第289話 幻想を打ち砕くのは特別な力入らないらしいです

 太陽が茜色になりかけた頃、野太いオッサンの声が響き渡る。


「そろそろ上がるぞっ!!」


 その声に反応するように、ウィースという返事を返すガテン系の男達の声に混じって高い声が混じる。


「終わったっ! 腹が空いて辛かったっ!」

「ミュウ、お腹ペコペコ」

「あはは、今日のご飯は美味しいだろうね?」


 笑い合うレイアとミュウとヒースの下に分別作業をしていたダンテとスゥが合流する。


「お疲れ様なの、みんな」


 と笑顔で言ってくるスゥと項垂れたダンテがやってくる。


 それを出迎えたヒースが首を傾げる。


「あれ? ダンテが元気ないけど、何かあったの?」

「あはは、実は結局、誰にも気づいて貰えなかったのが堪えたみたいなの」


 苦笑するスゥは肩を竦め、こんな状態でも仕事をこなすのが一番だったのがダンテだったと褒める事で立ち直らせようとするが芳しくなかった。


 ヒースがダンテの肩を叩き、「気にしない、気にしない」と慰めて、男同士の気安さからか少し持ち直したダンテが顔を上げる。


 それに眉を寄せるスゥが複雑な表情をする。


「なんか、ヒースに負けた感じになってるのがちょっと悔しいの」


 少し拗ね気味のスゥにレイアとミュウが言ってくる。


「そんな事どうでもいいよ。飯の準備する為に帰ろうぜ?」

「ご飯大事!」


 飯、飯と騒ぐ2人にスゥだけでなくダンテ達も苦笑する。


「まだ依頼達成の署名をして貰ってないよ」

「おお!? どうやらいいタイミングで来たようだな、がはははっ!」


 そう言ったダンテの後ろに親方がやってきていた。


 ダンテに手を差し出した親方に書類を手渡すとサッサと一筆入れるとダンテに返す。


「いやぁ~今日は助かった。いつもの倍は進んだかもな?」

「それはさすがに大袈裟ですよ」


 そう言うダンテであったが、ダンテだけでなくレイア達も嬉しそうにする。


「明日も是非来てくれ、どうだ?」


 親方はヒースの肩を掴み、レイアとミュウの顔を見つめて行く。


 熱烈歓迎されるヒース達はダンテに目を向けると笑顔で頷かれる。


「勿論だぜぇ! 明日もガンガン壊してやるよ!」

「ミュウも頑張る」

「微力ながら頑張らせて貰います」


 そう言ってくるヒース達に嬉しそうにする親方であったが少し申し訳なさそうな顔をしてダンテを見つめる。


「その、こう言った後で申し訳ないんだが……」

「ええ、分かってます。明日、僕達が参加したら分別班の仕事が無くなる恐れがありますから、僕とスゥは別の依頼を受けようと思います」


 ダンテ達が参加した分別であったが元々の身体能力がある2人が慣れ出すと凄い速度で仕事を進めていった。


 このまま明日も、となると明後日には分別班の半分はお断りしないといけない状態が見えているからであった。


「すまねぇ、本当ならさっさと仕事してくれる奴に任せたいんだが、アイツ等にも生活があるからな……」


 気の良さそうなのは見た目だけでないようで、手を合わせてダンテとスゥに謝ってくる。


 親方に気にしないでと手を振るダンテ達を見つめる親方は視線を逸らして夕日になりつつある太陽を見つめる。


「まったく、ペーシア王国の冒険者達がお前等みたいなのが多かったら街ももっと良くなるんだろうがな……」


 顔を見合わせるダンテ達は親方に質問する。


「依頼を受けない事が問題なの?」

「まあ、それもなくはないが、一番の問題は冒険者と住人との距離、いや、大きな溝が出来始めてるのが問題、というのがあってたな?」


 親方の話だと、どうやら、酒を飲んだ冒険者達がヤツ当たりをするようにして住人にあたったり、目が気に食わないなどと難癖は常套手段で、金がなくて苦しくなると「街を守ってるのは騎士ではなく俺達、冒険者達だっ!」と言って料金を踏み倒すようだ。


