幕間 気付くのはいつも後、でもいつかは……
清涼な空気に包まれるように肌を擽る感覚を掴んだダンテは薄らと目を開く。
開いた先には銀髪の白衣姿の女性が煙草のようなものを咥えながらダンテに手を翳して魔法を行使していた。
ダンテが意識を取り戻した事を知った銀髪の女性、レンは柔らかい笑みを浮かべる。
「目が覚めたのね。気分はどう?」
「頭がボーとしますが……ああ……」
そう言いかけて辺りを慌てて見渡し、状況を理解して少し悲しそうにするダンテがレンを見上げて寂しそうに笑う。
周りを見渡した時、自分が寝ているのが自分のベットで相部屋のヒースが隣で寝息を立てているのは分かり、安心もした。
おそらく、女の子の部屋にはアリア達も治療を受けているのだろう、と安心したのもあるが、いつもの風景とは違う事に気付いてしまったのであった。
そのダンテの心情を理解するレンは大きく溜息を吐いて、髪を掻き上げる。
「ダンテ、正直な事言って、貴方が命を拾った事すら奇跡の確率なのよ?」
「はい、みんながいなければ強引に契約を結ぶしかない。道をアリア、レイア、ミュウ、ヒースが開いてくれて、スゥが僕が行使する魔法の半分を肩代わりしてくれた。だから、ポロネと契約もできて、僕は今、ここにいられる。でも、こうなると分かっていても寂しいものですね……」
今度は落ち着いて周りを見渡すダンテの視界には部屋から入ってくる朝日が美しく部屋を照らす朝の始まりが写される。
だが……
「大丈夫よ。貴方の精霊感応は失った訳じゃない。凍結されたように封印されてるだけ。貴方のキャパが広がれば戻ってくるモノよ」
「はい、有難うございます」
いつも語りかけてきてくれて、見渡さなくてもいるのが自然だった精霊達の姿がなくなり、消失感に襲われるダンテを励ますレンに感謝の念を込めて礼を言う。
窓の外に視線をやりながらダンテはレンに質問する。
「アリア達はどうしてますか?」
「隣の部屋で寝てるわよ。ミュウとスゥは治療が必要だけど、双子ちゃんは寝てれば治るわ」
スゥはあれほど魔法を酷使したので治療が必要なのは分かるダンテであったが、ミュウもそれが必要な程になっている事に苦笑いが漏れる。
きっと無理したのだろう、と容易に想像が出来た為であった。
笑いながらベットから降りようとするダンテにレンが問いかける。
「どこに行くの? まだ寝ておいた方がいいのよ?」
「少し街を散策に……多分、精霊が暴れたりしたと思うので結果だけでも見届けようと……」
そう言ってくるダンテの思惑に気付くレンは眉を寄せて頬に手を当てる。
ダンテはポロネがキッカケで起こってしまった出来事、被害などを自分の責任として刻む為に確認に行こうとしている事に気付いてしまった為であった。
おそらく、止めても無駄、何より、その意思を尊重してあげたいという気持ちに負けたレンは悩ましげに溜息を吐く。
ダンテを優しく抱き締めるレンに、
「テツも貴方も有能なのに変な所で不器用なのよ。2人共、ユウイチの不器用な所は見習わないでいいのよ?」
と言われたダンテは、レンの豊かな胸に視界を奪われ、安らぎを感じ、目を閉じる。
ダンテは、物心が付いた頃には両親はいなかった。何故、いないのかは未だにディータから話して貰ってない。
何か事情があるのか、ただ話したくないのかは分からないが、ダンテから聞こうとした事がない。
病気で寝込んでいた時はそれどころではなかったし、治った後はディータのスパルタのリハビリがあってすぐに北川家にやってきた。
北川家にいる子供達はほとんどが親の顔すら知らない子ばかりで、ダンテは自分が特別とは思えなかったのが大きくディータに両親の事を聞く気が起きなかった。
だが、両親を恋しく思った事がない、といえば嘘になる。
