第302話 『断絶』のようです

 雄一に尻叩きの折檻をされて1時間は過ぎているはずだが、未だに、エグエグと泣きながら「痛いよぉ~」と泣き事を言っていた。


 ベッドにうつ伏せで寝て下半身だけ下着、パンツ一枚の姿でお尻の上には氷嚢を載せているあられもない姿を晒していた。


 時間に余裕がある状態であれば、ある程度、痛みが落ち着いてからという情状酌量の処置を取るところだが、放置できる状況ではないという雄一を始め、四大精霊獣の意見が取り入れられた事により、こんな格好で事情聴取が執り行われる事になった。


 とは言ったものの、刑が執行され、赦しを得た精霊王のこんな姿を異性である雄一達に見せる、見られるのは色んな意味で良くないという事で雄一とホーエンは精霊王の寝室から追い出される事になった。


 なので、この中で仕切り歴が長いミレーヌが主導で話を始める事になった。




「痛いよぉ、痛いよぉ……叩かれたのも痛いけど、初めて、自分以外の人にお尻を見られた……しかも、男の人」


 精霊王、アラートが雄と呼んでいた雄一を男の人と呟いた瞬間、頬を染めるのを見た女性陣は様々な反応を示した。


 同情的で仕方がないか、という反応、えっ――! マジで? と この状況に戦慄を感じる3種類であった。


 唯一、えっ――! マジで? と反応を示したアグートが呆れた顔をしながら言ってくる。


「あんなのがどこがいいか分からないけど、今まで逃げ回った結果、列を作ってる結婚希望者をまとめて誕生祭の日に嫁にするらしいから、ドサクサに紛れてウェディングドレス着てシレっと一緒にいたら嫁になれるんじゃない?」

「できる訳ありません! 見てる側でもおかしいって思います!」

「でも、どうなんだろうね? ダンガの住人の気質を考えれば、面白いからいいじゃない? と思うだけのような気がするのよね?」


 アグートの乱暴な嫁入り方法をバッサリと断ち切ろうとするポプリであるが、思い出すようにするレンが、邪魔するのは嫁の一部ぐらいでほとんどが放置しそうだ、と告げてくる。


 アクアですら、アラートがその場で「ごめんね?」と謝るだけで笑顔で歓迎しそうだと語るレンに言われたポプリは否定の言葉を用意できずに沈黙させられた。


 ダンガの気質を増長させてるのは、あの2人である事は確定事項である。


 そろそろ、あの2人と手を切り時かと悩むミレーヌとポプリであるが、そういう事を想定した手も打たれてそうだ、と溜息を吐いて諦める。


「はぁ……とりあえず話を進めましょう。ユウイチ様が出て行かれる前にした話の内容で私の質問はユウイチ様の質問とするというやり取りは見られましたね?」

「アンタに色々、聞かれるのは腹が立つけど、ご主人様の命令だから知ってる事は何でも答えるわ」


 確認したミレーヌが「ご主人様?」と首を傾げた後、レンを見つめると肩を竦めるレンが言ってくる。


「ユウイチが言った言葉、『精霊王の名を宣言した後にワビ付きでな?』というのが契約になってて、主従関係になっちゃってる訳。そういう意味じゃ私達も似たようなモノだけど、私達から歩み寄ってユウイチに許可を貰ってるから自然にしてるけど、精霊王はその辺りはまだだからしょうがないわね」


