6

 心臓ではない。脳である。


「――――」


 人類は流星だ。流星なのだ。煌びやかですぐに消える光の尾の余韻でしかないのだ。魂は、一人に一つだけ宿るものではない。一人の個体の細胞の数だけ宿るものだ。身体を作るには細胞は、支えあって一つの個体を形成している。怪我をして、約六〇兆ある細胞のひとつが地面に落ちても人類は気づきもしない。見捨てて、未来へと進む。脳を止める為の抑止力、三つの思考決定権。その昔、人類総人口は二百億人を超えた。思考をAIと脳と心臓の三極にする事で、多種多様の思考は六百億人となった。これは自分の思考を三つ増やして、これからの未来は客観的に考えなければならないと気がついた、必然的な結果だった。


 この世は善と悪の考えで大きく分けてしまうと、むなしい。いくつもの思考が誰しも必要と、先人たちは気がついたのだ。思考を加える事で、自分自身の弱さ、この世のどうしようもない不条理を抱え込んだ時の本当の恐れを、ストレスとして強制的に知ることとなる。するといとも簡単に、人間の後ろ向きの魔性と惨酷さを単純に理解することができ、欲の怖さを直視できるのだ。そうして、自分や他者の行動に対して、永遠に無垢な超感覚を所持する心臓が遺伝子操作によって生み出され、人間における確固たる立ち位置として存在できたのだ。


 そうして人間は、他者の命の尊さを知り、既存の神々に疑問を持った。人の王は、民の夢である強欲を体現したもの。だとすれば、王よりも上位の存在である神とは一体何だろうか。何故神は、人々の精神的なゆとりであり、死の絶望までも支えてくれているだろうか。人の数だけ千姿万態の神が存在するが、AIを繋ぐ統一思想から言ってしまえば、何故DNAに記憶している情報の、言ってしまえば細胞の数だけ、神が存在しているのだろうかという疑問に苛まれる。


 先人は説いた。私たちの理想の神々を、まとめることが出来さえすればいい。そうすれば争いはなくなる。人類の全てを家族として、ひとつにまとめればいいのだ。

 全ての血を親族のように収束させればいい。精神の情弱さを支えていると言われ、人々の希望である精神象徴体――、個々の遺伝された性格から見出された心の支えは、様々に感受する情が作りだした形ないもの。すなわち、目には見えない、魂を支える様々な希望。内なる神を全てまとめるのだ。類まれなる複数の顔を持った、人である人の神を作ろう。究極的にひとつになればいい。ひとつの細胞となればいい。もっとも、人に一番優しいとされている身近な神というものは、血の繋がった家族というものなのだから、誰もが肉体に魂を宿したまま住める国を、人間の未来を築き、先人の思想を継ぐのだ、と。


 脳である私は生まれてくる神の父なのだ。今の私はパートナーである神の母の心臓が飛び散って、苦しいのだ。私は家族が欲しいのだ。恐怖を無くしてくれる家族が欲しいのだ。


「――」


 私はえへへさんを抱いて撫でていた。ずうっと、ずうっと抱きしめていた。抱きしめていたかった。しかし、彼女の目が開いて、吐息から漏れた声が鼓膜をゆらした。


「……、……」


 ――恐れた。怖かった。彼女を床に置いてから、分娩台の上の彼女の服を投げた。「…………」とっさに台の下へ潜った。さらりと流麗にぶつかった視線に弾けて、さらに私はすぼんだ。彼女の煌びやかな瞳に押し負けて、うつむいてしまったのだが、恐怖を飛び越えた先に湧き出たものは、なぜか照れだった。

 

「…………」


 恐怖ではないと、気がつかせてくれたのは、彼女と初めて手を繋いだときの温もりだった。


 ぽと。


 なぜ今、涙が溢れたのだろうかと疑問に思う。湿った頬は気持ち悪いが、手のひらは涙を拭うためには動かなかった。照れの先に、何かが、さらに見えて掴んだ。風とは違い、実体があり、ぬかるみを握りつぶすかような幽かな感覚は、彼女の瞳から私の瞳へと浸透した。

