第59話

「面白いわ! 本当に面白い!」

 クレアノンは目を輝かせて叫んだ。パーシヴァルは、エリックをコツンとひじでつついた。

「なるほどなるほど、そうよね、セティカのかたがたが、有望な新人を自分から探しに行くことだって、当然あってしかるべきことだものね!」

「勧誘部隊長――」

 ユミルがちょっと眉をひそめて考えこんだ。

「はて――すみません、いったい誰のことを言っているのか、私にはちょっとわかりかねます。その、お役に立てなくて申し訳ありませんが――」

 ユミルはいささか、気まり悪げな顔をした。

「その――正直、イェントンの面々は、セティカの皆さんのことを、ちょっとその、なんというか、下に見ているようなところがありまして――。私もその、アレンと出会うまでは典型的なイェントン、でしたからね。セティカ内部のことは、あまり詳しくは知らないんですよ。個人的な知りあいというのもおりませんし。ザイーレンさんなら、きっともっと詳しいんでしょうが――」

「検索結果によると、勧誘部隊長は、ホビットの、えーと、女学者さんッスね」

「あら」

 クレアノンは目をしばたたいた。

「学者さんですって?」

「イッエース。セティカの勧誘部隊長は、ホビットの、パルロゼッタ・ロディエント、ッス。えー、この人は、社会学者と自称しているッスね」

「社会学者ですって?」

 クレアノンは身を乗り出した。

「まあ、珍しい。私、この世界で、竜や悪魔以外で社会学者って名乗る人のことを聞いたのは、これが初めてよ」

「そうッスねえ、こういう形態の社会――つーか世界――においては、けっこう珍しい存在かもしれねえッスねえ。もしかして、パイオニア、ってやつッスかね?」

「そうかもね」

 クレアノンは楽しげに笑った。

「――あの、すみません」

 ユミルが遠慮がちに口をはさんだ。

「『ぱいおにあ』とは、いったいどういう意味なんでしょうか?」

「あら――ごめんなさい。あなたがたにはわからない言葉でしゃべっちゃったみたいね」

 クレアノンは、もうしわけなさそうに苦笑した。

「『パイオニア』っていうのはね、その道を切り開いた第一人者、っていう意味よ」

「よーするに、今までだれもやったことのないことをやってのけた人、っつー意味ッスね」

 と、エリックが補足する。

「なるほど」

 ユミルは大きくうなずいた。

「それでは、その、勉強不足でもうしわけないんですが、『社会学者』とは、いったいどういうものなんでしょう? いや、『社会』も、『学者』も、意味はわかるんですが、『社会学者』というのは聞いたことがなくて――」

「あら」

 クレアノンはクスリと笑った。

「それは知らなくてもしかたがないわよ。この世界の人間や亜人には、きっと今まで、パルロゼッタさんがそう名乗るまでは、なかった概念なんでしょうから。社会学者、っていうのは、そうねえ――」

 クレアノンは、少し考えこんだ。

「例えば、そうねえ――そうだ」

 クレアノンは、ポンと手を打った。

「例えばね、この私、黒竜のクレアノンが、ハイネリアという国にちょっかいを出しはじめた事によって、『ハイネリア』という社会が、いったいどんなふうに変わっていくのか。人々はどんなふうに反応するのか。そして、どうして人々はそんなふうに反応したのか。ハイネリアが『どういう形態の』社会だったから、そんな反応を誘発したのか――そんなことを調べていくのが、社会学者さんよ。まあこれは、ものすごく大雑把な説明なんだけど」

「え――ええと――」

 ユミルは、眉間にしわを寄せて考えこんだ。

「ええと――す、すみません、そ、そんなことをして、いったい何の役に立つんですか?」

「あら、結構役に立つわよ」

 クレアノンは真顔で言った。

「少なくとも、同じ過ちを繰り返さない――とまではいかないかもしれないけど、同じ過ちをどこか他の場所、他の時代ですでにおかしていた人々がいたということを知り、その人々がとった行動が、どんな結果を招いたのかということを知る役には立つわ」

