第321話 守護者がいなくなった世界のようです

 ダンガに到着したアリア達は街の空気が余りにもおかしいので愕然と見渡していた。


 アリア達に気付く住人から怨念が籠ったような視線が向けられる事に思わず怯える。


 ダンガに住んでた時は笑みを浮かべられたり、優しく声をかけられる事が多かったアリア達はこの落差に驚いていた。


 いくら1年、街を離れていたからといって豹変し過ぎである。


 いつも変な自信に溢れるミュウですら可愛らしい耳がヘタっと倒れている。


「な、なんなの? どうして親の仇を見るような目で私達は見られるの?」

「……いや、多分、睨まれてるのはスゥ達じゃない……」

「……ん、憎しみを向けているのは私とレイア。凄く強い想い、暴走しそうなほどに」


 青褪めているアリアとレイアの双子を見つめるダンテとヒースが顔を見合わせると頷く。


「とりあえず、家に向かおう。確かにここは普通じゃなさそうだし、おかしい理由を家でなら誰かが教えてくれるからね」


 そうダンテは言うと周りの人々を刺激しない程度に馬を急がせて北川家を目指して馬車を走らせた。





 家に戻ると息を顰めているような静けさに包まれており、到着したアリア達は息を飲む。


 いつもならグランドを子供達が走り回っている時間帯なのに誰もおらず閑散としていた。


 誰もいないのかと思えば、気配を探ると室内には沢山の気配がある。


 室内から出てはいけないと言われて中にいるとしても普段なら大騒ぎしてる子供達がいるはずである。


「ちっちゃい子、泣いてる……」


 子供達がいるはずの寮を見つめるミュウが悲しそうに呟く。


 アリア達には聞こえないがミュウは啜り泣くような声を拾っていた。


「家に入ろう。ここに居ても何も分からないよ」


 ダンテが足を止めているアリア達の背を押すようにして食堂がある方の建屋に向かって歩き出した。



 食堂に入ると1人、組んだ手に額を載せて俯いて据わるティファーニアの姿があった。


「テファ姉!」


 レイアは家に帰るまで抑えてた気持ちを止められずに大きめな声を上げ、ティファーニアに駆け寄る。


 それに驚いて顔を上げ、見渡し、アリア達が帰った事を知って悲しげに笑みを浮かべる。


「お帰りなさい……みんな」

「テファさん、何があったの!? 明らかに街の様子も家の様子もおかしいの!」

「そうです。こんな変な状況なのに、姉さんはどこに? ホーラさん達もですが、何よりユウイチさんは?」


 レイアだけに限らず、ダンテ達も我慢していたようで矢継ぎ早に質問を被せる。


 一瞬、込み上げるモノに耐える姿を見せたティファーニアであったが肩で息をすると首を横に振って話し始める。


「ホーラは自室に引き籠って出てこないわ。ポプリはミレーヌさんを見送った後、パラメキ国へ伝令を出す為に家を出てる。テツ君は傷の手当ても適当に済ませて、フラリと姿を消したわ……」

「ちょ、ホーラ姉が引き籠った!? えっ? テツ兄が怪我!? 訳が分からない!?」


 想定外の事がどんどん出てきてパニックになりかけのレイアの肩に手を置くアリアが前に出てティファーニアに問う。


「テファ姉さん、悪いけど、最初から説明して?」

「そうね、断片的に聞かされても困るよね……」


 そうして、ティファーニアは思い出すのも辛い話を話し始めた。


 今日の早朝にモンスターの集団がダンガに侵攻してきたのをホーラ達を中心に街の冒険者で街を守る為に戦った。


 ホーラ達の善戦もあり、侵攻を抑えられたが、テツは以前に戦った相手に不覚を取り、ホーラ達にも敵の幹部らしき者達に襲われて絶体絶命のところに雄一が現れた。


 雄一がそのタイミングで間に合った事にアリア達の表情は明るくなるがティファーニアの表情は一向に明るくならない事に眉を寄せるが今の状況から考えて楽しい話な訳がないと唇を噛み締める。


 雄一の活躍でホーラ達は無事に助かり、そんな雄一に立ち塞がった者がいた。


「先生に立ち塞がったのは……アリア、レイア、貴方達の本当のお父さんよ?」


 ダンテ達の視線がアリアとレイアに集中する。


「お父さんが……どうして今頃……」

「くっ、まだ生きてた……あの何もない世界で死んでると思ってたのに……」


 双子なのにまったく違う反応を返す。


 レイアは訳が分からない、といった感じに対し、アリアは嫌悪感を隠さずに悪態を吐く。


「その時の様子を命知らずの冒険者の数名が聞いてたらしいわ。どうやら先生はアリア達のお父さんがやってきた理由を知ってる口ぶりをしてたらしいけど……」


 しかし、その理由を知る者はいない、と被り振るティファーニア。


「がぅ、ユーイは? ユーイが負けたとは思えない」

「ええ、先生はアリアとレイアのお父さんを圧倒したわ……でも……」


 眉を寄せて続きを促すアリア達から目を逸らしてティファーニアは続ける。


「トドメの1発を入れようとした時に何故だか分からないけどシホーヌさんとアクアさんがそれを阻止する為に現れた。先生に何かしたらしいくて、込めてた力が溢れ出た余波でアリアとレイアのお父さんは西の空に飛ばされていったわ」

