神様は三歳児
日向 聖
第1話 お子様ですか? いいえ、神様です。
ぽかぽかと降り注ぐ光の中、ふわふわとした座布団に座り込みながら、お茶を飲む。
「ふあ~~~」
形の良い小さな唇から洩れたのは、なんとも気の抜けた吐息だった。
年経たご老人のように、背を丸め茶を啜る彼の長閑なひと時を遮ったのは、甲高く可愛らしい少女の声であった。
「なに呑気にお茶なんて啜ってるんですかっルフィアス様――っっっ!!!!」
声とともにドスン! と背中に跳び蹴りが一つ……。
不意打ちであったにも関わらず、彼は正座したまま微動だにしなかった。
「痛いなぁ…アリア。いつも言ってるでしょ? 女の子なんだから乱暴はしないの。“めっ”ですよ」
首だけで振り返りながら、そう言い放つ彼の顔には苦痛の一欠けらもない。
ムキーッ――と頭から湯気を出しそうな顔をしながら、アリアと呼ばれた少女は深紅の髪を振り乱しその背中にある白い羽根をバサバサと動かした。
「子供扱いしないで下さいって、何度言ったらわかるんですかっ! 私はルフィアス様の側近なんですよっ!?」
愛らしい柳眉を釣り上げて怒る少女に、彼はこてん…と可愛らしく首を傾げ、ぽやぽやと笑った。
「ん~~…そうは言っても、アリアは見た目10歳位だからねぇ~。俺的にはどうしても側近っていうより娘的な?」
ぷっつん――とどこかで何かが切れた音がする。
「見た目3歳児の貴方に言われたくありませ~~~んッッッ!!!!」
*************************
神界ヴァールナヴァル――。
どこまでも青く澄んだ美しい空と、ゆったりと流れてゆく白い雲。その狭間を漂う大小様々な浮島は、時折太陽の光を弾きながら雲間を漂ってゆく。
神々の住むその浮島は、一つ一つの作りが個性的であり同じ作りのものは一つとして在りはしなかった。
そんな浮島の中でひと際小さな島が、“イリューシャ”と呼ばれる世界の神の一柱、ルフィアスの住処であった。
神力によって創られる浮島は、創る神の力によってその大きさが変わる。島に建てられる神殿の様式も大きさも、また創りだす神の神力によって変わるのだ。
神として転生したばかりの彼――ルフィアスは、まだ神としては稚拙な力しかない。浮島も小さく、創造できる神殿もこれまた酷く小さかった。
彼の浮島のサイズは、日本の田舎の戸建て一個分…100坪程度の広さしかないのである。
その中に、神域として必要不可欠な水場である小さな泉と、小さな竹林。そして…平屋の一般家屋が建てられていた。
彼が創った神殿もどきが純和風の平屋一階建てであるのは、彼が神に転生する前は日本の平凡な一般市民だったからだ。
できれば二階家位は建てたかったのだがそれだけの神力もなく、泣く泣く諦めて建てたのがこの家…もとい神殿であった。六畳の和室二部屋と四畳半の和室が一部屋。後は台所とトイレと風呂…という、神殿というよりは一般市民の家のような作りになってしまったのは、そもそも彼が神殿という建物の造作を知らなかったからである。
神として転生した最初の仕事、己の浮島を創るように最高神より仰せつかって困り果てた彼は、好きだった祖父母の家を思い出しそれを自分の神殿とする事にしたのだった。
その平屋――神殿を彼は大層気に入っている。神殿の縁側に座り日向ぼっこをしながらお茶を啜るというのが、ここ百年ほどの彼の楽しみとなっていた。
そんな風にいつもの楽しみを味わっていた彼にみごとな蹴りを食らわせたのは、彼の側近として創造神ティアランディアより遣わされた眷属、天使のアリアである。
彼女は元々創造神の眷属であったのだが、ルフィアスが新たな神として神界に生まれた時に、創造神より名指しでルフィアスの眷属に任命されてしまったのだ。
元々眷属というのは――主となる神の力によってその力が変わる存在である。今まで神の中で最も崇高なる最高神の元にいたエリート中のエリートであった彼女が、生まれたばかりの力も弱い神の元へと遣わされるという事は、降格以外の何ものでもない。
そりゃあもう力いっぱい彼女は抗議した。泣いて縋って暴れまわってみた……。結局それが原因で、彼が新しい眷属を創るまでの派遣にするつもりだった創造神から見放され、ルフィアスの眷属へと降格されてしまったのであった。
……それを人は…自業自得と呼ぶ――。
ティアランディアの元にいた時には妙齢の美女であった彼女は、ルフィアスの眷属となった途端その力が半減され、見た目10歳ほどの幼女となってしまったのである。
勿論、生まれて間もないルフィアスに至っては、おくるみに包まれた赤ん坊状態であった。
あれから三千年――。
ぽつぽつと神様修行を積み、ルフィアスはようやく青銀の髪に金色の瞳を持つ愛らしい三歳児ほどの見た目に成長した。
外見は三歳ほどでも中身はかなりなご高齢である。ましてや人間であった頃の記憶もバッチリ残っているので、彼が見た目に反して爺むさくなってしまうのも仕方がない事であった。
だが…それが彼女には許せない。ルフィアスが頑張って仕事をし、己の業績を上げれば神格はもっと上がるのだ。そうすれば、アリアの力も上がり元の姿に戻れるようになる…はず……。
かくして…こうして毎日のように二人の攻防(?)は行われているのであった。
だが、この日は違っていた。
怒れるアリアにいつもの通りの説教をした途端、彼の座る座布団の下に召還紋が浮かび上がったのだ。
七枚の花弁からなる召還紋は、一枚一枚が世界の理となっている。
一枚目の花弁は火の理を――二枚目の花弁は水の理を。
三枚目は風の理、四枚目は土の理。五枚目は光の理、六枚目は闇の理。
そして七枚目は――。
「え? えっ? …これ…なんですか……???」
訳が分からず、キョロキョロと辺りを見回すルフィアスに、慌ててアリアは叫ぶ。
「ルフィアス様! 早く召還門を閉じて下さい! 人間なんかに神が呼び出されるなんて恥ですよっっ!?」
「えええええ~~~」
閉じろ――と言われてもどうすれば良いのか解らず、一枚一枚の花弁が順番に輝き開いてゆくのを見ていると、七枚目の透明な花弁が開いた途端、足元に召還門が開かれ身体がズズッと中へと引きずり込まれた。
アリアが慌てて駆け寄ってくるが、伸ばされた手は間に合わず、ルフィアスの身体は召還門の中へと消えてゆくのだった。
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