クセナシ(無能)

茶甲 兜

♯1夏休みの日々

人間ってなんだろう...

ヒトってなんだろう...


空を飛べるのが人なのか?

相手の気持ちが読めるのが人なのか?

触れずして、物を動かせるのが人なのか?



そんな事をまた俺は、暑い日差しが差し掛かっているベッドの上で目を瞑ったまま考えていた。

これでこの考えをするのは何年目なんだろうか。

ふと目を開け、壁に掛かった時計に目玉を動かした。

針は午前の8時を指していた。


(おっと、アイツがくる頃だな)


俺は急いで布団をかぶり、寝たフリをした。

数十秒後、部屋の隅から「おう、杉崎!」と声がした。

俺はこれを無視する。

反応が無いのを見ると、また大きな声で杉崎と叫んできた。

絶対起きてたまるかと思い、動かずにいた。

しばらくの沈黙のあと、ガサゴソと音がした。

「お、エロ本みーつけたッ」

ハキハキと大きな声でそんな事を言った。

しかし、そんなものは俺の部屋には無い。

さすがにイラついたのであろう、布団を剥がし、俺を軽く蹴ってきた。

「わかったわかった、起きるよ。」

俺はのそっと起き上がりながらそう言った。

「黒田、勝手に部屋の中に移動してくんなって何回言ったよ?普通に玄関から入って来い。」

「えー、だってこっちの方が楽なんだもーん。」

お前は女子かとツッコミを我慢しつつ、着替えをした。

「さぁ、今日も勉強だ。さっさと図書館に行くぞ。」

黒田は俺を急かした。

「みんなもお前を待ってるぞ。」

「はぁ、自分で勉強してくれよ。」

「夏休みを制した者は、受験を制す! お前がいなきゃ何にも始まらないんだ!」

元気に何か言ってるが、俺は無言でいた。


一通りの準備を終え、黒田に話しかけた。

「行く準備できたぞー。」

「ほいほーい。じゃあ、肩掴んで。」

俺は黒田の肩をギュッと強く掴んだ。

「痛いから、痛いから、やめーや」

俺は痛がる黒田を見て笑いながら、力を緩めた。

そして、俺はいつも通り目を瞑った。

その刹那、少し風の切ったような音がした。

目を開ける。

そこにはいつもの二人が4人掛けの机の椅子に座っていて、こちらを見ていた。

まだ人が少ない図書館には心地よい沈黙が流れている。

「相変わらずお前の移動できるクセは便利だな。」

「まぁな、疲れるけどね。」

黒田は少し息を荒くしながら言った。


(距離で疲労度は変わるのかな?)

俺は少し疑問に思った。


「どうだろうな」

椅子に座っていた一人が言った。

「距離で疲労度は変わるのかな?だってさ、黒田。」

「田沼、また俺の考え読みやがったな。」

「すまん、すまん。つい聞こえちゃったんだよー。」

「じゃあ、罰だ。」

(3.141592653589793238462643383... )

俺は円周率を強い念と共に田沼に向かって頭の中で唱え始めた。

すると、

「やめろ!やめろ! 頭がパンクするって!」

田沼が騒ぎ出した。

「あー、面白いわー。ぶはははは!」

俺は嘲笑の笑みを浮かべた。

「このドSめ...」

一方、田沼は不機嫌そうに言った。

「お前、頭良いのに性格最悪だな」

「わりぃわりぃ、お前いじるの楽しいから」

少しの反省と共に俺は空いてる椅子に座った。

「男子は馬鹿だねぇ、ホント。」

座った向かいにいた女子が呆れ顔で言った。

「男は基本バカでーーーす。」

俺はその女に向かって挑発するような顔付きで言った。

ムスッとした顔をこちらに向けた。

「小澤、なんだその顔。 笑かしに来てんの?ブッ。」


流石にやりすぎたかと思いつつも、ついつい言葉が出てしまう。いつかこの性格を直さなければならないなと常日頃思っている。


小澤はそっぽを向いてしまった。

俺は帰りにアイス買ってやるから許してと言った。

俺含め4人が集まったのは遊びに来たのではない、来年に来る大学受験に向けて勉強しに来たのだ。

黒田、田沼、小澤、この3人は同じクラスで、いつも遊ぶ時はこのメンバーだった。

近くに塾が無いため、一応学年トップの俺が勉強を教えている、というよりやらされている。


この世にはほぼ全員が受けるであろう、共通のテストがあった。そのテストで大学が決まる事もある大事なテストだ。

大学は私立、国立と分かれていて、共通テストの結果によってどちらの試験を受けるのか判断される。

俺自身は今の時点で共通テストは8割取れているため、少し余裕が持てた。だが、俺は大学の試験が受けれない。受けることが許されなかった。


「杉崎、これどう解くんだ?」

田沼が間抜けヅラを向けながら問題集を突きつけてきた。

「あぁ、これは三角関数を使ってだな、これをこうすんだよ。」

「なるほど、サンキュー。」

俺は自分の勉強をしつつ、この3人からくる質問に対応しなければならない。

毎日この調子だ。

質問の数は減らないし、むしろ増加傾向にある。

不安だ、ものすごい不安だ。

そんなこんなで、気が付くと閉館時間である午後六時になっていた。

そそくさと帰りの準備をし、図書館を出る。

帰りは黒田に頼らずに、徒歩でみんなで帰るのが日課だ。

夏休みは毎日こうなるものだと思っていた。

「じゃあなー、杉崎。また明日!」


「じゃあなー」 「じゃあねー」


3人に別れを告げ、家に向かって歩いていた。

小澤はアイス1つで機嫌が直った。

小澤は黒田と同じようなクセを持っていたが、少し厄介なものだった。行ったことのあるとこしか移動出来ないのだ。黒田は地図で場所を知ればどこでも行けるらしい。それに、小澤はびっくりするとランダムにどこかへ行ってしまう。今日も田沼がゴキブリの模型を投げつけて、驚かせていた。今回は清水寺に行ったらしい。


そろそろ家に着く所に来て、俺は歩を止めた。


家の前に誰かいる。


玄関前でキョロキョロしている。


そして、その男の目玉は俺を捉えた。


「杉崎 条くんだね?」

軽い笑み浮かべながら黒いロングコートから手を突き出した。

今日はいつもと違う風が杉崎の顔を撫でた。

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