第2話 タイムトラベル
きっかけは、叔父の発明だった。
俺の叔父は、天才物理学者とも、変人とも言われている、帝都大学の准教授だ。
その日、叔父は興奮しながら俺の家を訪れ、腕時計のようなものを見せつけ、「これで三百年前にタイムトラベルできる」と言ってきた。
もちろん最初は信じなかったし、俺は
「それならすぐ目の前で見せてくれ」
とも言ったのだが、
「総重量が八十キログラム以下の物でないと転送できない」
と訳の分からない理論を展開したのだ。
叔父は巨漢で太っており、九十キロは軽く超えている。
「ダイエットには時間がかかるから、まずは拓也で試したい」
という、むちゃくちゃな要求をしてきた。
まあ、確かに俺は体重六十キロだし、多少荷物を持っても大丈夫だろう。
叔父は
「あとでお礼をたんまりするから」
と、必死に頼み込んでくる。どうも、研究論文の締め切りに追われているらしかった。
叔父にはいろいろ世話になっているし、はなっから信じていなかったこともあって、特に抵抗もせずそのデジタル腕時計型タイムトラベル発生装置、通称『ラプター』をはめ、横のスイッチを押してみた。
――次の瞬間、俺は田んぼの真ん中に立っていた。
「へっ?」
という感じで、あたりを見渡した。
誰もいない。
さっきまで部屋の中にいたのに……瞬間移動? それとも、俺がおかしくなっただけ?
稲はすでに収穫された後みたいで、水は張っていない。
そしてそこに、靴下のままで立っている俺。
とりあえず、あぜ道まで歩いてみる。ちょっと足の裏が痛い。
そこからさらにやや大きめの道に出たが、舗装されておらず、本当に単なる土だけだ。
スマホを取り出してみるが、助けを呼ぼうにも「圏外」の表示、屋外なのにGPSでの位置情報も取得できない。
この時点で、「まさか、本当にタイムトラベルした?」と、焦りを感じた。
何とか帰ろうとして、腕時計をいろいろいじくってみたが、
「再稼働待機時間 170分」
と表示されてしまう。そういえば、なんか一度使うと三時間ほど待たなければならない、というような事を叔父が言っていたような気がした。
どうしようもなく、近くにあった大きな木にもたれかかって、三十分ほどぼーっとしていると、荷車を引いた男性が歩いてくるのを見かけた。
ほっとして、手を振って出て行くと、男ははっと身構え、短刀を構えているではないか。
しかし俺が両手を挙げ、敵意がないことを示しながら近づいていくと、彼は持っていた短刀を降ろした。
そして彼の格好を見て、タイムトラベルの疑いは一層強くなった。
時代劇で見たような格好……着物を着ており、足にはワラジ、そして頭には
「すみません、道に迷ってしまって」
「……普通にしゃべれるんですね。てっきり、異国の人かと思いましたが」
「まあ、異国と言えば、異国かもしれないけど」
日本語が通じた、と少し安心した。
話を聞いてみると、彼は「啓助」という名で、歳は十八だということだった。近くの
なかなか気さくで話しやすい好青年で、俺の身なりや持ち物にも興味を持ってくれた。
特に驚かれたのが、やはりスマホ画面。通話はできないが、写真や動画撮影はできる。そこで見せた画像に、彼は感心しきりだった。
ぜひ万屋まで来てみないかと言われたが、足下が靴下しかないことを打ち明けると、彼は親切にもワラジをタダでくれた。
三十分ほど歩くと城下町に到着した。
ここは地方の城と言うことで、それほど大きな町ではなかったが、それなりに賑わっており、長袖のシャツにジーンズという珍しい身なりの俺は大いに注目を集めてしまった。
そしてこの時点で、本当に江戸時代にタイムトラベルしたのだと確信していた。
万屋の主人は三十代後半ぐらいのおじさんで、やはりスマホの画面、特に動画に食い入るように見入っていた。
これを一両で売ってくれないか、と言われたが、その価値も分からなかったし、さすがにスマホをなくすわけにはいかない。
「とりあえずまた来るからそれまで待っていて欲しい」
とだけ言うと、その格好じゃ目立つから、と、俺の体型にあった着物を貸してくれた。
「どうやって帰るんですか? 故郷は遠いんでしょう?」
という啓助さんの至極もっともな質問にも、俺は
「さっきの『すまほ』みたいな、いわば仙人の道具で、一瞬のうちに住処へと戻ることができるんです。でも、その瞬間を人に見られてはならない掟となっています」
と、もっともらしいことを言って信じ込ませた。
その後、世話になった礼を述べ、そして人目に付かぬよう建物の物陰に隠れた。
その地点でデジタル腕時計型タイムトラベル発生装置『ラプター』の「ポイント登録」機能を使用した後、「前回移動元ポイントに戻る」コマンドを選択。無事、元の部屋に戻って来たのだ。
