第277話 ヒース、色々知るらしいです
レイアは見違えたヒースを連れて、ダンガの市場にいるはずのスゥを捜す為に目指していた。
ミュウは城壁の上からレイアと会っているヒースに気付き、向こうからやってきたので、家に向かったアリアに冒険者ギルドに来るように伝えに行って貰っていた。
そういう訳で2人きりになった緊張したレイアはギクシャク歩くが良いか悪いかは本人次第だが、ヒースは初めてザガンの外に出てきて見るモノ全てが珍しくて、おのぼりさん丸出しで嬉しそうに周りを見ており、レイアの様子に気付いていなかった。
「凄いですね! ザガンでは見かける事がないモノが一杯あります。新鮮な生鮮食品から、多種多様の加工品、ザガンでもなかなかいないレベルの職人が手掛けた武具防具、装飾品が平然と露店で売られてる……本当に凄い!」
「その代わり、ザガンには珍しい素材が一杯あるじゃねぇ……あるじゃない?」
何故か言い直したレイアであったが、ダンガの露天市場にある物に目を奪われて聞いてなかった。
ヒースは露店の品を手にとって「これほど凄いモノがどうして露店で……」と呟き、学校の卒業生の職人が値段を告げると「安い!」と驚きを露わにする。
そんなヒースにセールスをする卒業生であったが、まだ宿が決まってないから決まってから、とやんわりと断れる辺り、シャーロットと大違いで場馴れしていた。
少し大人っぽい対応ができるようになったヒースにドギマギしてるせいか、話したい事が沢山あるのに1つもできずにいるレイアは悪態を吐きたいのを飲み込み頭を掻いていた。
だが、2人きりなチャンスを逃すのは……と思い、意を決しようとした瞬間、声をかけられる。
「あれ? レイア、ここで何してるの?」
レイアに声をかけてきたのは探し人のスゥであった。
声をかけてきたスゥを情けない顔をで見るレイアの様子に首を傾げるスゥは隣にいるヒースの存在に気付いて見つめる。
「んん? もしかしてヒース? うわぁ、僅かに面影はあるけど、男らしくなったの!」
「ありがとう」
にっこりと自然に笑うヒースに「顔だけじゃなくて対応も男前になったの」と褒められて初めて少し照れた表情を浮かべる。
サラッと褒められるスゥを羨望の眼差しで見つめるレイア。
「さっきレイアに会った時も思ったけど、スゥも綺麗になったよね?」
「まあまあ、修行したのは冒険者としてだけじゃなくて、女の子を口説く練習もしてたの?」
クスッと笑うスゥに要らぬ噂を拡散されたら困るとばかりに必死に弁明するヒースの背後にいるレイアは顔を真っ赤にさせていた。
そういう事は直接言って欲しかったと思うが、冷静な部分のレイアが直接言われてたら恥ずかしさが原因で逃げてたと自分で気付いて納得した。
拗ねたらいいのか、喜んだらいいのか悩み過ぎて目をグルグルさせているレイアに気付いたスゥは再び、クスッと笑う。
ヒースはスゥが笑った意味が分からなくて、首を傾げているとレイアを再起動させる為に答えやすい質問を投げかける。
「ヒースが来た事を知ってるのはレイアと私だけなの?」
「えっ? いや、ミュウも知ってる。ミュウには家に向かったアリアを冒険者ギルドに来るように伝言を頼んだ」
アリアの名前が出た時、ヒースが少し嬉しそうにした事に気付いてレイアは唇を尖らせる。
スゥは笑うのを堪えるのが辛いとばかりに肩を揺らして耐えるが目尻に涙が浮かぶ。
それをヒースに気付かれる前に拭うと2人に頷いてみせる。
「じゃ、後はダンテだけなの。冒険者ギルドに向かおうなの」
「ダンテに会うのも楽しみにしてたんだよね、お互いどう変わったか……」
レイアとスゥは2人がどちらが男らしくなるかで意気込んでた事を知っているので顔を見合わせると我慢できずに笑い出す。
