第10話 お留守番?
頁をめくり続けていると、強く突き刺さるような視線を感じ、顔を上げる。
「バルト、暇なの?」
「まぁな。俺の仕事はお前の監視みたいなもんだし」
「はぁ?」
日記へ落していた視線が上がることなく、まだ読もうと粘っているバルト。
「リヘンサがリベラルへ対してどのような扱いをしているか。というのを監視する名目でこっちに」
「……へー。つまり暇人なんだろう、こっちにいる間は」
「まぁ、国にいるよりは暇だな」
ため息交じりに言うバルトだが、視線を上げてくることはなく、ただジッと数行しか記載していない日記を何度も見直し続けている。
開いたはいいが、読む気が失せてしまった日記を閉じて立ち上がると、ようやくバルトが視線を上げた。
「今日はこの部屋から出るの禁止な」
「…はぁ? なんで」
「ちょっとごたついてんだよ。別にこれからずっとってわけじゃないんだ。数日で治まると思うから、とりあえず引きこもっててくれよ。俺と一緒に」
「バルトも?」
「あぁ。俺もこの部屋から出るの禁止された」
嘘をついているようには見えない。
しかし周りを見回しても、即席で用意されたような寝台や布団があるわけではない。美弦自身が使っている、不必要に大きい寝台のみだ。
気にしていることに気付いたのか、バルトは薄らとバカにするかのように、口元を上げる。
「しばらくは添い寝してやるよ」
「ふざけんな! べつに一緒の寝床使うのはいいけど、添い寝は止めろ」
「あ、いいんだ」
「あの大きさだしな。あと二人くらいは入れそうじゃねぇ?」
確かになと、微笑みながらもバルトは同意する。
「で? 何が理由でごたついてるわけ?」
「他国が動き出したんだよ。思ってたよりも遅かったが」
「他国が?」
なんでと首をかしげると、その瞳は強気で、どこか小馬鹿にしている様子もある。
子供ながらにムッと表情を変えると、一つ鼻で笑って口を開いた。
「ネチーラとグライト。この二国は好戦的だ。特にグライトはネチーラに対して、晴らさなければならない恨みがある」
「あー。前に言ってたやつか」
「ただ、戦争で有利になる素材が、リヘンサにあるってわけ」
「そうなのか?」
まだ世界の知識がない美弦にとっては、ただ世界史の授業を受けているようにしか感じとることができていない。理解していないのがわかっているバルトは、少し呆れたようにため息をついて、どう説明するべきか、軽く頭をかきながら視線を泳がせた。
面倒くさがられたと感じてしまった美弦は、眉間に皺を寄せて、またムッとした表情を見せてしまう。
「いるだろう。強力な力を持った奴が」
「当たり前のように言われたって、誰が魔法強いかとか、戦争に特化してるかとかなんて」
「お前はバカなのか鈍感なのか?」
「はぁ?」
「俺は今、お前が知ってるような情報で答えが出るように話してやっただろうが。たいていの人間は、答えが出てるはずだぜ」
「……」
バカにされているのはわかっているが、答えを導き出すため、椅子に座りなおして頭を整理する。
知っている人物を上げるなら、国王とレイサ、ウェイスとヴェイ。あとは使用人の三人と、護衛の二人。他国からきている茶化し系のバルト。誰が強いかどうかなんて言う情報は、今まで聞いたこともない。ただ、ウェイスとレイサが国王の護衛としても動いているというくらいだ。強いのは確かなのだろう。
「もしかして、レイサとウェイスの引き抜き?」
「お前は究極のばかだな」
「違うなら違うでいいじゃねぇか! なんでそういう悪口ばっかり口にすんだよ」
「今、お前の中で候補は誰だったんだ」
聞かれた通り、名前を九名ほど挙げると、さらにため息をつかれる。
「一人足りない」
「…はぁ? ほかはもうわかんねぇよ」
テーブルを叩く勢いで拳を作り、バルトのほうを睨みつける。すると、目を伏せて諦めたように一つため息を吐いた。
「もういい。お前は自分の事を除外してるだろう」
「だって、俺魔法使えないんだろ?」
「魔法は使えないが、特殊なヘルガの持ち主。しかも、それを使うことはできないにしても、他人に与えることができる。つまり、戦争するにはもってこいってことだよ」
飽きれたような口調で、乱暴な説明を受ける。
「ヘルガを与えることができるリベラルを、名前の通り戦力として使おうと企んでいるのが、グライトとネチーラ」
「そういえば俺、他国に狙われてるとは忠告受けてたかも」
