第286話 崖の下の家の幽霊らしいです
こってり嫌味付きでギルド説明を受けて、報酬の2/5を天引きするという形で銀貨5枚の支払いをする事になった。
無理矢理払えば5枚なら払えない事もなかったが、事情が事情なので利子は取られないので天引きをダンテは決断した。
急に纏まったお金が必要になる可能性は捨てきれない訳で、手元に現金があるというのは安心に繋がる。
来た早々やらかしたレイアは落ち込んでる様子で、みんなを見渡して、実質リーダーとして行動を始めているダンテを代表に頭を下げる。
「みんな、ゴメン! アタシが考えもなしに気を使ってしまったから……」
「もういいよ。次から……」
「駄目、ダンテ。それではレイアの成長にならない」
ダンテを押し退けて現れたのはレイアの姉アリアであった。
どうやら、ダンテの姉と同じようにお姉ちゃんスイッチが入ってしまっているようでムフンと鼻息を荒くする。
アリアは床を指差してレイアを見つめる。
「正座」
「えっ? ここでか? せめて外がいいんだけど……」
嫌そうに床を見ると明らかに掃除がなされてないようで座ったら汚れそうだと思うが目の据わったアリアが指を下に向けたまま動かさない。
迫力に押されて渋々、正座をする。
説教を始めたアリアを見守るようにスゥが立ち、ミュウは鼻が辛いと言って外で待つと出て行く。
それを見つめるダンテは溜息を吐くとヒースに声をかけて依頼書が張られた掲示板に向かった。
掲示板を眺める2人は溢れ返るような数の仕事、5の冒険者用の依頼書が鈴生りに張られているのを見て、ややうんざりする。
「なんか選びたい放題な感じだね?」
「みたいだね。誰も5の冒険者の依頼を受けないから溜まる一方らしいね」
ダンガでは北川コミュニティが持ち回りで5の依頼を処理するのが義務付けられていた。
だから、溜まり過ぎる事はなく、程良く残っている状態であった。
ザガンでは良心的なコミュニティが率先してやる場所と定期的に冒険者ギルドから頼まれて受ける、そうヒースの父が運営するソードダンスがやってたりしたのでそこまで酷くはなかったようである。
ペーシア王国の冒険者達がやる気がないのもあるが、それを差し引いてもこの依頼の多さは多いな、と思わされる。
「どんな依頼を受ける?」
「まあ、効率がいいのを受けるのは間違いないんだけど、2/5が天引きされるからね……」
男2人こっそりと振り返り、いつも以上にフンヌしているアリアに怒られて涙目のレイアを見て乾いた笑いが漏れる。
「なんで、まかないが出るような仕事も視野に入れよう。来る途中に言ってたけど多分、主にミュウにはなるとは思うけど本当に狩りに行って貰う必要が出てきたね。後、住む場所の確保も急務だ。えーと、5の依頼の相場はどれくらいかな?」
ザッと2人で見渡すとヒースがドンブリ勘定で言ってくる。
「1人銅貨40~60枚が多いから50枚と考えていいんじゃないかな?」
「となると手取りは30枚ってとこだね。1カ月働くとして休みは5日と考えれば25日を……」
25×30×5=3750
そう計算して出したダンテはヒースに銀貨37枚と銅貨50枚である事を伝える。
「これって少ないのかな?」
「正直、分からない。ただ、ダンガを出る前にミラーさんに相談した時に住む場所に使うお金は稼げる3割以下にするようにって言われた。そうじゃないと苦しい生活になるし、誰か倒れた危ないって?」
3750×0.3=1125
「銀貨11枚と銅貨25枚か。3割以下ってミラーさんが言ってたから端数は切って銀貨11枚以下で住める場所があるといいんだけどね?」
「あるといいね……いきなり我儘言うならできれば海の近くがいいかな? 落ち着くんで」
少し照れた顔を見せるヒースにダンテも笑みを返す。
「いやいや、できるかどうかはさておいて、捜す指針があったほうが捜し易いし、それに海が近いなら釣りもしやすいしね?」
「まあ、場所はともかく貸家を扱ってる商人を捜さないと」
頷き合うダンテとヒースはこういう時の定番を聞いていた。
ダンテはミラーとリホウに。
ヒースは父であるノースランドに。
「「受付のお姉さんに聞きに行こう」」