父親は、雄一に接する事でダンテは寂しく感じなかったが母親はそうはいかず、ディータが母親代わりの一面もあったが、ダンテから見て、ディータはやはり姉であった。
レンの温もりに包まれるダンテは母親というのはこういうのを言うのかもしれない、と思い、口許を綻ばせる。
「はい。気を付けますね」
自分がどういう状況で第三者に見られた時、どのように映るかと思った瞬間、顔から火が出る思いから、レンを押し退けるようにして咳払いをする。
照れているダンテに気付いたレンがクスリと笑う。
「街の中だけよ? 今の貴方は一時的に魔法が行使できない状態になってるから、分かった?」
「はい、街の外には出ません」
よろしい、と頷くレンが道を空けてくれたのでダンテは家を出ていこうと玄関に向かい、出て扉を閉める時に家の中から騒がしい声が聞こえてくる。
「こらっ、お前が一番の重傷なんじゃぞ!? おとなしく寝ておらんかっ!」
「だんご頭の馬鹿、煩い、ミュウは大丈夫。それより、お腹が減った」
この駄犬がぁ!! というリューリカの叫びにダンテは苦笑を浮かべながら街中を目指して歩き始めた。
▼
街に入ると人が忙しそうに駆け回る姿が最初に目に入った。
冒険者は当然、色んな職業な人達が働いていた。
一部では既に営業を始めている店もあるのかと思わされたが、大半は食事絡みの店で良く見ると無料で振る舞われている所を見ると炊き出しのボランティアのようだ。
炊き出しをしてる人を見ていると見覚えがある顔が沢山ある事に気付いたダンテに向こうも気付いたようで話しかけてきた。
「ダンテ君、無事だった……みたいだけど、ヘロヘロね?」
「あはは、魔法も使えない状態で歩くぐらいしかできないんですよ、サラサさん」
冒険者ギルドの受付嬢のサラサが額に汗を浮かばせながら炊き出しをしていた。
「ところでサラサさんはどうしてここで炊き出しを?」
「街道の方の被害で怪我人は勿論、修繕に追われる人の食事ぐらいは手伝えないかと思って、冒険者ギルドの職員に有志を募ってやってるの」
サラサにそう言われたダンテは辺りを見渡し、見覚えがあると思ったが、それはどうやら冒険者ギルドで見た事がある顔であったからか、と納得した。
感心するダンテにサラサは苦笑いを浮かべる。
「感心してくれるのは嬉しいけど、多分、ダンテ君達に会わなかったら、きっと私達は何もしてないわよ?」
「えっ? どういう事ですか?」
目をパチクリさせるダンテに少し照れた風のサラサが答える。
「冒険者の街の住人に対する態度に怒りを覚えながら何もしなかった。他人事だったのよ。可哀想と思って手を貸す行動は冒険者ギルドとして金銭をやり取りすることすら罪悪感を感じそう、と自分達を誤魔化してきたの」
黙って聞くダンテにサラサは続ける。
「結局は私達も公私の区別を付けるのを面倒がって逃げてただけなのよね……それをダンテ君達は気付かせてくれた。私達も依頼を選り好みして酒飲んで管巻いてる冒険者と大差ないってね?」
「僕達はそんな大層な事を考えては……それに今回の事は……!」
そう褒められたダンテが罪の意識に苛まされて罪を告白しようとした時、サラサの人差指で唇を抑えられる。
「ダンテ君、その続きは言っちゃ駄目。した事を後悔して、次があったとしてしないと言える事じゃないんでしょ?」
「そ、それは……」
街の人の為にポロネを見捨てたか? と問われたようなダンテは言葉が出てこなくなる。
そんなダンテの心情を理解するサラサは、しょうがないな、とばかりに苦笑を浮かべる。
「あのね、冒険者ギルドもそこまで無能じゃないのよ? 全容とは言わないけど、ダンテ君達が騒ぎの中心にいたぐらいは掴んでる。私達ほどではないでしょうけど、それに気付いている人達も沢山いるけど、それを言及する人は、ほぼ皆無よ。どうしてか分かる?」
サラサの言葉に被り振るダンテに優しく笑いかけるサラサ。
