第12話

「――かっこいい、って言われたいの」

「ホヘ?」

「かっこいい――って、言って欲しいのよ、私」

 クレアノンは苦く笑った。

「でも、私知ってるの。こんなふうに――かっこいい、って言われたい、なんて思ってる時点で、それってもう、かっこわるいことなのよね」

「ホヘエ」

 エリックは、ため息のような声をもらした。

「クレアノンさん、それってばなんつーか、オレら悪魔みたいな悩みッスねえ」

「そう? ――そうなのかしら」

「そうッスよ。他人の――他竜でも他悪魔でもいいッスけど、とにかく他のやつがどう思うかを悩むなんて、まるでオレら悪魔の悩みみたいじゃないッスか」

「そう。――そうなんだ。そうね――私、そういう意味では、少し変わった竜なのかもね」

「まあ、なんつーか、ガーラートさんとかは、もすこし他人とか他竜とか他悪魔とかのことを気にしたほうがいいッスね。特に、他悪魔のことを」

「あら」

 クレアノンは銀の瞳を光らせた。

「やっぱりあの二人、なんかやらかしてたのね?」

「クレアノンさんのカン、バッチシッスね」

「二人、っていうか――主犯はイライジャ、『お気楽(イージー)イーリィ』ね」

「っととと、クレアノンさん、オレが下級だっつーことを忘れちゃだめッス。なんかたくらんでるなー、ってことはわかっても、どっちが主犯かまではわかんねーッス」

「きっとそうよ。マティアス――『倒錯(アブノーマル)マティアス』は、なんだかんだいって根が真面目だもの。契約されたことはきっちりやるでしょうよ、基本的には」

「ハイ? マ、マティアスさんがマジメッスか!?」

「真面目じゃない。自分の主義主張にあんなに忠実な悪魔って、けっこう珍しいんじゃない?」

「は、はあ、そ、そうなるんスかねえ、んー……」

「で?」

「ハイ?」

「あの二人、なにやらかしてたの?」

「あーはいはい。すんげく単純なことッス。つーか、これ、ガーラートさんが相手じゃなきゃとっくにバレてたッス」

「知ってると思うわよ」

「ハイ?」

「知ってると思うわよ、ガーラートは」

「…………へ?」

「知ってるでしょうよ。ガーラートだって馬鹿じゃないんだから」

「…………あの」

「なあに?」

「クレアノンさんは、あの二人がいったい何をやらかしたんだと思ってるッスか?」

「そうね、これは単なる私の推測だけど」

 人間形のクレアノンは小首を傾げた。

「――超水増し請求、でしょうね、おそらくは」

「…………あたりッス。あの、クレアノンさん」

「なあに?」

「知ってるんなら、オレに調査なんかさせないで欲しいッス」

「あら」

 情けない顔でぼやくエリックを見て、クレアノンはクスリと笑った。

「知ってたわけじゃないわよ。言ったでしょ、ただの推測だって」

「は、はあ、推測ッスか」

「知ってて気にしないのよ」

「へ?」

「知ってて気にしないのよ、ガーラートは」

「…………マジで?」

 エリックはあっけにとられた。

「え、だって、ガーラートさんってば、結果的にものすんごく、損してるんスけど!?」

「でも、ガーラートが要求した水準には達してるんでしょうよ、イライジャとマティアスが作った、超巨大水脈主動型地形コンピュータは」

「で、でも、もんのすごくふっかけられてるッスよ? ガーラートさん、オレが一生かかっても稼げない分くらい、損しちゃってるんスけど?」

「でも、払えるんでしょうよ、ガーラートには簡単に」

 クレアノンはため息をついた。

「だから気にしないのよ。ガーラートは――憎たらしくなるくらいに竜らしい竜だから」

「は、はあ――」

「私も竜だから、わからないでもないわ」

 クレアノンは肩をすくめた。

「値段交渉をするのがめんどくさかったんでしょうよ、ただ単に」

「ん、んなアホな」

「それが竜なのよ」

 クレアノンは苦笑した。

「自分の目標にしか興味がないの。その目標を達成する過程で起こるもろもろのことや、その目標を達成してしまう事によって、他の存在にどんな影響をもたらすかなんて、ほとんど考えてないのよ。ガーラートの場合は、ほとんど、じゃなくて、まるっきり、だけど」

「――あの」

「なあに?」

「ク、クレアノンさんは――どうなんスか?」

「私?」

 クレアノンは、再び苦笑した。

「私は――竜の割には考えてるほうだと思うけど。でも、そうね、他の種族から見れば、私も結構、他者の立場や都合を無視しているように見えるのかもね」

「い、いやあ、んなこたないっしょ」

「あら、ありがと、気を使ってくれるのね」

 クレアノンはクスクス笑った。

「でも、そうね、やっぱりガーラート、ぼったくられてたか」

「現在進行形で、ボッタクリ続行中ッス」

「――あら」

 クレアノンは身を乗り出した。

「それってどういう意味かしら?」

「あ、ハイハイ。これまたあのお二人にまるっきり隠す気がないんで俺みたいな下級にもすぐにわかったんスけど」

「うん、何かしら?」

「あのお二人ってば」

 エリックは声をひそめた。

「超巨大水脈主動型地形コンピュータ――お二人の命名では『ヤマタノオロチ』っていうんスけど、とにかくその、ヤマタノオロチのメンテ用に残していったオートマータやホムンクルスを使って――」

「――使って?」

「――人造生命の進化の実験をしてる真最中ッス」

「――あら」

 クレアノンは目を輝かせた。

「それは朗報ね」

「……へ?」

「いい知らせだわ」

「ハ? そ、そうッスか?」

「そうよ。だってそれってつまり、ヤマタノオロチは、今よりずっと小さくてもかまわないってことじゃない」

「…………へ? ど、どーしてそーいうことになるんスか?」

「あら、だって、一目瞭然じゃない」

 クレアノンはニヤリと笑った。

「ずいぶん大きなものを作るなあ、とは思ってたけど、人造生命の進化実験まで同時進行中っていったら、それはそうなるわよね。まったく――ガーラートが依頼主じゃなかったら、とうてい実行不可能な暴挙だわ。前代未聞のぼったくりよね、ほんとにまったく」

「は、はあ、そーなんスか」

「そうなのよ。――そうねえ」

 クレアノンは小首を傾げた。

「ガーラートを説得するより、イーリィと話をつけたほうが楽かしら?」

「んー、それはオレにはなんとも言えねーッス」

「そうね」

 クレアノンは軽くうなずいた。

「ああ――面白いわ。とっても面白い」

「はあ、面白いッスか?」

「不謹慎かしら?」

「悪魔のオレが、フキンシンなんて思うわきゃないっしょ」

「それはそうね」

 クレアノンは肩をすくめた。

「ああ、本当に、知識っていうのは、集めれば集めるほどその味わいを増すわ」

「『知は力なり』ッスか?」

「あら、気のきいたこと知ってるのね」

「ままま、これっくらいは」

「私けっこう、あなたが好きよ、エリック」

 クレアノンは、ペロリと唇をなめた。

「これからも、いろいろ頼んでいいかしら?」

「きちんと御代をいただけるんなら」

「払うわよ、ちゃんと。でも」

 クレアノンはクスクスと笑った。

「ぼったくりはなしよ。私はガーラートとは違うんだから」

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