見事にハモった2人はクスクスと笑いながら、まだ説教を受けるレイアの横を通り過ぎてカウンターに行くと受付嬢は慣れた感じでこの辺りの貸家を扱う商人のリストを手渡してくれる。
正直、どこがお勧めですよ、などと説明を受けれると思ってたがかなりビジネスライクな冒険者ギルドのようであった。
カウンターから離れながらダンテがヒースの顔に寄せて小声で言う。
「もしかしたら、冒険者ギルドと冒険者が仲が悪いのかも。5の依頼だと言ってもあれだけ溜まってたら近隣住民から凄いクレームがあるだろうし……」
「そうかもしれないね。となると僕達が始めに取るべき行動はここの冒険者と仲良くなるか、冒険者ギルドと円滑な関係になるかだよね?」
顔を見合わせる2人は力強く頷く。
答えなど決まっているのだから。
その言葉を口にしようかと思っているとダンテ達より1~2歳年上と思われる男の冒険者達がアリア達の方を見つめながらぼやくのが聞こえる。
「おいおい、あのブタッツをぶっ飛ばすようなヤツなのにあんな可愛らしい子に頭が上がらないって事は……やべぇぞ?」
「ああ、ヘタに関わったら運が良くて再起不能だ……」
そう言った瞬間、ダンテ達が見ている事に気付いた若い冒険者達は「ひぃぃぃ!」と情けない声を上げると外に飛び出していってしまった。
黙って見送った2人であったがヒースがサムズアップして笑顔で言ってくる。
「うん! 元々、冒険者ギルドと仲良くと言うつもりだったから! 僕にはみんながいるしね!」
「も、もう、いいんだ! 無理しないでヒース!」
密かに新しい友達ができたらいいな、とダンテにここに来るまでの馬車の旅で告白していたヒースだったのでダンテの瞳から涙が溢れる。
目尻に薄らと涙を浮かべるヒースが儚く消えてしまいそうに見えたダンテであった。
▼
アリアのお姉ちゃん説教! が一段落したところを狙い、住む場所を捜す為に店周りすると告げるとレイアは説教から解放された。
レイアに酷く感謝されたが、ここ数年でレイアにここまで感謝された覚えがないダンテはそれはもう複雑な心境だったようである。
そして、店周りを始めて4件目を出てくる。
出るとダンテは冒険者ギルドで貰った紙に4件目のところに△を書く。
それを見ていたヒースが、
「ギリギリ住める貸し家があったけど、1カ月、銀貨12枚か、ちょっと予算オーバーだね?」
「でも、本当に寝るだけの家なの。贅沢かもしれないけど、多少は余裕がないと……」
「それにさっきのおじさん何か隠してる。多分、住み難い問題があるはず」
「多分、立地的に水捌けが悪そうだから排水関係はアウトで虫が多いんじゃないかな? それでも最悪はここを選ぶしかないね」
特別、虫が苦手という訳ではないアリア達であるが、そんな場所では住みたいととても思わないアリアとスゥが顔を青くする。
「あはは、『試練の洞窟』を思い出すよね?」
「あったね? それはそうとレイアとミュウは大丈夫かな?」
ダンテに話を振られたヒースだったが、不意に2人の事を思い出した。
1件目まではついてきたのだがミュウが飽きたと煩いので夕飯の魚を釣りに行って貰った。
それに便乗するようにレイアも付いて行った訳である。
「大丈夫じゃない? レイアは短気だからボウズかもしれないけど、ミュウは本当にこういう事には天才的だから」
「そうか、僕も負けてられないな。釣りは余りしないけど素潜りは良くやったし、後は山での狩りでミュウと勝負だね!」
「私、ザガンで食べた酢を使ったタコ料理が好き」
ヒースとの話に突然入ってきたアリアがタコ料理を所望すると俄然やる気を出すヒース。
「任せて! きっとタコもいるはずだし、タコを取る仕掛けも知ってるから!」
「ん、任せた」
やる気に溢れるヒースを見て微笑ましくてスゥと顔を見合わせて笑みを浮かべるダンテ。
そんな事を話しながら5件目の貸家を扱う商人の店に着いた。
少し気疲れから元気を失い気味だったダンテ達であったが元気良く店に入ると一瞬歓迎されそうになったがダンテ達が子供だと思ってやる気を失くした店主が「何か用かい?」とおざなりに聞いてくる。
それを見て、レイアがいなくて良かった、と本気で胸を撫で下ろすダンテ達。
ダンテ達は自分が子供に見える事を認識してるので気にした様子を見せずに話しかける。
