第312話 最初で最後の贈り物のようです

「後は少しダンテの魔力を流し込めば発動するの……制御してみせるの、できないなんて言わせない! できずに死んでも、もう一回、私がぶっ殺すの……!」

「あはは、スゥは怖いな……まあ、アリア達も怖いけどね……大丈夫、死んでも制御してみせるから、スゥに二回、殺される心配はないよ」


 精霊門を形成し終えて、既に汗だくのダンテが情けない笑みを浮かべる。


 そんなダンテを見つめるスゥの目の下には更に酷いクマを作り、呆れるような溜息を吐く。

 汗で顔に張り付いた髪を掻き上げようと腕を上げようとするが胸の辺りで震えて上げられない事に舌打ちしながらダンテ睨む。


「馬鹿、死んだら意味ないの。成功して幸せ一杯してるところを私とアリアに殺されるの」

「あれ? 僕、どっちにしても死ぬの!? じゃ、頑張って2人に惚気ながら逃げ切らないとね?」


 普段、少女のような顔をしていて男の子らしさが見えないダンテが、悪戯っ子な少年の笑みを浮かべるのを見たスゥが微笑を浮かべる。


 きっと、ダンテは大丈夫、とスゥは思う。


「私達に喧嘩売ったの絶対に忘れないの。この決着は今度ね?」

「忘れてくれる方が嬉しいけど、無理だよね? またね」


 笑みを浮かべるダンテに笑みを返すスゥはふらつくと、そのまま前のめりになり倒れる。


 死んだように眠るスゥの顔を屈んで見つめるダンテは顔に汗で張り付いたスゥの普段ならフワフワの柔らかいウェーブのかかった髪を指で掻き分けて顔が出るようにしてあげる。


「ここまでお膳立てされて失敗したら、本当に殺されても文句言えないよ。成功しても後が怖いけど、後の事はその時に考えるか」


 そう呟くダンテの言葉にスゥの口許が僅かに柔らかく綻んだような気がして、要らない事を言ったかも、とダンテは苦笑する。


 立ち上がったダンテが東の空を見つめると白み出した空を見つめ、眉を寄せる。


 そして、アリア達がいると思われるポロネまで後少しの辺りで薄ら見える気柱を見つめながら、スゥが書いた光文字に掌を近づけていく。


 ダンテの見立てだと陽が昇るまで10分とないと判断していた。


「アリア、レイア、ヒース、そして、多分、そこにいるよね? ミュウ? 僕は君達が時間に間に合ってくれると信じる!」


 光文字に手を添えたダンテが微弱な魔力を送ると一気に活性化した光文字が目が眩む輝きを放つ。


 それと同時に膨大な魔力がダンテの体に一気にかかり、ポロネと契約する為の魔法と精霊門を維持する魔力に押し潰されそうに膝が折れかける。

 それに抗おうと踏ん張るダンテは目を血走らせながらも意識が持って行かれそうになる。


「これからだっ! まだ寝るには早いよ、僕っ!!」


 そう叫ぶと腰にあった作業用のナイフを取り出し、ダンテの左太ももに躊躇せずに突き立てる。


 苦痛に歪めるダンテの口許は凄絶な笑みを浮かべる。


 ダンテはポロネがいる場所を見つめ、アリア達の合図を見逃さない、とばかりに凝視し続けた。







 白い糸でできたドームの中央部に向かうアリア達は牛歩の歩みで前に進んでいた。


「このままじゃ、間に合わない……」

「駄目だぞ、ヒース! 間に合わないなら間に合わせろ!」

「そう、泣き事は終わってから、今は気を吐いて前に進む!」


 思わず、弱音が漏れたヒースに双子のアリアとレイアは平気で無茶を言うが、この状況ではそれ以上の言葉がない事はヒースにも分かっていた。


 だが、現実問題、タイムリミットまでに辿りつく事も無理な事は誰の目からも明らかであった。


「だけど、この速度では絶対に間に合わない。それ以前に辿りつくまで僕達の気力が持たない可能性も!」

「煩い。間に合わないなら倍の力を、それでも足りないなら10倍、それだけの事!」

「そうだぜ、ヒース? アタシ達は完成した存在じゃない。きっとまだアタシ等が知らない力があるはず、それを今、引き出す! カッコイイだろ!?」


 疲労困憊な色が隠せない2人の少女の顔には諦めの色はなく、むしろ、心が折れそうになっているヒースを励まそうとする思いやりすら見えた。


 ここは逆に励ます立場でなければならないのに励まされている事に下唇を噛み締める。


「僕に隠れた力なんて……ザガンで必死に修行したけど、そんな片鱗は……あっ!」


 生まれ育ったザガンの事を思い出していたヒースはアリア達と別れて修行してた2年間で父、ノースランドに言われた事を思い出す。





 ヒースが気を剣に纏わすこの力は母、シーナが得意にした技だとノースランドは懐かしいモノを見つめるようにして色々レクチャーしてくれた。


 そんなワンツーマンのヒースにとって楽しさもあった修行の過程でノースランドが言った言葉があった。


「ほう、お前はシーナの力だけでなく、俺の力の素養も継いでるようだな?」

「えっ? どういう事ですか!?」


 驚くヒースから視線を外し、壁に飾られていた数ある剣や斧などを見つめるとノースランドが指で『来い』とするように壁に飾られていた剣などが一斉にノースランドを目掛けて飛んでくる。


