第54話 再会

一瞬目の前が明るく、次に暗くなり、もう一度明るくなると、そこには少し怯えた表情の二人の巫女がいた。


 優とアキ……先にタイムトラベル発生装置『ラプター』で移動した彼女たち。そして、ここは現代の俺の部屋。

 今回こそ、無事に二人同時に時空間移動できていた。


 俺はほっと胸をなで下ろし、二人を抱き締めようと手を伸ばしたが……両者ともびくっと体を後方にずらし、逃れようとする。

 まるで俺に怯えているように……って、よく考えたら、般若の面を付けたままだった。


 慌ててそれを外し、笑顔で

「俺だよ……アキ、おかえり。優、おつかれさま」

 と、先程までの騒動が大したことがなかったように声をかけた。


 すると、今度は二人の方から、涙目になりながら俺に抱きついて来た。

 彼女たちをつないでいた白いビニールテープは、もう外してあった。

 俺は二人から両腕で抱きつかれている。


 優はともかく、アキに抱きつかれた事なんて一度も記憶になかったからちょっと焦ったが、ここは彼女の無事帰還を素直に喜ぼう。


 しばらく泣きじゃくった後、少し落ち着いて言った言葉が、

「お母さんに会いたい……」

 だった。

 もちろん、俺も、優もそれを望んでいる。


 部屋を出て、一階に下りる階段の手前でちょっと苦笑いする。

 どうしても、前回二人が階段から落ちたことを思い出してしまうのだ。


 今回はまずアキが一人で、次に俺、そして優が最後にゆっくりと降りていった。


 リビングまで行くと、体調を崩して寝室で寝込んでいた母が、二階が騒がしかったことを気にしたのか、パジャマに上着を羽織って出てきていた。

 そして巫女の格好をしたアキを見て目を丸くして……


「えっ……アキ……そんな、でも……」

 両手を口に当てて驚いている。


 後にいる、同じく巫女の格好をした優、そして神官の衣装に戻った俺の顔も、交互に見つめている。


「お母さん、私、迷子になって……神社で保護されて、記憶を失ってて……」

 涙声で話すアキ。まあ、ウソではない。


「それで、お兄ちゃんと優さんが、必死になって私の事、探して、見つけてくれて……それで迎えに来てくれたの。信用してもらうために、自分達まで神社でアルバイトして……」

 ……うん、これもウソではない。


「……じゃあ、本当にアキちゃんなのね? 夢じゃないのね?」

「うん……お母さん、会いたかった!」


 母の胸に飛び込むアキ。


 二人とも、大声で泣きながらきつく抱き締め合っていて……その様子を、優も大粒の涙を流しながら見つめていた。


 いつの間にか、奥の部屋から叔父も出てきており、この状況を一目で理解したようで、俺に対して笑顔で親指を立ててきた。

 俺も、頷いて同じポーズをとった。


 ――こうして、時空の狭間に紛れ込み、行方不明となっていた妹のアキを探す長い旅は、いくつもの新たな出会いや、想像もしていなかった冒険、困難を経て、ようやく終わりを告げた。


 父や警察への報告とか、いろいろ面倒な後始末は考えないといけないが、一報を入れるに留め、まずは家にいるメンバーだけで喜び合い、寿司の盛り合わせを出前で取って、お祝いのパーティーを開いた。


 母はまだ江戸時代へのタイムトラベルに関しては半信半疑だったため、とりあえずアキは

「いろいろ大変だったけど、神社では大切に扱われていた」

 とだけ報告し、また、俺と優にとても感謝していると話してくれた。


 叔父はなぜアキが『召喚』されたのか大変気にしていたが、それはまたおいおい詳しく話を聞くことになった。


 優は、また俺達の家族に会えたことを喜んだが、それと同時に江戸時代に自分が帰ることができるのか、ずっと心配しているようだった。


「……優、不安なら一度、帰るか?」

「……うん、みんなともずっと会っていないし……無事、アキちゃんをお母さんに会わせてあげられたこと、早く報告したい……」

「そうだな……じゃあ、一度、戻ろう」

「ええ……今日は、本当に良かったですし、楽しかったです。お寿司もおいしかったです。ありがとうございました!」


 本当は感謝されるべきなのは優の方だ。

 立ち上がり、律儀に頭を下げる彼女に、母やアキの方が慌ててお辞儀した。


「俺が送っていくよ。あと、寿司、か……たぶんみんな、こんなの食べた事ないだろうな……いっぱい余ってるし、持って行こう!」


 そして俺と優は、母やアキ、叔父に見送られながら、玄関から一旦外に出た。

 でも、後でこっそりと家の中に戻って、そこで二人ともラプターを発動させた。


 目的地は、江戸時代『前田邸』の庭。

 久しぶりに会う少女達、きっと全員満面の笑みで迎えて……


「ワンワンワンッ!」

 どわあぁ!


 ケルベロス、改め番犬の『ポチ』が、いきなり襲いかかってきた!

 前より一回り大きくなっており、迫力が増している。


 あやうくパックに詰め、大きめのレジ袋で下げてきた寿司を取り落とすところだった。


 ポチはカプリ、と俺の靴に噛みついてきた。

 この犬は俺が靴を履いていると、いつもそれに噛みつく。まあ、痛くはないし、しっぽを振っているからじゃれついているのだろうけど、歩きにくいことこの上ない。


 しかし、玄関に出現したらしい優が外に出てくると、ポチは一目散にその方向に走り、ジャンプして喜んでいた。

 まだ、みんな帰ってきていないらしい。たぶん、鰻専門店『前田屋』で仕事しているんだろう。


 夕刻になり、ようやく全員帰ってきた。

 ハル、ユキ、ナツ、凜さん、源ノ助さんまで。

 一同、俺と優の顔を見て、驚き、そして喜んでくれた。


 無事アキを助け出し、現代に送り届けられたことを説明すると、歓声があがった。

 そして話はさらに盛り上がり、旅の詳細を聞きたいという事で、こちらでも宴会となった。


 あと、優はこっそり凜さんに連れて行かれ、なにやら耳打ちされている。

 彼女は真っ赤になって下を向き、首を横に振った。

 それを見て、呆れたような表情を浮かべる凜さん。そして二人はちらっとこちらを見た。

 ……何を話していたか大体想像がつくので、気づかなかった事にしよう。


 宴会では、あっという間に持ってきた寿司がなくなった。

 この家には現在、あまりめぼしい食べ物がない。

 そこで俺は、追加で豪華な食材を現代から持ってくることにした。


 もう、俺はタイムトラベルする瞬間を、彼女たちに隠していない。

 庭に出て、みんなに見られながら、堂々とラプターの操作をする。


 今回はキーワードは使わず、通常の操作を行う。

 そして画面に集中し、最後の決定ボタンを押したその時、何か足に違和感を感じた。


 下を向くと……なんと、『ポチ』が俺の靴に噛みついているではないかっ!


「うわあ、ポチ、やめ……」


 次の瞬間、風きり音と共に、俺は現代の、自分の家の庭に出現した。

 ポチは……来ていない。


 なんか、ものすごく嫌な予感がして、即座に江戸時代へと戻った。

 そして青ざめた表情の優に話を聞いてみると……ポチも俺と一緒に姿をかき消したという。


 と、いうことは……まさか……。


 ――こうして、俺は妹のアキと共に、たいして危険でも無く、たぶんすぐに終わるであろう、現代に来てしまった『ポチ』捜索の旅に出たのだった……なんだこれ。

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