第39話 仕込み刀
江戸を目指す俺と優は、行程の二日目、朝早くから
新居宿と舞坂宿の間は浜名湖口を渡し船で横断。天候に恵まれていたため、思ったよりスムーズに進むことができた。
とはいえ、モーターなどない小さな船での海上移動は、初めて船に乗るという優はかなり恐がり、終始俺にしがみついていた。
ここの関所は厳しいことで有名だという話だったが、優は若い女性とあって珍しがられたものの、特に問題なく通過できた。
また、松並木が特に綺麗で、渡し船と合わせて、本当に思い出深いものとなり、スマホに何枚も写真を残した。
無事にアキを救い出すことができた暁には、彼女や『前田邸』に残してきたみんなに見せてあげよう。
その日の宿場町である『浜松宿』は東海道でも最大級の宿場町。浜松城の城下町でもある。
江戸と京の、だいたい中間あたり。
ここに来るまでの宿場町と同様、銭湯である『湯屋』に『尋ね人』としてアキのポスターを貼ってもらった。
ここに来るまででこのフルカラー、写真画質のポスター、かなり有名になっており、実物が貼られた際には、それだけで人だかりができていた。
噂だけが先行して東海道を進んでいるようだ。
この日は、この『浜松宿』に一泊。
翌日、早朝から天竜川を渡るが、これがまたしても渡し船。
それでも、船が使える分、まだましだという。
はて? と思ったのだが、有名な『大井川』は渡し舟すらないということで、納得した。
この日は天竜川左岸である『
ここまでの行程、旅慣れた者にも負けないほどのペースだ。
しかし、やはり変わったウワサはそれ以上の速度で伝わっており、江戸、つまり反対方向から来た旅人が、前日の段階で例のポスターの内容を知っていた。
やや
あと、優と一緒にいて実感したのが、彼女の「情報収集能力の高さ」だ。
これは、別に優がそういう特殊技能をもっているわけでは無く、「若い娘」というだけで男性が声をかけてきてくれる、というだけだ。
道中、俺が「旦那」として隣にいるのだが、そんなことお構いなしに、男性達から「どこから来たのか」、「どこへ行くのか」といった質問が次々と投げかけられてくる。
そこで「初めての旅で、江戸を目指している」と優が答えると、「あそこの関所は待たされる」とか、「近道があるが、山賊が出るので行かない方がいい」とか、わりと有益な情報を教えてもらえるのだ。
例えば関所の話では、事前準備で必要なことがいろいろあると教えてもらっていた。
そしてこれはそれまで知らない情報だったのだ。
もし、俺だけの一人旅だったらこんなに親切に教えてもらえていなかっただろうから、ちょっと難儀していたかもしれない。ある意味、「かわいい娘っ子チート」だ。
旅の行程は天候にも恵まれ、比較的スムーズだったのだが、一回だけ乱闘になりかけたことがあった。
五人ほどの若い衆の集団に絡まれたのだ。
街道の途中で出会い、全員商人。年齢が近いと言うことで最初は和気藹々としゃべりながら歩いていたのだが、しつこくついて来る。
休憩を提案されても俺達がペースを落とさずに歩こうとして、なぜか彼等はキレてしまい、「なんでお前みたいなヤツがお優の旦那なんだ」という訳のわからない理由でケンカになりかけたのだ。
血気盛んな若者の集団。俺より体が大きく、年上の者もいた。そいつは
「例えば山賊が出たときとか、お前だけで対応できるのか」
と挑発してきた。まあ、確かに男女二人だけで江戸まで旅なんて、かなり無謀ではあるのだが。
実際、俺も旅に出るまでに、この時代で二回危険な目に遭っている。
一度は刀を抜いた侍に追い回された件。これは相手が本気だったら斬り殺されていた。
もう一度は、鰻屋の店先で酔っ払いと格闘になった件。
これは相手が素手だったこともあり、俺が「フラッシュライト」と「スタンガン」で撃退。
それ以来、特にこの旅に出てからは、護身グッズは常に身につけている。
若い衆の敵意の視線を前に、俺はおもむろに、片手ではちょっと持つのが難しいぐらいの大きさの石を道ばたから拾ってきて、地面に置いた。
彼等は「なんのつもりだ?」ときょとんとしていたが、「まあ、見ていてくれ」と笑顔で返し、右手に丈夫な「カイザーナックル」を装着。かけ声と共に拳を打ち下ろし、その石を叩き割った。
若い衆、仰天。
さらに続けざまに打ち下ろし、細かく砕いていく。
もちろん、拳にそういう道具をつけていることは彼等も分かっただろうが、それでもこんなに簡単に石が割れるなんて、想像もしていなかっただろう。
次に、背中のリュックから長さ二十センチぐらいの金属棒を取り出す。
振り下ろすと、カンカンッと小気味よい音とともにそれが伸びる。
俗に言う「特殊警棒」だ。
それを持って、すぐ脇に生えていた手頃な自然木に近づき、これまたかけ声と共にそこそこの太さの枝を叩き折った。
一同、声が出ない。
さらに最後、とっておきの切り札を見せる。
元々持っていた1.3mほどの杖の隠し金具をカチリ、とスライドさせる。
するとその杖は上方30センチぐらいからスルリと二つに分離した。
俺は長い方を左手に持ち、短い方を右手でゆっくりと引き抜いていく。
そこに現れたのは、白銀の刀身だった。
これには、「うわあぁ」と驚きの声をあげる若者もいた。
「……俺は阿東藩で名字帯刀を許されている、それなりの身分の商人だ。あまり目立ちたくないのでこうやって隠しているが……もし本当に山賊に襲われたなら、戦う準備だってしているんだ。ほかにも、飛び道具とか……」
「わ、分かった分かった、ちゃんと準備できているならそれでいいんだ。ただ、俺達はお優のことが心配だっただけだ。まあ、あんたがついているのなら大丈夫そうだな」
リーダー格の若者がこう言って周りに同意を求め、みんな頷いた。
これで、そのトラブルは終わりだった。
彼等は休憩を取り、俺達だけが先を急いだ。それ以来、会っていない。
あとで優に
「その仕込み刀、本物なんですか?」
と聞かれたが、
「まさか。本物なんかどこにも、この時代にも売ってないだろう。模造刀だよ」
と返すと、
「そうですよね。よく見れば全然、違いますから……」
と納得してくれた。彼女は、本当に目がいい。
ちなみにこの模造刀、現代でコスプレ用に売っている、いわばオモチャだ。
あの若い衆達もじっくり見れば気づいたはずだが……先に石を割ったり、枝を折ったりしていたので、あっけなく信じたのだろう。
そんなこんなで、事前の計画から遅れることなく『掛川宿』にたどり着いた
そしてここの湯屋にもポスターを貼らせてもらったのだが、そこで今までで最も信用のおける情報を手に入れた。
アキにそっくりな女の子が、近くの村に来ている、という。
それだけなら似たような話を何十件も聞いていたのだが、
「江戸から来た巫女で、真珠の首飾りを身につけている」
というではないか。
確かに、アキはアキで俺たちのことを探しているかもしれず、「阿東藩」という単語を頼りに、この東海道を上る旅に出ていてもおかしくはない。
すぐにでもその町に出たかったが、もう木戸は閉められている。
俺だけならともかく、案内してくれるという情報提供者を無理矢理連れ出す訳にもいかない。
俺と優は、期待と不安の入り交じる一夜を共に過ごしたのだった。
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