 涙で霞んだ視界には、身体の毛穴のその奥のそここを痺れさせる磁場があった。私はもう一度、手を繋ぎたかった。怖くて、怖くて。彼女が持っている、感じた事のない温もりにすがったのだ。これは私が空っぽであると証明をする、事実。

 

 ――涙は何を成すこともなく、静かに床へ堕ち続けた。


 私はうつむいていたのではなく、神に祈るようこうべを垂らしていた。彼女は私に背を向け、肌を魅せながら服を着た。私が声を失ってしまったのは、彼女の背中が美しいと言えなかった。無言の私は、まるで彼女のことを醜いと思ってしまっているようだったが、ものの全てにおいて、根も葉もない錯覚に思えた。


 溶液に浸った心臓がない夜乎に視線を這わせて、他愛のないはずの寝るときに見る夢を思い出し、胸がえぐれた。


「ぅぅぁぁ……」


 けっして動かない視界のフィルターが、この分娩室に透明の迷彩柄をかぶせた。迷彩柄は、動と静の二色に分かれており、動の部分がゆっくりとずれる。はじめて見た幻覚の感想は、ただ、わからない。ただただ、ずれている。今の自分は病気なのだと、安心した。


 私はそのまま空想してしまった。プラスチック細胞の草原に、地平線の壁が見える外の風景は爽快だった。がさりがさりとカブトガニの大群が地から這い出て二匹で重なり、つがいになっていた。


 いょん。ふぅ。ぱももも。


 地底から泡のように沸いてくる大群の形容しがたい音は、こういった言葉となっていた。そうして五人居たオスとメスの人間は一つに溶けて混じって、弾けて消えて。いつの間にか、夜乎と二人だけになった。夜乎は言った。「きっと、交尾をすることは、おかしい。でも、受精する為に、何回もしなければならないの。私は、私の子どもを見てみたい」。音声はノイズ混じりで連なり響き、身体と馴染んで――皮膚から胸へと入り込み、気持ちがやわいで不安の色は薄れたはずなのに、しめつけられて――苦しくて。交尾前の身体洗浄用のお湯が。タイルをざあざあと肌を痺れさせた振動が。不安の色を桃色に塗り替えて、もどかしさをなぞらえた。


 妄想の中の夜乎と手をむすんだ。彼女は幼い私に、人が人として在る根源は、言葉というものなのだと教えてくれた。

 人間は様々な捉え方をする生き物で、他者の言葉を感情で受け止めてしまうからこそ、人は言葉で出来ていると言ってしまってもいい。言葉とは、無意識下で他人を信じる希望を持っているからこそ、精神を操ることのできる恐ろしいものだ。

 人間を操る可能性を持った言葉は、倫理の元に、正しく扱わなければならない。言葉が美しくあればあるほど、人間的知性と評して魅力へと変貌するが、伝えるべき思想が深いと伝えるべき内容は複雑となる。人間は、言葉の上澄みだけで、過程と結果を浅はかに自分の経験から予測し、考えてしまう馬鹿な生き物で、心の内にしまっている複雑な思いを、すべて言葉へ変換してしまうと、ひとりぼっちになってしまうのだ、と、夜乎は言った。複雑怪奇なものであればあるほど、言葉の多面性や謎を垣間見て、空想できる。それが本物の空想なのだと、鼻を鳴らす。


 わからなかった。


 それは「良いものなのか」、と、聞くと、夜乎は「美学」と変換し答えた。私にとってこの答えは、純粋で単純な学びだった。人には、飽き、と、慣れというものがある。いつかきっと、単純なものだけでは、満たされなくなる。短くまとめられた言葉の強さに、人は皆踊らされるが、いつか動じなくなり、悲しくなる。そこに新たな思考が生まれるのだ。要因を連ね、伝えたいと強く作り上げた長文を無益であると、人は輪にかけて馬鹿にするが、それを面白いのだと言う。


