第311話 明けの明星らしいです

 ダンテが指定した場所から気柱が上がった辺りから徐々に進む気の塊を眺めながら魔力を練り上げ続ける。


 目の前では汗を滝のように流すスゥが意識が朦朧とするのを耐える為に唇を噛み切って意識を持たせつつ、光文字を書き進めていた。


「やっぱりスゥ、それ以上は駄目だよ! マインドエンプティで死んでしまうよ! だいたい、光文字に魔力を込めるのを何文字までやった事があるんだよ!」

「煩いの……何文字? 今日が最高記録にすればいいだけの話なの……これ以上、無駄に喋らすなバカダンテ……」


 今のやり取りと今の状態から見て、既に最高記録を樹立中のようであった。


 それを指摘しても止めるとも思わないうえに、ダンテも精霊門を形成を始めている段階でかなりの魔力と制御力を求められていた。


 ウィンディーネを呼び出す時に小型のを作った時の経験則的に一番辛いのは扉の開閉である。


 形成中だけでも意識を持って行かれそうになってるダンテには正直、スゥが受け貰ってる部分を背負えるか、正直、自信などない。


 それでも目の前で苦しんでるスゥを放置できないダンテは覚悟を決める。


「スゥ、ありがとう。そこまでしてくれたら後は僕がなんとかできるよ!」


 ダンテがそう言うと目の下にクマを作ったスゥが振り返り、拳を振り被ると棒立ちするダンテを殴る。


 スゥに殴られたダンテはびっくりもしたが、スゥの振り被った拳がこれほど弱い事にショックを受けていた。

 これが普段であれば間違いなく吹っ飛ばされて痛みから転がりまくっていただろうからである。


「スゥ、それだけ衰弱してるんだよ? もう、いいよ!」

「煩いの、何度同じセリフを言わせるの? ダンテだって今の蚊が止まるようなパンチを避ける事もできないほど一杯一杯なんでしょ?」


 黙らされるダンテに「レンさんに言われてた事は私も聞いてたのに騙せると思うのは失礼なの!」と怒られ、背を向けるスゥは再び、光文字を書き始める。


「ダンテ、貴方は私達に格好を付けたいの? それとも泥水を啜ってでも、誰かを利用してでもポロネを助けたいの? 選ぶの!」


 それでも黙り込むダンテにスゥが掠れる声で叫ぶ。


「私達は生きてる! でも、ポロネはこのままだと明日の朝日を拝む事はできないの! 言っている意味が分からないとでもいうの!?」


 スゥの言葉がキッカケにボロボロと涙を流し始めるダンテ。


「嫌なんだよ。ポロネも大事だけど、スゥやみんなが死んだら嫌だ。だから、絶対に死なないでね?」

「当然なの! 来年は新婚生活を楽しむつもりなの、死ぬわけないの。だから、ダンテ、泣くの止めるの。私は惚れた相手とその間に生まれた子供以外の涙は止める気ないの」


 スゥの慰める気なのか、折りに来てるのか分からない励ましを受けたダンテが泣き笑いを浮かべる。


「うん、分かった。ユウイチさんにお断りされて悲しんでるスゥを全力で励ますね?」

「ちょ……まあ、それぐらい強気でいるといいの……やっぱり腹が立つから終わったらタダでは済ませないの!」


 殺意を滲ませるスゥが気力が回復したみたいに光文字を書くスピードが少し上がる。


 それを後ろから眺めるダンテは口の中だけで「楽しみにしてるね」と呟くとダンテの全身全霊を用いて精霊門の形成の続きを集中し直して再開した。







 一方、ポロネまでの道を作るアリア達は出だしこそ好調であったが、尻すぼみにどんどん加速が落ちていき、今では普通に歩いたほうが早いというほど遅くなっていた。


「くそう、目茶苦茶硬くなってきた! どれくらい進んで、残り時間はどれくらいだ!?」


 レイアが額に汗を浮かばせながら後ろにいるアリアに問いかける。


「……多分、2時間を切ったぐらい。だいたい半分というところ」

「よっしゃ、最初に稼いだ時間が効いてるなっ!」


 表情を明るくするレイアが更に気を吐いて前に進み始めるが隣で同じように気の力で斬り開くヒースの表情は明るくない。


 疲れもあるだろうが、レイアと違い、アリアが嘘を言っている事に気付いてた為である。


 ヒースが気を練るフリをして歩みを遅くしてアリアと並び、小声で語りかける。


「本当のところはどれくらい? アリアの見立てで構わない」

「多分、良く見積もって3割程度しか進んでない。残り時間、1時間切ってると思う」


 アリアの言葉を聞いたヒースが舌打ちしそうになるがレイアに気付かれて意気消沈されたら、と思い留まり耐える。


 状況はかなりマズイ事になってきている。


 最初の方は割と簡単に斬り裂けていたがポロネに近寄れば近寄るだけ白い糸の強度が上がってきていた。


