前の世界、今の世界

リナさんさん

第1話

 吉井 菫、17歳。

 前の世界では女子高校生をしていた。 現在は―― 。



 


 皆さんは『モンスターラブ』というゲームをご存知だろうか。


 数年前に某会社から発売されたファンタジー系の乙女ゲーで、攻略キャラクターはドラゴン、狼、吸血鬼、魔王、エルフ……などなど人間以外の種族のみ。 

 攻略対象とは違い主人公は純粋な人間のなので、特殊な事が無い限りは確実に老いていく。 その老いる前に子孫を残し、主人公を引き継ぎながら遊んでいくのがこのゲームの基本だ。

 初めのキャラクターのストーリーは、異世界から迷い込んだ主人公の女性がその世界で出会ったキャラクター達と恋に落ちて、様々な物語を織り成し子孫を残す――ところから始まる。

 職業や暮らし方に制限は無い。 村娘でも勇者でも魔法使いでも魔王でもなんでも選択が出来る。 自由度の高さは業界一だ。

 一部お姉さまがたの心をがっちりと掴んで離さないこのゲームは、発売から数年経った今でもファンサイトは絶えず、攻略系サイトでは日夜編集がなされている。


 かくいう私もファンブログを管理していた。 特に気に入っていた竜人族の青年をヘッダーに設定し、彼のことについて色々と妄想を交えながら書き殴ったものである。

 だってかっこいいんだよ、そのキャラクター。

 体つきなんてどの人間よりも逞しく彫刻のように完璧で、大剣を構えるポーズなんて物語の騎士のように麗しい。

 最初は人間なんてどう接したらいいかわからないみたいな態度とってくるのに、友好度が上がると少しずつ心を開いてくれる。 たまーに見せてくれる笑顔なんてとっても可愛いし、鱗を撫でると恥ずかしがるのがまた良い!! そうそう、その鱗ってイベントをこなすと一枚もらえるんだよね。 そう、こんな風に――




「スミレ、これは誓いの証だ」 目の前の竜人族は恭しく傅き、藍色の鱗を私へと差し出す。

 太陽の光を受けて煌くそれは、今まで見てきたどの宝石よりも美しい輝きを放っている。 これ程美しいものは見たことが無い。 心奪われたようにその鱗を――っていやいや違う。 そんな冷静に感想を考えている場合じゃないんだ。

「受け取ってはもらえぬのだろうか?」 くるると切なげに喉を鳴らされる。 あ、凄く可愛い。 いやいや違う!!

 あのね。 違うの。 嬉しいんだ、嬉しいんだけどあの、ていうか。 あの。





 あの――異世界でゲームのキャラクターに求婚された時ってどうしたらいいんですか?





 吉井 菫、17歳。

 前の世界では女子高校生をしていた。

 今の世界では――『モンスターラブ』というゲームに似た異世界で魔法使いをしている。



 始まりは数年前、私がまだ地球で女子高校生をしていた所からだ。

 その時にハマっていたモンスターラブというゲームを遊んでいた時の事である。

 詳細は分からないのだが、その……どうにも気がつかないうちにゲームによく似た世界に紛れ込んでしまったらしい。 最初の数日は夢だと思って思いっきり遊んでいたのだが、いつまで経っても覚める気配の無い夢に疑問を抱き始めた。

 本格的に異世界に居るのだと思い始めたのは、それから一ヶ月ほど経った頃である。

 うん、遅いよね。 分かってる。 自分でももっと早く気がつくべきだったと思う。 そういう意味ではある意味の現実逃避だったのかもしれない。


 ゲームと同じように初期装備とそこそこのお金、そして魔力の適正があったので最低限の暮らしは保障されてたいた。 暫くの間はどうやったら帰還する事ができるのかを考えながら町から町へと放浪していたと思う。

 そして『この世界がゲームの世界そのままならば、迷い人と呼ばれる別世界の住人が存在しているのでは?』という考えに至った。 数こそ多くは無いが、どの国にも一人や二人は主人公を助ける為のお助けキャラクターとして滞在していたのを記憶している。 その人たちに会えれば、同じ境遇同士何かしらの糸口が見つかるだろう。


 ……と、思って行動していたのに、王都へ行けど隣国へ行けど帰還の方法はもとい迷い人の話すら耳にすることは一切無かった。

 手がかりも足がかりも何も無い。 月日だけがただただ過ぎていく。

 気がつけば年齢はとっくに二十歳を超えているし、元の世界では考えられぬほどの魔力も得る事ができた。 それに、冒険者ギルドで一定の功績を納めたおかげか身分証明書も発行されている。 このままこの世界に骨を埋めるのであれば何ら問題は無い。 裕福とはいえないがそこそこ良い生活を送る事が出来る。


