第82話

「――あら?」

 クタンとしたパルロゼッタを抱きかかえ、屋敷から出てくるエルメラートを見て、クレアノンは少し驚いた声をあげた。

「パルロゼッタさん、どうしたの?」

「寝ちゃったんですよー」

 エルメラートは、あっけらかんとした声で言った。

「しばらく一緒におしゃべりしてたんですけどね、なんだか、コックリコックリなさりはじめたかと思ったら、いきなり、ストン、って、テーブルに突っ伏して眠ってしまわれて」

 と、いっしょに屋敷から出てきたエリシアが補足する。

「あら、そうなの。そういえば、パルロゼッタさん、昨夜は徹夜で、ナルアさんからいろんなお話を聞いていたっておっしゃってたわねえ。きっと、疲れていたのね」

 納得したように、クレアノンがうなずく。

「そうなんですか? あ、でも、ナルアさんは、お元気そうですけど――」

 エルメラートが、ちょっと伸びあがるようにして、その長身をキビキビと動かし、宴会会場を闊歩するナルアを見やる。

「そうねえ、まあ、獣人は、ホビットより、一般的に言って、だいぶ頑強な体を持っているからねえ」

 小首を傾げて、クレアノンが言う。

「えーっと、クレアノンさん、パルロゼッタさん、どうすればいいでしょうねえ? あの、おっきな馬車の中に入れてあげればいいんでしょうか?」

 エルメラートが、宴会会場となった庭の一角を占拠する巨大な馬車――パルロゼッタの移動書斎のほうにあごをしゃくる。

「そうねえ、たぶんそれでいいと思うけど」

 クレアノンもまた、ちょっと伸びあがるようにして、移動書斎のほうを見やる。

『――お手数をおかけして申し訳ありません』

 そのとたん、移動書斎の伝声管から、移動書斎の操縦士、ノームのアスティンの声が響いた。

『ほっぺたを2、3発ひっぱたいていただければ、たぶん起きると思いますんで、とりあえず、遠慮せずひっぱたいてやってください』

「……聞こえたのであるぞお、アスティン」

 エルメラートの腕の中、眠たげに薄目を開けたパルロゼッタは、不機嫌な声でうなった。

「吾輩、そんなことされなくったって、口で言われれば起きるのであるよお」

『だから俺が言ったじゃないか。おまえは疲れてるんだから、早く休んだほうがいいって』

「うるさいのであるよお。アスティンはいっつも、お節介すぎるのであるよお。吾輩、子供じゃないのであるからな。いつ眠っていつ起きるかまで、アスティンにごちゃごちゃ言われたくないのであるよお」

