メタルボーイズ2050

くりむぞん

第1話 灰の大地

僕の名前は神崎ユウ。十四歳、日本陸軍二等兵。


 現在、旧日本国ほんしゅう新湾岸地区メガフロート間ブリッジを歩行中。

「あ・・・暑い・・・」

 今は夏真っ盛りの八月。生脚魅惑のマーメイド、の夏である。そのおせじにも快適とは言いがたい気温の中、僕は歩いていた。

見渡す限りは一面の大海原、陽光が海面にきらめき、どこかでカモメが鳴いている。まさに、見たものに感動させる光景とはこういうものを言うのだろう。煮えたぎるアスファルトの上で同じ景色を一時間、加えて大量の荷物、ということを除けば。すでに意識は覚醒と気絶の涅槃を泳ぎ、身体中から水分が蒸発する勢いで汗が噴き出し、Tシャツを満遍なく染めている。

 朦朧とした意識のなか、神崎は陽炎に揺れるアスファルトの向こうに変化を見た。

 詰所だ。四車線の橋の中央に人ひとりが丁度入るような小さい建物がある。神崎はなけなしの体力を振り絞り、詰所までの距離を詰めた。誰もいないにしても、扉を壊せば日陰で休憩できると考えたからだ。期待に胸を膨らませながら、詰所に近づく。そして、バリゲードが張られている事に気づいた。板切れを組み合わせただけの簡単なフェンスだ。フェンスにはよく見るとかすれた塗装で『第●師● ●●賀基●』と書かれている。この先の基地のフェンスなのだろうか、と思案しながら詰所の周りを一周する。案の定扉は無く、神崎はそこで休憩することにした。


「・・・ぃ、聞こえてるか?」


その声で神崎は目を覚ました。すっかり寝てしまったようだ。相変わらず日は高く昇り、あたりを殺人的な白色に照らしている。

 次に、空気を細やかに震わせる音と何かを燃やしたような饐えた臭いが神崎の聴覚と嗅覚を刺激した。どうやら声の主が乗っている乗り物が発信源のようだ。

「・・・そのバイク、ガソリン車クラシックカーですか?」

 すると、そのバイクの主はにやりとほほ笑んだ。

「分かってんじゃんオメーよぉ・・・それより、何でこんなトコで寝てたんだ?」

「この先の基地に用事があって・・・」

 もしかしたら彼は一般人かもしれない。情報を出すのは最低限にとどめることにした。

「で、歩き疲れてここで居眠りこいてたってことか。まあ、この時期にここを徒歩で渡ろうなんて考えるのは貧乏人か馬鹿しかいないわな」

「恥ずかしながら・・・」

「いいっていいって。それより、コレバイクに乗ってくか?」

 バイクの主は少し身体をずらした。釣り竿やギターケースのようなものがサイドカーに満載されている。

「かわりに、この荷物を膝の上に乗っけてくれるって言うなら、な」

 もちろん、僕は二つ返事でサイドカーに乗り込んだ。


●     ●     ●


気持ちよく風を浴びて三十分、神崎は目的の基地に到着した。サイドカーから降り、バイクの主にお礼を言う。

「まあ、気にすんなって。ついでなんだからさ」

 そう言いながら、彼は少し照れくさそうに謙遜した。

 急いで建物の中に入り、持ってきた案内用紙を参考に基地の建物を探索する。目指していた部屋はあっさり見つかった。既に中からはどなり声がしている。遅かったかと後悔しながらも、彼は部屋の扉をバレない程度にゆっくりかつ小さく開けた。

 隙間から機械的な冷気が漏れ出し、汗がすうっと引く。部屋の中では全員がきちんと軍服を着ていたので、神崎も荷物からカーキ色の上着を取り出し、きちんと着た。

「・・・私の言葉は以上だ。次に、嵐山あらしやま中尉。一言を。」

 凛とした女性の声だ。最後列からは見えないが、相当な美人だろう。少し不埒な思考に傾いたのを修正し、続く上官の話を聞く。

「えー・・・。諸君、着任おめでとう。君たちはたった今から勇猛果敢な戦士だ。存分に戦って死ね」

 まだ若く、下手したら神崎とそう変わらない声で、上官はそういった。彼はその言葉を聞いて、少しムッとする。

「と、お前らの上官としては言うべきだが、俺はそんな無責任なことは言わない。整備兵、オペレーター、操縦兵、様々な形で志願しただろうが、はっきり言って今のままじゃ弾よけにもなりゃしねえ。だから明日から・・・うぅん、水上みなかみ大尉ともう一人、ここにはいないが、小鳥遊たかなし中尉と実戦経験を積みながら一人前の兵士になるまで面倒を看る。いいな?」

