身売りっ娘 俺がまとめて面倒見ますっ!

エール

第一章 身売り少女の争奪戦

第1話 幸せな一日

 山々は茜色に染まっていた。


 旧暦の八月二十一日。「仲秋ちゅうしゅう」の後半に差し掛かっている。

 もう夕刻で、街灯など存在しないこの時代、日が落ちると辺りは真っ暗になる。

 しかし俺はそれよりも、「彼女達」に会う時間が短くなってしまうことの方を懸念していた。


 歩みを速めた甲斐があって、まだ日が残っている内に彼女達の「住処」である、この地域では大きめの民家にたどり着いた。


 門をくぐった先の庭では、初老の侍が少女二人となにやら話し込んでいた。


「おお、拓也殿、今日は帰ってこられたのですな」

 俺に気づいた侍が、大きな声をかけてくる。


「おかえり、タクッ!」

「おかえりなさいませ、ご主人様っ!」

 顔がそっくりな二人の少女が、そろって挨拶をしてくる。

 服装はこの時代の標準的な「農民の娘」で、決して派手さはないが、その分、揃った顔のかわいらしさが際だった。


 彼女たちは双子なのだが、性格がぜんぜん違う。

 一人は「お雪」、その名の通り雪の中でも走り回るんじゃないかと思うほど元気いっぱいだ。  

 俺は彼女の事を現代風に「ユキ」と呼んでいる。


 もう一人は「お春」、春の陽気のようにほんわかした雰囲気を醸し出している。ちょっと恥ずかしがり屋で、控えめな性格だ。


 彼女のことも、俺は「ハル」と呼んでいる。ほかの娘も同様に、略称を使っている。

 二人とも数え年で十四歳、誕生日は初春だということだから、満年齢に換算すると十三歳だ。


 ユキははしゃいで、俺に抱きついてきた。

 十三歳だから、ぎりぎり子供と言えなくもないが、それでもちょっと俺は照れてしまう。

 背の高さは、俺の胸までぐらいだ。


 対照的に、ハルは一歩引いた場所から、笑顔で俺を出迎えてくれる。

 彼女は、未だに俺のことを「ご主人様」と呼んでいるが、それは尊敬しているからではなく、単にその呼び方が気に入っているからという理由らしい。


「拓也殿、本日も特に変わったことはありませんでした。平和が一番ですな」

 そう豪快に笑いながら話すのは、この民家の用心棒兼見張り役、「井原源ノ助」さんだ。


 彼は少女達を「この敷地内に閉じ込める」という役目も担っており、それだけ聞くと悪役なのだが、温厚で気さくな人柄もあり、彼女たちからは慕われている。


 年齢は満五十五歳。体は鍛えられており、俺とあまり変わらない身長ながら、がっしりとした印象を受ける。


 なお、俺は百六十五センチ、六十キロと現代では小柄な方だが、三百年遡ったこの時代では、やや大柄な部類に入る。


 俺は源ノ助さんに「本当にいつもお世話になってます。今日も一日、お疲れさまでした」と笑顔で挨拶をして、家の中に入っていく。少女二人もついてきた。


 建物の中には、あと三人の娘が待っている。彼女たちも満面の笑顔で出迎えてくれると信じて……。


「なんだ、今日は帰ってきたのか」

 ……冷たい言葉に、俺のささやかな願いは打ち砕かれた。


 キッっと睨みつけるような視線を投げかけてくるのは「お夏」、略称「ナツ」。数え年で十六歳、満年齢なら十五歳。


 先ほどの双子の姉で、歳の分、彼女たちより背が高いが、それでも百五十センチぐらい。この時代とすれば背は高いようだが、俺から見れば小柄だ。

 服装は双子の妹たちよりも、粋な感じというか、ちょっと男っぽい感じ。たまに木刀を腰に差しているし。


「この家に寄ったということは、何か成果があったんだろうな」

 彼女の言葉は、いつも、なんというか、ちょっと上から目線できつめだ。


「ああ、まあ……『しゃき』が五台売れたのと、手鏡が十枚ぐらい、かな」

「ほう、なかなか頑張ったではないか。誉めてやろう」

「へえ、めずらしいな、ナツが誉めてくれるなんて」

「ば……ばかっ、私だって貴様の頑張りは認めているんだ。けど、その………あんまり調子に乗るなよ」

「ああ、ありがとう」


 俺がそう礼を言うと、彼女は少し赤くなって、ふん、といいながら、二人の妹を連れて自分達の部屋へと帰っていった。

 俺はナツのこと、正直少し苦手ではあったが、決して嫌いではなかった。


「あっ、おかえりなさい、拓也さん。今日は帰ってらしたんですね。今、食事の準備してるんですけど………よかったらご飯、一緒に食べていきます?」


 来たっ!

