第11話
「――私達が、特に人間が、一番耐えられないものって何だと思う?」
「やっぱし苦痛じゃないッスか?」
「そうね、苦痛もとても耐えがたいものだけど、私はたぶん違うと思うわ」
「ホヘエ、そんじゃクレアノンさんは、一番耐えられないものって何だと思うんスか?」
「それはね」
クレアノンの銀色の瞳が光る。
「それはね――無意味よ」
「――やっぱり、ハイネリアのほうから話をつけたほうが楽かしら?」
クレアノンはつぶやいた。
「それで、クレアノンさん」
パーシヴァルは、しかつめらしい顔でたずねた。
「私は何をすればいいんでしょうか?」
「そうね」
クレアノンは、銀の瞳を持った人間形の女性という姿で、にこりと笑った。
「パーシヴァルさんは、人間だったころ、結界師だったんでしょ?」
「え――ああ、はい、それはそうですが――」
「が?」
「私は別に、結界の天才というわけでもありませんでしたし」
パーシヴァルは、生真面目に言った。
「クレアノンさんのほうが、そういう力はその、強いのではないでしょうか?」
「そうね――私はね」
クレアノンはクスリと笑った。
「でも――他のみんなは、そうじゃないから」
「――ああ」
パーシヴァルは、納得したようにうなずいた。
「それはそうですね。なるほど、そういう事ならお役に立てそうです」
「あなたはその、失礼に聞こえたらごめんなさいね、その気になれば、ものすごく身を隠しやすい体だし」
「はあ」
子供が人形遊びをするのにちょうどいい大きさ、というのが今現在のサイズであるパーシヴァルはため息をついた。
「私は本当は、普通の大きさがよかったのですが。エリックのやつが、こっちのほうがかわいいとかなんとか言って」
「そうね、私もそう思うわ」
「はあ――」
「あ、ごめんなさい。でもね、その、私は正直、本体に――竜の姿に戻れば、みんなの中の誰より――っていうか、けた外れに大きいもの。ほんとはいつも、みんなチマチマしててかわいいなあ、って思ってるの」
「お気づかいいたみいります」
パーシヴァルはにこりと笑った。
「しかしあの、クレアノンは人間の姿になっている時もそういうふうに思っているんですか?」
「まあそうね。えーと、人間の姿の時は、そういう感じ方は少し薄まってるかもしれないけど、やっぱり私は、基本が竜だから」
「なるほど」
「これから先、あなたの力を借りることが多くなると思うのよ」
「私の? その、エリックの、ではなく?」
「ああ、もちろん、エリックにも目一杯働いてもらうけど。あなたの力は、かなり役に立ちそうだから」
「私の結界が、ですか?」
「ええ。あなたの結界は、ええと――拒絶の結界、でいいのかしら?」
「はい。すみません、守護の結界ではないんです。というか、その――」
パーシヴァルは顔を赤らめた。
「わたしが守護の結界でお守りすることが出来る相手は、ガートルード様ただ一人なので」
「そう」
クレアノンは微笑んだ。
「すごいわね。結界の性質までそのお姫様のためには変わっちゃったのね」
「はい、その、お役に立てなくてすみません」
「いいのよ。拒絶の結界で十分。私はね」
クレアノンはニヤリと笑った。
「みんなを――特に、ユミルさんを、他の人間や亜人達の目にはつかないようにして欲しいだけなんだから」
「ユミルさん――ですか? なぜ特にあの人を?」
「あの人が一番、政治には詳しそうだからね」
クレアノンは、チロリと舌を出して唇をなめた。
「私は――自分で言うのもなんだけど、膨大な量の知識と強大な力を持っているわ。でも――私は、竜なの。集めた知識から人間の心や行動を推測することは出来ても、本当に人間のように考えられるわけじゃない。だから人間のユミルさんが必要なの。他の人間の反応を知るために、亜人の反応を知るために、ユミルさんやみんなが必要なのよ」
「なるほど」
パーシヴァルは、小さな体なりに重々しくうなずいた。
「そうですね。失礼ながらよくわかります。私も人間だったころ――というか、使い魔になった今でも、エリックの、その、なんというか、私達人間とは全く違う考えかたにしばしばギョッとしますから」
