第278話 明日に出発するらしいです

 商人ギルドの閑古鳥が鳴いているカウンターの主は、まだ30分程終了には早いが仕事を終わる準備を始めていた。


 本日は残念ながら駆け込みの客がいなかった為、ずっと暇を持て余したオジサン、アレクサンダーは「さぁ~て、今日はどこに飲みに行こうかな?」と鼻歌交じりにウキウキしているが、仕事中のカウンターの女性達だけでなく、まだ待たされてる客ですらスル―してくる。


 露骨な『要らない子扱い』を受けるアレクサンダーであったが、今更、それぐらいで傷つくような繊細なハートなど持ってはいなかった。


 荷物をカバンに仕舞い、終了のベルが鳴るのを心待ちにしていると見慣れた少年少女が駆けこんでくる。


「ああっ、良かった。する事なくて仕事終わってないのに帰ってたらどうしようと思った!」

「ん? ダンテか。すまない、いくら可愛い顔をしたお前でも男とはデートをする時間を割く気はないんだ」


 割くどころか、入れたい放題の手帳の予定表を見つめ、首を横に振るアレクサンダーに嫌そうな顔をするダンテが言う。


「僕もアレクさんとどこかに行きたいなんて絶対に言いませんよ。それより、聞きたい事が……」

「だが、ミュウちゃんは別さ? あんな小さくて可愛らしかったのに今はこんな立派なレディになって、そのたわわに育つフルーツが僕には堪らない……」


 ウィンク一発、無駄にターンして決めてくるアレクサンダー。


 ミュウはアレクサンダーを相手にしてられないと鼻で息を吐くと「ダンテ、頑張れ」と言ってくる。


 ダンテをサラッと無視してミュウに色目を使い、決め顔で言ってくるアレクサンダーにヒースは引き気味になる。


 隣に居るレイアに困惑顔を見せる。


「あの息を吐くように間違った口説き文句を垂れ流す人は誰ですか?」

「アレクサンダーって商人ギルドで腕は確かなオッサンなんだけど、見た通り残念過ぎるんだ」


 ヒースは良く言えば愉快な人がいるんだ、と弱った笑いを浮かべる。


 無精ひげが目立つ顔でニヒルに笑ってみせ、ミュウの手を取る。


「ミュウちゃんの為に俺の腕は空けている。いつでも俺の腕を枕に……ぶひっ」


 そこまで言った所でスゥに盾で殴られる。


 鼻血を流すアレクサンダーは、「参ったな」と口許に笑みを浮かべ、呟くと鼻の下を擦って血を拭う。


「大丈夫、ミュウちゃんだけでなく、スゥちゃんにも片方あけ……ちょ、それは洒落になってない、うがぁ!」


 アリアにモーニングスターで殴られそうになるが直前で柄の方に切り替えて貰い、カウンターに叩きつけられる。


 顔を上げたアレクサンダーは再び鼻血を垂らし、ティッシュで鼻を噛み、鼻に詰め物をしながらも男前な顔をしてくる。


「任せてくれ、俺は平等に君達を愛してみせる。アリアちゃんは俺の胸で!」

「落ち着け、オッチャン」


 そう言ったミュウが爪を立ててアレクサンダーの顔を引っ掻いてみせる。


 痛みで後ろに飛んだアレクサンダーは地面に転がって、ギャーと叫ぶ。


 そんな流血事件が商人ギルド内で行われているが職員も客も気にした素振りも見せずに何事もないように話していた。


 ヒースはアレクサンダーにも度肝を抜かれたが、こんな騒いでるのに気にしない周りにも驚いていた。


「色々、突っ込みがいがあるけど、この人は懲りない人だね?」

「まあ、いつもの事だしね。そろそろ、アレクも落ち着く頃かな?」


 叫ぶだけ叫んだアレクサンダーは這うようにして椅子に座る。


 座るとカバンから軟膏を取り出すと怪我した場所に塗り出すと嘆息すると正面で座っていたダンテに声をかける。


「なんだよ? 俺をデートに誘いにきたんじゃないのかよ?」

「ええ、有り得ない可能性でしたよ? アレクさんをデートに誘う人が現れたら教えてください、人生を捨てるには早いって説得するんで」


 ダンテにそう言われて「ひでぇ!」と呻くアレクサンダーに「余り手間をかけないで話をさせてください」とお説教されるとシュン、と哀愁を漂わせてくる。


「で、何だ? 俺をデートに誘う以上に大事な理由は?」


 その定義だと無限にありそうだと言ってしまいそうになるが堪えるダンテ。