正直、いろいろ知識を無理やり詰め込まれていたせいか、リベラルと美弦自身がイコールだとあまり実感していなかった。それに、なんだかんだ言っても城の中。いまだ本当に危険な状況に陥っていないからこそ、事の重大さに気づけてはいない。
握りしめていた拳の力を弱め、睨み付けていた視線も緩めて逆に眉間に皺をよせ、首をかしげて質問する。
「で? 俺を手に入れる為、交渉でもしてるってわけ?」
「交渉なんてかわいいやり方をしてくる奴らじゃねぇ」
「じゃあ…。いや、もしかして…戦争?」
「本格化はしていないが、今現在ネチーラから攻撃を受けてるのは本当」
戦争。
その言葉は、美弦にとって想像の領域でしか感じ取れていない事。しかし、日本ではしていないというだけであって、現実の世界でも他国の戦争は続いている国もある。その戦争が、別の世界では、美弦自身がいる国で起きているということ。
今、こうしてバルトと話している中でも、国の中で消えてゆく魂があるというのを想像してしまい、身体を固まらせてしまう。
「ほ、本格化は…していないにしても、被害はあるんだろう」
「あぁ」
「近い…のか?」
「遠いな。今のところはネチーラとリヘンサの国境で」
「止める方法は?」
「無い」
バルトは、美弦に考えさせないよう、敢えて即答で考えることなくそう言い放った。
視線を合わせるつもりが無いのか、視線を落として頬杖をつく。
「あるだろう」
「……お前が考えてることは“無い”っていうんだよ。誰もが選択肢から除外してる。お前、バカで鈍感な癖に、変な所には気が付くのな」
「その話が発端だろう」
美弦にはわかっていた。リヘンサの人たちがその方法をとることはないということは。
今の状況の争いは、美弦を渡せば一時的にも終わりが見える。しかし手放した瞬間に、攻撃の対象はグライトよりも先に、リヘンサに向けられる可能性があるのは理解している。
心に落ち着きが失っている美弦に、先ほどまで美弦が持っていた日記を目の前に差し出してくる。
「今はお前がここでできることだけを考えろ」
視線を渡された本に一度向け、もう一度疑うようなまなざしでバルトを見つめる。
「ここで?」
「俺らの望みは、とりあえず今は、この部屋でおとなしくしていてほしい。だ」
つまり、何もするな大人しく人形のようにしていてくれ。それがみんなの願いなのだろう。
確かに、無知であり魔法もない。何も加勢できることはないのだとしても、ただ黙って人の命が失われるかもしれない「戦争」と言うものに恐怖を覚え、背筋を冷やしていく。
「……」
「いいか。戦争を終わらせるのに、血を見ないことはない。血を見ずに戦争を終わらせようなんて綺麗ごとは捨てろ。少なくとも、今のお前には何もできない」
戦わずに終わらせる方法を考えるな。と。真っ直ぐな目がそう伝えていた。その視線から逃げるように、逸らして棚のほうを何気なく見る。すると、棚に立て掛けるように置かれている、薄茶の筒のようなものを見つける。
起きるまではなかったはずだ。バルトが本などと一緒に持ってきたのだろうかと、視線をそれから外さずに立ち上がり、近づいてはそれを手に取る。
筒だと思っていたそれは、模造紙のようなものが細く丸めている物だったようだ。
軽く端から捲ると、薄茶の紙に黒の線や、茶色濃さの強弱。もう少し開いてみると、その線がどこかにつながっていたり、黒い字でところどころに何か書かれている。
「地図…?」
一度模造紙を元あったところに立て掛け、テーブルへと戻って、散らばっていた本を一つ二つの山にしてバルトの近くへと押しやる。
再度模造紙を持ってきては、テーブルの上に広げられるまで広げる。
長い間丸まっていたのか、元の形に戻ろうとする端に、バルトのほうへと追いやっていた本を数冊をいて安定させる。
「……なぁ、これって地図なのか」
「ああ」
「リヘンサどこ」
面倒くさそうにバルトは立ち上がり、向かい側に立っては、美弦に近いところを指さす。ちょうど美弦側が北ということだ。
地図の中心には、アクリアと呼ばれる泉がある島国があった。美弦の中では、てっきり大陸でつながっているものだと思い込んでいた。
しかし、島国に泉があるとのこと。その島国を囲うように、広い海がある。さらに、その海を囲うように大陸存在した。その大陸を四つに分ける様、海から太い川が流れている。人為的に国を分けたというよりも、自然に国が四つに形成されたようにも感じられる。