叔父は俺が無事に帰ってきたことに大いに安堵した。
そして「向こう」で撮ってきたスマホの写真を見せると、今度は大喜びした。
ノーベル賞級、いや、文字通り歴史を覆す世紀の大発明。
しかし、叔父はもう少し検証を進めたいと、興奮しながらも慎重だった。
また、スマホを「一両で買いたい」と商談を持ちかけられた事を話すと、
「それは凄い! 一両っていったら、つまり小判一枚だ。三百年前の小判一枚だと、今なら百万円以上の値段で売れるはずだ!」
と、またまた驚愕していた。
「ひゃくまんえん……」
これを繰り返せば、一年もあれば億万長者になれるのではないか。
俺と叔父はほくそ笑んだ。
こうして、週末の度に三百年の時を超え、商売を重ねる日々が始まった。
それが、西暦2019年の5月だった。
何度か歴史を往復するうちに、いくつか分かってきたことがあった。
まず、過去の年号は「享保四年」で、徳川8代将軍吉宗の時代だった。
計算通り、ちょうど三百年前なのだが、季節は二ヶ月以上ずれており、現代が春なのに過去では夏だった。
また、スマホは一台、中古を買ってきて、約束通り一両で売ったのだが、問題なのはその充電。もちろんコンセントなどないので、充電用の乾電池を大量に過去に持って行かなければならないはめになった。その不便さもあって、一台こっきりしか買ってくれなかった。
それでもその時に支払われた「元禄小判」は、保存状態の良さと希少価値もあり、百四十万円という高値で売れた。もちろん、俺と叔父は狂喜乱舞した。
さて、いろいろと面倒な「スマホ」に代わり、もっと手っ取り早く珍しがられ、高く売れる物はないかと、いろいろ試してみた。
当初期待したのは、マッチやライターといった「火をおこす」道具だった。
しかしながら、火をおこす作業は当時の火打ち石を使った方法でも数分で可能だったし、普通は種火を炭火や火縄の形で残しておいたり、隣近所から借りてきたりと、それほど「困る」物ではなかったようで、思ったような高値では売れなかった。
銀と金の価格差にも注目したのだが、当時、今よりも貴重だった銀、わりと重さがある上に、鑑定に時間がかかる。量が多ければさらに簡単には金と交換してくれない。
俺が商人としてほとんど実績がないことによる「信用不足」も響いた。なかなか簡単にはいかない。
そのかわり、日用品として意外と人気があり、高値で売れたのが「鏡」だ。
当時の鏡は銅などの金属をピカピカに磨いただけの物だったので、現代のすさまじく綺麗に写る鏡は珍重されたのだ。
これには、顔全体が写る鏡で「一朱」の値が付いた。
ちなみに、江戸時代の通貨は、「一両」が「四分」、そして「四分」が「十六朱」。
つまり、鏡十六枚売れば「一両」になるというわけだ。
当時、一両は今の物価にして「十万円」ぐらいの価値があった。ということは、一朱は六千円ちょっと。品質を考えれば妥当なところか。
ちなみにおなじみの通貨単位「文」(もん)は、四千集めてやっと「一両」だ。
ということは、現代のお金に換算して「1文」は「二十五円」ぐらい。ま、そんなもんか。
ただ、鏡はやっぱりかさばるのが気になるところ。一回に移動出来るのは八十キロまでで、俺の体重は六十キロ。ということは二十キロしか持ち運べない。
また、やっぱり「一朱」は高価なので、なかなか数が売れてくれない。それこそ「江戸」のような都会ならばもっと需要があるのかもしれないが、欠点は「目的の地点まで歩いて行って、『ラプター』でポイント登録しなければならない」点だ。
そもそも、最初にあの田んぼの真ん中に飛ばされたのは、まったくの偶然だという。それが海の上だったりしたらどうだったのかと考えると、ぞっとする。
あと、「スマホ」に変わる映像撮影・出力装置として注目したのがインスタントカメラ「シャキ」。
カシャっと取って、ジジジッと出てきて、数分待てば綺麗な写真となるこの魔法の箱、これも当時の人々に大受け。
これは「金一分」、つまり四台で一両という高値が付いた。
「シャキ」四台で小判一枚、現代で売れば百四十万円。ぼろ儲けですな。
まあ、これもフイルムとか電池とか必要だが、それはそれで消耗品として儲けられる。「スマホ」と違ってそれほど面倒でないのだ。
これも「金持ちの道楽品」で、しかも一家に一台あれば十分なものだから、台数が多く出るものではなかった。
これらの売買を繰り返し、俺は二ヶ月ちょっとで二十両、稼ぐことが出来た。
なお、全部小判だった訳ではなく、銀貨の方が多かったため、後でまとめて両替しようと、俺は貨幣を持ち歩いていた。それがこの後、少女達の運命を分ける事となったのだった。
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