 中尉は信頼を勝ち取ることに成功したようだ。むろん、神崎もいくばくかの安心感を得た。

「諸君も疲れただろう。今日はゆっくり休み・・・」

 美人の言葉は最後まで続かなかった。部屋のドアがすさまじい勢いで開け放たれたのだ。底抜けの笑顔でさっきのが現れる。

「みっちゃーん!かけるぅ!ただいまーっ!どこどこ!?新兵は!?」

 バイクの人物にすさまじい速度でリモコンが投擲され、こめかみに直撃した。状況についていけず、ほとんどが困惑している。

「馬鹿かお前はっ!買い物に行くって言っといて一時間も遅れるとは何事だっ!」

「いやー、途中でいろいろあってさー・・・」

「たとえば?」

「パン屋で安売りとか路上ライブとか古本屋で面白い本を見つけたとか」

「殺すっ!」

 今度はホワイトボード用のマーカーが投擲された。今度は額に命中。さすが歴戦の戦士、と妙に感心してしまう。

「・・・もういい。これ以上喋るとぼろが出そうだ。こいつが、さっき嵐山が話していた小鳥遊中尉だ。以後よろしく。」

「そんじゃま、よろしく~」

小鳥遊は適当に敬礼をした。


・・・本当に大丈夫なのだろうか。


●     ●     ●


 その後解散の命令が出た神崎は、部屋に荷物を置き、早めの夕食を取ることにした。薄暗い廊下を歩き、食堂へ向かう。

 彼は、あることに気づいた。人が極端に少ないのだ。元は大きな学校か病院だったのか、建物は大きい。しかし、明らかな生活用の通路以外は電灯が外され、壁も埃でうっすらと灰色に染まっている。

 昔は今以上の規模を誇っていた大部隊がいたのかも知れないのかな、と考えている内に、食堂についていた。同じことを考えたのか、それともただの冷やかしなのか、食堂にはそれなりの人数が列を成している。神崎もそこへ並ぶ。香ばしいスパイスのにおいが神崎の嗅覚を刺激し、鳴りをひそめていたはずの胃袋も鳴りはじめた。

 空腹に耐えながら食堂を眺めていると、後ろからどつかれた。

「おーこれはこれは、重役出勤のおちびさんじゃあないですかぁ!!」

 いかにも悪そうな少年だ。サイズオーバーな制服のズボンを腰までだらりと下げ、ガムをくっちゃくっちゃと噛み、ピアスをつけている。まるで数十年前の不良、確か『DQN』とか呼ばれていたイメージそのものである。しかもそいつを筆頭に子分が2~3人。

 神崎は必要がなければ呼吸すら億劫だと言い切る性格だ。そして彼は今、空腹でいらついている。

 よってそれらいくつかの要素が化学反応を起こした結果、神崎は普段なら絶対に穏便に済ませるところを、刺々しく返してしまった。

「すいません。前衛芸術のオブジェかなんかだと思っていました。」

「・・・あ?」

「・・・」

「・・・喧嘩売ってんのかぁ?」

「・・・」

「いいの?殴るよ?」

「・・・」

「シカトしてんじゃねえよ!っらぁ!!」

「・・・ガキくさくてつきあってらんないんですけど」

 食堂の空気が不穏になってきた。カレーをむさぼっていた者はスプーンを動かす手を止め、神崎と不良一味の周りには輪が出来ている。

 そして不良達は神崎の言葉に色めき立っている。

 一触即発。

 じりじりと噴きあがる殺気。

 一ミクロにも満たない不安とショウの始まる事への期待。

 「ぶっ殺す!!!」

 不良の一人の拳が炸裂した。

 神崎はそれを手のひらで羽毛に触れるかの様に受け止める。そのまま熟練した動作で勢いを殺さずに後ろへ。あっけなく一人目は倒れた。

 二人目。どこから出したのか、ワイヤーカッターを振り回して襲ってきた。神崎はなすすべも無く、服の生地が厚い部分で受ける。

 動きの止まったところにさっきの不良と子分が襲い掛かり、二人で押さえつけた。

 神崎は馬乗りで押さえつけられ、顔面への殴打を受ける。それを見た観客は「いいぞ!」だの「ぶっ殺せ!」だの無責任なことを叫ぶ。

神崎の意識が空腹と後悔がまぜこぜになった海に沈もうとするころ、食堂の中で爆発音を聴いた。

「やめろ馬鹿。」

 朦朧とした意識の中、神崎はバイクの男改め小鳥遊中尉の声を聞いた。まぶたの裏側を切ったのか、薄く赤に染まる視界の向こうに拳銃を持った小鳥遊の姿が見える。

「ほら、見世物じゃねんだからカレー食うやつ以外帰った帰った!」

そう言いながら彼は西部劇に出てくるような馬鹿でかい拳銃リボルバーを振る。それを見た半分は明らかに怯えながら食堂を去った。

「おばちゃん、追加でかき氷ひとつ。」

そう言ってから小鳥遊は神崎に手を差し伸べた。


●     ●     ●


「・・・ありはほう、ございまふ」

口の中を切ったのか、うまく喋れないながらも神崎は小鳥遊に礼を言った。

「いいってことよ・・・って、今日だけで二回も礼を言われてんだな・・・」

 小鳥遊は恥ずかしそうにカツカレーをほおばりながら呟く。

「・・・お前、検問んとこで寝てたやつだろ」

 神崎も恥ずかしそうに首をすくめながら返事をする。

「はい。よく憶えてましたね・・・えっと・・・」

「小鳥遊『先輩』でいい。階級で呼ばれるのは慣れてないから」

「すいません、先輩・・・。でも、どうして僕を・・・?」

「ん、まあな・・・」

 小鳥遊はカレーを食べる手を止め、スプーンで神崎を指す。

「お前、何かしらの武術習ってるだろ。訓練所の付け焼刃とは違う鍛え方してたからな。それで憶えていたんだ」

「は、はあ・・・」

 神崎はただただ驚いたと言わんばかりに自分の身体を舐めるように眺めている。

「僕、そんな特徴あります・・・?」

「いーや、一般人はまず気づかない。俺もさっきまでやたらがっしりした野郎としか思ってなかったからな。あ、そのかき氷オゴリだから」

「あ、ありがとうございます。」

 神崎はくすんだスプーンで氷の塊を一口大すくい、口に含む。わずかに痛そうな表情を見せてから、改めて小鳥遊に尋ねた。

「たしかに僕は家庭の方針で合気道やってましたけど・・・どうしてそれだけでここまで・・・?」

「それなんだがな・・・」

 紙ナプキンで口周りを拭い、改まった表情で小鳥遊は神崎に尋ねた。

「お前、ロボットとか興味ねえ?」




 2




 翌日、午前四時。神崎は半覚醒の意識で外が騒がしいことを感じた。誰かがあわただしく走り、スピーカーから割れた音で誰かの叫ぶ声が聞こえる。神崎は何が起こったかを確認するために、上段のベッドの人物に話しかけてみた。

