#1 ネットゲーム

「おーい、白鳥くーん」


 電車のホームで俺の名前を呼ぶ声に振り返ると、高校の時の友人、鈴木広が手を振りながら歩いてきていた。大学は違うが、近所だから帰りが一緒になる事も珍しくない。だが、出来れば避けたい相手だ。


「一緒に帰ろうよ」


「ああ……そうだな」


 ちょうど電車が来た。空いてはいるが、座れる程でもない。反対側のドアに寄りかかり、「話しかけるなオーラ」を出すために景色を眺めた。しかし、広がそんな空気を読めるはずもなく、いつもの調子で話を始めた。


「でさー、隠しダンジョンのボスがまた強いんだよ。全属性無効化してくる上に、ステータス異常の全体攻撃を連発してくるんだ。こっちのHPは500ぐらいしかないのに、800ダメージ与えてくるとかあり得ないよね。まあ、何とか倒したんだけどね!」


「へえ、そう……」


 俺は心の中で大きくため息をついた。こいつはいつもこんな調子だ。別に俺はゲームが嫌いなわけじゃない。むしろ、かなりのヘビーゲーマーだ。しかし、大学生にもなると、人前でゲームトークをするのは抵抗があるのだ。周りを見ても、別に俺達を気にしている乗客などいないが、内心どう思っているか分からない。「ゲームオタクきもっ」ぐらいのことは思われていてもおかしくない。恥ずかしいから止めろと言えない、俺の気の弱さにも原因はあるのだが。だから今日も俺は適当に相づちを打って聞き流している。


「あっ、そういえば白鳥君さ。話変わるけど、ネットゲームとかやる?」


「ん? いや、そういうのは全然やらないな」


「僕、今話してたゲームと平行してやってるんだけどさ。ドリームオブゴッドって聞いたことない?」


 ドリームオブゴッド……ああ、今流行りの大規模MMORPGか。ネットをやっていれば、嫌でも広告とか掲示板で名前を目にする。頭文字を取って略すとDOGとなるから、掲示板では「犬」と呼ばれていることも多い。専ら家庭用ゲーム機で普通のRPGばかりをやっている俺は、生憎だがネットゲームには興味ない。


「聞いたことはあるけど、何かいろいろ面倒くさそうだからな。見向きもしないよ」


「僕も最初はそうだったんだけどさ、やってみたら面白いんだこれが。オフゲーでは決して無い中毒性があるっていうのかな。他のプレイヤーと協力し合ってボスを倒したり、時には対戦したりと、全然飽きる気がしないよ」


 へえ……ちょっと面白そうだな。ちょうどやってたRPGをクリアして、新しいゲームを買おうかと思ってたところだ。


「そうなんだ。普通のゲーム屋に売ってんの?」


「いや、ネットで落とせるよ。無料だからお金の心配もなし」


「は? 無料でゲームなんか出来るわけないだろ。会社はどうやって利益得てんだよ」


「あれ、知らないの? 最近は基本無料でアイテム課金制のゲームがどんどん増えてきてるんだよ。より強くなりたかったら、お金を入れてアイテムを買ってねって事。まあ、無課金でも頑張れば最後までいけるけどね。特に、白鳥君程のゲーマーなら下手な課金者なんか無課金で充分追い越せるよ」


 そうだったのか……。今まで律儀に何千円も払ってゲームを買ってたのが馬鹿みたいじゃないか。いつの間にそんな便利な世の中になったんだ。我ながら情報弱者にも程がある。


「どう? やってみない? 僕もリアルの友達とゲーム出来ればより楽しいし」


「そうだな……まあ、無料なら試しにやってみてもいいかな」


「じゃあ、家に着いたら電話してね! いろいろ教えてあげるから」


 ちょうど広の最寄り駅に電車が到着し、広はホームへと降り立った。俺の最寄り駅はこの次だ。ネットゲームねえ……面白いのかね本当に。



 *



 自宅のオンボロアパート、のばら荘に着いた。ここの201号室が俺の部屋だ。ミシミシと嫌な音を立てる外階段を上り、鍵を開けて入った。ワンルームのしみったれた部屋だ。大学入学と同時に実家から出て一人暮らしを始めて3ヶ月。未だに生活に慣れず、溜まりに溜まった洗い物や洗濯物を見て見ぬ振りをして、パソコンを起動した。俺は未だにスマホではない携帯電話を手に取り、広に電話をかけた。


「もしもし、着いたぞ広」


「ああ、そしたらまずはDOGの公式ホームページに行ってみて。そこからダウンロード出来るから。起動後はキャラメイクが始まるから、まずは好きに作ってみて。あっ、でも一度決めた名前、種族、職業は変えられないから慎重にね」


「ん? 自分のキャラを作んの?」


「うん、詳しくは僕が説明するよりガイドに従っていったほうが分かりやすいよ。また分からないことがあったら聞いてね」


 ふむ、とりあえずやってみるか。俺は電話を切り、ダウンロードとインストールを済ませた。本当に無料で買えちゃったよ……今まで買ったゲームを全部返金して欲しいぐらいだ。俺はDOGのアイコンをクリックし、ゲームを起動した。数分のロードの後、キャラメイク画面に移った。