 手がかりが一切見つからないのだから、このままこの世界で生きていくのも一つの手なのかもしれないなぁ、なんて思うことも少なくは無い。

 ……しかし、そうスッパリと諦めはつかないのが人間だ。

 やはり故郷は恋しく、友人や両親のことを思うと胸も痛くなる。 時折ホームシックになって泣き続ける日々も少なくは無かった。

 何かしていたほうが自分の為になる。 何もしないよりはうんとマシだろうと、私は相も変わらずに帰還の方法を探し続けてきた。 行動範囲を以前よりもうんと広げ、文字通りに世界を駆け巡る。



 そしてその道中、一人の竜人族の青年――私が前の世界で二次元の嫁とまで謳ったカルマと出会ったのである。 男だが嫁でいい、そういうものだ。

 彼との出会いは至ってシンプルなもので、冒険者ギルドで仕事を受けた際に臨時のバディを組んだのが始まりだ。 今でもそのときのことはよく覚えているし生涯忘れないだろう。 なんていったって、画面越に愛でていたキャラクターが目の前に現れたのである。 雷撃が心臓を貫き、天にも昇る気持ちであった。

 ……しかしここは異世界である。 いかに自分がゲームのカルマを溺愛していたとはいえ、それはゲームの中の話だ。 それに、ゲームの中の彼と今隣にいる彼が同じとも限らない。


 私は悩み、考え、そして彼とは距離を詰めないよう心に決めた。

 仕事は既に請け負ってしまったのでキャンセルはしない。 

 期間は三日、内容は討伐。 有り触れた依頼なだけに断る理由も見出せないし、無理に破棄すれば冒険者ランクに影響する。 そして何よりもカルマに向かって「貴方とは組めない」と言えなかったせいである。


「……三日間だけ宜しく」 挨拶はそれで精一杯だった。


 仕事が終わったらバディは終わり、はい解散! そうしたらまた旅を続けて帰還の方法を探るんだ。

 ……そう考えてはいたものの、時間が経つにつれその考えを改めなおす必要が出てきた。


 実のところ、私と彼はバディとしてかなり相性が良かったのだ。

 ペアというのは互いの力量を上手い具合に計り、互いに利用し合っていかなければ本来以上の力を発揮することができない。 ソロのように我がままに振りまえる訳でもなく、トリオのように誰かの不始末をカバーする余裕すら無い。 タイミングやウマの合わないもの同士では、ちょっとしたミスが大きな失態に繋がる。

 故に多くの冒険者はソロかトリオ以上を選ぶ。 ペアで動くのには意思疎通が完璧に取れる相手でないと勤まらないのだ。


 そして、私とカルマはそれらをクリアしている。 呼吸の整え方や戦闘の仕草、ちょっとした癖までも完璧に理解することができたのだ。

 ここをこう動けば相手はこうしてくれる、こういう時はああしてくれる。 自分がこうすれば付いてきてくれる。 前の世界でいうところの『阿吽の呼吸』で動くことができた。

 普段ならば三日ほどかかる依頼も、カルマと一緒ならば一日半で済ませられた。 冒険者ギルドの人たちも依頼の早期完遂に喜んでいたし、何よりも自分自身が味わったことの無い高揚感と満足感を噛み締めていた。

 あれほどわがままに、自由に振舞えたのに、どちらも邪魔にならず動くことが出来たのは奇跡か幸運か。 誰かと組んで動くという事に対してこれほどまでの充実感を味わったことは今まで無かったし、これから先訪れないかもしれない。

 そう考えると、今ここで彼と別れてしまうのは大変な損失のように思えて仕方が無かった。 このままカルマと組み続ければ冒険者として確固たる地位に就くことができるかもしれない。

 ……しかし私には前の世界に帰還するという願いもあったし、ううん。 えーと……えええい!!


 私はギルドの窓口で清算を終えたカルマの前に立ちはだかる。

「カルマ」「どうした?」 彼は金貨の入った袋をしまっている所であった。 その表情には僅かに驚きの色が見える。

 それもそうだ。 相性が良かったとはいえ、依頼をしている最中に一言も会話が無かったのだから、いきなり話しかけられれば誰だって驚く。


「…………私とペアを組んで」


 たっぷりと時間を掛け、考えた結果がこれだ。 冒険者として名を馳せれば世界中の遺跡や研究所に出入りする事が出来る。 そうすれば、帰還の方法や前の世界について何か見つかるかもしれない。

 ……今思い出しても随分と上から目線の考えや台詞だと思うが、あの時はかなり緊張していたのだ。 それくらいは目を瞑っていただきたいものだ。


 カルマは少しだけ考える仕草を見せてから小さく頷く。

「ああ、私もそう思っていたところだ。 宜しく頼む、スミレよ」

 何て良いヤツなんだこの竜人族は!






