第36話

「あーはいはい、わかりますわかります!」

 ライサンダーは大きくうなずいた。

「そうそう、電気を使った溶接っていうのもあるんですよね!」

「ああ」

 リロイもまた、大きくうなずいた。

「まあ、私は力の調節が下手だから、雷の魔術を使って溶接する、なんてことはできないな。その必要が生じた場合は、外注してやってもらっている」

「あ、そうなんですか?」

「ああ。私は力の絶対量こそかなり大きいが、微妙な力の調節といううものが出来ないんだ。私は、『同胞』は『同胞』だが、その能力は、あまりたいしたことはない」

 謙遜するでも卑屈になるでもなく、リロイはただ、事実のみを述べる口調で言う。

「いやあ、そんなことないでしょう。俺なんて、魔術そのものが苦手で」

 と、ライサンダーは言う。

「あなたは確か、ドワーフとホビットの混血だったな。どちらの共同体で育ったんだ?」

 と、リロイが小首をかしげる。

「あ、ドワーフのほうです。親父がドワーフで」

「ドワーフがたのあいだでも、電気を使った溶接というのはやっているのか?」

「いやー、そういう技術があるってことは知ってるし、やろうと思えばできますけどね。うちの連中はやっぱり何と言うか、昔ながらの技術が好きな人達が多くて。電気を使った溶接なんかは、ノームの皆さんのほうが盛んにやってますよ」

「そうか、なるほど」

「あ、ケーキもう一ついただきますね」

 といいながらライサンダーは、皿に盛られたケーキを一つ取り、ぱくりと噛みつく。

「あ、おいしい! え、これもしかして、ダーニャさんのお手製とか?」

「うふふー、そうなんですよ。お気に召したようでうれしいですわ」

 と、リロイの妻ダーニャが機嫌よく笑う。

「いや、ほんとにおいしいですよこれ。あの、もしよかったら後で作り方教えていただけませんか?」

「いいですよー。でも、別にそんなに特別なことはしてないんですよ。ああ、しいて言えば、そのケーキ、ゼスティの皮をすりおろして入れてあるんですけど、皮をすりおろすとき、一番上の赤いところだけ使って、内側の白いところは絶対に入れないようにするのがコツって言えばコツかしら」

「あー、わかります。ゼスティの皮の白いところには、苦味がありますもんね」

「そうなんですよねー」

「――話がはずんでますねえ」

 エルメラートがハルディアナにそっと耳打ちする。

「ライちゃんのドワーフっぽいところがリロイさんとの話に役に立って、ホビットっぽいところがダーニャさんとの話に役に立ってるみたいねえ」

 と、ハルディアナが答える。職人気質で有名なドワーフと、快適な家庭を作り上げることに定評があるホビットの、両方の血がライサンダーには流れている。

「フォレ、タッピャーもってくえあよかったにゃあ」

 口いっぱいにほおばったケーキをもぐもぐとやりながら、エリックが言う。

「エリック、おまえ何十年私に、口に物を入れたまましゃべるなと言わせる気だ?」

 天井の付近を漂うパーシヴァルがため息をつく。

「らっておいひーんらもん。んぐ。ねーマスター、マスターも下りてきて一緒に食べましょーよー」

「ああ……そうしたいのはやまやまだが……」

 パーシヴァルは不安げな顔で、目をキラキラさせて自分を見上げている、小さな子どもたちを見下ろした。

「ねー、おねーたん」

 折りしも、ミオの弟、3歳のロンがパーシヴァルを見上げて言った。

「ぼく、あのうごくおにんぎょたん、ほしーな」

「もう、ちがうよ、ロン」

 ミオがロンをたしなめる。

「あれは、お人形さんじゃないよ。あれは、パーシヴァルさん。うちのお客様なんだよ」

「ふうん?」

「あー」

 まだよちよち歩きがやっとのミオの妹、一つになるかならないかのリーンが、パーシヴァルを見上げ、欲しそうに両手をパタパタさせる。

「こ、子どもは好きだが……き、君達のつぶらな瞳が今は恐ろしい……」

 パーシヴァルがうめく。人形サイズのパーシヴァルが不用意に小さな子どもの手の届くところに下りた場合、最悪の場合パーシヴァルが自分で言ったとおり「下手したら頭をかじり取られかねん」のだ。

「大丈夫です、パーシヴァルさん」

 ミオがきっぱりと言う。

「わたしがリーンをおさえてるから。ヤンはロンを見張ってて」

「ねーちゃん、ルカは?」

 ミオの弟、8歳のヤンが、5歳の弟ルカのほうを見やる。

「ルカはもう5歳だもん。ちゃんとおりこうに出来るよね?」

「うん、できるよ」

 と、ルカが胸を張る。

「だからパーシヴァルさん、下りてきてください。ダーニャおばさんのケーキは、本当においしいから!」

「――ありがとうございます」

 パーシヴァルはにっこりと笑った。

「では、お言葉に甘えて」

「ほいマスター、パース❤」

「どわっ!?」

 エリックにポンとケーキを投げ渡されたパーシヴァルが大きくよろめく。

「お、おまえ、私に何か恨みでもあるのか!?」

「いやー、恨みはないッスけど、ここはそうやっておくのがお約束かなー、って♪」

「妙な気をきかせるな!」

「――ねえ、エリックさんにパーシヴァルさん」

 最前までおとなしくしていたヒューバートが、小首を傾げて二人を見る。

「『悪魔』って、この世界じゃない、どこか別の世界から来たって、本当?」

「フフフ、本当ッスよ」

 下級悪魔のエリックがにやりと笑う。

「この世界のほかにも、世界ってあるの?」

 ヒューバートが目をパチクリさせる。

「もちろんあるッスよお。たっくさんたっくさん、それこそ数え切れないくらいあるんスから」

「ねえ」

 ヒューバートが身を乗り出す。

「ぼくもいつか、別の世界に行けるかな?」

「オタクが?」

 エリックが小首をかしげる。

「んー、不可能とは言わないッスけど、かーなーりむっずかしいッスねえ。だってオタクは人間でしょ? 人間って言うのは基本的に、自分の生まれた世界の外には行けないものッス」

「なあんだあ、そうなの?」

 ヒューバートががっかりしたように肩を落とす。

「ま、不可能とは言わないッスけど」

 と、エリックはニヤニヤ笑う。

「妙な誘惑をするな、エリック」

 パーシヴァルが硬い声で言う。

「ヒューバートさん、私は元は、人間でした。だからあなたに忠告しておきます。人の身で、自分の生まれた、自分の所属する世界以外の世界をのぞこうとするものは、その代償に、人間をやめる覚悟が必要なんです。これは、あだやおろそかな気持ちで開いていい扉じゃない。あなたがどうしてもそれを選ぶというならとめはしませんが、その代償のことは知っていたほうがいい」

「え……」

「マスター、マスター」

 エリックがヒラヒラと片手をふる。

「子供相手に何ムキになってるんスか。ヒューちゃん怖がってるでしょー?」

「え? あ、す、すみません。お、大人気ない態度でしたね、今のは」

「……そんなことないです」

 ヒューバートはかぶりをふり、まっすぐにパーシヴァルを見つめた。

「教えてくれて、ありがとうございます」

「……どういたしまして」

 パーシヴァルはにっこりと笑った。

 それぞれがそれぞれなりに楽しみながら。

 お茶会は、今がたけなわ。

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