「緊急招集だったさ。十分以内に整備場前の滑走路に。」

 神崎はそれを聞いてベッドから飛び起き、制服を羽織って滑走路へと駆け出した。かすかに明かりの漏れ出す倉庫前を駆け抜け、集まりつつある場所へ向かう。神崎たちが最後だったのか彼が到着するとすぐに話が始まった。

「諸君、・・・おはよう。眠い奴もいるようだから簡潔にすませるぞ。」

 どうやら話しているのは昨日の美人のようだ。

「30分前、芦ノ湖の早期警戒観測所で敵影らしきものが確認された。周囲は清流のある洞穴が多く、また、入り組んだ地形と灰によりレーダーでの捕捉が難しい。よって敵が潜伏している可能性があり、これから偵察へ向かう。」

敵、潜伏という言葉に皆がざわつく。

「また、現地での人手不足解消の為に、この中から数名、この任務に同行してもらう。呼ばれた者は、一歩手前に出るように。」

 神崎を含む少年たちに緊張が走る。

「一番目、土井、賢人」

ウス、とどこからかやる気のない声が響く。昨日食堂で絡んできたチンピラだ。神崎がざまあみろと心の中でつぶやいていると、大尉が誰かを蹴飛ばす音が聞こえ、何事も無かったかのように次の人物を呼んだ。

「次、神崎、ユウ」

「はい。・・・は?」

 半歩ほど踏み出したところで間抜けな声を出してしまった。

「あの・・・僕ですか?」

「なにかあるのか?」

「いいえ・・・」

 神崎は歯切れ悪く答え、改めて一歩前へ出た。

「君たちと私、それと整備班15名でこれから向かう。その他の者はこの後一〇〇〇から基礎訓練。早朝にすまなかった。戻ってゆっくり休みたまえ。」

 一体の使い古されたロボットと二体の新品のようなロボットを載せて、三台のトラックは芦ノ湖に向けて出発した。


 ●     ●     ●


 神崎はぼんやりとマニュアルを読んでいた。階級が一番下の神崎たちは、他の荷物と一緒にトラックの荷台へ積まれているのだ。

 50人用ガスバーナー、火炎放射器を持ったモヒカンが「大人数でも肉を大量に、そして美味く焼けるぜ!やったな兄弟!」とパッケージで謳っている。

 今度は一人用の風呂桶程度の大きさの寸胴鍋。さっきのバーナーを活用するのだろうか。

 神崎はそこでなけなしの集中力が霧散し、沈黙が流れた。

 気まずい。非常に気まずい。昨日付けで入隊したのは神崎を含め50人。全員が二等兵。

 つまり、目の前の積み上げられたブルーシートの上に同じく昨日入隊したばかりのチンピラがどっかりと座っているのだ。

 なにか謝るきっかけか打ち解けるきっかけが欲しいものだが、彼にはあいにくながら語彙も処世術も持っていなかった。

「・・・おい」

 神崎は突然話しかけられ「ひ、ひゃい!?」と間抜けな返事をしてしまった。

「そこの雑誌とってくんねえか。」

 神崎は辺りを見回し、荷台に落ちていたグラビアアイドルの載った雑誌を拾った。2016年6月号。どうして30年前のものが・・・とおもいつつ、チンピラに渡す。

「ん。ありがとな」

 チンピラはそう言ってから雑誌を数ページめくる。カラーページの一枚でチンピラの手がとまり、まじまじと見つめる。

「なあ、チビ。お前さ、どういうのが好みだ?」

 チビと呼ばれたことにむっとしていると、チンピラはそのカラーページを神崎に見せた。いまはもうおばさんになっているであろうグラビアアイドルが扇情的なポーズをしている。

「もーちょっと胸が大きかったらなぁ・・・。」

「だよな!!もうちょいでかくてもいいよな!?」

「うーんでももうちょい小さくてムッチリしててもいいかも・・・」

 どうやらチンピラと仲良くなることに成功したようだ。猥談は世界を救う。


 ●     ●     ●


 さらにそれから二時間、神崎たちは荷台の向こうに雪が降り始めたこと気がついた。

「神崎、見ろよ、こんなクソ暑いのに雪降ってんぜ」

 神崎がそれに釣られて近くの幌をめくると、確かに灰色の雪が降っていた。彼は手を伸ばし、雪を手に取る。

「・・・これ、火山灰じゃない?」

 神崎はチンピラに疑問を投げかけた。

「え!?マジで!?火山灰とか初めて見たわ~!」

 感心したかのように土井も火山灰を手に取る。感触はふわふわしていて、タンポポの綿毛のようだ。

 その時、トラックが大きく左に曲がり、車内が揺れた。

 それにあわせて景色も変わり、周囲が禿山になっている火山が見えてくる。

「あれ、富士山じゃない?」

 今度は土井がそれにつられて荷台から顔を出す。火口がかすかにオレンジ色に照らされ、どろどろした音が遠くから聞こえる。

「確か開戦直後に核だかなんだかで攻撃・・・だったっけか?」

「たしか普通の爆撃だった気がするよ。かなり奥深くまで貫通して、いまじゃ噴火が止まる気配なんてないらしいよ。」

「へー。詳しいんだな、神崎」

「そうかなぁ?」

「まあ、俺たちにとっちゃ生まれたときからああだったんだし関係ねえよな!」

 心底どうでも良さそうに土井はつぶやいた。すると、トラックが山の急斜面を登り始めた。そろそろ拠点に到着するようだ。さっきよりも揺れが大きくなり、細かい荷物が零れ落ちる。