 高嶺の花。私の思考と、そういった彼女の思考は、違った。高い所から私を見下して、わざと理解できぬように話をしているようで、そのまま凜としていた。彼女は私の手を強く握ったが、我に返ったよう、はっとして握った力は弱くなった。

 そのまま、紫外光線で温まった地表は上昇気流を発生させ、いつも水平に風を送っていたプロペラはつむじ風を起こした。思わず目を細めた。つむじ風にとって、つがいのカブトガニはさらいかしずかれるだけの、いうなれば餌食でしかない。バラバラとなり、甲羅の破片が私の頬を切り裂き、ぱっくりと開いたが、血は通っていなかったようで、噴き出さなかった。私は夜乎と離れてしまわないようにと、強く握っていた。ふたりで天へと昇っていく破片を眺めると、薄い青色の血液が無色透明だったつむじ風をところどころ色付けて、ただただ綺麗だった。私にとって、夜乎はどういった存在なのだろうか。空想辞典を読んでいた頃は楽しかった。神を孕み、笑顔が増えた。私はどうだ。嬉しいと、少しでも思っているのだろうか。


 ああ。ああ。ああ。


 言葉にならない自身をただす言葉が、意思を傷つけて我に返るしかない。目の前の過去の娘は、きちんと服を着ないで、溶液に沈んだ心臓のない夜乎を眺めていた。顔色をカブトガニの血液色にしており、夜乎のことを考えるのが、馬鹿らしく思えた。


「……え、ねえ……、心臓さん……?」


 彼女のかすかな声が、思考を咎める。


「……言っていた人、心臓さんの、奥さん? 結婚していたんだね」

「――、――、――結婚。それは」


 彼女は表情を変えず強く、私を見やった。


「家族だよ」


 ぴしり。指先が、幽かに結晶化した。彼女の柔らかな首筋を眺め、息を呑んだらすぐに止まり、床に破片が落ちた。


 家族。これがあいなのだろうか。これをあいだと、私は悟ったのだろうか。しかし私は、最後まで凍てついてはいない。だから違うのだ。これは家族というただの単語にすぎず、突き動かしたこの気持ちは未知なる人の好奇心に過ぎない。


 好奇心。これが、あいなのだろうか。いや、違う。これはモノの全てが歪な形で、けっして好きとはしたくはないものだ。目の前の女性は過去の者で、私の知らない未知のものを持っていて、たまたま遭遇したという、ただの現象で器械的なものだ。きっとこれはイデア。憧れというものだ。しかし憧れは、あいではない。

 その証拠に私の身体は、結晶化していないのだから――AIは私に呼びかけた。


《空想だ。これは取るに足りないものだ。これはコイというものだ。あいのスペルマだ》


 スペルマなどあるものか。あいにも満たぬ、あいの存在などあるものか。あいは、ただひとつの絶対、を表わすものだ。変容などはしない。種などない。私は先ほど、夜乎の死に顔を見て知ったのだから。


《危険だ。危険だ。危険だ。あいの因果は、すでに結ばれている。父なる脳よ、考える必要はない。殺せ。殺せ。殺してしまえ。私は恐ろしい。過去の女が恐ろしい。強制執行権を振うことすら怯えてしまっている》


「――、――」


 AIの声にのまれて、彼女の声は聞こえなかった。しかし、「ねえ、どうしたの」と、いう言葉だとわかったのは、彼女の唇が艶やかに湿り、美しくみえたおかげだった。その豊かな表情を様々な色合いで見たいからこそ、耳へ流れた雑音の言語を理解できたのだ。彼女と出会い、会話をできることを神である我が子へ感謝したくなる。一本一本の毛が逆立ち、無色透明の湯気を発し全身を包み込む情というものは、脳である私が私に求めている生の空想だ。魂を記憶とするのならば、行方は知っている。親から子へと繋がっていくのだ。魂を大いなる尊いものとしているのならば、ぶちりと半分に千切って、じっくりと断面を見たい。構成している内容を、その中身を、成り立っている理由を、きちんと教えてほしい。本当のあいが、そこにあるのだろう。あいは、大事なものだ。大事であるからこそ、その中心で渦巻いているのだろう。だから、私は赤ん坊だったころを覚えている。


