第53話

 クレアノン達がリロイに与えられた部屋に戻ってみると、床の上で、エルメラートの黒貂、黒蜜と、アレンの黒猫、リリーが、床の上でウニャウニャとこんがらがるようにしてじゃれあっていた。

「ああ、リリー、黒蜜さんに遊んでもらってたんですか?」

 アレンが嬉しそうにいった。

「あ、お帰りなさい、アレンさん」

 エルメラートがにっこりと笑った。同じ淫魔の血を、半分ながらひく血族として、エルメラートはアレンに、そこはかとない身内意識を持っているようだった。

「クレアノンさん、どうでしたか、お話は?」

 エルメラートの後ろから、ライサンダーがたずねる。

「今のところ順調よ」

 クレアノンはにっこりと笑った。

「あら? エリックとパーシヴァルは?」

「ああ」

 ライサンダーが苦笑した。

「エリックさんが、街に遊びに行きたいって言って、パーシヴァルさん、はじめは止めてたんですけど、エリックさんがその、駄々こねるもんで、だったら自分がいっしょに行くって」

「え」

 クレアノンは目をパチクリさせた。

「今のパーシヴァルってその――体ちっちゃいまんまよね? 私、今日はまだ、パーシヴァルを人間の大きさにしてあげてないわよ?」

 喧嘩の度にエリックに人形サイズにされてしまうパーシヴァルの不自由を見かねたクレアノンが、定期的にパーシヴァルを人間サイズに戻してやる、というのが、ここ最近のパーシヴァル、エリック、クレアノンの、なんというかまあ、恒例行事となっていた。

「あー、まあ、そうなんですけどね。エリックさんを一人で人間の街なんかにやったら、何しでかすかわからない、って言って」

「まあ、エリックは、悪魔としてはそんなに無茶しないほう――っていうか、そんなに大規模に無茶な事が出来るほどの力はないけど」

 クレアノンは、悪意なく率直な意見を述べた。

「まあ、パーシヴァルがついてるんならそんなに無茶はしないと思うけど。それに、いざとなったらパーシヴァルの結界があるしね」

 クレアノンは一人うなずく。パーシヴァルの結界は『拒絶の結界』だ。ごく簡単に言うと、外界からの干渉を『拒絶』する。結界の外の人間には、結界の中の様子をうかがい知ることが出来なくなるのだ。

「ええ、まあ、俺も、特に問題はないだろうと思うんですけど」

 ライサンダーが軽くうなずく。

「それで、クレアノンちゃん」

 ハルディアナがおっとりと言う。

「これからの方針は決まったの?」

「そうね」

 クレアノンは、ヒョイとユミルのほうを見やった。

「ユミルさんの意見をうかがいたいんだけど」

「はい、なんでしょうか?」

「キャストルクとセティカ、どっちから口説いたほうがいいと思う?」

「――どちらも一長一短ですね」

 ユミルは首をひねった。

「キャストルクは、その、四貴族の中では一番保守的で堅実です。新しいことを受け入れるのには、それなりに時間がかかりますし、いささか、その、猜疑心が強いところもあります。しかしそのかわり、キャストルクは一枚岩です。一度口説き落とせば、一族郎党、みんな味方についてくれる。そして、キャストルクは裏切らない。一度味方になったのなら、誠心誠意をこめて、私達――いえ、その、クレアノンさんのために働いてくれるはずです」

「別にいいのに、『私達』で」

 クレアノンはクスクスと笑った。

「それじゃあ、セティカのほうは?」

「キャストルクと真逆です」

 ユミルは即答した。

「クレアノンさんは、セティカについてどの程度ご存知ですか?」

「本で呼んだ知識ならあるけど」

 クレアノンは小首を傾げた。

「確か、セティカは――『一代貴族』だったわね?」

「はい」

 ユミルはうなずいた。

「セティカになる方法は、ごく大雑把に分けて二つです。功績を認められて、一代限りの『貴族としての特権』を与えられるという道と、それとは全く逆に、罪を犯していながらも、その才能をそのまま捨て去るのは惜しいと思われたものが、『平民としての権利をはく奪されて』、セティカになるという道と」

