第58話
「――エリック、来ないわね」
『竜の本屋さん』店内にて、クレアノンは小首を傾げた。
「は、どうもすみません。さっきからケータイに連絡を入れているのですが、どうもその、電源を切っているか何かしているらしくて」
恐縮しきったパーシヴァルが深々と一礼する。
「あら、パーシヴァル、ケータイ使えるんだ」
「はあ、まあ、その、機能の全てなんて、到底使いこなせはしませんが、基本的な機能くらいだったら、一応それなりに」
「へー、すごいじゃない。使い魔になってまだ日が浅いっていうのに」
「人間だった時分に、それなりに予習をしておりましたので」
パーシヴァルが照れたように笑う。
「まあ、エリックにはエリックの考えもあるんでしょうしね」
クレアノンは小さく苦笑した。
「私、ちょっとせっかちだったわね」
「あの、私、様子を見てきましょうか?」
責任を感じたらしく、パーシヴァルがそう提案する。
「あら、行ってくれるの? ありがとう。じゃあお願いしようかしら」
「かしこまりました」
パーシヴァルは、再び深々と一礼した。
「では、行って参ります」
そう言ってパーシヴァルは、この世界、この次元においては、竜と悪魔、そして、今はいないが天使だけが、安全に利用することの出来る、瞬間移動用の異空間へと身を投じた。
――話は少しくさかのぼる。
エリックは、迷惑げな顔をした酒場の店主に、グリグリとモップの先でつつきまわされていた。
「…………んにー、何するんスかあ。エリちゃんまだ眠いのに…………」
「お客さん!」
店主は業を煮やしたように、モップの柄を、ドンと床につきたてた。
「いいかげん、帰っていただけませんかねえ! いったいいつまでうちの店にいるつもりなんですか!?」
「あ、あー、ゴメンチャイ。いやー、ゆうべは飲んだにゃあ。……って、あ、あれ!?」
エリックははねおきた。店の中には、寝ぼけ眼のエリックと、モップを床につきたててエリックをにらみつける店主と、われ関せずとばかりにテーブルの上を黙々と拭いている店員と――。
それより他に、誰もいなかった。
「あ、あ、あの、ご、ご、ご主人!」
「なんですか。ああ、ちなみに、お客さんの飲み代は、あの太っ腹な豹のおねえさんが、全額払っていって下さいましたんで、お客さんは後、店から出ていってくださるだけでよろしいんですけどねえ」
「それそれそれ!!」
店主の嫌味をものともせず、エリックはじたばたと両手両足をふりまわした。
「ゆ、ゆ、ゆうべの獣人の団体さんは、い、いったいどこへ行ったんスか!?」
「そんなことわたしゃ知りませんよ。あのかたがた、おたくのお連れさんじゃなかったんですか?」
「いやあ、初対面ッス」
「へー、それなのにあの豹のおねえさん、あなたの飲み代を全額持って下さったんだ。いやあ、太っ腹だねえほんとに!」
「ああ、まあ、それはありがたいと思ってるッスけど。で、でも、あの人達、ほんとにどこ行っちゃったんスか!?」
「……どこへ行ったかは知りませんが」
あわてふためくエリックのことを、気の毒に思ったのか、それとも、情報を提供してとっととお引き取り願おうと思ったのか。店主はため息をつきながら。
「――どこへ行ったかは知りませんがね。お客さんが酔い潰れた後で、セティカの勧誘部隊長さんがいらっしゃいましてね。あの太っ腹な豹のおねえさんと、何やらいろいろ話をしてから、みんなそろってうちの店を出て行きましたよ。お客さんの飲み代まできちんと払ってくれてね」
と、情報を提供してくれた。
「エリック、おまえ、酒場にいたんじゃなかったのか? な、なんでこんなところをほっつき歩いているんだ!?」
異空間から飛び出して来たパーシヴァルは、驚いて目を白黒させた。使い魔であるパーシヴァルは、同じ次元、同じ世界の中だったら、お互いがどんな場所にいても、瞬時にしてエリックのもとへととって返せる能力を身につけている。というか、そのように設定されている。今回、エリックのもとへ行く事だけを考えて異空間に身を投じたパーシヴァルは、自分が予想していた場所とは全く違う場所に出現してしまい、あわててあたりを見まわした。
「え? え? ど、どこだ、ここは?」
「ああ、マスター、いいところに!!」
エリックは、ガシッとパーシヴァルの肩をつかんだ。ゆうべは人形サイズだったパーシヴァルだが、クレアノンの力を借り、今は人間の成人サイズという、本来の、というかまあ、パーシヴァルにとって一番居心地のいい大きさに戻っている。
「エ、エ、エリちゃんちょーっと飲みすぎちゃった! じゅ、獣人の団体さん、横から出てきたやつにかっさらわれちった!!」
「な、なにィッ!?」
パーシヴァルは飛び上がった。
「ど、ど、どこのどいつだ、そんな横取りしてくれたのは!!」
「いや――それが――」
エリックは、微妙な顔で、ポリポリとこめかみのあたりをひっかいた。
「あの酒場のご主人のいうことを信用するなら、どうも相手は、セティカのみなさんらしいんスよねえ――」
「セ、セティカ!? あ――ああ、そうか――」
パーシヴァルは大きく息を飲んだ。
「セ、セティカもまた、『ハイネリアの四貴族』の一角を担う存在だものな。あ、あんなめったにないような珍客を、いつまでもむざむざと放っておくはずがないな。と、当然の帰結だ――」
「――あー、マスター」
エリックは、情けない顔でクニャッと唇を歪めた。
「俺がヘマしたって知ったら、クレアノンさん、怒るッスかねえ?」
「……おまえの今後のことを思うなら、きっと激怒するだろう、といって、おどかしておくぐらいがちょうどいいのかもしれんが」
パーシヴァルはニヤリと笑った。
「しかし、クレアノンさんは、別に怒ったりはせんだろう。むしろ、喜んでくれるかもしれん。『あら、それじゃあ、獣人の皆さんとセティカのみなさん、両方といっぺんにお話しができるのね。手間がはぶけて助かるわ』――とか言って、な」
「オオ、マイ・マスター」
エリックはほっとしたように、満面の笑みを浮かべた。
「オタクってば、ほんとーに、いい人ッスね!」
「私はもうおまえのマスターではないし、それどころか『人』ですらないんだがな」
パーシヴァルは、クスリと苦笑した。
「とにかく、いっしょに戻ろうエリック。クレアノンさんならきっと、何かいい案を思いついて下さるさ」
「アイアイ、リョーカイ」
かくしてエリックとパーシヴァルは、二人仲良く異空間へと身を投じた。
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