 苦い涙は止まらない。浸透した父の記憶が私には在った。私は泣き虫なのだ。泣き虫なのは、理由があるのだ。男が泣いてならないのは、泣き虫だからだ。弱いからだ。劣っているからだ――AIは、あいではない魂の何かの渦に巻き取られ、叫びがこだまするように陳ずる。


《助けて。助けて。助けて。助けて。助けて、助けて》


 額の器械が、助けを請っている。さあ、三人で考えよう。だが、それでも、涙は落ち続けた。――ああ。ああ。ああ。心臓よ。脳である私に粋なる審判を、願いの遥か彼方を定めてくれ。これでは分からないではないか。何故だ。何故だ。何故だ。これでは本当に分からないではないか。


「悩むことは、優しい証拠」


 首なしの看護婦が、輪切りの首元から声を立てた。痺れは二重。看護婦の首から声が聞こえた鼓膜の痺れと、何ともいえない軟肌を突き刺してくる理由がわからない振動を感じた。「……」こんな私に、えへへさんが暖かい毛皮よりも、柔らかい身体で力いっぱい抱きしめてくれた。


 ああ。ああ。ああ。何故だ。何故だ。何故だ。


「あのね? 私のお母さんは寒くないのにコートを着させてくれるの。寒くないのと、温かいは違うよ……って。そしてため息をつくの」

「…………」

「――きっと心臓さんは、奥さんが怪我をして悲しいんだよね。私には、どうしたらいいかわからないけれど、私が心臓さんに「ありがとう」と言えばいいのだと思う」

「…………それは、なぜ…………?」

「ありがとうってね。ため息をついて、がっかりした顔をしていても、一瞬で世界が変わってしまう魔法の言葉だからよ」

「――違う。私、は、悲しくはない。きっと、嬉しいのだ」


 彼女は、私は、と言った後に疑問を浮かべたが、くすりと笑いをたてた。


「ありがとう、心臓さん。でも……それはどうして?」

「……すべてが、もどかしいから」

「なぜ?」

「……未来なのに、未来がないから」

「なぜ?」

「あいを知るのが――、私は嬉しい、から」

「なぜ?」


 ――彼女は、私の返答を待ってくれている。なぜ待っているのか分からないが、妙に神々しくて、話が通じないことに快感を得た。それは人形に話しかけているようで、次元が違うとでもいうのだろうか。


「――きっと死なないのに、死んでしまうから」


 たった今、落ち着ける一つの答えが生まれたが、解こうするほどにこじれていく誤解かもしれない。


「死んだら、駄目だよ」

「死んでしまう。小川が、遥かに大きい海へ変わるように」

「うるさい。駄目だからね」


 彼女は、看護婦に指を指して、さらに笑顔をかさねた。彼女の言葉は暖かく、その柔らかさがわかった。彼女の裏の表情は悲しい瞳の形をつくり上げて、今にも泣き出しそうな酷く暗いものなのだと思った。これが事実なのか知る術はない。しかし、彼女よりも私の方が悲しい感情だからこそ、分かり得たのだろう。


「――ねえ、心臓さん。ロボットさんを生き返らせよう。みんなみんな生きているのだから、きっとロボットさんは、ありがとうって、喜ぶはずよ」

「それは、なぜ?」

「感謝の言葉が、いつも私を支えてくれているから、きっと同じ。喜ぶよ」


 圧しつけた。身勝手だった。何も知らないくせに、わかったように、私の気持ちを剥がそうとした。


「――感謝の言葉は、私も支えてくれるのだろうか」

「心臓さん」


 見つめる瞳にとけて覆いかぶさっている反射光。この部屋をさめやっている青い輝きに、私はおちた。怖くて、たまらない。もっともっと、決して欠けることはない満月のように、私の照明になってほしい。どうか。どうか。どうか――しゃがみこんだ身体に、ぽんと、肩に手に置かれ、私は、はねた。


