そう言って、またテントの方へと帰って行った。


 なんか、お姉さんはずっと寝てて、桐ばっかり働いているのは可哀想だと思い、彼女に不公平だと思わないのか、と聞いてみたのだが、


「姉ちゃんは……夜、旦那様方のお相手を一晩中しないといけないから……」

 と、寂しそうな、悲しそうな表情でつぶやくのを聞いて、その意味を悟り、絶句した。


 この時代では、そういうことが普通にあったと知識では知っていたが……。

 この『埋蔵金探し』、本当にここまで生活を懸けて挑んでいる人たちがいる。


 当初、『ゲーム感覚』で初めてしまった俺を深く反省すると共に、絶対に見つけてやらなければ、という義務感も大きくわき起こった。


 また、それと三郎さんから一つ、気になる情報も聞いていた。

 『海老ヶ池』で俺達に絡んできた『利吉』が、失踪したという。


 様々な人間の様々な人生、思惑が交錯する中、『埋蔵金探し』は進んでいった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る