「実は、アレクさんに紹介して欲しい事がありまして」


 ダンテは、ペーシア王国で冒険者として自活しての件をアレクサンダーに説明する。


 へー、というアレクサンダーは「ユウイチも結構酷いやり口を選ぶ、やりたい事は分かる気がするがな?」と呟くのを聞いて、その話も聞いてみたいが飲み込むと本題に入る。


「そこで僕達をペーシア王国まで行く商隊の護衛役として紹介してくれませんか?」


 ダンテの言葉を咀嚼するように顎に手を当てるアレクサンダーが少し悪い顔をしてくる。


「なるほどな、冒険者ギルドで護衛依頼を受けれるのは種類にもよるが早くても4の冒険者だ。だが、商人ギルドが個人に依頼するのは禁止されてないし、お前達の実力を俺は知ってるから紹介してやり易い、というのを狙ってるな?」

「はい、仕事が出来て顔の広いアレクさんなら紹介してくれるアテがあるのでは、とお願いにきた訳です」


 ダンテに褒められて、ドヤ顔するアレクサンダーは「そんな事はないようであるけどな?」と口の端を上げる。


「丁度いい事に今日、一緒に飲みに行こうというやつが明日、ペーシア王国に向かうと言ってたから頼んでおこう。ただ、出発は明日の朝だからな? 集合は商人ギルドで、と伝えて置く」


 明日までに準備を整えておくように、と言うアレクサンダーを見つめるアリア達が喜ぶ。


 明日の朝となると準備の時間に限りがあるとダンテは座っていた椅子から立ち上がる。


「じゃ、すぐに準備にかからないと! アレクさん、ありがとう!」


 そう言うダンテに倣い、アリア達も礼を言うとデレデレした嬉しそうな顔を女の子に向けるがダンテとヒースが背景にされたのを直感で感じる。


 まあ、いいかと肩を竦め合うダンテとヒース。


 アリア達は急ぎ、商人ギルドを後にして、店が閉まる前に必要なモノを買う為に店が立ち並ぶストリートへと駆け足で向かった。





 多少、店の人に迷惑顔で見られたがなんとか最低限のモノを手に入れたアリア達は宿にヒースを送ると家へと帰る。


 すると、ズタボロになったテツが地面に転がり、ホーラ達と睨み合う雄一の姿があった。


 睨み合っていたがアリア達が帰った事に気付き、ヒースの姿がない事を確認すると「お帰り~」と笑顔で寄ってくる。


 倒れるテツに駆け寄るレイアが白目を剥いて気絶しているのを確認する。


「誰がテツ兄を!?」


 ホーラ達に声をかけると呆れを隠さない視線を雄一に向ける。


 レイアだけでなくアリア達の視線も受けた雄一が仰け反る。


「あのだな? こんな時間になっても帰ってこないから事件かと心配してアリア達を捜しに行こうとした俺を止めるテツが悪い、そう、お父さんは間違ってない!」

「アタシ達はいつまでも子供じゃない! 子供じゃない!」


 プルプル震えるレイアが立ち上がりと同時にテツも持ち上げるが手を滑らせてテツは額を強打する。


 それを見たダンテが痛そうと顔を顰めるがテツは未だ気を失っていた。


 感情的になってテツを落とした事に気付いてないレイアが終わりの呪文を唱える。




『アタシ達は明日の朝にペーシア王国へ向かうっ!』




 その呪文を受けた雄一は石像のように固まるとピクリともしなくなる。


 興奮した為か涙目になるレイアが家へ、自分の部屋に向かって飛び出す。


 そんなレイアを見つめるアリア達は嘆息すると固まる雄一の横を抜けて部屋へと戻って行った。


 固まる雄一に近づくホーラは、雄一の目の前で手を振ってみたり、鳩尾を叩いたりしてみるが反応らしい反応がない事を確認すると待機する女性陣に首を横に振ってみせる。


 仕方がないとばかりにホーラ達も雄一を放置して家へと戻った。


 子供達も勇者、魔王ゴッコが終わったと感じたのかホーラ達に連れて行かれるようにして眠そうに目を擦っていた。


 そして、グランドには立ち往生するように固まる雄一と白目を剥いたテツの2人が取り残されるという悲し過ぎる勇者と魔王の結末の絵が生まれた。

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