 知らぬ間に契約をしてた事に驚くミレーヌとポプリに苦笑いするレンが「ユウイチも多分、気付いてない」と言うのを聞いて2人は頭を抱える。


 雄一はこうやって墓穴を掘っていく好例であった。


「そういう意味じゃ、わらわが四大精霊獣の中では強力な契約をしてる事になるのじゃ!」


 リューリカが何故か嬉しげに言い、他の3人には羨望の眼差しで見られる辺り、精霊にとって契約を結ぶというのは加護のやり取りとは別で神聖で大事なモノのようだ。


「わらわは、『お前の本能まで染み込ませて理解させてやる。俺がお前の主人だっ!』と言われたのだから一番なのじゃ、あっははは!」


 背丈はないが胸だけが無駄にあるリューリカが胸を突き出して笑うのを見る残る精霊獣達はリューリカを囲う。


 囲われたリューリカが「こ、こら、それは女の嫉妬じゃ、醜いとは思わんのか!」と言うのを最後に後はリューリカの悲鳴だけが続く。


 囲われた中を敢えて見たいと思わないミレーヌとポプリはアラートに向き直る。


「さて、話を始めましょう」

「えっと、リューリカを放っておいていいの?」

「大丈夫です。北川家では良くある光景ですから」


 頷くミレーヌとポプリを見て、良くあるんだ、と見つめるアラートだが、本当に結婚式に混じったらリューリカ側がホームになる事にまだ気付いていない。


 コホン、と咳払いするミレーヌがやっと本来の筋の話を始める。


「まずは、今、起きている現象を放置したらどうなるのですか?」

「簡単に言うと世界が滅ぶわ」


 いきなり簡単に世界が滅ぶと言われた王族の2人であるミレーヌとポプリは絶句する。

 今までの流れで、とんでもない事が進行しているのは分かっていたが想像以上で面喰う。


「正確に言うと滅びはしないけど、精霊は大小はあるけど色んな物に働きかけているわ。その繋がりが断たれようとしている。それが断たれると死んでしまうのよ、どちらもね?」


 そういうアラートに世界の人口の9割ぐらい死滅する、と言われる。


「ちょっと待ってください。世界が滅ぶ件も気になりますが繋がりというのは白い糸のようなモノの事を言われているのですか?」

「そこまで知ってるのですか……その通りです。その糸は生命の力、貴方達、人間が言う気の一種です。なので物理、魔法による干渉がほとんどできない。本来、見えないモノのはずなのですが……」

「濁される部分が封印されてた初代精霊王の娘ポロネに繋がると?」


 ミレーヌとポプリの言葉に頷くアラートは続ける。


「精霊と人が結ばれたのは初代以降でもいました。四大精霊の中からでは今の所、初代だけですが……」


 その言葉を濁す想いを良く理解できるとばかりに頷くミレーヌに、ポプリは呆れた視線を向ける。


「それはともかく、人との間に生まれた子は精霊寄りになるか、人寄りになるか分かれます。どちらに寄る事に良い悪いがある訳ではないのですが、ポロネは父親、人寄りに生まれた事が不幸でした」


 遠くを見つめるアラートは知った当時は面白いと思ったらしいが、今から考えると、どうしてそんな風に思ったのだろうと思うらしい。


 気を取り直したアラートが続ける。


「初代精霊王の加護を受けた男の力は繋がりを断つ力、『断絶』と私達の間では言われてます。その力を強く受け継いだのが精霊としての力もあるのがポロネです」

「つまり、精霊王の娘、ポロネの力の『断絶』が原因という事で?」


 アラートに確認するミレーヌであったがアラートは首を横に振ってくる。


「一番の原因は加護を受けし男、父親にあったのです」

「それはどういう事なのですか?


 先を促すミレーヌに掌を向けて、今から説明すると告げる。


「加護を受けた男は初代精霊王を心から愛した。それは先代の私が生まれた時、2代目精霊王が健在の時から知っているので断言します。ですが、その愛が深すぎた。初代精霊王の死を受け止められなかった」


 お尻に氷嚢を載せて締まらないアラートではあったが真面目な顔をして話し続ける。


「脱線するように聞こえるかもしれませんが、精霊にとって契約を結ぶというのは尊いものです。しかし、だからといって相手がいないから誰とも結んでいない状態を続けるのはいけません。その仮初の契約を結ぶ相手が純粋な精霊であれば精霊王になり、ポロネのような存在は父親が上位者として結びます」