 十分程斜面を登り、そこでトラックは停止した。助手席から水上大尉が降り、メガホンを取り出す。

「設営!!」

 他のトラックから、整備員たちがわらわらと降りてくる。

「ほら、そこの!ぼさっとせずに設営を手伝え!」

 大尉に急かされ、神崎と土井もトラックを降りた。


 ●     ●     ●


「あー、そこの・・・そこの、そこのちっちゃいお方・・・。」

 神崎は八割方設営が終わったころ、灰色のツナギの着た少女に話しかけられた。

「僕?何の用?」

「す、すいません!!初めまして、私、今回の任務であなたの単軽の専属整備員になった木村かえでです。・・・よろしくおねがいします。」

 なんだかびくびくしている女の子だ、と心の中でつぶやき、神崎も同じように挨拶を返した。

「設営も終わってヒマそうにしていたので、単軽の個人データでも取ろうかと・・・」

 ヒマそうとはこの娘、性格の割にキツいこというなあ、と思いつつ、神崎は彼女と共に格納庫へ向かった。

 神崎と楓は、トラックの幌が伸びて屋根になっている簡易的なテントの前まで向かう。一体の背を向けた単軽の前で楓が止まり、神崎もそれに倣った。

「これが、これからあなたに乗ってもらう単座型軽装甲車『イージス』です。日本とアメリカの共同開発で、開発時コードネームは『アテーナイ』。最新鋭のディーゼルエンジンと電気モーターによるハイブリット式で・・・・って、ちょっと!人の話聞いてますか!?」

 神崎はハッチの手すりを探していたところを邪魔され、むっとして返した。

「だって、僕には関係なさそうなんだもん。」

「それでも話は聞いてください!」

「・・・機械オタク」

 楓の動きがピタッと止まった。そして、手元もボードに顔をふせる。

「うっ・・・自覚はしてたけど、うう・・・ここまでどストレートに言うだなんて・・・うう・・・」

 どうやら楓の地雷を踏んでしまったようだ。おろおろしながら神崎は一所懸命に楓に謝罪する。

「ご、ごめん!機械オタクだなんて言っちゃって!」

「・・・いいんです。私が悪いんですから。・・・死のう・・・いますぐ死のう・・・死ななきゃなおらない・・・」

「ゴメン!ホントごめん!!マジごめん!!!」

「・・・本当ですか?」

「本当!!マジ本当!!!」

「さっきのは冗談ですか・・・?」

「そ、そうそう。冗談、冗談だから!!!」

「あまり誤解を招くような冗談はやめてください!」

「すいませんでした!」

「・・・ならいいです」

 入隊二日目、神崎はもう軍を脱走して人里離れた山に篭りたいというどんよりとした思考に覆われた。

「すいません、さっきは取り乱しました・・・。これがあなた専用のドライバキーです。ユーザー登録お願いします。」

 どことなく楓の態度が冷たい。無事にこの戦争を生き延びたら、山奥で隠居しようと神崎は決意した。


 ●    ●     ●


「あら~!!ワタシ好みのいい男の子じゃな~い!!」

 土井は、目の前にいる男に色々とツッコミを入れたくなった。なんで原色の派手派手な格好をしているのか。なぜオネエ言葉なのか。

 なぜモンキーレンチをもったままくねくねしているのか。あまりの出来事に、土井の脳はフリーズ寸前だった。

「あら、その顔はまだ説明を受けてないみたいね。わたしはアザミ、ピチピチの27歳で技術少尉よ~ん♪つまり、私がここの責任者なの。ヨ・ロ・シ・ク♪」

 帰りたい。全ても投げ出してでも今この状況から逃げ出したい。土井は切実に願った。しかし、オネエの技術者は土井の肩をしっかりと掴み、やたら艶めかしい声で土井に囁いた。

「逃がさない・・・わよ♡」

 その後、土井はやたらげっそりとした顔で単軽の設定を行ったが、それはまた別の話である。


 ●    ●     ●


 設営が終わって数時間経ち、すっかり落ち着くころになると、日は山の向こうは沈んでしまっていた。誰かが用意したのか、野営地の真ん中にあたる場所に、ちろちろと焚火が燃えている。水上大尉に教えてもらった綺麗な泉から水を汲んできて、神崎達がそれをえっちらおっちらと運ぶ。

 いつの間にか整備班の面々も焚火の周りに円を作り、神崎たちが来たところで自然と夕食が始まった。

 ただの水とカロリーメイトという軍隊らしい食事だが、それでも労働の後の食事はおいしい。あっという間に食べつくすと、今度は雑談が始まった。神崎は雑談が苦手なので、誘われもせず、かといって一人ぼっちと見られない絶妙な位置で水をちびちびと飲んでいる。

