第83話

「あれ、ナルアさん」

 早朝、昨晩の宴会の片づけをしようと庭に出てきたライサンダーは、驚いた声をあげた。

「そんな、宴会の片づけなんて、俺がやりますって」

「いや、ライサンダーさんだけじゃ、到底終わる量じゃないだろう?」

「いえ、その、とりあえず、ザッと片づけて、本格的な片づけは、みんなが起きてからやろうと思ってたんですよ。ナルアさんは、ええと、二晩続けて徹夜してるんですよね、確か? 休んでてくださいよ。俺がやっときますって」

「あれだけ歓迎しておいてもらって、何もお返しをしないというのは気が引けるからな」

「いやいやいや、休んでてくださいって。お客さんなんですから!」

「――ふふっ」

 ナルアは、楽しげに笑った。

「ライサンダーさんは、いい人なんだな」

「はあ、そうですか?」

「こちらの大陸の男は、あまり家事などをしないと聞いてきたんだけどな」

 ナルアは小首を傾げた。

「ライサンダーさんは、どうやら違うようだ」

「あはは。俺、故郷のドワーフ鉱山では、よく女みたいなやつだって言われてましたよ。まあ、母親がホビットなもんで、そっちの血が強く出ましたかねー。ホビットはわりと、男も女も、家事が好きな人が多いもんで」

 ライサンダーは、屈託なく笑った。

「それじゃあ、せっかくですから、二人でザッと片づけちゃいましょうか。なーに、ザッとでいいんです、ザッとで。何も、こんだけたくさんの片づけもの、俺らだけでやんなきゃいけないなんてことはありませんから」

「そうだな」

 ナルアは、にっこりと笑った。

「その――こういうことを聞くのは、もしかしたら失礼にあたるかもしれないんだが――」

「あー、俺とハルさんと、エーメ君の関係ですか?」

「ん――まあ、そうだ」

「あはは、こっちの大陸――つーか、俺らはここからセルター海峡を渡ったところにある、ディルス島の出なんですけどね。こっちだって、俺らみたいな関係は、結構珍しいですからね。よその大陸から来た、ナルアさんが不思議に思うのも、無理ないですって」

「いや――実は、私達獣人の間では、一夫多妻や、一妻多夫は、少数派ではあるが、それなりに存在しているんだ。だからあの馬鹿どもも、隊長、俺達全員と結婚してみてくれませんか! なんて、たまに言うんだがな。――まあ、もっとも」

 ナルアはニヤリと笑った。

「あいつらみんな、本音じゃ私を一人占めしたいもんで、お互い牽制しあってくれてて助かる。さすがに、あの人数が一致団結して迫ってきたら、私もちょっと手に余るからな」

「はあ――そりゃ、すごいですね」

 ライサンダーは、目を白黒させた。なにしろ、ナルアが、「あいつら」と言う、探検隊の隊員達は、数人単位ではない。数十人単位だ。一妻多夫と言う制度が存在しているとしても、さすがにあまりに壮絶な人数比だ。

「いやあ、それはさすがに、私も身がもたないんじゃないかと思うがな。まあ、でも、さばきようによっちゃ、なんとかなるかな?」

 そう言ってナルアは、いたずらっぽくニヤリと笑った。

「でも、私達獣人には、エルメラートさんやアレンさんのように、性別が途中で変わってしまうようなものはいないからなあ。そういうのはその、なんというか、どうにも不思議に思えるな」

「ああ、俺達の間でだって、性別がコロコロ変わったりするのは、淫魔の血をひいてる人達だけですからねえ、基本的に。しかも、純血の淫魔じゃなきゃ、自分の意思では性別を選べないみたいですし」

「淫魔――という種族も、私達には正直、よくわからない種族なんだ」

 ナルアは小首を傾げた。

「淫魔というのは、他の種族の力を借りなければ、子をなすことが出来ない種族だ――というのは、本当なのか?」

「よく知ってますねえ。こっちの連中の中にだって、そのことをちゃんと知らないやつもいるくらいなのに」

 ライサンダーは、感心したように言った。

「まあ、淫魔の血をひいてるだけ、っていう混血は、自分だけの力で子供をつくることが出来るみたいですけどね。ほら、アレンさんも今、身ごもってますけど、あれは、アレンさんとユミルさん、お二人のお子さんですからね。俺達の子とは、ちょっと違います」

「――ええと、あの」

 ナルアは、少し言いよどんだ。

「あの――ちょっと気になったんだが、淫魔のかたが、私達獣人の力を借りて、子をなすとしたら、その子供はいったい、どんな子供になるのかな?」

「え――」

 ライサンダーは、大きく目を見開いた。

「ええと――あの、俺達とあなたがたって、混血が可能でしたっけ?」

「こちらの大陸と交流があった時分も、まあ、まず、めったにはないことだったらしいが――確か、皆無というわけじゃ、なかったと思う」

「それじゃあ、その、完全な獣人じゃなくって、なんとなく獣人っぽい子供が、生まれてくるんじゃないですかねえ――たぶん」

 ライサンダーは、首をひねった。

「なにしろ、淫魔の人達だって、さすがに海を越えて他の大陸まで、精をもらう相手を探しに行ったりはしない――らしいですからねえ。どんなふうになるかは、俺にはちょっとわかりませんねえ。でも、まあ、淫魔の子供は、その子供をつくる時、力を借りた種族の特徴が、どこかに出ることが多いらしいですから、まあ、その、どこかに獣人っぽいところが出るんじゃないですかね?」

「なるほど――」

 ナルアは感慨深げにうなずいた。

「あー、エーメ君がこんな話聞いたら、絶対おもしろがっちゃうだろうなー」

 ライサンダーは苦笑した。

「でも――なんか、ナルアさんと話してて思いましたよ。今まで交流が途絶えていた、俺達のニルスシェリン大陸と、あなたがたのアヤティルマド大陸との交流が復活したら――」

 ライサンダーは、楽しげに笑った。

「いろいろと、新しい、面白いことが起こるんでしょうねえ!」

「そうだな」

 ナルアは、クスリと笑った。

「いやあ、クレアノンさんの周りにいる人達は、みんな頭がいいから、話していて楽しいよ」

「え? 俺が、頭がいい? いやー、別に、そんなことないですよ? そりゃ、まあ、ハルさんとかは頭いいですけどねー」

 ライサンダーは、苦笑した。

「と、いうことは、こちらの大陸の人々の知的水準は、我々よりも、かなり高いところにある、ということなのかな?」

 真面目な顔で、ナルアが言う。

「あはは、そりゃほめすぎですって。ナルアさんは、こっちに来て日が浅いから、なんでも目新しくって、なんとなく、自分のところのものよりよく見えるだけなんじゃないですかね? ああ、すみません、話しこんじゃいましたね。サッと片づけちゃいましょう。ナルアさんは、それが終わったら、すぐに休んで下さい。言っちゃなんですけど、徹夜を二晩続けてなんて、絶対体に悪いですって。急いで寝たほうがいいですって。なんだったら、ここは俺一人に任せて――」

「いや、そういうわけには。おもてなしいただいたことに、お返しするのは当然だからな。では、ええと――どこから手をつけようか?」

「そうですね――」

 和気あいあいと、テキパキと。

 獣人の女戦士と、ドワーフとホビットの混血の青年は、散らかった宴会会場の、後片づけをはじめた。

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