02.仲間割れ

「一体どう言う事なんだよ!」


人でそこそこに賑わっている喫茶店の中で、ひときわ大きな声が窓際のテーブル席から上がった。

一瞬周りで喋っている人々の話し声が止まったが、彼らは声の上がったテーブルを一瞥したのち、気にせずに再び喋りはじめた。

声の主、高槻真たかつきまことは対面に座っている一組のカップルをセルフレームの眼鏡越しに睨みつけていた。

テーブルに両手を付け、わなわなと肩を震わせている。

気のせいか、目にはうっすらと涙がたまっているように見える。

真とカップルの前に置かれたホットコーヒーは既に冷めて、冷たいただの苦い水になってしまっていた。

カップルの片割れ、金髪で少しチャラそうな男は申し訳なさそうな顔をしている。逆に、茶髪で浅黒い肌をしたスレンダーな女の方は開き直ったような表情をしていた。

長い沈黙があった後、カップルの男、伊尾木達郎いおきたつろうが冷たい苦水に口を付けて乾いた喉を潤し、ぼそぼそと喋り始めた。


「…つっても、見ての通りだよまこっちゃん。オレっちと亜理彩は付き合ってるんだ。だからもう撲滅活動には参加できないし、団を抜ける事にした。

 随分と言うのが遅くなっちまったのは悪いと思ってる。でもこれ以上、オレっちは手を貸す事はしないって決めたんだよ」


亜理彩と呼ばれた女の方はうんうんと頷きながら達郎に寄り掛かっている。

真は頭に走っている毛細血管がいくらか断裂したような感覚を覚えた。

目の前がくらくらして座り込みそうになるが、何とか堪えて言葉を吐きだす。


「…何で付き合うようになったとかそんな理由は今更聞かないし、聞くつもりもないよ。胸がムカムカして気持ち悪くなる。

 お前らも当日街で見かけたら迷わず撲滅するからな。…せいぜい見つからないように街をウロウロしてればいいさ」


真が吐き出した言葉に対して、気まずそうにまた冷えた珈琲を口に含む達郎。

また少しの間沈黙がこのテーブルを支配した。

カップの珈琲が空になり、達郎はようやく口を開く。


「なあまこっちゃん。オレっちが言うのもなんだけどさ、まこっちゃんは見た目可愛い系アイドルっぽいし、その気になれば彼女くらいすぐに捕まえられると思うんだよ。だからさ、こんな周囲の人々が不幸にしかならない活動辞めて彼女作る努力、してみねえか?」


続けて、亜理彩も同調したように喋る。


「そうよ真君。君のお姉さんもなんで真には彼女の一人くらいできないのかなってボヤいてたわよ。私も君の事は良い子だなって思うし、頑張ってみたらいいじゃない」

「…裏切者が何を偉そうに言ってるんだ。カップルになったお前等に僕らの気持ちなんか理解できるものかよ」


真はカップに残されていた冷えた珈琲を飲み干すと、二人を顧みる事すらせずにそのまま喫茶店を出て行ってしまった。

後に残された達郎と亜理彩は、真が珈琲を飲み干して乱暴に置かれたカップを、ただ見つめるしかなかった。

彼らだって独り身であった頃の寂しさや侘しさ、カップルに対する嫉妬心はわかっている。

それだけに、真の裏切者という言葉は胸に突き刺さった。しかし、ひとりでいる事の寂しさを知っているからこそ、二人は一緒になったのだ。

真にもそれがわかってもらいたかった。それだけだったのだ。


真は喫茶店を足早に出ていき、駅前の人で賑わう商店街を歩いていた。

既に日にちはクリスマスイブ。街は何処もかしこもクリスマスの為のイルミネーションや飾り付けが行われており、昼間だというのに既に何組かのカップルが街を歩いている。

どのカップルも微笑みを湛えながら腕を組んでああでもない、こうでもないとウィンドウショッピングしたり、何かを食べたり、催し物に参加したりしている。

その様子が真にはまぶしく見えて仕方なく、俯きながら歩くしかなかった。

突きさすような冷気を首筋に感じた真は、マフラーを手で持って口の高さにまで上げる。誰もかれもが吐く息は白く、気温が一ケタ台である事を示している。

空は今は晴れてはいるけれど、山の向こうから見えてくる雲は厚みがあってどんよりとした灰色をしていて、これから先、天気が変わりそうな予感を現していた。


(計画はなんとしても実行する。まだ僕には残された仲間たちがいるんだ…。絶対にやってやる)


決意を一層固めながら駅まで歩いて辿り着いた頃合いに、スマートフォンに着信があった。

着信画面には「三瓶基文さんぺいもとふみ」という名前が記されている。


「もしもし?どうしたの基文」

「聞いてくれ、実はな…」

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