 まずは名前か。名前……俺の名前、春斗はるとをそのまま入れるか? 昔から、名前だけはカッコいいねと言われてきた。高校の入学直後、わざわざ隣のクラスから女子が俺の顔を見に来た事がある。もちろん、何も言わずにそのまま去っていった事は言うまでも無い。別に不細工というわけではない……多分。しかし、全身から滲み出るオタクオーラを、どうやっても消しきれないのだ。ボサボサ頭に黒縁眼鏡、白い肌、なで肩のひょろ長い体型からの猫背。まあ、半分ぐらいは努力で改善出来そうだが、俺にそんな気力はない。そもそもイメチェンするなら大学入学前にやっておくべきだった。もう遅い。


 広と友人関係になったのも、趣味が合ったからというのがもちろん1番の理由だが、あいつといると優越感に浸れるからだ。不細工でチビで小太り。ついでに名前も、これでもかと言うぐらいの平々凡々。あいつと並んでいると、自分の容姿が大分マシに見えてくるのだ。


 …………手が止まっていた。さっさと作るとするか。春斗でもいいが、ファンタジーに漢字は似合わないからハルトにするか。性別はもちろん男で、次は種族か。人間、エルフ、ドワーフ、ホビット、獣人、オーガ、サイボーグ……いろいろあるな。今作っているのは自分の分身だ。わざわざドワーフやオーガみたいな、おっさんやガチムチを誰が好き好んで作るんだ。ホビットも女はともかく男じゃただのチビだ。ここはエルフ1択だろう。ゲーム内だけでもイケメンになって何が悪い。顔や髪形も最大限に格好良くしてやった。職業も多いな……戦士、格闘家、僧侶、魔法使い、忍者、聖騎士、盗賊、狩人……その他もろもろ。まあ、RPGの花形と言えば魔法使いだよな。エルフにも似合いそうだし、魔法使いでいこう。


 全ての項目を決め終えると、俺の分身ハルトは、どこかの街の噴水広場に飛ばされた。頭の上に名前が着いたキャラがそこら中歩き回っている。これは他のプレイヤーか? まずどこへ行けばいいんだろうか。俺は広に再度電話をかけた。


「あ、出来た? エルフのハルトだね? 分かった、じゃあそのまま噴水広場で待ってて」


 待つこと数分……ヒーロという名のドワーフの戦士が、こちらに真っ直ぐ歩いてくる。もしかしてこいつが……。


ヒーロ:やあ、待ってたよ(^∇^)


 やはり広だった。好き好んでおっさんを選ぶ奴がこんな身近にいたか……まあ、お似合いだが。俺はキーボードを叩き始めた。


ハルト:えーと、オープニングとか何も無かったんだけど、これから何すりゃいいの?

ヒーロ:一応、暗黒魔神ブルートを倒すっていう目的はあるけど、基本は何しても自由だよ(`・ω・´)b

ヒーロ:まあ、皆そんなの放置して、ひたすらレベルやスキル上げに励んでるけどねw


 おいおい……これRPGじゃないのか? ラスボスを倒すために強くなるんじゃないのか? ネットゲームってのはそれが当たり前なのだろうか。


ヒーロ:あっ、ハルト君魔法使いにしたんだ。うーん……まあいいか

ハルト:ああ、そうだけど、どうかした?

ヒーロ:いや、初心者にはあまりお勧め出来ないんだけど、まあハルト君なら大丈夫か


 えっ、そうなのか。まあ、魔法使いは撃たれ弱いのが常識だからな。その分、攻撃力は高いんだろうし、何とかなるだろう。


ヒーロ:じゃあ、とりあえず一緒に狩りに出掛けようか

ハルト:狩り?

ヒーロ:うん、レベル上げ。町から出るとスライムやゴブリンがウヨウヨいるから、そいつらから倒しに行こう


 広……いや、ヒーロについていき、狩り場とやらにやってきた。クリックするだけで、俺の分身ハルトは自動で敵を攻撃し始めた。しかし弱い……時間がかかってしょうがない。ヒーロはというと、斧で雑魚敵をバッサバッサと一撃で斬り倒していった。よく見ると、ヒーロのレベルは30を超えていた。そりゃあ、初期の敵なんか相手になるわけもないな。パーティを組んでいるハルトにも経験値は入るので、凄い勢いでレベルが上がっていく。楽だな……しかし、こんな他力本願でいいのだろうか。ハルトのレベルが5になったところで、狩りを終了した。


ヒーロ:ひとまずこんなもんでいいかな。それじゃ、僕についてきて。ギルメンを紹介するよ

ハルト:ギルメン? なにそれ

ヒーロ:ギルドメンバー。ギルドっていうのは、分かりやすく言えば仲良しグループって事。お互いいろいろ助け合えるし、1人でやるより絶対楽しいよ( ^-^)


 なるほど、グループか。まあ、右も左も分からないし、入っておけばいいのか。しかし、よく考えたら俺はリアルでは友人と言える人間は広しかいない。大学でも既にぼっち確定だ。そんなコミュ症の俺が、顔を合わせないネット上とはいえ、上手くやっていけるんだろうか。まあ、広もいるし、なるようになるかな。イマイチ不安が拭いきれないまま、我が分身は街へと戻っていった。

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