第11話 家族の在り方

 ママンは非常に優秀な魔導師である。

 ママン以外から習った事がないので比較のしようが無いが、俺的にはとても分かりやすい。

 子供には早いと言いながらも、理論を織り交ぜながら説明してくれるので、非常に助かる。

 ママンも俺の理解力の高さと飲み込みの良さに、驚きつつもそれが楽しいようだ。

 でしょうね。

 教えてすぐに魔法を覚える。

 スポンジが水分を吸収するように、ドンドンと教えた事を吸収する。

 力を付ける。それが面白くてドンドン教える。

 やがて自分を越える。

 その事に気付き、それが自分に牙を向いた時。そこで恐怖を感じる訳だ。

 自分はとんでもない化け物を育ててしまったと。


 まぁ、それは俺には当て嵌まらないけどな。

 この世を生きる上で、困らない程度に最低限の事が身に着けばそれでいい。

 例え上を求められても、俺が拒否すればすむ話だ。

 だから安心して下さい、ママン。

 僕は貴方を越えるつもりはありません。


 話は逸れたが、前述した通り俺は納得出来ないと先に進めない性格である。

 以前の世界でも納得出来るまである参考書を読み解き、理解出来なければその科目の教師に納得出来るまで聞きまくり、結果、教師をノイローゼ寸前に追い込んだ事がある。


 それ程までに追求する俺に対して、ママンはしっかりと理論を踏まえながら教えてくれる。

 さすが、天才を生み出した子宮の持ち主だ。

 そんなこんなで魔法は順調路線をひた走っているが、そのおかげでパパンの剣術指南がやや陰りを見せている。


 魔法の勉強を始めた時は畑に行き、休憩がてらチャンバラをする程度だった。

 それが、俺が一日をほぼ魔法に注ぎ込むようになった為、自然とパパンとの時間は朝食と昼食、夕食とその後の家族水入らずの入浴タイムのみとなってしまった。


 だが、パパンは満足そうである。


 俺は、出来れば喧嘩も強くなりたいと思っている。

 しかし、今のままでは不満が溜まる一方だ。

 どうせなら生き抜く為に多少腕っ節は欲しい。

 前の世界では、不良と世間で言われるヤンチャなお兄様達によく声を掛けられた。

 そして、財布からお金を抜き取られ、あわよくばジャンプまでさせられていたのだ。


 いわゆるカツアゲのカモである。


 そこで喧嘩が出来れば良かったのだが、残念ながら、鉛筆しか持った事の無い腕はひょろ長いホウキの如く細い。

 殴り返そう物なら雑巾の如くボロボロにされていた。

 そんな苦い経験があるもんだから、強さにはこと貪欲なのかもしれない。


 そう思うと、居ても立っても居られなくなった俺は、ある日の朝、パパンに提案した。


「ねぇ、パパ。僕、魔法も覚えたいけど、パパみたいに剣術もやってみたい」


 男の子の親なら、ヨダレを垂らしそうな瞬間だろう。

 前の世界で言うところの、


「今度の休み、ゲームセンター行きたい」

「パパと遊園地行きたいなぁ」

「キャッチボール、いつできる?」


 有る意味悪魔の囁きのように甘い、子供の誘惑。

 これと同じ意味を持つであろう言葉を、俺はパパンに投げ掛けていた。

 そして、投げ掛けられた当人は困惑するどころか、「ピカー!」と音が聞こえてきそうな程の笑みを浮かべている。


 ……正直、キモい。


 パパンがイケメンでなければ、手に持ったフォークをその顔面に投げ付けていただろう。

 イケメンであるが故に踏みとどまった。

 これは間違いない。


「そ、そうだなぁ。たまにはチャンバラでもするかなぁ……」


 と、おもむろに目を上下左右に忙しなく動かすパパン。

  その横には、ややご立腹気味で不満そうに目が座っているママン。


 我が家の主従関係はご覧の通り。

 ママンが上。パパン下。見事に尻に敷かれている。


「ど、どうかな? 魔法の練習に差し支えない時間なら。例えば夕食前は?」

 

 目を泳がせながらママンに聞くパパン。

 素知らぬ顔で聞いているママン。

 父よ、どんだけビビりなのだ?


「畑は?」

「ちょっと早めに切り上げれば、マーブとも遊べると思うんだ……」

「剣術の稽古は、遊びなの?」

「……ぐ……」


 あら、言葉に詰まった。

 ちょっとちょっと、朝から夫婦喧嘩はやめてよね。

 子供の前ですよ。


「私の提案はダメで、自分の提案は通したいの?」


 げ!?

 もしかして、魔法学校行きを却下された事、根に持っていらっしゃる?

 こりゃ、いかんなぁ。明らかにパパン不利だぞ?