アクリアを挟んで、ネチーラとグライトは争いを起こしているということだ。島国に渡るためには、人工的に作った橋を利用するとのこと。 しかし、島国で争いを起こすことは禁止されていると。
だからこそ、ネチーラとグライトの争いは他国へ被害が起きることも多々あるとのこと。その中をかいくぐるように、バルトはベルミアから来たとのことだった。しかし、改めて地図で確認すると、美弦の中に疑問が湧く形となっていた。
「なぁ、この地図、大陸が海を囲うようにできてるのはわかったけど、この先はどうなってるの? つながってるはずだよね」
バルトが以前、リヘンサに行くにはアクリアを経由しなければならない、と言っていたことを思い出したが、現実世界では地球は丸くなっている。その原理で行けば、逆回りをすればいいだけだと言いたかったのだ。
しかし地図では、大陸をさらに何かで囲っているようにも読み取ることができた。
「虚地と呼ばれている」
「きょち?」
「そこに足を踏み入れた者は生還することはできない」
「…え?」
「先がどうなっているのかは誰もわからないんだ」
虚地と呼ばれる場所。
アクリアがある島国があり、海があり大陸がある。その大陸につながっている虚地と呼ばれる場所。生きて戻ってくる者は、いまだ誰一人として現れてはいない。
大陸を歩いて行った者は、行方がしれず。それを確認しに行った者も戻ってくることはない。運が良ければ、遺体として川から流れてくる。川の流れに逆らい船で行った者は、船のみが別の国に流れつく。空から魔獣で入ったものは、運が良ければ魔獣の欠片が流れ着く。
「何かが住んでるのか」
「それすらも確認することができない。連絡手段も途絶えてしまう。魔法が一切効かない領域。アクリアと同じものが流れている」
その言葉に驚き、おろしていた顔をバルトのほうへと向ける。
「え? アクリアがあるところも魔法使えないのか」
「あぁ。不思議とな」
「…だから俺、人に運ばれる形で移動してたのか」
「まぁ、魔法使える領域に入ってからは魔獣らしいがな」
「なぁ、リヘンサのこの城ってどの辺にあるの」
そう聞くと、国の真ん中あたりを指さし、そこから虚地のある北に向かってバルトの指が流れる。その虚地近くになると手が止まり、トントンと何度か指で地図を叩いた。
虚地の近くに城を置いたのも、元は虚地を調べるために置いた拠点として置いたものが、いつしか城として作り直されたと説明を受ける。
「今でも虚地の調査はされてるのか」
「リヘンサは虚地に対して手を出さないと決めたらしいが、グライトはまだ人を送り出してる」
「…戻ってきた者は?」
そう聞くと、バルトは首を横に振る。いまだに解明されていないらしい。
「なぁ」
「ダメだぞ」
「まだなんも言ってないだろ!」
バルトは視線を合わせずに、地図を見ながら否定する。
行ってみたいと。そういう気持ちが表情に出ていたのか、バルトにはお見通しだったようだ。諦めてもう一度地図に視線を戻す。
リヘンサとネチーラの国境の川に指を差し、その付近を指で示す。
「つまり、今はここらで争いが起きてるんだろう」
「そういうことだな」
城からそこまでの距離はとても遠く、散歩がてら行けるような距離ではない。
すぐ近くにあった椅子に腰をおろし、重しとして置いていた日記を手に取る。たまたま手に取ったその日記は、序盤までは目を通している日本語の日記だった。
ヒントを探すように、深く読まずにページを捲る。
ある一つのページで手を止め、何かを見つけたように日記を持ち上げ、顔を近づける。バルトも気が付いたのか、視線がこちらに向いている。にやりと微笑んで立ち上がり、出入り口とは対角線上の隅のほうへ指し示す。
「バルト、暇だろう? そこ、立ってみて」
「人を使って何する気だよ」
「いいから」
理由も告げず、何度もその場所を指で示す。呆れたようにバルトは重い腰を上げて、指された方へと足を進め、美弦のほうへと向き直る。
もう少し壁のほうへと、何度も日記と見合わせながら微調整をしていく。自分の位置も調整するかのように、自らの立ち位置を、扉のほうへと移動していく。
自らの足も止め、数回バルトを動かすと、納得したように首を縦に振って日記を閉じる。バルトのほうへと視線を向けると、面倒くさそうに右足に体重を乗せ、右手を腰に当てて、怠そうな表情でこちらを見ている。
「よし」
「何が始まるんだ?」
「逃亡」
「は!?」
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