第320話 最強の男、敗北したらしいです

 睨み合いが続いた2人、雄一とムゥは最初にムゥが雄一に特攻するように突っ込んでくるがそれを嫌ったように雄一が逆に空に逃げる。


「ちぃ!」


 ムゥが舌打ちすると空中から眉を寄せて見下ろす雄一に追撃をかける。


 ムゥのオーラと雄一のオーラばぶつかり、大気の振動で辺りに突風が起きる。


「うおぉぉぉぉ!!!」


 気を吐くムゥの黒いオーラは強まり、雄一も負けじとオーラを大きくさせるが雄一は眉間に皺をよせ、その表情には精彩が欠けていた。


 凄まじい気迫を見せるムゥが叫ぶ。


「半神半精の男、ユウイチ! お前はやはりこの程度なのか? 所詮、与えられた力という事だ!」

「……それは『ホウライ』を喰った事を言いたいのか?」


 いつものような自信に溢れた声音ではなく、どことなく心ここに非ずといった弱々しい声で雄一が問いかける。


 やはり、雄一は知っていたか、と笑うムゥ。


「そうだ! お前と違い、私は自分の力で掴み取った。半神半人である私。これだけであれば半神半精のお前に勝てない。だが、半神半人である私であれば間違った加護を受け取っても毒は発生しない。更なる高みへと昇り詰める」


 壊れた高笑いを上げるムゥを奥歯を噛み締めるように見つめる雄一は目を細める。


「いや、毒は発生する。お前を蝕み、魂まで相手のモノにされる。気付いてないのか?」

「それがどうした? 俺の命などどうでもいい。ただ……ティアの微笑みが1度、そう1度この眼で見つめられるなら世界ですら犠牲にしよう。そう、例え、ティアの愛し子であろうともな!」