「僕達、今日、この街に着きました。しばらくお世話になる家を捜してるのですが、できるなら海から近い家で僕達6人が住めそうな家ありませんか?」
「そりゃ、いくらでもあるよ? ただ問題は予算さ?」
一応、客だと分かった商人がダンテに問う。
ダンテも4件廻って中途半端な駆け引きができるような予算ではないと分かってるのでストレートに銀貨11枚と答える。
銀貨11枚と聞いた商人は露骨に嫌な顔をするとダンテ達を追い払うように手を振る。
「ないよ、山の近くにだってね……?」
そう言った瞬間、商人が考え込むような顔するとダンテ達を見つめる。
「お前等、しばらくって言ってたけどどれくらいの期間いるつもりなんだ?」
「えっと、誕生祭に間に合うように出て行くつもりですが……それが何か?」
そう答えながらもダンテは条件次第では聞く耳を持ってくれていると期待をし始める。
それは後ろにいるアリア達も同様であった。
「港の北側にある崖を背にするようにして海の傍にあるお前等ぐらいのガキなら10人は軽い家がある。そこに誕生祭で帰るまで絶対に住む、と約束するなら銀貨5枚で貸してやろう」
「えっ? いきなり5枚ですか? あまりに破格で逆に怖くなるんですが?」
本当に怯える様子を見せるが実はハッタリである。
こういう定番の幽霊関係ならアリアとミュウの独壇場である。
まあ、聞け、とばかりに手を落ち着くように示す商人。
「1年程前からかな? その家に住むとすぐに出て行ってしまうんだ、住人が」
「えっと、幽霊が出るとか?」
ダンテがそれだったら儲けたと笑いそうになりがらも聞くが首を横に振られる。
「いや、出て行く奴等に問い質しても要領がえん。なんとなく住みたくない。言い方は違えどそう言ってくる」
「たまたま、その人だけじゃ?」
そう商人は言われると「先日、5組目の退去者が現れた」と言われて、「他に分かってる事は?」と問い質すが首を振ってくるのでダンテはアリアを前に出す。
「どう、アリア?」
「ん、この人、まだ話してない事がある」
そう言われた商人の目が一瞬泳いだのを見逃さなかったダンテが問い詰める。
「何を隠してるんですか? アリアには嘘は通じませんよ?」
「くそう、ガキにカマかけされて引っかからされるとは……まあいい」
何やら勘違いしてるようだが勘違いのままの方が良いのでそのままにして話を聞く。
「1組だけ4歳のガキが酷い魔法酔いになったそうだ。お前らぐらいのガキが住んだ事がないからどうなるか分からん」
そう商人が言うとダンテがアリアに振り返ると頷かれる。
「つまり、短期でもずっと住んだ奴がいるという実績が欲しいんですね? その様子だとだいぶ噂が拡散し始めてるようですけど?」
「ああ、その通りだ!」
悔しそうに頭を掻き毟る商人を見つめるダンテが笑みを浮かべる。
少女と見間違えるダンテが微笑みながら指を3本立てて首を傾げる。
「1月、銀貨3枚」
「くっ! 足下を見ようってか、このクソガキ」
「嫌だな? 最初に騙そうとしたのはそちらです。駄目なら他を捜します。最悪予算をちょっとオーバーするのを目を瞑れば住める場所は見つかってますし……」
流し目をするダンテを後ろから見てるスゥが商人には聞こえないように「ダンテが黒い子になってるの」と戦慄を感じてるような声音で言ってるが今は聞こえなかった事にするダンテ。
「家って住む人がいないと凄い勢いで駄目になるんですよね……ああ、海の傍だから凄そうですね?」
そう言うと立ち上がり「残念だな~」と立ち上がろうとするのに慌てた商人が口を開く前にダンテが口を開く。
「そうそう、僕達のパーティには幽霊関係もござれという面子が2人いるんですよ。もし幽霊だったらなんとかなるかもしれませんよ?」
「ほ、本当か!? なら……」
食い付いた商人をニッコリとした笑顔で見つめるダンテが今度は指を2本立てる。
「家賃、銀貨2枚。いいですよね?」
「くそったれ! ああ、分かったよ! 絶対になんとかしろよ!」
そう言うと机の引き出しをゴソゴソするとダンテに鍵を投げて寄こす。
ダンテ達は笑顔を輝かすと「任せて!」と言うと正確な場所を聞くと今月分の家賃として銀貨2枚と契約書を交換すると店を飛び出した。