 それからはもう私たちの快進撃だった。 依頼の完遂率はギルドでトップになるし、国の騎士団からも援軍要請が来るわ来るわ。

 遺跡調査や国の暗部まで、様々な事案を解決に導いていった。

 やがて、私とカルマは功績が認められ、国お抱えの宮廷騎士と宮廷魔術士に就任することが出来た。 大変名誉なことで暮らしも安定どころか食うに困らぬ特殊階級だ。


 それが大体半年前のことだ。

 以降は宮廷抱えという肩書きのせいか、書類の山に埋もれる毎日が続く。 互いに会う時間は減ったが、それでも時間を見繕い互いの鍛錬に勤しみ、腕を磨いた。



 そして忙しさや引継ぎも一段落し、今日は久しぶりに二人で出かけていた。 ――ら、いきなりさっきのアレだ。

 吃驚した。 吃驚したけどちゃんとゲームのスチルが思い浮かんだあたり生粋のオタクなんだと思う。

 いやーしかしこのイベントかー、イベントかー。


「どこでフラグ建てたっけ……」 「フラッグ?」 彼は不思議そうに首を傾げる。 

「いや、気にしないで………………それよりも私の記憶違いでなければ、自分の鱗を加工して相手に渡すのは一種の求愛行動であったと把握しているんだが」

「それで問題ない」

 ああ言いきるんだ、問題ないと言いきるんだ。


「私は……」 私はなんと答えればいいのだろうか? 


 彼のことは嫌いではない。 むしろ好ましく思っている。

 戦闘でも実生活でもここまで気の許せる相手というのも珍しいもので、誰よりも近しき存在だ。 それが愛情かどうかと問われればなんとも答えづらいが、もしも男女の仲に発展したとしても彼とならばやっていける自信はある。 種族問題など魔法の発展しているこの世界では些細なものだ。

 互いに地位も名誉もある。 実力も申し分ない。 これ以上にないほど良縁だ。

 しかし……前の世界に帰りたい気持ちは随分と小さくはなったといえ未だにある。 彼と誓いを交わした後に帰還の方法が見つかったとなれば後悔は残るかもしれない。


 その一方で現実的な考えをする自分も居た。 今更帰還方法を見つけたところで女子高校生に若返って前の世界に戻れるかは分からない。 自分はもう二十五だ。 あれから既に七年は経っている。

 この年齢のまま戻ったところで元の生活に戻れるわけも無いし、そもそも同じ時代に戻れるのかも分からない。 帰還に関しては嬉しい思いもあるがそれ以上に不安が多い。


「私は……」

 思えばこちら側での生活は決して楽なものではなかった。 苦もあり、楽もあり。

 時にはこの世界に来た事を呪うような出来事もあったが、よくよく考えてみればそれ以上の幸せを手にする事が出来たのではないだろうか。

 それに、この世界ではお世話になった人たちがたくさんいる。 冒険者として私を導いてくれた師匠や、窓口のお姉さん。 魔器を代理購入をしてくれる商人さんに、大通りの飯屋さん。 そして何よりも、私とバディを組んでいるカルマが居る。


 ――ああそうか、なんだ心はもう決まっているんだな。


「カルマ、その話に答えを出す前に言わなければいけないことがある」

 カルマは顔を上げ、私の顔を見る。 凛々しい表情に思わず顔が緩みそうになるがここは我慢だ。

「信じられないかもしれないけれど、私は別の世界の人間だった。 こちらの世界に迷い込む形でやってきたんだ」

 ぽつりぽつり、自分の生い立ちを語り始める。

 突拍子の無い話だったがカルマは真面目に聞いてくれていた。 茶化すこともなく、哀れむ様子もなく、ただただ私の話に耳を傾ける。

 そうして事の顛末を語り終えると、彼はようやく口を開いた。

「……ではスミレは居なくなってしまうのか?」

「違うさカルマ」 そう、違う。 「お前のその言葉でようやく決心が付いたんだ」


 十八年間過ごしてきた地球での生活。 それを前の世界と言い切ってしまっているあたり、最早未練など無いに等しいのだ。

 今、私が生きている世界は紛れも無く此処だ。 そして苦楽を共にしてきた彼の隣こそが、私の生きるべき場所なのだ。 


「カルマ、その鱗を私に譲ってはもらえないだろうか?」

 私はこの世界に骨を埋めることを決めた。 自分の為に、そして何よりもバディである彼の為にも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

前の世界、今の世界 リナさんさん @prizepride

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