 溜息を吐く精霊王にリューリカの仕置きに満足したレンが振り向いてくる。


「もう言っちゃった後だから、しょうがないけど、それは普通の人に話しては良い内容じゃないわよ? そういう訳で2人ともこの話はここだけの話にしておいてね? 本来、人に話せる相手はユウイチのように加護を捧げた相手ぐらいなのだから」


 まったく横着する、とアラートを睨むレンから目を逸らす。


 お説教モードに入りそうな空気を読みとったポプリがアラートを促す。


「その父親が何が問題なんですか?」

「加護を受けし男がポロネを愛した妻と誤認するようになり問題が生まれた。精霊にとって名とはとても重要なもの、それを上位者から違う名前で認識、呼ばれたポロネは力を暴走させた。精霊王としての力と加護を受けし男の力を色濃く引き継いた、その偉大な力を……」

「それでこれほど危うい状況になってるんですか……」

「困った事にまだ前兆と言えるレベルなのよ、これが……」


 アラート達のやり取りはまだ初期段階だと伝えるレンは煙草のようなモノに火を点けて咥える。


 白衣のポケットに手を突っ込みながら猫背になるレンは、困った顔を隠さずに言ってくる。


「今のこの状況は加護を受けし男がポロネを呼んでる状況で、その歪から漏れる力で起きてるわ。これで加護を受けし男がポロネを見つけたら、最悪の事態になるわ」

「父親は生きてるのですか?」

「生きているのとは違いますが存在しています。決してこの2人を出会わせてはいけません。ポロネは私達の探査にも引っ掛かりませんが、加護を受けし男にとっても同じです。先に見つけてポロネを封印して、後100年封じられたらポロネは危険ではなくなります」


 100年後は大丈夫と断言するアラートに頷いてみせるレンの2人を見つめるミレーヌは問う。


「どうして100年と分かるのですか?」

「加護を受けし男が肉体を失ってから900年。加護を受けし男であろうとも1000年以上、肉体なしで存在してられないからです。今、取れる最良の手はポロネを早急に封印するか、加護を受けし男を同じく加護を受ける者が倒すかです。私達では撃退以上はできないのです」


 アラートからそれぞれのメリットとデメリットを聞かされて、クリアしないといけない事が多過ぎると眉を寄せるミレーヌとポプリ。


 ただ、加護を受けし男を探査する方法があるらしいので、それを追いかけて雄一達が倒してからポロネを探すのが妥当という話に落ち着いた。


 話が纏まり、立ち上がって出て以降とするミレーヌが振り返ってアラートに最後の質問をする。


「加護を受けし男とポロネが出会ってしまった場合、殺すのがベストと仰っておりましたが、それ以外、初代精霊王の娘のポロネを助ける方法はないのですか?」

「ない、と言えば嘘になるけど、できないわよ」


 何故か説明されたミレーヌは目を伏せて、「そうですか……」と呟き、顔を上げた時には為政者としての顔をしており、飲み込んだ表情を見せた。


 その様子を見ていたポプリが思い出したようにアラートに質問する。


「話は変わりますが、アクアがここに何かお願いに来てたのが双子、アリアとレイアについてと言ってましたが何の話だったのですか?」

「ごめんなさい。あの時に言った、言うのを邪魔して言わせなかったというのは本当で、何も知らないの」


 レンも気になってた事のようで前のめりになるがアラートの言葉を聞いて、「こいつ使えない」とアラートに聞こえるように呟く。


 アラートのコメカミに血管が浮き上がるが、治療中にアリアとレイアが雄一にとって可愛くてしょうがない娘だと知らされているのでレンを怒るに怒れないアラートであった。



 そして、聞くべき事を聞いたミレーヌ達は、アラートに精霊王として全力を尽くして今回の件にあたる事を言葉にさせた後、雄一にここで聞いた事を伝える為にアラートの私室を後にした。

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