 ムゥのアリアとレイアを犠牲にしてもの件で雄一の瞳にいつもの光が灯り始める。


 雄一とムゥは火花を散らすようなぶつかり合いを繰り返し、弾かれるようにムゥが距離を取ると雄一に向かって両手を突き出す。


 突き出された両手から飛び出すオーラで作られた気弾が無数に放たれ、雄一を襲う。


 雄一のイエローライトグリーンのオーラを突き破り、被弾させると畳みかけるように弾幕を厚くしながら叫ぶ。


「どうした! お前はその程度なのか!? 私の体に傷を付けたのはまぐれだったのか?」


 ムゥの気弾に被弾させられる雄一は面白いように上下左右問わず、全方位から木の葉が舞うように打ちつけられる。


「――――ッ!!」


 雄一は気弾の叩きのめされながら奥歯を噛み締めた。







 雄一が一方的にやられているのを一旦、後方に下がったホーラ達は茫然と見つめる。


 言葉も出ない様子のホーラが一歩、また一歩と雄一の方向へとふらつくように歩くを見た城門の傍で雄一の戦いを見守っていたミレーヌが呼び止める。


「行ってはいけません! ユウイチ様の邪魔になりたいのですか!?」


 ミレーヌの叫び声とも思える制止の声にホーラは一瞬、ビクッと肩を揺らすが、それがキッカケになったようにその場から雄一を目指して飛び出す。


「戻りなさい! ホーラ!!」

「もう! 世話が焼けるんだから!!」


 ポプリはホーラをダシに雄一の傍に行く為に追いかける腹である事をミレーヌは見抜くが飛び出した2人を止める術もなく諦めたように溜息を吐く。


「私は戦いの機微は分かりません。ですが、ユウイチ様のご様子から戦いに追い詰められているように見えません。まるで……」

「はい、手を上げるか、どうか悩んでるような感じがします」


 傍で地面に座りながら、自分で傷口を塞ぐ為に処置をしているテツが同意するように呟く。


 本音を言えばテツもホーラのように飛び出したいが、傷の事もあるが雄一の様子がおかしいのが逆にテツを冷静にさせていた。


 だが、一方的な状況に追い詰められる雄一を見た事がないホーラは冷静な判断ができずに飛び出してしまった。


 テツも同じではあるが、テツは男としての苦渋の想いを感じ取り、ミレーヌは親としての苦悩を感じ取っていた。


「何かご存じではないのですか?」

「いえ、おそらく、私が知ってる事は、テツ君が知ってる程度とそれほど変わらないでしょう」


 テツは「そうですか……」と呟くとミレーヌと共にムゥの攻撃を受け続ける雄一を見上げて見守り続けた。







 玩具のように弄ばれる雄一の口が僅かに動く。


「ぬるい……!」


 ムゥの攻撃を受け続ける雄一ではあったが、見た目ほどダメージは受けてはいなかった。


 ずっと悩んでいた。


 アリア、レイアの為に自分が出来る事を。


 頭ではシホーヌとアクアの言う通りにするのが一番可能性が良い事は分かっている。


 だが! と雄一の心が訴える。


 2人の為に何もできない事が許せないと吼える自分がいる事を強く自覚してしまっていた。


 今の雄一ができるのは今のアリアとレイアを確実に助ける事ができるが、今後の2人を見捨てる事になる。


 その時に雄一は傍にいれるかどうか分からない。


 運命が2人をどこに生み降ろす分からないから。


 根元を断つ術は分かっている。


 しかし、今の雄一の刃が届くかが未知数であった。


 オッズも分からない賭けにペットするのが愛する娘、アリアとレイアの運命となると雄一は尻込みしてしまっていた。


「これが俺だけの命でいいなら迷わない!」


 口の中で洩らす声は食い縛る雄一の歯軋りで掻き消える。


 どうしたらいい! と苦悩する雄一の脳裏にとある村であった爺さんの顔が過る。



「だったら、老婆心ついでに、お前さんに1つ忠告じゃ。モノ分かりの良い親より、モノ分かりの悪い親の方が良い時もある。覚えておいて損はないぞ?」



 そう、アリア達が雄一の目を盗んで勝手に出かけた冒険者ギルドの依頼で訪れた先でアリア達も世話になった爺さん、ゼペットが雄一に贈った言葉であった。


 雄一はこの言葉を贈られる前に言った。



「ああ、目星は付いてる。本当ならあの子達から言ってくるのを待ちたかったが、そろそろ、そうも言ってられないと思ってた所だ。俺の下から巣立つのも時間の問題の今……有難う、爺さん」



 俺は何をした!? と雄一は自分に問いかける。


 何もしてきてない、形に成せてないと下唇を噛み締める。


 そして、自分を嘲笑うように口の端を上げる。


「俺は何をらしくない理解ある父親を演じようとしてた? 違うだろう? 俺はそんなモノ分かりの良い男じゃない!!」


 その叫びと共にムゥに放たれてた無数のオーラの気弾を一気に弾き返す。


 雄一の眼光に鋭さが戻り、ムゥの何倍もあるような大きさのイエローライトグリーンのオーラが立ち昇る。


「な、何が起こった!?」


 優勢だと信じて疑ってなかったムゥは無傷の雄一がこちらを睨んでいる事実を受け入れられずに呟く。


「可愛い娘の為に不可能を可能にしてみせる! 例え、思い通りにいかずとも帳尻を合わせてみせる!!」


 雄一は自分の中にある戒めていたリミッターを解除していく。


 色の付いているイエローライトグリーンのオーラなのに透明度がどんどん上がると雄一の周りに少女達、4人が四方に姿を現す。


「ムゥとやら、与えられた力より、自分の力で奪った力が強いという理屈、それは正しいのじゃ」

「それに気付いているのに、どうして、ユウイチが貴方に世界の壁を越えてまで傷を付けられた理由に気付かない?」

「な、何を言っている!?」


 ピンクの団子頭の少女、リューリカ、銀髪のレンがムゥに話しかけ、ムゥが動揺を隠せずにドモリ気味に聞き返す。


「ユウイチちゃんは、与えられたんじゃない。みんながユウイチちゃんと一緒に居たくて、傍に居たくて寄り添うように力を捧げて預けてるの」

「心の在り様が引き寄せた力は与えられて得るモノとは別物。強引に奪っても心は得れない」


 栗色のウェーブのかかった理想の女性を代表するようなプロポーションを披露するアイナが両手を組んで見上げ、半身立ちする緑髪のエリーゼが物を見つめるような目をしながら言う。


