ハルカゼ

杠葉結夜

6:50

「行ってきます!」


 少し袖の擦れた紺色のピーコートを羽織って、中学からの相棒である赤いタータンチェックのマフラーを雑にまいて、クリスマスに貰った真っ白な手袋をポケットに突っ込んで。殆ど中身の入っていない臙脂色のリュックを背負って、こげ茶のローファーに足を突っ込むと、私は全力で家を飛び出した。

 いつもと変わらない朝。だけど少しだけ特別な、朝。


 徒歩五分の駅まで全力疾走して、扉が閉まる二秒前に列車へと飛び込む。はあ、と大きく息をはくとほぼ同時に扉が閉まり、ゆっくりと走り始めた。

 乗り換えをする次の駅に着くまでの時間は六分。息を整えながら、ミュージックプレイヤーを手袋とは反対のポケットから取り出して、繋ぎっぱなしだったイヤホンを耳に入れる。大好きなシンガーソングライターの最新アルバムを再生してポケットに戻したのち、リュックからスマホを取り出した。軽く電源ボタンを押す。

 

『2月29日 6:50』


(もう、この日になってしまった、か。)


 マナーモードになっていることと通知が何も来ていないことを確認して、コートの内ポケットにしまう。そしてゆっくりと、窓の外を流れる景色へと視線を動かした。昇ったばかりの朝日に照らされた、見慣れた住宅街の景色。もうここからこうやって眺めることはないと思うと、少し寂しくなる。


 明日、私は高校を卒業する。


 まもなく――、と六分間の終わりを告げる機械的なアナウンスが学生ばかりの車内に流れる。座ってスマホをいじっていた学生たちが一斉にそれをしまい始めたのが視界の隅に写った。

 私も窓から視線を外し、滑り込んでる最中のホームへと向かい合う。

 息は整った。

 ガタン、と少し大きく揺れて止まった列車の扉が機械音とともに開く。わらわらと降りていく学生たちの流れに乗って、私も使い慣れたホームに一歩、足を踏み出した。

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