「そうね、それはそうかもしれないわね」
クレアノンはクスクス笑った。
「でもねパーシヴァルさん、それを隠さないだけ、それとも隠せないだけ、エリックは素直でかわいいものよ。エリックは竜や悪魔の中では、まだまだほんの若造だもの」
「ああ、はい、エリック自身そう言っています。自分は下級の下っぱだって」
「それがわかってるからエリックには見どころがあるのよね」
「そう――ですか。あの」
「なあに?」
「その――クレアノンさんは、なぜ私にはさんづけして下さるんでしょう? その、私はエリックの使い魔です。地位としては、エリックより下です。お気づかいはとてもうれしいのですが――」
「あら」
クレアノンは目を見張った。
「ええと、それはね、基本的に私は、竜や悪魔以外の種族には、私が出来るだけの敬意を持って接するようにしているの。その、私はね、竜や悪魔の序列ならそれなりにわかるんだけど、その他の種族の序列って、正直よくわからないの。知識はあるけど、その、物事には、本に書かれた知識だけじゃなくて、暗黙の了解ってものがあるじゃない? だからね、失礼なことをするのが嫌だから、私は人間や亜人や、その他もろもろの、竜や悪魔以外の種族には、出来るだけの敬意を持って接するようにしてるの。あなたも、つい最近まで人間だったんでしょう? それも、ご老人として亡くなったんでしょう? 年下に見えるやつから偉そうにされるのは、いやかと思って」
「――ありがとうございます」
パーシヴァルは頬をほてらせた。
「そんなに私達のことをお気にかけてくださるとは。クレアノンさんは、本当にお優しいんですね」
「優しい、っていうか、単なる趣味の問題なんだけど」
クレアノンは苦笑した。
「でも、ありがとう、ほめて下さって」
「クレアノンさん」
パーシヴァルは決然と言った。
「以後私には、エリックと同じ扱いをして下さい。私はもう、人間ではありません。その覚悟はすでにしてあります」
「そう――わかったわ、パーシヴァル」
「ありがとうございます」
「でね、パーシヴァル、つい最近まで人間だった、あなたにたずねるんだけど」
「はい」
「――竜によって一つの国が滅ぼされたことによって起こった戦争が」
クレアノンは遠い目をした。
「他の竜の介入によって無理やり解決させられたら、当事者たちはどう思うかしら? それも、その竜の動機が、単なる暇つぶし、精一杯よく言ってやっても、自分の力試しだったとしたら?」
「そ――それは――」
パーシヴァルは、冷汗をかきながらも、
「――問題が解決した――戦争が終わったことを素直に喜ぶものも多いでしょう。しかし――その――禍根を抱く者も――やはり――」
「やっぱりそう思う?」
クレアノンは肩をすくめた。
「そうなのよね。そう――きっといやだと思うのよ。自分達が苦しんで苦しんで、それでも終わらせることの出来なかったことが、竜の力づくで無理やり終わらされたんじゃ。それじゃ、まるで――自分たちがやって来たことが、まるきり無駄みたいに思えるじゃない」
クレアノンはため息をついた。
「だから、やっぱり、ユミルさんが必要なのよ。ユミルさんと――アレンさんとが」
「――そこで私の結界ですか」
パーシヴァルの目が光った。
「なるほど、私の結界を使えば、しかもエリックとクレアノンさんの後ろ盾があれば、国家の中枢部にもぐりこんで機密事項を探り出してくることも、たやすいとまでは言いませんが、十分可能ですからね」
「そのとおり」
クレアノンは少しだけ、牙をむく竜に似た笑みを浮かべた。
「やってくれるわよね、パーシヴァル」
「これでも悪魔のはしくれとなり果てた身ですので」
パーシヴァルもまた、ニヤリと笑った。
「逆のことを頼まれるならともかく、戦争を終わらせるためならば喜んで」
「――ちゃんと終わってくれればいいけど」
クレアノンは再びため息をついた。
「戦争って、始めるのは簡単だけど終わらせるのは大変なのよね。月並みな言葉だけど」
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