 今度こそ満面の笑みで玄関先まで出てきてくれたのは、俺が一番気に入っている女の子、「お優」、略称「ユウ」だ。


 数え歳で十七、満年齢で十六歳。俺と同い年だ。

 ナツより少し小柄で、俺より二十センチほど低い。

 それでもこの時代としては標準的。

 その名の通り、すごく優しくて、気が利く。


 整った顔立ちで、俺に対しての愛想もいい。

 ただ、ここに来てからは誰に対してもそうらしいので、俺だけ特別、という訳ではないようだ。


 同い年ということもあってか、彼女とは一番仲がいい。それに、かわいい。

 まあ、人によってかわいさの基準なんてまちまちだと思うが、そのぱっちりとした目元、澄んだ瞳、すっと通った鼻筋、ちょっと湿った小さな唇など、俺にとってはストライクゾーンそのもので、マジで現代にいたならばアイドルになれるに違いない、と個人的には考えている。


 たまに俺が無茶なことをすると怒ったり、ちょっと拗ねたりするが、それもまた魅力の一つだ。


「……拓也さん?」

 はっ! いけない、見とれてしまっていた。

 ええと、食事に誘われてたんだったな。


「ごめん、実家の方で俺の家族が食事の準備、してくれているはずなんだ。だから、今日もそっちに帰るよ」

「そうですか……ちょっと残念。でも、今から帰って、真っ暗にならないんですか?」

「大丈夫。俺には特別な力があるから、暗くても平気だし、それにぱっと帰れる方法も知ってるんだ」

「そうでしたね。拓也さんは、仙人ですもんね」

「まあ、そんなところだよ」


 実際には、三百年という時をタイムトラベルするのだが、この時代の人に……いや、現代の人に言っても通じないだろう。


「ところで拓也さん、姉さんが、拓也さんが帰ってきたら一番奥の部屋へ呼んでって言ってましたけど……」

「えっ、凛さんが? なんだろう……」


 なんかイヤな予感がしたけど、無視して嫌われるのはもっとイヤなので、行ってみることにした。


 その部屋のふすまを開けると、明かりが消えていた。

 窓は雨戸が閉まっているので、真っ暗だ。

 誰もいないかと思ったが、

「どなた?」

 と声が聞こえてきたので

「拓也です……凛さん、どうしたんですか? 具合でも悪いんですか?」

 と声をかけてみた。


「まあ、拓也さん……帰ってらしたんですね。今、明かりつけますね」

 数秒後、カチッという音とともに、ほんのわずか、部屋が明るくなる。

 俺がこの世界に持ち込んだ、点火用ライター「チェックマン」を使ったようで、その火は燭台しょくだい蝋燭ろうそくに移され、もう少し明るくなった。


 とはいえ、凛さん――満年齢で十八歳――の姿はぼんやりと、布団の上に上半身を起こしているようにしか見えない。

「凛さん、こんな時間から床についてるなんて……やっぱり具合が悪いのかい?」

「いえ……その、なんて言えばいいのか……拓也さん、もう少しこっちにいらして……」


 妙に色っぽいその声に戸惑いを覚えながら、俺は彼女の方に近づいた。

「えっ、ちょ………」

 部屋の暗さに目が慣れたのか、彼女の全体がはっきりと見えてきて、俺は唖然とした。

 凛さんは、薄く、白い着物というか、そんな物を一枚まとっているだけだったのだ。


 彼女に言われるまま、すぐ側まで迫っていた俺は、腕を優しく掴まれた。


「拓也さん、私たち、あなたに買われてもう七日になります。なのに、あなたはいっこうに私たちを『お誘い』してくれません」

「いや、あの………なんのお誘いに……」

「また、そんなおとぼけになって」

 凛さんの美しい顔が怪しく微笑む。


「あの、俺はそんなつもりじゃなくて、ただ、みんなが売られていくっていうのが見ていられなかっただけで……あっ、そうだ! それに、前にも言ったように、まだ『仮押さえ』でしかないから、手を出すわけにはいかないし」

「……拓也さん」

「はい?」

「ばれなきゃ問題ありませんわっ!」

「り、凛さんっ! だめだって!」


 凛さんは、笑いながら俺を自分の布団の中に引きずり込もうとする。マジで何かの妖怪じゃないだろうか?

 ……いや、単にからかわれていることはわかっているんだけど。


 けど、こんなところ誰かに見られたら大騒ぎになりかねない。

 俺は悪いと思いながら、力で強引に布団をはねのけた。

 すると勢い余って、体勢が崩れ、凛さんの上に落ちていきそうになった。あわてて彼女を守るべく、仰向けになった彼女の顔の両側に手を突く。


 そのとき、がらり、と襖が大きく開かれた。


 ――まるで俺が凛さんを押し倒したかのような体勢になっている。その現場を、襖を開けたナツが、身を震わせながら見つめていた。


 隣には、ユキ、ハルの双子もいる。

 数秒間固まったその後、

「大声が聞こえたけど、何があったの」

 と心配しながら優もやってきた。そしてこの光景に息を飲んだ。


「い、いや、これは、あの、手違いで……凛さん、何か言ってよ」

 しどろもどろになる俺。


「………私の口からは、何も申し上げられませんわ」

 そんなあ!


 ついに、今まで無言だったナツが、どこに隠し持っていたのか、木刀を振りあげた。


「きさまっ……ついに本性を現したなっ! この私が成敗してくれるっ!」

「ちょっと、まっ……」

「問答無用っ! ちぇぇいぃ!」


 やばい、と俺は身を翻し、急いで逃げようとしたが、いきなり背中に強烈な衝撃を感じて倒れてしまった。本当に木刀で殴られたのかっ?


「きゃははぁー! タクッ、せいばいっ!」

 違った。ユキが、跳び蹴りを放ってきたのだ。

「ぐはあぁ!」

 次にナツの突きがみぞおちに入り、俺は悶えた。


 そんなドタバタの様子を、優とハルは、手を叩いて笑いながら眺めていた。


 ――ちょっと痛かったけど、今考えれば幸せだったこの日。


 俺が十五両、現代の相場で百五十万円で「仮押さえ」した、五人の少女達。


 あと二十日の内に、五百両、つまり五千万円もの大金をそろえねば、彼女たちは今度こそ本当に「身売り」されてしまうのだ――。 

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