「アイディアは……ないよね? あったら、もっと早くに口にしてるよね」

「そういう事、今は口より手を動かす」


 アリアの言葉に首を竦めるヒースが気合いを入れ直そうとした時、聞き覚えがある声が後ろからしたので3人は思わず振り返る。


 ピンク色の髪の少女が四肢を使って駆けてくるのが目に入り、アリア達の表情に明るさが戻る。


「がうがぅがうがぅがぅぅぅ!!!」

「「「ミュウ!!!」」」


 ミュウはアリア達の呼び声に反応せずに先頭に躍り出ると幅跳び選手が飛んでるような格好で仰け反る。


 目に見える帯電がミュウを包み、ガァァ!! とミュウが吼えると帯電した炎が飛び出し、目の前の白い糸が一気に10m以上貫通して道を作る。


 それを目を剥き出しにして驚く3人を振り返るミュウが眉を寄せて言う。


「もう日の出まで1時間ない。急ぐ」

「へっ? まだ2時間……」

「ごめん、レイア、それ私の嘘」


 再び、目を剥き出しにするレイアが「やられた!!」と叫ぶのを放置してミュウが先頭を走り、それに追従するようにヒースが走る。


「済んだ事をグダグダ言わない。私達も追いかける」

「覚えてろよ、アリア!!」


 そう言うとアリアとレイアは2人を追いかけて走った。




 ミュウの登場で一気に突き進む事ができたアリア達であったが、空が白んできた事に気付く。


「ヤバい、タイムリミットが近い!」


 ヒースが残る気を剣に込めてる横で少し前からふらつきが目立ち始めたミュウが咆哮を上げようとしたら、帯電した炎ではなく血を噴き出す。


「「「ミュウ!!!」」」


 うつ伏せで倒れたミュウが震える腕を突っ撥ねて立ち上がろうとするができずに何度も顔を地面に付ける。


 駆け寄ろうとした3人の間に半透明のリューリカが姿を現すと目を剥き出しにして怒鳴り始める。


「この馬鹿イヌがっ! その力は5分だけと言ったじゃろ! そこまでになるまで使ったという事は30分以上は使ったな?」

「まだミュウはいける。後、1発でポロネに届く……」


 なんとか立ち上がったミュウであったが白目を向いてそのまま倒れてしまう。


 倒れたミュウの肩をそっと触れるリューリカは「そういう向こう水なところまで妹と似なくても良かったじゃろ?」と悲しそうに見つめた後、アリア達に顔を向ける。


「もう刻限じゃ。残る距離をお主らでは切り開けんじゃろ。すぐにミュウを担いで逃げるのじゃ」

「逃げられるかよ! ミュウがそこまで頑張ってくれたのにできませんでした、なんて言えるかよ!!」

「ん、このまま逃げ帰ったらミュウに二度と口を聞いて貰えない」

「行きますよ! 後先考えずに全力で! リューリカさんと言いましたか? ミュウをお願いします」


 止めるリューリカを無視して特攻する3人を見つめた後、ミュウを抱えるリューリカは遠いどこかを見つめ、溜息を吐き「わらわは知らん」と言い、この場を後にした。







 ポロネを救出する為にダンテ達が奮闘する山の隣にある山の山頂では雄一とホーエンが黙って見つめていた。


 ホーエンが東を見つめ、白み始めた空に嘆息しながら目の前の雄一に話しかける。


「いいのか? このままでは間に合わないぞ? 確かにダンテという小僧の代役はしてやれんがお前が溺愛する娘達の代わりは簡単だろう?」

「最悪の場合はな? でもアリアもレイアもまだ諦めてない。アイツ等が頑張れるところまで見守ってやるのが親の務めだろう?」


 雄一の穏やかな声音で理解ある父親の見本のような言動を聞くホーエンは呆れるように溜息を吐く。


「言ってる事と表情を同期してくれないか? 本音と建前が探らないでも分かり易過ぎる」


 そう言うホーエンの目の前にいる雄一はイエローライトグリーンのオーラが天に届かんばかりに伸び、下唇を噛み締め、顔を赤くする。

 握る拳には血管が浮き上がり、とても冷静な者の様子ではなかった。


 アリア達が目の前の事に視野教唆になっていなければ雄一を発見する事は容易であっただろう。


 当然、リューリカはそれに気付いて溜息を吐いた訳であった。


「そこまで我慢するなら手を出してやったらいいだろう……なんだ、あれは?」


 ホーエンが何かに気付き、アリア達がいる方向を見つめる。


 当然、雄一も気付いてそれを見つめた事により冷静になり、オーラを引っ込める。


 2人が見つめる場所から星の誕生を見るような輝かしい光が生まれた。


 それを見たホーエンが絶句する横で雄一は呟く。


「そうか、あれが『ホウライ』が求めたアリア達の力か……」

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