 4人のオーラが立ち昇り、雄一のオーラと溶け合うようにして更に輝きが増すのをムゥが恐れるように仰け反る。


「巴っ!!!」

「ここにおる」


 雄一の傍に花魁姿のキツネの獣人の幼女がキセルを咥えて現れる。


 見上げてくる巴を見つめる雄一が静かに決意を込めて呟く。


「お前を俺にくれ」

「ふっふふ、最高に男前な口説き文句じゃ。良いのか? わっちから逃げる事は叶わんぞ?」


 頬を染める巴は雄一に最終確認をするように流し目を送る。


「逃げるつもりなど毛頭ない」

「くふっふ、良い覚悟じゃ。雌どもが沢山おるが、どうせ、わっちが一番になるがのぉ」


 そう言うと巴の姿が輝き、グングンと背丈、胸なども成長して成熟した女性になると細長い指で雄一の顔を包むように掴む。


「可愛がっておくれよ? わっちは全てにおいて初物じゃからな」


 瞳を閉じた巴が雄一に接吻すると解け合うように雄一に重なると雄一も輝きだし、光が収まると黒髪が銀髪になった着流し姿の雄一が現れる。


 雄一のオーラがイエローライトグリーンのオーラから白、いや、プラチナのオーラに変化を遂げる。


 強い視線をムゥに向ける雄一のオーラの力が更に凶悪な力を放つ。


 雄一の正面から発する力の余波に吹き飛ばされないように耐えるムゥが茫然と呟く。


「か、勝てる訳がない……」

「お前との勝ち負けなど始めからどうでもいい! 聞いているか!? 後ろでコソコソしてるお前だ! 俺の一撃がお前を捉えるかどうか……勝負だっ!!」


 巴を引き絞るように構えてムゥ、正確にいうならムゥの向こう側を見つめる雄一が全ての力を巴に込め始める。


 込め始めた力が集まれば、集まるほど光を放ち始め、当の本人である雄一とムゥの姿が周りから見えなくなっていき、ロストしてしまう。


「ど、どうして、お前みたいなのが存在している!?」

「知るか! 俺は北川 雄一。ただそれだけだ!!」


 込め切った力を放とうと引き絞り始めた時、雄一とムゥの間の2人の少女、シホーヌとアクアが雄一に立ち塞がるように現れる。


「やっぱり、ユウイチはそうすると思ったのですぅ」

「駄目ですよ。主様。お気持ちは察しますがアリアとレイアにとって本当に何が必要か、お気付きですよね?」


 雄一を包むような優しげな視線を向ける2人に怯みを見せた雄一が叫ぶ。


「どけぇ!! 俺がアリアとレイアを助ける。例え、それが望みが薄かろうが、この俺の手で!!」


 巴を持ってない左手で2人を振り払うように手を横に振ってみせる雄一が言葉では引き下がらないと判断した2人は顔を見合わせると頷く。


「主様はそれでいい。そうでなければならない。ですが……」

「やっぱり、それは駄目なのですぅ。だから、ユウイチに捧げた力を封印しますぅ」

「な、それは無理だとお前達が言っただろう!?」


 雄一の動揺を無視して両手を合わせ、祈るようにする2人から強い力が発せられる。


 その力は雄一には遠く及ばないが、雄一は焦り出す。


「何をしている。何をしているかなんてどうでもいい! お前達は制約があるのに、そんな大きな力を使えば……!!」

「勿論、存じてますよ」

「夫が間違いを犯せば、体を張って止めるのが奥さんのお仕事なのですぅ!」


 2人の力が最大に高まった時、雄一の中、軸となるシホーヌとアクアの力が抑えつけられたを感じたと同時にリューリカ達の四大精霊獣の力と巴の力がその軸を基点にして高められていたので暴走を始める。


 その力を必死にコントロールしようと足掻くが抑えきれずに叫ぶ。


「くそったれが!!」


 雄一から漏れ出すように放たれた力の一部がムゥにぶつかると絶叫を上げながら西の空へと飛ばされていった。


 それを苦笑しながら見送ったシホーヌとアクアは肩を竦める。


「多分、ギリギリ生きてると思うのですぅ」

「そうですね、最悪の事態は回避されたでしょうね」


 良い仕事をしたとばかりに気楽に額を拭うシホーヌと微笑むアクアに雄一が怒鳴る。


「お前達は何をしたのか分かっているのか!? 俺を邪魔した事はどうでもいい。制約を破ったお前等は……!!」

「馬鹿にし過ぎなのですぅ。ちゃんと分かってるのですぅ」


 シホーヌの言葉にアクアが頷くと同時に2人の背後に空間の切れ目が生まれたと思った瞬間、飛び出してきた鎖が2人を縛る。


 縛られた2人は微笑みながら雄一を見つめて告げる。


「ユウイチと一緒にいれて楽しかったのですぅ。後の始末はお願いなのですぅ」

「主様と泉で会えてから本当に幸せな毎日でした」


 凄い勢いで引きずられて空間の裂け目に連れ込まれそうになる2人に飛び付いた雄一が行かせないとばかりに額に血管を浮かせて抗おうとする。


「行かせないぞっ! お前等には一杯文句があるんだ!! くそう、力が入らない……おい、封印を解け!」

「ごめんなさいなのですぅ。一時的に封印するだけで解除方法がないのですぅ」


 必死に抗う雄一の力で引きずる力は弱まったが徐々には空間に引っ張られる。


「ユウ!!」


 雄一は呼ばれた事に気付いて声の方向に目を向けると息を切らしたホーラとポプリの姿を捉える。


 空間に飲み込まれそうなところでギリギリ踏ん張る雄一が叫ぶ。


「ホーラ!! アリアとレイアを頼む!!」


 その言葉と同時に雄一はシホーヌとアクアに巻き込まれるように空間に引きずられる。


 雄一を追いかけるように四大精霊獣であるリューリカ達と巴が空間の切れ目に飛び込むと空間の切れ目は閉じてしまう。


 それを見送ったホーラは涙を溢れさせ、肺にある息を全て使う。



「ユウゥゥゥゥゥ!!!!!」



 ホーラの悲痛の叫びが辺りを響き渡った。

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