「え――?」

 ユミルは目を白黒させた。

「まあ、今わからなくてもかまわないわ」

 クレアノンは、小さく肩をすくめた。

「いつかわかってくれれば、それでいいの」

「す、すみません、理解力が足りなくて」

「いいのいいの。だって『社会学』っていうのは、この世界にはまだない――正確に言えば、まだ生まれたばかりの概念なんだから」

 クレアノンは、ユミルに軽くうなずきかけた。

「さて、それにしても、エリックの話によれば、今まさに、獣人の皆さんとセティカの皆さんが、会談の真っ最中ってわけね。あ、それとも、もしかしてもう、お話、終わっちゃったかしら?」

「んにゃんにゃ、それはないでしょう」

 エリックがユラユラとかぶりをふる。

「オレの見たところでは、あの、獣人の探検隊の隊長さん、女豹のナルアさんは、なかなかの大人物ッスよ。こんなおいしい、興味深い会談を、あっさり終わりにしちまうなんて、そんなもったいないことは、よっぽどのことがなきゃ、まあ、まず、しやしないッスよ。――と、思うッス」

「なるほどね」

 クレアノンは、ニヤリと笑った。

「ああ――どうしようかしら? 獣人とセティカとの対談に、竜が押しかけていったらやっぱり迷惑かしらねえ?」

「いやいやいや、そーんなことで遠慮してたら、なーんもはじまんねーッスよ!」

 エリックが、大仰に両手をふりまわした。

「クレアノンさん、ここはイッパツ、あれッスよ」

 エリックもまた、ニヤリと笑った。

「押しかけだろうとどさくさまぎれだろうとずうずうしかろうと、結局のところ、みんなが得をするような提案ができれば、みんな言うこと聞いてくれるに決まってるッス。そしてもちろん――」

 エリックは空中に舞い上がり、片足立ちでクルクルと高速回転をしてみせた。

「最終的に、オレらの目的のため、オレらの利益のため、最大限に役に立つような方向に、みんなを誘導していけばいいんスよ!」

 ピタリと回転をとめたエリックの片手には。

 色とりどりの花を美しく配置した、かわいらしい花束が握られていた。

 そして、もう片手には。

 花束と見まごうばかりの美しさを誇る、甘い、おいしそうなケーキをいっぱいに乗せた大皿が。

「女の人って、お花とケーキが好きなもんッス。ま、一般論、なんスけど、この際一般論から入ってみましょーよ」

 エリックは、クレアノンに大きく微笑みかけた。

「さあクレアノンさん、お花とケーキを持って、女豹さんと、ホビットの女社会学者さんに、押しかけ自己紹介をしに行きましょー!!」

「――あら、素敵」

 クレアノンはにっこりと笑った。

「エリック、あなた、単なる下級悪魔にしておくには、なかなか惜しい人材じゃない」

「にゃははは、ほめていただけるのはうれしーんスけど、エリちゃん、無理はしない主義なんス。つーかオレ、いまだにレベルはD*だし。なんつーかねー、攻撃力が、壊滅的に不足してるんスよねー」

「私が力をわけてあげましょうか?」

 クレアノンはサラリと言った。

「遠慮しとくッス」

 エリックはあっさりと断った。

「過ぎた力は身を滅ぼすッス。オレ、そんなわかりやすい死亡フラグなんて立てたくないッス」

「あら――よけいなお世話だったみたいね。ごめんなさい」

「いやいや、クレアノンさんが、親切で言って下さったってことは、このエリちゃん、ちゃーんとわかっているッスよ❤」

「――ありがとう」

 クレアノンは、微笑んだ。

「さて、それじゃあ――ユミルさん」

「は、はい!」

「あなたとアレンさんも、いっしょに来て下さるとありがたいんだけど」

「そ、それはもちろん、喜んで。ですが――」

「ですが?」

「わ、私達がお役にたてるような事ってあるんでしょうか?」

「あると思うから、ついて来て欲しいと言っているのよ」

 クレアノンはにっこりと笑った。

「さて、じゃあ、アレンさんのところに行きましょうか。まだ閲覧室にいるのよね?」

「ええ。たぶん、紙芝居か絵本の読み聞かせをやっているはずです」

「お邪魔をするのは気の毒だけど」

 クレアノンはきっぱりと言った。

「今は、私の仕事を手伝っていただくことにするわ」

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