「隣、いいかな」

 脳内回路のスイッチを切っていた神崎はもろに動揺してしまい、カップを取り落としそうになった。

「た、大尉・・・」

「そう堅苦しい言い方をするな。先輩でいい。」

「はい、先輩・・・。そういえば、小鳥遊中尉も同じこと言っていました。」

「(へえ、あいつがねえ・・・成長したもんだ。)」

「なにか言いました?」

「いや、なんにも。それより、君の話を聞かせてくれないか?」

「何故ですか?」

「キミのことを、知りたいのさ。」

 神崎はその言葉を聞き、どきっとした。モデルのようなスタイルの良さ、陶磁器のような肌。よく見なくともとてつもない美人ではないか。神崎の好みのタイプからはずれているが付き合うならこんな女性が・・・。

「どうした?」

 水上に呼ばれ、はっと我に返った。なに「キミのことを、知りたいのさ。」の一言でそんなにも舞い上がった妄想ができるのか。仮にも相手は上官だぞ。何を馬鹿なことを考えているんだ、と心の中でひとしきり壁に額を叩き付けると、ある程度落ち着いた。

「その・・・先輩は自覚は無いんですか?」

「何のだ?」

「いいえ、忘れてください。」

 神崎は手に持っていたカップを置き、遠い昔の事を話し始めた。

「僕の住んでいた家は、フロートの端の方にある家でした。父は合気道の道場主をやっていて、小さいころはよく近所の友達と兄弟で道場に行ってたんです。」

「ずいぶんと昔ながらの家庭じゃないか。入隊する時、大変じゃなかったか?」

「兄が麻薬の取引で捕まって、その混乱に乗じて逃げてきたんです。」

「へえ~・・・。休暇取れた時は、実家に近づかないほうが良さそうだな。」

 神崎はその言葉を聞き、クスッと笑った。

「そうですね、次帰ったら、多分父さんに殺されます。」

「ふふっ・・・、面白い家族だな。」

「いやぁ・・・それほどでも・・・」

 水上が機嫌良さそうにほほ笑んでいると、土井と楓が神崎達に近づいてきた。どうしたのか、と二人に尋ねると、土井はイチャついているように見えたから、楓はガールズトークをしてこいと言われた、と答えた。

 慌てて神崎は水上との関係を否定し、必死に弁明する神崎が面白かったのか、楓が笑い始めて、和やかな空気に包まれた。その後も一時間ほど土井と楓を交えた雑談をし、今日はそこでお開きとなった。




 3





 太陽も高く登り、野営地から少し離れた平地。そこに二台の単軽が対峙していた。単軽の手には水性塗料をたっぷりと染み込んだスポンジを巻いた演習用のブレード。低く唸るディーゼルエンジン。かすかに高音で唸る電磁筋肉。オリーブドラブのTシャツを着た楓が、拡声器でハキハキと告げた。

「では、摸擬戦、開始~。」

 二体の単軽がよたよたとお互いに近づく。

 先に片方が拳を繰り出した。これまた体重の乗っていないへろへろとしたパンチだ。返す単軽も、胸にがしゃん、とぶつかり、ブレードを振り回しながらみっともなく倒れた。そこにパンチをかました単軽もブレードを取り出し、もがく単軽を串刺しにしようとブレードを振りかざす。

 ぎりぎりのところで寝返りを打ち、ブレードの刺突を避ける。傍らに落としたブレードを逆手に拾い上げ、柄の先端で横から殴る。ブレードを抜くことにやっきになっていた単軽は、横殴りの衝撃であえなく倒れた。演習終了です!と楓の声が響く。

 水上はあきれたかのように小さく首を振り、傍らの無線機を取り出す。そして、思い切り怒鳴った。ハウリングなどお構いなしだ。

「土井ぃ!神崎ぃ!何で口すっぱく単軽の重心を前に寄せろって言ってんのにできねーんだよ!」

 それに参ったのか、二体の単軽の中から、ふらふらと神崎と土井が出てきた。

「んなこといってもよぉ、もう三時間もパソコンとにらめっこしては戦っての繰り返しじゃねーかよ姉貴ぃ!!」

「うるさい!誰が姉貴だ誰が!お前が早くコツを掴まないのがいけないんだろ!」

「ぬ、ぬぐぐ・・・。だって難しいだよぉ・・・。」

 口論でしおらしくなった土井を神崎がフォローしている間に、楓が水上の元へ駆け寄ってきた。

「えっと、前回までの分までのモーションドライバ、更新しておきました。あのー、そろそろお昼にしません?空腹だとイラつくっていいますし、そろそろ燃料の方も補給しなきゃですし。」