『そんなこと言って、人様にご迷惑をおかけしてるんじゃ世話がない』

「うう――ちょっと、うとうとしてしまったのであるよ。――あ」

 ここでようやくパルロゼッタは、自分がエルメラートに抱きかかえられたままであるということに気がついたらしい。

「あ、ご、ごめんであるよエルメラートさん! も、もう、おろしてくれてかまわないのであるよ!」

「そうですか? それじゃあ――」

 ヒョイとパルロゼッタを地面におろすエルメラート。

「どうも、ありがとうであるよ」

 地面におろされるなり、ペコン、と、エルメラートに向かって大きく一礼するパルロゼッタ。

「それじゃあ、吾輩、一度移動書斎の中に――」

 言いかけ、パルロゼッタは、ちょっと考えこんだ。

「――クレアノンさん、吾輩達、あの移動書斎を、この庭に置きっぱなしにして、ここに泊っていってもいいであろうか?」

「それはかまわないけど――どうも、見た感じでは、この宴会、夜通し続きそうな感じなんだけど、パルロゼッタさん達は、うるさくないかしら?」

 クレアノンは、宴会会場全域でさんざめく、獣人達や人間達の宴たけなわな様子をぐるりと見回して言った。

「や、なに、これくらいの騒音なんて、吾輩達にとっては子守歌程度にしか聞こえんのであるよ」

 そう言って、大きく肩をすくめるパルロゼッタ。

「ねえ、パルロゼッタさん」

 エルメラートが、興味しんしん、という顔で、パルロゼッタを見つめる。

「パルロゼッタさんとアスティンさんって、恋人どうしなんですか?」

「は? 吾輩とアスティンがであるか? ちがうちがう。吾輩とアスティンは、単なる仕事仲間であるよ」

 パルロゼッタは、おかしそうにケラケラと笑った。

「じゃあ、おやすみなのであるよ皆さん。エルメラートさん、ご迷惑おかけして、悪かったのであるな」

「いえ、別に迷惑なんかじゃないですよ。パルロゼッタさんは軽いから、簡単に運べましたし」

 にこにことエルメラートが言う。パルロゼッタの属する種族、ホビットもまた、小柄なことでよく知られている種族だ。筋肉質の体を持つ、若々しいエルメラートにとって、眠ってしまったパルロゼッタの体を抱きかかえて運ぶことくらい、いともたやすいことでしかない。

「そういえば、クレアノンさんは、どういうふうに眠るのであるか? 亜人や人間と同じように、毎日きちんと眠る必要があるのであるか?」

「そうねえ」

 クレアノンは小首を傾げた。

「あなたがたのあいだには、『寝だめと食いだめは出来ない』っていう言葉があるみたいだけど、私達の場合は、たいてい、寝だめと食いだめが出来ることが多いわね。大概の竜は、寝だめと食いだめが出来るの。私がこういう――人間体になって、食事も、あなたがたとおんなじくらいの量を食べて、それで別におなかがすいちゃったりしないのは、事前にきちんと食いだめしておいたからだし、眠るほうだって、そうねえ――その気になれば、何年もまとめて眠り続けることも出来るわよ。まあ、私の場合、食事にしろ睡眠にしろ、まとめて一度にとるか、細切れにしてちょくちょくとるか、ある程度自分で選べるから、そういう面では、便利よね」

「そうなのであるか!」

 パルロゼッタは、大きくうなずいた。

「それはそれは、大変に、興味深いお話であるな!」

『パル!』

 移動書斎の伝声管から、アスティンの声が響く。

『今日はもう、仕事も遊びも終わりにしろ! 今すぐ移動書斎に入って睡眠をとれ! いうこと聞かなきゃ、もう、おまえの論文の推敲手伝ってやらんぞ!!』

「う――わ、わかったのであるよ、アスティン」

 パルロゼッタは、不満げに口をとがらせた。

「では、これで失礼するのであるよ。おやすみなさい、皆さん」

 と、クレアノンをはじめとする一同に向かい、深々と一礼するパルロゼッタ。

「おやすみなさい」

「おやすみなさーい!」

「おやすみなさい」

 口々に挨拶を返す、クレアノン、エルメラート、そしてエリシア。

「おやすみであるよー」

 ヒラヒラと片手をふり、移動書斎の中に消えるパルロゼッタ。

「あ! わ、わたしも、そろそろ行かなくっちゃ、レンが心配しちゃう!」

 ハッとした顔で、あわてた声で叫ぶエリシア。

「えー? 大丈夫だと思いますよー。だって――ほら」

 エルメラートがにこにこと、エリシアにある光景を指し示す。

「――あら」

 エリシアは、にっこりと笑った。

「あら、仲良くなったみたいね」

 クレアノンもまた、にっこりと笑った。

 三人の、視線の先には。

 ぐっすりと眠りこけているレオノーラを、とても大事そうに腕に抱いたザイーレンと、その、レオノーラの寝顔を、優しい笑みを浮かべて見つめながら、穏やかにザイーレンと言葉を交わす、豹の獣人にして、オルミヤン王国から派遣されてきた探検隊の隊長、女戦士ナルアの姿があった。

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