「ダンテ君達が率先して雑用依頼を受ける事で色んな人達を繋いでいった。勿論、そんな事を狙ってダンテ君達がしてた訳じゃないのは分かる。でも、結果はそうなった。だから、ダンテ君達を責める者はいないわ。今回の事でなんとなく感じてた繋がりを再確認出来た事で逆に感謝されてるかもね?」
「感謝なんて……僕はただ……」
ただ……に続く「ユウイチさんに言われた事をしただけ」という言葉をダンテは飲み込む。
サラサが否定するような言葉を求めていないし、意味がないと感じているのが見て分かった事もあるがダンテは本当の意味でここに寄こした雄一の意図に気付いた。
信頼とは自然にできるものではない。
差し出された手を握るようにして繋がっていくモノ。
だが、これをできる人間は一握りである。それは色んな事情からくる確執であったり、照れなど色々あるだろう。
円滑にする者、繋ぐ者、背を押す者がいれば話が変わってくる。
それを雄一がダンガでした。
住み易い街として今は有名になっているが、それは技術革新、豊富な食材、素材が集まるからと思われるかもしれないが根底にあるものがあってこそである。
それは信頼である。
取引する相手を信頼する。
隣に住む者を信用する。
言葉にするのは簡単である。
だが、雄一はダンガでそんな優しい空間を生み出した。それは徐々にではあるがダンガを発信源に他地域へと広がりを見せている。
優しい街、ダンガにいて気付けなかったダンテ達をペーシア王国に行かせる事でその違いを体感させ、享受する側から提供する側になれる事を期待して送り出された事に気付く。
ダンテはポロネの今回の件で知る事になった。
勿論、雄一がポロネの件を読んでいた事は有り得ないが、1年を通してそれを理解する事を期待していたのだろうと雄一の父親としての深い愛情を感じる。
考え込むダンテを優しげに見つめるサラサを呼ぶ声がし、慌てた様子のサラサがダンテに最後に伝える。
「たった、1カ月とちょっとの期間かもしれない。でも、これがダンテ君達が示した結果よ。素直に受け取っておきなさい」
ダンテにそう言うとサラサは後ろの方に返事をすると小走りでダンテの下を離れる。
走りゆくサラサを見送っているとダンテの裾を引っ張る力に気付き、そちらに目を向ける。
そこには教会に住む年少の子供達がシスターに連れられて配給された食事を受け取った物を持ってそこにいた。
「こんにちは! ダンテ先生!」
「えっ、ああ、こんにちは」
一斉に声をかけられて若干ビビったダンテであったが挨拶はちゃんと返す。
ダンテの様子に「街が騒がしいから子供達のテンションが上がっちゃって」と苦笑してくるシスターにダンテは「大丈夫です」と笑ってみせる。
シスターと喋っていたダンテを余所に子供達が辺りをキョロキョロ、ダンテの後ろに廻り込んでも探してるモノが見つからないようで首を傾げてくる子供達がダンテに問いかける。
「ポロネ、どこ?」
「っ……!」
不意打ちのように言われたダンテが表情が強張るがすぐに笑ってみせる。
子供達の視線に合わせるように屈んだダンテが答える。
「ポロネはね、ちょっとお出かけしてるんだよ」
ダンテがそういうと子供達は露骨に残念そうに「ええっ――!」と声を上げる。
「ポロネと遊びたかったのに……いつ帰るの? 明日? 明後日?」
「さすがにそこまでは早くは無理かな? でも、きっとすぐだよ、うん」
そう言いつつ、ダンテはポロネの髪の色のような透き通る薄い青の空を見つめる。
「きっと、この平穏な生活に連れ戻してみせるからね?」
見上げるダンテの耳元で「お願いね?」とポロネの声がしたような気がしたダンテは微笑みを浮かべた。
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