 たまに5の依頼を受けたかと思えば、碌に働きもせずに達成と恐喝で書かせる。


「確かに、モンスターから守られてる面もあるのだろうが、ゴブリン程度の相手なら俺達でもできるし、わざわざ、ゴブリンが街を襲う事など稀で旅をする商人ぐらいしか被害は出ないから直接、俺達には関係ないんだがな?」


 そう話してる間にもガテン系のオッサンから兄さん達がレイア達に笑顔で手を振っていく。


 手を振り返しながら、やっと合点がいったとばかりにレイアが頷く。


「道理で、昼まで他のオッチャン達がアタシ達を嫌そうに見てた訳だ」

「まあ、そういう事だ、アイツ等を悪く思わんでくれ」

「ええ、全然、気にしてません。お昼からとても良くして貰いましたから」


 午前中の真面目に働き、慣れてないのに負けそうになるほどの仕事をするレイア達に負けるかとばかりに奮闘してお互いを認め合い、意気投合すると親友のように接するのがガテン系の良い所である。


 ヒースの言葉を聞いて、展開が見えたのか気持ちの良い笑みを浮かべる親方。


「アイツ等は馬鹿だがいい奴等だ。明日も仲良くやってくれや?」

「はい、よろしくお願いします!」


 ヒース達が頭を下げるとダンテ達は親方に「お先に失礼します」と挨拶してこの場を後にした。





 これから冒険者ギルドに報告に行こうという時、振り返ったダンテが頼む。


「依頼達成報告は僕が済ませておくからレイア、ミュウ、ヒースは今日も海で食材確保してきてくれない? 僕とスゥは市場で買い物して買えるから。後、奮発してお肉も買って行く」