「・・・そうだな。よし、休憩にしよう。」

 水上がそこまで言い終えたとき、楓がなにか言いたげにじっと水上を見つめていることに気がついた。

「どうした?」

「いえ、敵が近くにいるのに、こんなのんびりしてていいのかなって・・・」

「そうか、まだ説明してなかったな。丁度いい、昼食の時に説明しよう。」


●     ●     ●


 神崎たちは仮の指令室となっているテントの中で昼食をとった。水上が小型冷蔵庫から氷を取り出し、神崎たちの分のカップにも入れる。

「さて、さっき整備班から質問があったんだがな、敵のことについてだ。」

「見つかったんスか!?」

「いや、見つかってない。結論から言うと、こちらを見つけてもらうしか攻撃する手段は無い。」

「何故ですか?」

 神崎がそう言うと、水上はトラックの助手席からタブレットを持ってきた。少しだけ操作し、神崎たちにもタブレットを見せる。

「これは国連軍のデータベースなんだが、少し見てくれ。」

「えっと・・・機体コード『フクロウ』、中国軍運用名『猫头鹰』ってところですか?」

「そうだ。こいつは今のところ世界最高のステルス偵察機で、一度充電すれば優に一週間は歩き回れる。」

「もしかして姉貴、芦ノ湖のセンサーにひっかかったのって・・・」

「そう、こいつだ。こいつが偶然定点カメラに映って発見したんだ。」

「そしたらどうするんですか?」

「ああ、それだが、神崎。質問だ。もし山の中にあからさまに怪しいログハウスがあったら近づくか?」

「そりゃあ、近づか・・・あっ、そういうことか。」

「神崎、どういうことなんだ?」

「敵は近づかざるを得ないほど消耗しているってことですか・・・?」

「正解だ、神崎。敵は今、かなり消耗しているとみられる。カメラで捉えた画像では、そう遠くに行けるほど消耗は軽微ではなかった。放棄するか、偶然演習をしに来た一部隊を相討ち覚悟で強襲するかしかないはずだ。」

「おー・・・なるほど・・・。でも姉貴、敵もカミカゼとかやるほど馬鹿じゃないんじゃいスか?」

「ふふふ・・・。そうだな、まずは姿の見えにくい夜に近づき、それからパトロールで野営地から離れた単軽を各個撃破していくだろうな。」

 水上が不気味にほほ笑み、土井と神崎はなぜ新兵の自分たちが連れてこられたか悟った。

「というわけでだ、神崎、土井、ここでジャンケンしてどっちがパトロールに立つか決めろ」




 4




午前二時。

 人の命は蜻蛉のよう、とはだれが言ったのだろう。歩哨役は神崎に決まった。水銀灯で煌々と輝く格納庫と対照的な暗澹たる気分で格納庫に向かい、昨日演習で散々乗りまわした単軽に乗り込む。あと何時間かの命だ。そう思うと、なんだか世界が愛おしく見えてきて、神崎はなんとなくハッチを閉めずにいた。

 五分ほどそうしていると、楓が格納庫に入ってきた。

「おはようございます。・・・って、なんか変ですよね。昼間の分の学習分、キーに入力しておきました。」

 うん、ありがとう、と神崎は力なく呟き、半透明のきらきらしたスティックをもらう。

「・・・怖いんですか?」

 楓が心配そうに神崎の顔をのぞきこんできた。

「ああ、怖いよ。これから囮にされて死にに行くんだから。」

「そんなことはありません。水上さんだって、君が死なないように何か考えがあるかもしれないじゃないですか。」

「ずいぶん先輩の肩をもつんだね。」

「そんなこと、ないですよ。私も一昨日入隊したばかりですけど、あの人は誰よりも人のことを守ろうとしている気がします。」

「そうなのか・・・やさしいよね、楓さんは」

 楓はそれを聞いて、顔を赤くした。

「そ、そうですか!?私はただ、思ったことを言っているだけなのに・・・。」

「それでいいんだよ、楓さん。」

「あ、あの、神崎さん!?」

 なぜか楓の声がうわずっている。神崎は疑問におもいながらも「なに?」と答えた。

「その、手を出してくれますか?」

「・・・?いいけど」

 神崎が右手を出すと、楓がそこに手を重ねてきた。

「大丈夫、あなたは強い。」

 それだけを小さく呟くと、楓は手を離した。不思議と、神崎の心が落ち着く。

「昔、おばあちゃんに教えてもらったおまじないなんです。私がやっても効果が無いかもしれないですけど・・・。」

 楓は恥ずかしそうにモゴモゴと喋った。いいや、効果はあったよと神崎が告げると、「よかったです・・・」と楓は呟いた。

 一瞬、格納庫に違和感を覚えたが、思い過ごしだと思い単軽のエンジンを起動させる。騒音で聞こえにくくなると判断したのか、楓が神崎の耳元に近づき、囁いた。

「それと・・・いきなり名前で呼ばないでください・・・恥ずかしいです・・・」

 そう囁くと、楓が神崎のそばから離れる。それを確認した神崎は、ハッチを閉めた。


●     ●      ●


 神崎の単軽は、深夜の森林を歩いていた。ほとんどをバッテリー駆動に切り替え、息を殺して目立たないように歩く。キュイーン、ガシュン、という音が周期的に響き、揺りかごのように神崎を揺らす。神崎が船を漕ぐたびに単軽の脚がもつれ、慌てて修正するということ繰り返す。繰り返している内に、神崎はあることが気になり始めた。格納庫での違和感である。深夜だったせいもあるのかも知れないのだが、神崎はどうも何かが足りなかった気がするのだ。

 思考の深みのせいで眠気も吹き飛ぶ頃、コックピットの中に雨の匂いが流れ込んできた。空調は効いているが、気のせいか蒸し暑くなったような気がする。それと同時に、いままで真っ白なノイズしか吐いていなかったレーダーが回復した。おそらく、空中を漂っていた灰が雨で流されたのだ。

 そして、神崎はレーダーにある反応を見つける。6時方向まうしろ、所属不明機、恐らく味方機。

 神崎が単軽を振り返らせた瞬間、ビープ音がコックピットにこだました。

 レーザー照準感知、緊急回避せよ。

 茂みの中から、一体の単軽が日本刀を大上段の構えで振りかざしながら飛び掛ってきた。単軽の全体重の乗った斬撃をぎりぎりでかわし、胸の装甲が薄く削られる。

 その単軽は、空色に輝いていた。いや、日本刀が不規則に青白く明滅しているのだ。薄く照らされたその単軽は、神崎の単軽よりもヒトに近いフォルムをしていた。腹筋のように幾重にも重なった装甲、剣道の面をシャープにしたようなヘッドガード、四肢が強烈に太く、野武士のような力強さをかもし出している。