「え、え、え、そ、それじゃあ」

 ライサンダーは目をむいた。

「ええと――間違ってたら言って下さいね。つまり、『セティカ』には、とびきり優秀な人達と、とびきりたちの悪い連中が、いっしょくたに、ごっちゃになって所属してるってことですか?」

「『とびきり優秀』で、かつ『とびきりたちが悪い』かたがたも、多いですねえ」

 ユミルは肩をすくめた。

「そう――だから、セティカが一枚岩になったことなんか、セティカが生まれてこのかた、一度たりともないんです。もともとセティカは、かの白竜戦役――まあ、戦役、というより、一方的な壊滅、および全力逃走だったらしいですが――の際、国の中核を担う人材のその――大量死によって、とんでもない人材不足に陥った際に、なんというかまあ、でっちあげられたもの、らしいですからねえ」

「ああ」

 ハルディアナは、ポン、と手を打った。

「だからあの吟遊詩人さん『セティカの衆』って歌ってたのねえ」

「ええ。そして、『セティカに当主  いるはずもなし』。――当然です。『セティカ』とは、家の名じゃない。『セティカ』とは、地位の――それとも、集団の名、なんです。まあ、便宜上、ハイネリア貴族『四家』と言ったりすることはありますがね」

「なるほど」

 クレアノンはうなずいた。

「ってことは――セティカの中には、すぐに味方になってくれるような人達と、絶対に味方になってくれないような人達が、混在してるってわけね?」

「まあ、『絶対に』味方してくれない、ってことは、まずないと思うんですけど」

 ユミルは、いささかあやふやな口調で言った。

「ただ、まあ、そう考えておいたほうがいいかもしれません。『セティカ』を手なずけるなんてことは、同じハイネリア人たる私達だって、めったに出来た試しがないんです」

「――なるほど」

 クレアノンの瞳が、銀色に輝く。

「なかなか面白くなってきたじゃない」

「――その」

 ユミルは不意に、ハッと息を飲んだ。

「思うんですが」

「何かしら?」

「キャストルクは、防御が得意な、というか、防御に特化しているといってもいい一族です。新しいものに自分から近づいていく、ということは、まずありません。しかし、セティカは――」

 ユミルは、大きく息をついた。

「クレアノンさん――私達が、というか、主にクレアノンさんとリロイさんとザイーレンさんが、何やら今までにないことをはじめようとしている、ということは、四貴族の上層部の者達にとっては、すでに周知の事実でしょう。失礼ながらクレアノンさんは、ご自身がなさろうとしていることを、特に隠しているようでもありませんし」

「そうね、隠すつもりはないわね」

 クレアノンは、あっさりと肯定した。

「そうすると、どういうことになるのかしら?」

「セティカの人々は、その多くが、その、なんというか、新しもの好き、変わりもの好き、お祭り騒ぎ好き、です」

 ユミルは、じっとクレアノンを見つめた。

「もしかしたら――近々、セティカのほうからクレアノンさんに、接触してくるかもしれません」

「――あら」

 クレアノンの瞳が、ますます強い輝きを放った。

「それって、すっごく、面白そうだわ! そうなったら――」

 クレアノンは満面の笑みを浮かべた。

「私、どういうふうにその人達を歓迎してあげようかしら!」

「――なるほど」

 ユミルはクスリと笑った。

「クレアノンさんに任せておけば、万事問題ないようですね」

「あら、だめよ、私だけに任せちゃ」

 クレアノンは、ちょっと口をとがらせた。

「私、人間のおもてなしかたなんて、ほんとに、本で呼んだ知識しかないんだから。これからもみんなに、いろいろ手伝ってもらわないと」

「もちろんです」

 ユミルはうやうやしく、クレアノンに一礼した。

「力の限り、お手伝いいたしますよ」

「ありがとう」

 クレアノンはにっこりと笑った。

「さてさて――これからいったい、どうなるかしら?」

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