第18話

「我らが国の名  ハイネリア

 ハイネリアには  三相王

 曙王に  太陽王  黄昏王が  君臨す

 君臨すれども  統治せず



 統治をするのは  四貴族

 共に呼ばわれ  表の名

 知略のイェントン  奇才のソールディン

 鉄壁のキャストルク  疾風のセティカ



 密かにささやけ  嘲りは

 表に出すな  その呼び名

 二流ぞろいのイェントン  奇人変人ソールディン

 かっちん頭のキャストルク  逃げ足一番セティカの衆



 さてイェントンの  当主様

 名前の多き  当主様

『世界一悲惨な花婿』  『仮借なき取立て屋』

『不運を力でねじ伏せる男』  『微笑みの魔術師』

 けれども一つ  忘れちゃならぬ

 これ一つだけ  忘れちゃならぬ

 誰もがひそかに呼ばわる名

 さてイェントンの  当主様

 誰が呼んだか  『禍夢(まがゆめ)のザイーレン』



 次に続くはソールディン

 その名も高き  四兄弟

『からくりリロイ』  『聞き耳メリサンドラ』

『人たらしのカルディン』  『風のナスターシャ』

 おお  恐ろしや  比類なや

 兄弟全てが  『同胞』などと  どんな奇跡が  触れたやら

『雷のリロイ』  『水のメリサンドラ』

『炎のカルディン』  『風のナスターシャ』



 お次に参るは  キャストルク

 おお麗しの  当主様

『鋼鉄の乙女』  とはよういうた

 おお麗しの  フィリスティア

 御身のか細き  体の中の

 鋼の心を  誰が知る

 我等はみんな  知っている

 我らが国を  守るのは

 鋼の心と  乙女の笑顔



 さて大とりに  セティカの衆

 人は誰しも  セティカじゃ生まれぬ

 セティカになりたきゃ  潜り込め

 逃げた先には  セティカあり  セティカの先にゃ  何もなし

 逃げ足一番  セティカの衆

 けれどもみんなが知っている

 セティカの先には  何もなし

 セティカの当主  いるはずもなし

 セティカの衆は  セティカの衆」







「――こんな歌を、酒場で平気で歌う事が出来るんだから」

 クレアノンは静かに笑った。

「ハイネリアっていうのは、本当にさばけてるわね」

「うーん、面白いけど、俺には半分も意味がわかんないなあ」

 ライサンダーは肩をすくめた。

「みんな、けっこう、うけてるみたいだけど」

「大変よねえ、ご当主様とか、その家族とかって」

 ハルディアナがのんびりと言う。

「歌にまでされて、好き放題言われちゃうんだもんねえ」

「そうね」

 クレアノンは、クスリと笑った。

「――で」

 クレアノンは、ライサンダー、ハルディアナ、エルメラートの顔を見まわした。

「みんな、何か気がついたことはあるかしら?」

「ソールディンと、セティカは、当主が誰だか歌ってませんね」

 エルメラートが即答した。

「ソールディンの当主は、リロイ・ソールディンよ」

 クレアノンもまた、即答した。

「ソールディンの四兄弟の順番は、歌に歌われた通りよ。上から、長男のリロイ、長女のメリサンドラ、次男のカルディン、次女のナスターシャ」

「じゃあ」

 エルメラートは首を傾げた。

「どうして、当主はリロイさんだって歌わなかったんでしょう?」

「いいところに目をつけたわね」

 クレアノンは目を輝かせた。

「ああ、やっぱりあなた達を連れてきてよかったわ」

「え、ええと、そういうんでいいんなら」

 ライサンダーが身を乗り出した。

「セティカのほうは、はっきりこう歌ってましたよね。『セティカの当主  いるはずもなし』って。これってどういう意味でしょう?」

「本で読んだ知識ならあるけど」

 クレアノンは小首を傾げた。

「でも、そうね、あなた達には、本には載っていない知識を手に入れて欲しいから、今のところは言わずにおくわ」

「ええー、気になりますよ、それって」

「ごめんなさいね。みんなで答えを見つけていきましょ」

 クレアノンはクスクスと楽しげに笑った。

「――ねえ、クレアノンちゃん」

 ハルディアナがかすかな吐息をもらした。

「あなたって、ほんと、たいしたものね」

「あら、ありがと。どうしたのいきなり?」

「だってえ」

 ハルディアナは苦笑した。

「あの人が、あんな歌を歌い出したのって、偶然じゃないでしょ?」

「あら――ばれちゃった?」

 クレアノンは、悪びれもせずにペロリと舌を出した。

「そんなにたいしたことはしてないんだけど。普通に口で頼んでも歌ってくれたかもね」

「うへ」

 ライサンダーは首をすくめた。

「クレアノンさんには、魅了の魔眼とかもあるんですか?」

「そんなにたいしたもんじゃないわ。まあ、竜はみんな、多かれ少なかれ、魔眼持ちみたいなもんだけど。――ああ、でも」

 クレアノンは、少し慌てたように言った。

「もしかして、私がそういう力を使うのって、あなた達にとっては不愉快なことなのかしら? もしそうだったらごめんなさい。その――いつもつい忘れちゃうの。竜の常識と、他の種族の常識は違うってことを」

「いや――不愉快になったわけじゃないですよ」

 ライサンダーは苦笑した。

「ただ、ちょっとびっくりしただけです」

「そう? それならいいんだけど。そうね――私、あの吟遊詩人さんに、悪いことしちゃったわね。ちゃんと口で頼めばよかったのよね」

 クレアノンは、少ししょんぼりと言った。

「それでいいのかどうかよくわからないんだけど、あとでおひねりを弾んであげることにするわ」

「そりゃ喜びますよ」

 ライサンダーが、気軽くうけあった。

「大丈夫ですよ。別に誰も、嫌な思いなんてしてないみたいだし」

「そう? それならよかったわ。ああ、もう、私ったら、ほんと、そういうとこ考えなしでいけないわ」

「つい、やっちゃうんでしょ?」

 ハルディアナが肩をすくめる。

「口を聞くより、ただ見つめるだけのほうが楽だもの」

「ちょ、ちょっと、ハルさん――」

「いいのよライサンダーさん。ハルディアナさんの言うとおりだから」

 クレアノンは苦笑した。

「そうね、楽をしちゃいけないわね」

「あらあ、そお?」

 ハルディアナが小首をかしげる。

「あたし、楽なのって大好きよ」

「――ふふっ」

 クレアノンは、うれしそうに笑った。

「ああ――あなた達と話してると、本当に楽しいわ」

「ぼくも楽しいですよ」

 エルメラートがにこにこと言った。

「何しろ、みんなそろってこんなに遠出したのって初めてですからね」

「そう。――それじゃ」

 クレアノンはクスリと笑った。

「今度は私、ちゃんと口を使って、あの吟遊詩人さんにつぎの歌を頼んでくるわ」

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