 そして何より、神崎は鬼のような気配をその単軽から感じ取っていた。殺気、なのだろうか、神崎の知る初めての気配だった。

 緊張のあまり、動けないでいると、単軽に近距離レーザー通信でテキストメッセージが届いた。


『剣を抜け』


 たったそれだけの短いメッセージ。しかし、逆らうことはできず、格納されていたブレードを引き抜いた。昼間水上に教えてもらった通りに両手で握り、刺突の構えを取る。念のため、AIのアラートを全て音声で流すように設定。

 『照準、12時方向しょうめん

 まるでこちらが準備し終わるのを待っていたかのように敵の単軽が襲い掛かってきた。5トンの重量が乗った鋭いタックル。神崎の単軽はもたもたした動きでどうにかいなした。

 懐に飛び込んだ敵の単軽は、日本刀で目にもとまらぬ斬撃を繰り返す。神崎はかろうじて両腕を前でクロスさせ、敵の猛ラッシュをしのぐ。

 斬撃を数回か受けると、あっけなく左腕の装甲がくしゃくしゃの紙のようになって剥がれ落ちた。単軽の皮膚とも言える黒い絶縁防護層が剥き出しになり、左腕損傷、戦闘に若干の影響あり、とAIが告げる。敵はそこを見逃さず、日本刀を無防備な防護層に突き刺した。途端、スパークが腕の内部から飛び散り、人工筋肉が不安定に脈動を始め、数倍に膨れ上がった。

 それは、人工筋肉稼動ゆえの弱点だった。人工筋肉は通常、電気で稼動する。そこの弱点を突き、敵は日本刀を通して人工筋肉に直接高圧電流を流し込んだのだ。

 左腕が隆起したまま動かなくなり、だらりとぶらさがる。それに動揺した神崎を敵は見逃さずに蹴りを入れた。パイロットの戦意が喪失したのか、あっけなく神崎の単軽は尻餅をつく。

 逃げようとする神崎に、敵は単軽の頭に蹴りを入れる。神崎の単軽の動きが止まり、静かに倒れた。


 「くそっ、なんなんだよあの強さ・・・!おかしいだろ!!」


 非常用のモニターを除いて全てがブラックアウトしたコックピットの中で、神崎な半べそをかきながら泣き言を言っていた。敵のせいで単軽が、脳震盪よろしく『気絶』してしまったのだ。手探りで再起動をかけながらも、神崎は早く再起動しなければ殺されると焦っていた。何とか再起動をかけ、モニターが回復したとき、神崎は絶望に包まれた。日本刀の切っ先が、コックピットの装甲数センチ上にあったのだ。

 僕は死ぬんだ。誰にも知られず、山の中でズタボロに切り裂かれて。


 いやだ、死にたくない。殺されてたまるか。


 見返すんだ、散々僕をいじめた奴らを。


 兄さんも、父さんも、父さんの弟子たちも。


 そうだ、こんなとこで死んでたまるか。



 こんなところで、死んでたまるか!!











 ●     ●     ●


 神崎がマニピュレーターをマニュアルに変えて手を伸ばした瞬間、全てがぐぅぅぅっと音を立てて急速に減速した。水の中、いや、重油の中を泳いでいるようなねっとりとした感覚が神崎を包み、感覚がクリアになる。

 やけに遅く突き刺さろうとしている日本刀を、痺れる左腕で受ける。

みちみちと筋肉繊維の裂ける音がし、青白い血が傷口からしたたる。

 焼け付くような痛みだが、それを意識下に押し込み、脚の筋力だけで立ち上がる。

 左腕に突き刺さったままの日本刀をエッジが入らないように胸で受け止め、敵の頭に頭突きをぶつける。

 がぁん、ごぉん、とやけにスローに金属音が響き、敵が少しだけよろめく。

 雨粒の一滴一滴をも正確に確認できる視覚で、距離を読み取り、使い物にならない左腕を鞭の要領で振り下ろす。

 敵はそれを足場にし、振り下ろされた勢いで跳躍。あっという間にアウトレンジへと逃げ、着地に失敗する。

 雨粒が胸で跳ね、ひとかどの静寂が訪れる。

 ざぁぁ、と激しい音を立てて降る雨。意識を敵に集中すると、パイロットの呼吸が聞こえるようだった。もっと目をこらすと、姿がオレンジ色に浮かび上がり、人型に収束した。

 神崎はその姿を見て、動揺した。それと同時に、雨粒は加速し、打ちつける雨粒の感覚も消えうせ、いつの間にかコックピットに座っていた。

 もしかしたら間違いかもしれない、いや、間違っていて欲しい、と願いながら、神崎は無線機の周波数を合わせる。

『どうして・・・っ、その機体に乗っているんですか、・・・水上先輩』


 敵は動かなかった。


 無線機も無機質なノイズを垂れ流すだけだ。


『どういうことなんですかっ!!先輩っ!!』


 もう一度、悲壮な声で尋ねる。


 しかし、単軽は身じろぎ一つしなかった。


 『裏切ったんですか!?』


 予備武装のハンドガンを抜き、威嚇射撃をする。


 それでも、単軽は動かなかった。


 「・・・っ!!」


 神崎はコックピットから水上を引きずり出すため、単軽を前に進めようとした。


 が、唐突にそれは遮られた。

 山の中から、黒い単軽が跳躍してきたのだ。丁度神崎と敵の単軽の間に着地し、動きを止める。

 水上の乗っている単軽よりも一回り小さく、魚に手足を付けて直立させたかのようなフォルム。表面は薄く蜂の巣ハニカム状に電波吸収剤がプリントされたマットブラック。

 正真正銘の敵。神崎が昼間、データベースで見た『猫头鹰』そのものだった。


 ●     ●     ●


 神崎は、さっきとはうってかわって、『明確な敵』の前で呼吸を乱していた。今までの敵、正確には水上だが、攻撃の一振り一振りに人間らしさが感じられた。しかし、いまこの目の前に立っている黒い単軽からはそういった人間らしさが全く感じられないのだ。