メインストリートを港に向かって興奮気味に走るアリア達はダンテの背中を景気良く叩いて行く。
「グッジョブ、ダンテ」
「本当にいい仕事をしたの!」
「一瞬、ダンテじゃないのかと疑ったよ!」
咳き込みながらも褒められて照れるダンテが疲れたとばかりに大きく息を吐く。
「正直、怖くて泣きそうになった時もあるけど、上手くいって良かったよ。でも原因がまだ分からない内は喜んでばかりはいられないよ?」
アリア達も確かにそうだとは分かるが、こんな破格な条件を得たダンテを褒めたかったし騒ぎたかった。
ダンテもアリア達の気持ちも分かるし、自分もそうだったので「急ごう!」とみんなを急かして自分達の家を目指して走り出した。
▼
目的地に着いたダンテ達はこれで合ってるのかと声を失って見つめていた。
周りを見渡しても建物はこれだけだから間違いはなさそうだ。
平屋であるが北川家の食堂と台所がある建屋ぐらいの大きさに小さな庭がある。
学校の子供達が食事を取る場所だから正直かなり大きく、この家の庭というわけではないだろうが何もない場所が広く朝の戦闘訓練にも使える程広かった。
「えっと、ダンテ。合ってるかどうかは鍵を開けてみれば分かるんじゃない?」
「あ、うん、そうだね」
家の玄関に近づいて鍵を廻す。
カチリ
予想はしてたけど、思わず黙り込むダンテ達。
「ねぇ、ダンテ、さっきの商人とのやり取り、この家を見た後ならできた自信あるの?」
「無理だね」
乾いた笑みを浮かべるダンテがノブを廻して開けた瞬間、ダンテが両耳を塞いでしゃがみ込む。
それに慌てたヒースがダンテの肩を掴んで叫ぶ。
「ダンテ、大丈夫!? どうしたの?」
「ううっ、急に精霊が騒ぎだして……みんな同時に喋り出してて何言ってるか……」
しゃがむから蹲るに移行し始めるダンテの前方で、ドサッ、という音が聞こえる。
慌てて、そちらに目を向けるアリア達の視界には、人と思われる者が倒れており、黒いローブのようなモノを纏い、頭にも同じ色のベールを被っている。ベールから覗く髪が薄い水色である事が確認できた。
「あれ? 精霊達が黙り込んだ?」
両耳から手を離したダンテが立ち上がると茫然としてるアリア達と倒れてる人を交互に見つめ、ゆっくりと近づこうとするのを我に返ったヒースがダンテを庇うように剣を抜く。
「ダンテ、無警戒過ぎるよ。ダンテらしくない」
「あ、ごめん」
確かに軽率だったと思ったダンテだったが確かめない事には分からないのでヒースに頼んで近寄ってみる。
ベールから出てる顔を見る2人。
「女の人? テツさんと同じぐらいかな?」
「そうかも、この格好、ザガンの修道女の格好に似てるな」
気絶してるのか閉じた瞼から強調するように長い睫毛がはっきりと分かる。
「ヒース、多分、気絶してるから大丈夫だよ」
そう言うがヒースは警戒は必要と言い張り、ヒースが盾になる形で近寄って行く。
「ダンテ、気を付けるの」
心配してくれるスゥの言葉と見つめるアリアに頷いてみせる。
そっと近づくダンテが少女の脈を測る為に首元に指を当てる。
「うん、脈がある」
そう言うとダンテは少女をお姫様抱っこにするとアリアを呼ぶ。
「アリア、寝かす場所を確保して視てあげて!」
「分かった」
ダンテの言葉に頷くアリアは奥の部屋の扉を開けると布団はないがベッドだけあるのを発見すると振り返ってダンテを見つめる。
ダンテもアリアの意図を理解してその部屋へと運んで行った。
運んで行くダンテの後ろ姿を見つめ、眉を寄せるスゥと難しい顔をするヒースが残される。
「ヒース、ダンテが扉を開けた時、誰か居たように見えた?」
「いいえ、僕には姿も見えませんでしたが、音がした後、いや、現在進行形であの人から気配が感じられません」
ヒースの答えを聞いたスゥが「私も見てないの」と告げる。
スゥとヒースは気持ちを同じにしていた。
「これは幽霊どころの話じゃないかもしれないの」
そう言うスゥの言葉を聞きながら、診察する為に部屋から追い出されるダンテをヒースは見つめ続けた。
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