 その光景に息を飲むヒースの目の前にノースランドの手前で剣などは一斉に止まり、宙に浮いてノースランドの指示を待つようにする。


 度肝を抜かれる息子であるヒースの様子を楽しげに見つめるノースランドは空中に浮く武器を自在に操り始め、説明し出す。


「お前に見せるのは初めてだったな? これが我がコミュニティ、ソードダンスの名になった由来、武器を踊るように操って戦う俺を見たシーナが決めた」

「僕もその力を使う事ができるのですか!?」


 嬉しそうにするヒースがノースランドの返事を聞く前に自分の剣を操ろうと両手を翳すが当然のようにピクリともしない。


 我が子の想像以上の反応に面喰ったノースランドであったが、普段、良い子であり、背伸びをする息子の年相応の姿に笑みが浮かぶ。


 ピクリともしない事に意地になって体に力が入り過ぎてガチガチになる息子の肩に手を置く。


「そんな無駄な力を入れても駄目だ。俺のこの力は操っているように見えるだろうが、俺の感覚でも見えない柄を見つけて掴んでる感じだ」

「見えない柄ですか?」


 首を傾げるヒースに苦笑いするノースランドは「少し違うがそれ以外での説明する言葉が思い付かん」とヒースの頭を撫でてくる。


 少し照れるヒースと視線の高さを合わせたノースランドは優しげな瞳で覗き込んでくる。


「ヒース、五感を超えた先にあるものでお前自身で見つけろ。これはその領域に到達した者じゃないと分からない」

「僕にそれができるのでしょうか?」


 自信なさげに見つめるヒースに彫りの深い顔に愛しさが溢れる笑みを浮かべるノースランドが優しく抱き締めてくる。


「当然だ。俺とシーナの息子で、いつも贈り物を要求するだけで俺に何も贈らなかったシーナが最初で最後に俺に贈ってくれたお前ならな?」

「……一応、僕の前にお兄様達がいますが……?」


 父であるノースランドの言葉が嬉しかったが照れ隠しに言ってみるとノースランドはあっけらかんに言って肩を竦める。


「ああ、アイツ等2人は俺とシーナのしなかった二日酔いだ」


 頭が痛いだけに、と笑うノースランドが初めて口にした冗談にヒースは顔が赤くなるまで耐えたが耐えきれず噴き出した。





「おい! ヒース、呆けてる暇はねぇーぞ!!」

「ご、ごめん!!」


 父親との会話を思い出していたヒースはビクッと体を震わせると再び、気を込めて目の前の白い糸の塊を斬りつけていく。


 東の空を見つめるアリアが奥歯を噛み締めるようにし、踏ん切りをつけた様子で頷く。


「レイア、ヒース。私ができる限りのブーストをする。残る力を全て一撃に込めて放って! もう陽が上がる」


 アリアの言葉にギョッとした2人は東の空を見つめると地平線の向こうから強い光が漏れ出しているのに気付く。


 いちかばちか、やるしかないと踏ん切りを付けた2人がアリアに頷いてみせる。


 頷いた2人の手、アリアは左手でレイアを掴み、右手でヒースの手を掴むと体内にある魔力を爆発的に上げ始める。


 レイアとヒースはアリアから流れ来る魔力を受け止めながら練り上げた瞬間、ヒースは弾けるように顔を上げる。


 一気に広がったような感覚がアリアを通してレイアに繋がる大きな力を感じる。


 そして、2人から自分に向ける何かに気付いたヒースは無意識に手を伸ばす。


「なんだろう? これは?」


 掴める気がした。


 よく分からないソレを掴んだ瞬間、アリアとレイアが一瞬の硬直の後、膝から力が抜けた様子で地面に座り込む。


 その様子に気付かないヒースが掴んだモノを引き寄せるとアリアとレイアは冷や汗が吹き出して両手を地面に付ける。


 真っ青な顔をした2人が気力で顔を上げると放心状態のヒースが光輝く刀剣を両手で持っていた。


「ヒース、何をしたの!?」

「おい、ヒース、ボケっとしてるな! 正気に戻れ!!」


 2人の声で我に返ったヒースが自分が持っている光輝く刀剣にびっくりする。


「うわっ、うわっ、何これ!?」

「それはこっちが聞きたい……」


 慌てたヒースが集中が乱れた為か、光輝く刀剣から暴れる力ある風が吹き荒れる。


 突然、生まれた風に吹き飛ばされそうになるアリアとレイアは地面にしがみ付く。


 必死に制御しようとするヒースにレイアが叫ぶ。


「無理に制御しようとすんな! その力で目の前の白い糸を切っちまえ!」

「あっ、うんっ!」


 どうしたらいいか分からないが、これの刀剣なら斬れる、という確信だけはヒースの中にあった。


 斬るべきモノだけ斬る、と大上段に構え、ポロネ以外のモノだけ斬れろ、と渾身の力を込めて振り抜く。


 ヒースの斬撃は白い糸を紙を斬り裂くようにあっさり斬っていき、反対側の白い糸まで斬り裂く。


 斬り裂いた中央に光る玉の中で胎児のように膝を抱えるポロネの姿を確認したヒースはダンテがいる方向を見つめる。


「後は任せたよ、ダンテっ!!」


 手にあった光輝く刀剣を上空に放り投げる。


 それが合図になったかのようにポロネの真上に大きな門が生まれ、低い音をさせながら開いて行くのをアリア達3人は固唾を飲み込んで見守った。

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