 頭の部分にあるセンサーが赤く光り、視線が動く。まるで品定めをしているかのようにゆっくりと左右を見回した 。

 不意に、敵の単軽が動いた。その手に握った杭打ち銃スポットガンを神崎に向ける。そして、全くの予備動作なしで引き金を引く。バスッ、と圧縮空気で杭が撃ち出され、神崎の単軽のコックピットに浅く刺さった。コックピットのモニターにクラックが走り、口から声にならない声が漏れる。虹色のクラックが走り、正面のモニターがブラックアウトする。

 神崎はパニックになり、バランスを崩し、転倒する。黒の単軽はゆっくりと歩み寄り、神崎の単軽のコックピットを踏みつけた。ぐぐぐ、と胸部装甲が音を立ててへこむ。

 神崎はついさっきのように世界が減速することを祈った。しかし、コックピットはへこむばかりで何も起こらない。

 今度こそ死ぬ。コックピットを潰されて圧死する。そう諦めたとき、神崎の装備していない短機関銃の銃声がした。真上で金属が爆ぜる音がし、コックピットの軋みが止まる。サイドモニターを見ると、水上の乗る単軽が袖の部分に隠れていたサブマシンガンを敵の単軽に向けていた。初めて敵の単軽から人間らしいいらだちを感じ、水上の単軽の方を向く。

 杭打ち銃が放たれた。それを水上は易々と回避し、敵を中心とした同心円状に移動しながら機関銃を乱射する。袖に入るほどの小型機関銃が敵の装甲を貫通できるわけがなく、牽制にしかならない。神崎も申し訳程度に拳銃で援護射撃したが、まだ実戦に出たばかりの神崎では一発もかすりすらしなかった。

 神崎は自分にもできることを探すため、辺りを見回した。さっきまで失念していたが、地面に日本刀の突き刺さった左腕が転がっていることに神崎は気づく。折らないように慎重に引き抜き、問題なく使えることを確認する。

 マニピュレーターの操縦をセミオートに戻し、胸の前で前にまっすぐ構える。最適化された攻撃プログラムで、敵の単軽を見据える。

 水上はそれを待っていたかのように、一瞬で敵に近づき、蹴りを入れた。たまらず敵がよろめき、動きが止まる。

 神崎は、脚部の出力を最大に上げた。装甲がスライドし、人工筋肉が力強く膨張する。ほとんど前のめりにたおれる勢いで、神崎は敵に突撃した。

 装甲の薄い背中から日本刀が突き刺さり、敵の動きが止まる。

 一瞬の間を置いて、黒い蒸気が敵の胸から溢れ出した。ガクガクと四肢がめちゃくちゃに暴れ、すぐに動きが止まる。

 敵は動かなくなった。神崎の単軽に身を預け、沈黙を保っている。彼が少しだけ単軽を後ろに下げると、ずるり、と敵は地面に倒れ伏す。

 倒したのだ。神崎が、初めての実戦で倒したのだ。その事実を認識した瞬間、神崎は全身の力が抜けた。水上の単軽が近づき、倒れかかった神崎の単軽を抱きとめる。

『おめでとう、合格だ。』

 無線越しのねぎらいの言葉。エンジンのキルスイッチを押されたのか、下がる回転数と重なるように神崎の意識が途切れた。




 神崎は、全身を揺らす振動で目を覚ました。半覚醒の頭で周りを見回すと、神崎はトラックの助手席に座り、流れる森林の景色を眺めていた。

「起きたか。」

 水上がハンドルをさばきながら言った。運転席常備らしいガムを噛みながらつまらなそうに運転する。

「あれから大変だったんだぞ。君は寝オチするから引きずるしか無かったし、ぬかるんだ地面で何度も転びかけたりしてな。」

「へへ・・・、すいません。」

 神崎はなんとなく全身が痛い理由を悟った。

 しばらく沈黙が漂い、水上がこれから告白する乙女のように話を切り出す。

「そういえば、私と協力して倒したアレはな、君の手柄になった。」

「ありがとうございます。・・・先輩のおかげですよ。」

「そう思うなら今度荷物持ちを手伝え。それでだな、その手柄が認められて君に辞令が下った。正式には一週間後だが、君もそんなに焦らされたくないだろう。」

 辞令と聞いて、神崎は身構える。まさか降格か、あまりのヘタクソさに整備班へと回されるのか。

 「おめでとう。神崎一等操縦兵。今日から君があの単軽の正式パイロットだ。この辞令は受理してもいいし、断ってもいい。まあ、聞かなくてもいいだろうが、一応聞こう。受理するか?」

 神崎はほっとし、笑顔で答えた。



 「はい、受理します。」




〜次回予告〜


天真爛漫なスポーツ少女、伊川麻里奈は、デリカシーの全く無い上官に熱血指導(?)を受けることになる。鋼鉄の巨人に乗った少女は、一体どんな戦いを見せるのか。次回、メタルボーイズ2050「ガール・ミーツ・エース」。

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