第70話
「――あなたがたは、実に大胆だな」
ナルアが唐突に、ボソリと口をはさんだ。
「異国の人間が聞き耳を立てているような場所で、そんな話をするだなんて」
「ふむ」
パルロゼッタは、目をパチクリさせた。
「ナルアさん、あなた、特に大した得もないであろうに、わざわざ自分から竜の怒りを買おうとするほど、愚かな人なのであるか?」
「……いや」
ナルアは苦笑した。
「確かにそんなのはまっぴらごめんだな。それよりむしろ、竜に恩を売るほうがよさそうだ」
「あら」
クレアノンはにっこりと笑った。
「私に協力して下さるのかしら?」
「さて――どうしようかな」
ナルアは小首を傾げた。
「私達があなたがたに協力できるようなことが、何かあるだろうか?」
「考えれば、いくらでもあると思うけど」
クレアノンは、ある種無邪気と言ってもいい笑みをナルアに向けた。
「それはそうだろうな」
ナルアは再び苦笑した。
「やれやれ、正直、あなたがたがこんなにもあけっぴろげな人達だとは、まったく予想していなかった」
「どういうふうに予想していたのであるか?」
パルロゼッタが小首を傾げる。
「まあその――正直に言うと、私達獣人より、よほどややこしくて面倒くさい種族だろうと」
「ふむ」
パルロゼッタは、反対側に首をひねった。
「あなたがた獣人は、そんなにも単純ですっきりとした種族なのであるか?」
「まあ、私なんかは自分でかなり複雑なほうなんだろうと思うが。獣人の中では」
ナルアはサラリと言った。
「ぼかあ、単純やよ、うん」
オリンがのんびりと口をはさむ。
「ふむふむ」
パルロゼッタは、コクリコクリとうなずいた。
「あなたにもまだまだ、いろんな話を聞く必要があるのであるな」
「申しわけないが、それはまた後日、ということにしていただけないだろうか?」
ナルアが、げんなりとしたようにうめいた。
「これで私も、体力があるほうだと思ってはいたんだが、なんというかその、さすがに喋りつかれた」
「む? あれしきで、もう喋りつかれてしまったのであるか?」
パルロゼッタは、ちょっと口をとがらせた。
「意外と体力がないのであるな」
「ああ、私もそう思う。まさかこんなに疲れるとは思わなかった」
「――なるほど、率直な人であるな」
パルロゼッタは肩をすくめた。
「よかろ。では、また後日、ということにするのであるよ」
「そうしていただけると助かる」
「では、そうするのであるよ」
「ありがとう」
ナルアは滑らかに一礼した。
「あら、もうお帰りかしら?」
クレアノンは小首を傾げた。
「――どうしようかな」
ナルアも小首を傾げた。
「クレアノンさん、あなたとお話がしたいのは山々なんだが、今の私はその――いささか疲れている。この状態で、あなたとの会談を行う、というのは、いささか不本意だ。あなたがどうしても今すぐに話をしたい、というなら別だが――」
「そんなに急いでないわよ」
クレアノンはクスリと笑った。
「もし休みたいのなら、あいてる部屋があるわよ。仮眠でもとってきたらどうかしら? それとも、あなたが逗留している宿に戻っていただいて、後日また、ということにしたってかまわないけど、私は」
「そうだな――少々仮眠させていただけるとありがたい。あなたがたの話が終わるころには、大分回復していると思うから」
「欲のない人であるな」
パルロゼッタは、ニヤリと笑った。
「ディルスの黒竜と、ハイネリア四貴族が一、セティカの勧誘部隊長との会談を、みすみす丸々見逃すとは!」
「なに、もう、さわりのところは十分見せてもらったさ」
ナルアはサラリと答えた。
「あれだけわかれば、後はそちらで細かい手段と方法とを決めるだけだろう」
「と、決めつけてしまってもよいのであるか?」
「どうせ、私がいたんじゃ、私がいる時に話せるような話しか出てこないだろう?」
「まあ、吾輩だったらそうかもしれんのであるが」
パルロゼッタは肩をすくめた。
「そこにいるクレアノンさんは、どうであろうかな?」
「あら」
クレアノンは苦笑した。
「私、そんなにうかつなように見えるのかしら?」
「というか、常識の差であるな」
パルロゼッタはあっさりと言った。
「吾輩達が、亜人や人間の常識として、話さんほうがいいと思うようなことでも、なにしろクレアノンさんは竜であるからな。そんな常識なんてないから、ポロッと話してしまうかもしれんのであるな」
「あら――それはそうかもね」
クレアノンは軽くうなずいた。
「どうするナルアさん?」
「……やはり、仮眠をとってきたほうがよさそうだ」
ナルアは苦笑しながら肩をすくめた。
「徹夜明けの頭でわたりあうには、あなたがたはいささか歯ごたえがありすぎる」
「であるか」
パルロゼッタは、少しだけ残念そうな顔をした。
「まあ、あなたがそう言うなら、そうしたほうがいいのであろうな」
「ぼかあ、残っててもええけどの。なにしろ二回もお昼寝したし。でも、ぼかあ、むつかしい話はでけへんから、あんまり役には立たないねえ」
オリンがのんびりという。
「お茶でもどうですかオリンさん。ライさんのつくるお菓子はおいしいですよ」
クレアノン達の話をよそに、のどかにお茶を飲んでいたエルメラートがオリンに声をかける。隣のハルディアナも、ヒラヒラと手を動かしてオリンを誘う。
「うわあ、ありがとねえ」
オリンはにっこり笑い、いそいそと二人のもとへと向かった。隣でライサンダーが、苦笑しながらクレアノンに一礼する。
「それじゃあええと――パーシヴァル、ナルアさんを、客用寝室に御案内してさしあげて」
「かしこまりました」
「街中の一等地に、こんな立派な屋敷をたてられるんだから」
ナルアは、感心したようにあたりを見まわした。
「ずいぶんと裕福なんだな、あなたは」
「ああ、あのね、竜素材って、高く売れるの」
クレアノンは肩をすくめた。
「儲けたお金は、悪魔の力でいっくらでも増幅できるッスし♪」
エリックがニヤニヤと補足する。
「だいたい、この家建てるのだって、オレらの力をかーなーり、使ったし❤」
「……そうなのか」
ナルアは、幾分不安げにキョロキョロした。
「悪魔の力でたてた家――か」
「ああ、大丈夫よ。強度に問題はないわ」
クレアノンがあっさりと言う。
「そ――それはそうかもしれないが」
「だあーいじょうぶッスよお。べっつに、オタクが眠っている間に、ベッドがオタクのことをぱっくり食べちゃったりなんてしないッスから❤」
「……切にそう願う」
「大丈夫よ。そんな余計な仕掛けは、つくらせたりしてないから」
「――そうか」
ナルアは、小さくため息をついた。
「では、お言葉に甘えて、仮眠をとらせていただこう」
「ええ、どうぞ」
クレアノンはにっこりと笑った。
「ゆっくり休んでちょうだいね」
「――ありがとう」
ナルアは、フッと笑い、案内するパーシヴァルの後について部屋を出た。
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