「西の空ですか?」


 ヒースは自分の生まれ故郷がある方向と知り、部外者と思い、黙っていたが思わず口を挟んでしまった。


「ええ、飛んだ軌跡を見る限り、少なくとも、この大陸の外には飛ばされたと思うわ」

「そうですか……」


 さすがに大陸を渡る事はないだろうとは思うが胸騒ぎが止まらないヒース。


 話が逸れた事をティファーニアに詰め寄るレイアに苦笑いを浮かべ、本線に戻す。


「先生を止めた2人に空間が割れた先から鎖が飛び出して縛ると引き込み始めたらしいわ。それに抗おうと先生がしたらしいのだけど……ホーラ達が見守る目の前で引きずり込まれた……」


 絶句するアリア達で一番最初に立ち直ったダンテが言う。


「ゆ、ユウイチさんなら異空間から帰還するのは簡単でしょう? どこにいるんですか?」


 ダンテの言葉にティファーニアは首を横に振ってみせる。


「どうも、その異空間は特殊で神や精霊などの監獄のような場所らしいの。超越者達を裁く場所とシホーヌさんとアクアさんにホーラ達3人は聞かされた事があるらしいの」


 そう、ホーラ達が雄一抜きでベへモス狩りに行った時に制約があって色々できないと言っている2人から移動の時間で世間話のつもりで聞いた内容ではあったが2人に余り口外するな、と口止めされて聞かされたらしい。


「先生が2人を見捨てるとは思えない……だから……」


 超越者を裁く場所で雄一が無事だとは思えなく、帰ってくる気配もないし、行き来ができるなら一度出て無事を知らせに来ると思われる雄一が帰らない。


「そ、そんな……」


 スゥはペタリと女の子座りをして床を見つめる。


 顔を真っ青にする双子のアリアとレイアを見つめるダンテは背後から大きな音がして振り返ると扉を乱暴に開け放って飛び出すミュウの後ろ姿を捉える。


「どこに行こうと言うんだ、ミュウ!」

「ユーイ、探す!」


 手を伸ばした格好で止まるダンテは沈痛そうに目を瞑ると同時に自分の姉、ディータが何をしてるか理解してしまった。


 あの直情的なディータはミュウと同じ事をしている、と確信してしまった。


「ユウイチさんを失った事で街の空気が悪くなってるのですか……」

「それもあるのだけど、少し言い難い事なのだけど……」


 言い淀むティファーニアから何かを感じ取ったアリアが悲壮な覚悟を込めて聞く。


「言って」

「……先程言った命知らずの冒険者達が先生との会話から最後に戦った相手がアリアとレイアの父親だと知って……しまったの」

「その話が拡散して……」


 ダンテの言葉に頷くティファーニアは知ってる事は言い切ったとばかりに大きく肩で溜息を吐く。


 それを魂が抜けたように見つめるアリアとレイアの顔色は青を通り過ぎて真っ白になったように血の気がしていなかった。







 上半身剥き出しで手荒な包帯の巻き方をしているアルビノのエルフ、テツが吐く息も白くなる森の中を片手で自分を抱くようにして歩く。


 獣道すらない道を迷いもなく歩くテツは拓けた場所、暖かい時期になると花が咲き乱れる場所の中央に小山になってる上に枝のような木が生えている場所の前に立つ。


「父さん、母さん、1年ぶりです。本当ならもうちょっと後に来る予定だったんですけど、早く来ちゃいました……」


 一緒にお嫁さんにするティファーニアさんを連れてくるつもりだったんです、と空虚な笑いを浮かべながら、父と母が眠る場所の前で両膝を着く。


「僕は昔からどうでもいい時は無茶な事をする癖に肝心な所では尻込みするんです。そのせいで父さんと母さんが死んじゃったんだから知ってましたよね……?」


 自嘲する笑みを浮かべるテツは瞳から涙が溢れだす。


 嗚咽混じりに父と母に縋るように2人が眠る場所に両手を着く。


「今回、僕は強い力を得れるチャンスを尻込みをして、ふいにして負けました。その力を得ていたら僕はユウイチさんの隣に居れたかもしれない……」


 着いてた地面を握るようにして土を掴むテツは体を震わせて叫ぶ。


「そのせいで、僕は2度も父さんを失うハメになりました。そう、僕が覚悟を決めれず心が弱かった為に!!! 僕は無力だ! ただ、母さんに抱かれて守られてたあの時から何も変わってない……」


 ポツリ、ポツリと冷たい雨がテツを打つ。



 ウオオオオオオォォォォォ!!!!!!!!!!!!!



 空を見上げるテツが暗雲を見つめると傷が開くのも恐れずに腹の底から全力で叫び、優しくない雨がテツを包むように激しさを増してテツを打ちつける。


 肌に当たる冷たい雨、開いた傷口からの痛みが感じさせる。


「僕はまだ生きている……終わりじゃない!」


 覚悟を決めたテツは立ち上がると父と母に背を向け、今、成すべきと決めた事を達成するまで、ここには来ないと父と母に心で決意を伝えて振り返らずに森を静かにしっかりとした足取りで父と母が眠る森を後にした。

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