第4話 ご主人様生活

 その家は標高五十メートルほどの小さな山の中腹にあり、やや長くて急な坂を登らなくてはならない。


 以前、庄屋をしていた家だということだが、ここの主人が博打で財産のほとんどを失って、今年の台風による不作で遂に家を手放すことになったのだという。


 ちなみに庄屋とは村の代表として藩の役人と直接やりとりを行う役職だ。

 年貢の取りまとめや土地の管理、用水路など土木工事の発注も行う、今でいう村役場の仕事みたいなこともしている。

 大抵地元の有力な農家がその職に就いており、地域の中ではそれなりの地位となる場合が多い。


 目指すその敷地にたどりついて、ちょっと驚いた。

 そこそこ立派な門があり、それをくぐるとテニスコート半面ぐらいの庭がある。

 そして母屋は本瓦の屋根で古いながら、思っていたより大きい。

 台所、トイレの他に、部屋が五つもあるということだ。

 また、庭を囲むように納屋と離れが存在している。

 この時代にはめずらしく、内風呂も完備。

 離れの部屋は使用人が住めるよう、屋外にもトイレが付いていた。


(これは立派すぎる……はめられたかな?)

 だいたい、家賃が一ヶ月で二両なんて、高いと思ったんだ。


 双子の姉妹は大喜び。

 凜さんと優も、「本当に、こんな所が?」と驚きを隠せない。

 ナツまでもが目を輝かせ、「これなら剣の練習ができる」と喜んでいる。

 いや、女の子が剣の練習なんてしなくていいんだけど。

 まあ、喜んでくれているならいいかな。


 ところが、彼女達の甘い考えは、すぐに否定されることになる。

 材木などの資材を抱えた男達が五人ほどやってきて、玄関以外の出入り口を戸板で塞ぎ、釘を打ち付け始めたのだ。


 俺は文句を言おうとしたが、啓助さんが

「彼女達が逃げ出さないようにするため、仕方がないことなんです」

 と説明してくれた。


 さらに、日光を取り込むための障子の窓も、格子状に丈夫な樫の木で塞ぎ、出入りできなくされてしまった。

 明るかった屋内は日が半分しか入らず、薄暗い印象を受ける。

 さすがに、彼女達の表情は曇った。

 さらに、ちょびひげを生やした二刀差しの侍がやってきた。

 年の頃は五十過ぎぐらいに見える。


「や、あなたが拓也殿ですな。拙者、『井原源ノ助』と申す者です。身売りする娘達の見張りを仰せつかっております。以後、お見知りおきを」

 かしこまってお辞儀をしてくる。俺もつられてお辞儀をしてしまった。


 逃げ出さないように見張りを置くなんて、とも思ったが、

「井原殿は、私どもがお願いして来ていただいた方で、剣の達人。女性ばかりとなるこの家の用心棒も兼ねております」

 と啓助さんに言いくるめられてしまった。


「それに、万一彼女達が逃げ出すような事になれば、拓也さん、あなたは私たちに全額弁済しなければなりません。のみならず、捕まれば、逃げた本人にもきつい仕置きが待っております」

 啓助さんは、わざと少女達に聞こえるように大きな声を出した。


 この時代の仕置きと言えば、肉体的な苦痛を伴うものになることは間違いない。彼女達の表情は一気に緊迫したものとなった。

「や、まあ、そんなことにはならんでしょう。要は逃げようなどと考えなければ良いことです。この家の敷地内ならば、自由に遊んで構いませんぞ」

 源ノ助さんの優しい表情と豪快な笑いに、ちょっとだけ少女達の緊張が解けた。


 さらに布団や衣類、当面の食料、薪などの生活必需品が運び込まれ、この日からすぐに住めるようになった。相変わらず見事な手際だ。


 ここで、改めて啓助さんから注意事項が言い渡された。

 まず、彼女達はこの家の敷地内から出ては行けない、というのが絶対条件だ。

 また、基本的に外部から人が入ることも許されない。どうしても必要な……たとえば今回のような荷物を運び込むときなどは、源ノ助さんの許可があればOKだ。


 源ノ助さんの賃金は俺が払っているが、あくまで万屋側の人間であり、警備に関しては俺より権限が強い。


 しかし、俺にも特権がある。

 彼女達の仮の主人で、かつこの家の借り主である俺だけはこの家に自由に出入りできるし、泊まることも可能、ということだった。

 女性ばかり五人の家に、俺一人が泊まる。ちょっと嬉しいかも……うっ、ナツに睨まれた。


 ただし、やはり警備は厳重で、日が落ちてあたりが暗くなると、女性達が全員家にいることを確認した上で、源ノ助さんが玄関の扉を閉め、外からかんぬき錠をかける。

 翌朝、日の出とともに彼がまた扉を開ける、ということになる。


 なお、源ノ助さんは離れに寝泊まりする。つまりほぼ二十四時間、この家の敷地内で警備することになっているのだ。

 あと、少女達の家族が来ても、会わせることはできない。なかなか厳しい。


「それと、拓也さんの権限についてだけど……さっきも言ったように、まだ拓也さんは仮の主人でしかないから、彼女達に手を出すことはできない。暴力をふるったりもです」

「ええ、それは分かっていますよ。権限があったって、そんなことしない」

 ここまで潔癖な自分に、俺自身が一番驚くほどだった。


「でも、逆にそれ以外はある程度自由です」

 へっ?


「たとえば、『品定め』のために、裸を見せるように要求することもできますし、望めばお風呂で体を洗ってもらうこともできます。要は、彼女達を肉体的に傷つけなければ、何を要求しても構わないということです。彼女達に、それを拒むことは許されません」


 ……。

「い、いや、俺は、べ、別にそんなつもりは……ないから……」

「今、一瞬いやらしいことを考えただろう」

 うう、ナツ、お前はなんでそんなにカンが鋭いんだ。


「あら、ナツちゃん。年頃の男性なら、それが普通なのよ。そのぐらい、我慢しなきゃ」

 り、凜さんっ! 俺を煽らないでくれっ!


「いえ、拓也さんはそんな方じゃないです。さっき自分でおっしゃったじゃないですか」


 優、偉いっ、その通りだ。でも……一番一緒にお風呂に入りたいのは、実は君……いや、俺は何を考えているんだっ!


「私、タクとだったら一緒にお風呂に入っても平気だよっ」

 やあ、ユキは可愛らしくて素直で良い子だなあ。もうちょっと年上だったら良かったけど。


「私も、ご主人さまとだったら……」

 ハル、そこで『ご主人さま』なんて単語を使わないでくれっ! あと、目をウルウルさせるのも!


 この様子を、また啓助さんはニヤニヤしながら眺めていた。


「そ、そんなことより、他に何か注意点、ありますか?」

「そうですねえ……一月もあるわけですから、彼女達に何か仕事をしてもらうことを考えてもいいかもしれませんね」

「仕事? 家から出られないのに?」

「そうです。たとえば、内職とか。少しでも稼いでもらった方が、あなたにとっても、彼女達にとってもいいんじゃないですか?」


 彼のこの言葉には、女性陣全員が食いついてきた。やはり、自分達でも少しでも稼ぎたいようだ。それに対し、啓助さんはこんな仕事がある、と紹介を始めた。さすがの手際だ。


 こうしてドタバタのうちに始まった「ご主人様」生活。


 しかし翌日には、早くも予想外の大ピンチに晒されることとなったのだ。

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