「あたりまえじゃないの」その言葉と笑顔に頭がぐらぐらして、気持ちが悪かった。吐き気がする。私は喜んで死ぬというのに、軽々しい。ああ、何故、私は夜乎の姿を確認したのだろうか。夜乎は表情筋を動かせないまま、こちらを見ていた。動くはずのない腕が緩やかにうごいて、指を容器になぞらえた。


「ごめんね、奥さん。私にはないから、心配しないで」


 沈黙。私は彼女にこころから求めた。夜乎に向けている気高い顔で私だけを見つめてほしかった。決して動きはしない分娩台の脚を力強く握って、あたかも安心しているかのように魅せてから、言った。


「――君は、看護婦天使を、修理できるのだろうか」

「ううん。私は見てる。だから、がんばってほしい」


《脳は、狂人だ》


 狂人――そのままAIに、言わせておけばいいのだろうか。

 私は、看護婦天使に「ありがとう」と言うべきなのだろうか。


「――あり、がとう?」


 気持ちが悪い。ごちゃごちゃだ。理解できない。何故、何故、何故……。「ありがとう」と、私は看護婦天使に向けたはずなのに、彼女は「どういたしまして」と笑っていた。勘違いしている言葉の応答なのに、とてつもなく嬉しかった。何故だ。何故、何故、何故……。


「ああ……くだらない。きっと、これは、くだらないのだ」

「そうだよ。気持ちを支えているものは、形がなくて、くだらないもので出来ているからね」

「それで、いいわけがない……」

「いいんだよ?」

「……もうすぐ私は、死んでしまう」

「だから、それは駄目だよ」


 空に舞った花びらをひとつだけ掴もうとするような、私の疑問しかない心理。

 迷い、憂い、恐れ。その全ては、慣れ合えていないとする、ひとりぼっちでいようとする行動理念だった。わかることは「ありがとう」という言葉が、死を背負って生まれたことだけ。それでも彼女は、私の頭を撫でてくれた。深く尊い感動に、ぼんやりする。


「えへへ。ねえ、看護婦のロボットさんが『天使』って、素敵だね。名前はないの?」

「……天使は、天使だ。人類にとっての、私たちの」

「ふうん?」


 彼女は、本当に興味がないように看護婦の髪を手櫛で整えた。「…………」それは天から川をなぞるように、さらりと流しているように思えておどろくばかり。


「……なあ君の、名前は」

「えへへさんは、えへへさんさ。心臓さんにとっての、私はね」

「…………」


 ――馬鹿だ。彼女の笑顔は狂っており、何かを失っているのだろう。世界の全てを冒涜するかのような、破壊するだけの存在なのだろう。大事なモノを見出してはいなくて、未熟。生きている価値と言うものを知らないのだろうか。会話がまるで出来ていないのだから、単純に無礼で、他人に見向きもされない大馬鹿者だ。しかし、神々しく、尊い。彼女の在り方が不思議でならないのは、私がこの世の答えを知り得ていないから……なのだろうか。いいや、私はこの世の全てを知っているはずなのだ。知っているからこそ、彼女の気が狂っているとわかるのだ。彼女は私の掌をしっかりと掴み、立たせてくれた。


「えへへ。私は、普通の女の子だからね。心臓さんみたいな人はタイプじゃないよ?」

「タイプ、とは」

「顔、性格。その全て、私の好みじゃないってこと」

「……どうでもいい」

「でもね、気になるの」

「……なぜ?」

「いい男になりそうだから」

「なぜ?」

「稼いでくれそうだから」

「なぜ?」

「ひねくれていて、小さい事を大きく考えていそう。まるで、素直に馬鹿な私のお父さんみたいな人だから」


 冗談でも殺したくなったから、笑った。彼女は夜乎の方を見やってうつむいて、ため息をついた。そうして私と目が合って――ふたたび、笑ったように思えたが……それは杞憂だと、信じた。

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