 最も、却下したのは俺じゃないけどねー。


「それとこれとは……」


 パパン、しどろもどろ……

 おいおい、こないだの勢いはどこ行った、ナイスガイ?


「マーブの選択は、優先してやりたいじゃないか!」


 あーらら。

 俺をダシにしちまったぃ。

 苦し紛れにも程があるぞ?

 本当は稽古したい癖にー。

 全く、不器用なんだから。おやじってのはさ!


「ふふっ、冗談よ! ジェイドが教えるんですもの。きっと役に立つんでしょう?」


 何だ、冗談か。

 子供心ながら、焦っちまったよ……

 あ、僕。心は大人でしたねー!


「畑が切りが良ければ大丈夫じゃないかしら?

 しっかり稽古つけてあげてね」


 と、ホッペにチュ!

 パパン、気を良くしたのか、ママンの唇を奪いに行くが、これはあっさりスルー。

 食事の準備をしにキッチンへ向かうママンに、


「おい、マリー!」


 とパパンが呼び掛けるが、その様子はさながら映画のワンシーンのようで微笑ましい。


 ともあれ、これで何とか稽古も受けれるな。

 パパンの腕は確からしいし。

 どんな教え方をするのか考えると、今からワクワクする!


「じゃあ。早速今日から始めるか! マーブ、しっかり稽古してやるからな!」


 と言って、パパンは朝食もそこそこに鍬を抱えて、ものすごい勢いで飛び出して行った。

 それを見送るママンの目は、何だか物優しいぞ。

 何だかんだで、愛があるんですなぁ。

 思わずこちらも微笑ましくなってきた。


 


 そして、夕方から始まった剣術の稽古。

 パパンは宣言通り、畑仕事を早々に切り上げ、猛ダッシュで帰宅すると、俺の腕を引っこ抜かんばかりに引っ張って庭へ連れ出した。

 そして、持たされた物は、剣でも木刀でもなく、そこらに落ちている木の枝。


「いきなり本物の剣じゃ、怪我したら大変だ」


 と言うパパンだが、そこそこ名の通った剣士。

 武器は選ばないという事ですかな?


「お願いします」


 と俺が頭をペコリと下げると、ウンウンと満足気なパパン。

 さぁ、時間は限られている。

 どうする?


「まずは基本の構えだ。真似してみろ」


 と言って、パパンは両手で枝を持ち、自分の額の高さまで先を上げ、正面に枝を差し出した。

 これは、見た事あるぞ。剣道でよくやってる構えじゃなかったか?

 俺も真似して構えてみる。


「そうだ。これは基本中の基本で、どの流派もまずはここから始まる」

 

 パパンの説明だと、この構えは目線の高さに切っ先を持ってくる事で精神統一。

 高ぶった気持ちを抑え、呼吸を整える意味があるらしい。

 確かに、先程よりもドキドキ感が減った気がする。

 成る程。気持ちを落ち着かせ、心を穏やかにする訳だな。


「そして、この構えは相手の動きに素早く対応する事もできる。切っ先で出方を探るんだ」

 

 と、俺の枝先に自分の枝先をチョンボしてくるではないか。

 へぇ、これで間合いを計ったりする訳ね。


「この構えは常に取る様にしろ。それでは、最初の練習」


 パパンは自分の枝を色んな角度に変えて構えるので、まずはそこに当ててみろ、と言う。

  俺は言われた通り、パパンの枝に自分の枝を当てて行く。


 カーン、カーン、カーン……


 夕焼けの空に、乾いた小気味よい音がこだます。

 パパンの指導はどうやら実戦方式のようだ。

 実際俺はその枝を追いかけるのに精一杯。

 何度か繰り返す内に、パパンの軌道は読めるようにはなったが、体力が追いつかず、すぐに息が上がってしまった。


「はぁ、はぁ……ふーーー」


 構えを取り、呼吸を整える。

 この構え、実は休憩にも使えるのか?

 不思議と呼吸が落ち着く……


「よし、今日はこのぐらいにしとこう。

 いきなりぶっ通しでやると体を痛めるからな。

 ママが美味しいご飯を作ってくれてるから、顔と手を洗って来なさい」


 と言って、俺の頭をクシャクシャと撫でてくれた。


「あ、ありがとうございました……」


 俺が息を上げながら言うと、パパンは満足そうに笑っていた。


 稽古が楽しかったのか、夕食中もその後の団欒でも、パパンは、


「マーブは筋がいい! 教えがいがあるぞ!」


 と、何度もママンに話していた。

  それを聞いているママンも、


「マーブは魔法も教え甲斐があるのよ!」


 頷きながら笑っている。

 いいなぁ、これが家族か。

 幸せたっぷりの二人を見て、俺はつくづくこの世界に生まれ変わって良かったと思った。

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