 お腹が減ってる3人のテンションがマックスになる。


「任せろよ! 今日こそはだっ!」

「ふっふふ、レイア、無理。今日もミュウが一番」

「ミュウ、今日は僕もいるの忘れないでね?」


 ニコニコ笑う3人が去っていくのを見送るダンテだったが、急に踵返したミュウがダンテの肩をガシッと掴んでくる。


「今日のミュウ、霜降りより赤身希望。量と歯応えが欲しい!」

「り、了解」


 ギラつくミュウに飲まれ気味のダンテが頷くのを見て安心したミュウがレイア達を追いかけて走っていく。


 それを改めて見送るダンテはぼやく。


「ミュウの肉への執念は怖いね……」

「まったくなの」


 嘆息するスゥと一緒にレイア達に背を向けるダンテ。


 思い出したようにスゥに問いかける。


「そう言えば、レイア、この後の結果が分かって言ったのかな? 取り戻すモノが増えそうって?」

「そんな訳ないの。結果が出るまで強気なレイアがそんな殊勝な事言ったりしないの」


 ダンテは「だよね~?」と苦笑いをするのを見たスゥが背中を叩いてくる。


「馬鹿言ってないでさっさと用事を終わらせて帰るの。アリア1人で留守番で寂しがってるかもしれないの」


 そう言ってダンテの背を押して冒険者ギルドを目指すダンテであったが、アリアが寂しくて泣いてる所を想像しようとするが失敗する。


「駄目だ、どうしても想像の羽根が広がらない……」


 ダンテがいくら想像しても思い浮かぶのは、玄関に出迎えたアリアが「んっ、おかえり」と、いつも通りの無表情で言う姿しか浮かばない事が面白くて口許を綻ばせた。





 冒険者ギルドで報告する時に朝に揉めた受付嬢に改めて謝罪されたダンテ達であったが、自分達もキツイ物言いだったと詫びた事で仲直りを済ませた。


 そして、約束の肉とサラダにする程度の野菜と果物、明日の朝食のパンを買うと家に戻る。


 家に戻ると玄関に出迎えたアリアが「んっ、おかえり」と言うのを見たダンテが噴き出す。

 それを見たアリアとスゥが顔を見合わせて首を傾げるがダンテは手を振って何でもないと示すとアリアに話しかける。


「あの女の人は起きた?」


 そう問うダンテの言葉にアリアは首を横に振ってみせる。


「容態はどうなの?」

「脈拍、呼吸とも正常。どう見てもただ寝てるだけ。だけど、そろそろ起きてくれないと衰弱していくかもしれない」


 食事による栄養を取らない以上、いずれはそうなるのは見えている。だが、この眠りから修道服を着る薄い水色の髪の少女が目覚めるかは分からない。

 心配だが、アリアの回復魔法や気による治療が効果がないとなると医者に連れて行っても意味はないだろう。


「うーん、見ても変わらないかもしれないだろうけど、僕もアプローチしてみるよ。2人はレイア達を呼び戻してきてくれる?」

「分かったの」


 2人を見送ったダンテは、踵を返すと薄い水色の髪の少女が寝る部屋へと向かう。


 そして、寝ている少女の顔を見つめる。


「綺麗な人だな?」


 少しの間、ぼぅと見ていたらしいダンテが我に返ると頬を両手で挟むように叩いて気合いを入れる。


 薄い水色の髪の少女の手をソッと両手で優しく握ると両目を閉じて意識を集中を始める。


 以前、アクアに教わった事で、魔力の使い過ぎで気を失う事があるように、逆に魔力を与えられる事で意識の覚醒を早める事もあると教えられた事がある。


 魔力そのものを送るような芸当ができるのは今いるメンバーではダンテのみで、試してみようという事らしい。


「精霊に魔力を分け与える加減で……」


 集中し出した直後、ダンテは凄まじい脱力感に襲われて意識が闇へと落ちた。





「ダンテ! ダンテ、起きるの!」


 アリアとスゥがレイア達に戻るように伝えて先に戻るとダンテが薄い水色の髪の少女の手を握った状態で寝ているのを発見する。


 揺すりながらダンテの名を呼ぶと身じろぎをして目を開けた。


「びっくりしたの。ダンテまで眠り続けたらどうしようと思ったの」

「あれ? いつの間に寝たんだろう?」


 首を傾げるダンテを無表情でジッと見つめるアリアがボソッと言う。


「ダンテが私達が留守にした短い時間で大人の階段を昇った」

「えっ? ええっ!!」


 驚くダンテの手の先を指差すアリア。


 それを目で追うと未だに握りぱなしであった事に気付いて慌てて離す。


 立ち上がったダンテがアリアとスゥに詰め寄ろうとするが同じだけ下がられる。


「ち、違うんだ……お願い、聞いて?」


 必死なダンテと面白いとばかりに口許をムニムニさせるスゥとドヤ顔のアリアが玄関から聞こえる声に反応する。


「ただいまぁ~あれ? みんなどこだ?」

「みんな大変なの!!」

「ダンテが大人の……」

「ぎゃぁぁぁ!!」


 ダンテがここ最近で一番の機敏な動きを見せた事は言うまでもなかった。





 騒がしい夕食を済ませて、明日の事は朝に話そうという事に落ちついて、早くに寝てしまおうという事になった。


 だが、ダンテは中途半端な寝方をしてしまったせいか、催して目を覚ましトイレに向かう途中、窓の所に人がいる事に気付いてそちらに目を向ける。


 すると、ずっと眠り続けていた薄い水色の髪の少女が月明かりに照らされながら月を眺めている。


 月明かりに照らされた薄い水色の髪の少女は幻想的でダンテの目には酷く儚く見え、触れるのは勿論、声をかけるだけでも消えてしまいそうに見えた。



 綺麗だな……



 容態を見た時、いや、初めて近寄って見た時からダンテはそう思っていた。


 そんな美しい薄い水色の髪の少女を時を忘れて見つめていたダンテの時間が戻る時がやってきた。


 薄い水色の髪の少女がダンテの存在に気付いて振り返ったからだ。


 ジッと見つめてくる瞳は濃い緑色で吸い込まれそうな錯覚がダンテを襲う。


 薄い水色の髪の少女の口が小さくパクパクと動く。


「えっ?」


 何を言ってるのかと耳を傾けるダンテに薄い水色の髪の少女は再び口を動かして声を発する。


 見た目と反して、やや子供っぽい声でダンテに言ってくる。


「お腹が空いた……」


 ダンテの幻想が打ち砕かれた瞬間であった。

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