何故笑われるのか分からないヒースは目をパチクリさせる。
「ああ~、ヒースの圧勝だよ、いや、ある意味、惨敗かもしれないけどさ?」
そうレイアが答えるとスゥが一度収まった笑いが噴き出し、お腹を抱えて笑い泣きをする。
余計に混乱の深みにハマるヒースの手を引くスゥが楽しそうに「会えば分かるの!」と引っ張り、空いてる手をレイアも持てと目で合図を送る。
レイアは掴もうとして恥ずかしさから手を握れず人差し指を握る。
顔を真っ赤にしたレイアに指だけを握られたヒースは何故か怒っていて指を捻られると勘違いしたようで「れ、レイア、ちょっと落ち着こう?」とキョドる。
そんな2人のやり取りが面白過ぎてしょうがないスゥは早くこれをみんなに伝えたいと思いを強くして冒険者ギルドにヒースを連れて向かった。
▼
冒険者ギルドにやってくると既にアリア、ミュウ、ダンテは合流して入口で待っていた。
3人を見たヒースは真っ先にアリアを見つめ、頬を染める。2年前と比べて格段に可愛さに磨きがかかっていた。
レイアにしろ、スゥにしろ、可愛さというより綺麗に偏っているがアリアは明らかに可愛いに偏っていた。
ジッと見てた事に気付いたヒースは敢えてアリアから視線をずらしてミュウを見つめて再会の挨拶をする。
「みんな、2年ぶり。約束を果たしに来たよ」
相変わらず大きく表情を動かさないアリアは、んっ、と頷くだけでミュウはヒースの肩をバンバンと叩きながら「約束果たしてない。『試練の洞窟』できてない」と言ってくる。
言われたヒースは困ったように頭を掻き、笑みで誤魔化しにかかる。
美少女ばりの柔らかい笑みを浮かべるダンテがヒースを見つめて声をかける。
「待ってたよ、ヒース」
「んっ? この子はみんなのお友達かな? 凄く可愛い子だね?」
ヒースにそう言われたダンテは笑顔のままで凍ったように固まる。
2人のやり取りを見てたアリア達は必死に笑うのを堪えるお腹を抑えて徐々に蹲るが、限界を越えて地面を叩き出す。
何故、みんながそんなに笑うか分からないが、ダンテの姿が見えない事を伝えるとレイアとミュウは涙を流して笑い、スゥは必死に腹筋と戦い続けた。
ギリギリ笑いを押さえ付ける事に成功したアリアが顔を赤くして立ち上がる。
「……ダンテなら、そこ」
震える指でヒースが可愛い子と評した相手を指し示す。
指の先を見たヒースが、えっ? と言う声を洩らした瞬間、2度目のビックウェーブが襲いかかったアリア達は撃沈した。
「う、嘘だよね?」
「ぼ、僕も、が、頑張ったんだよ?」
泣くダンテは、死地に向かう勇者を見送る美少女のように泣きながらその場に崩れるよう蹲り、それをヒースが肩を優しく掴む姿を見たアリア達に本日最大のビックウェーブの到来を感じたそうである。
拗ねたダンテが肩幅も肩も小さいのにいからせて先頭を歩いて、ダンガで安くて良い宿をヒースに紹介する為に歩いていた。勿論、学校卒業生が営業する信用出来る宿であった。
「あー、おかしい。それでダンテ、どうして宿を紹介しようとしてるんだ? 部屋なら家に沢山あるじゃねぇーか?」
「レイア、本気で言ってる?」
ブスッと不機嫌です、という感情を隠さずに半眼でまだ笑いを収められてないレイアに答える。
どうしてだ? と疑問を口にするレイアにアリアが呆れを隠さずに溜息と共に伝える。
「家にヒースを連れて行った日がヒースの命日になりかねない。だから、私は真っ先に家に向かい、確認後、家に向かう経路でヒースを張っていた」
「そうなの。ヒースにとって逆立ちしようが傷も負わせられない魔王がいるから」
この件に関してはアリアもスゥも頭が痛い。
やっと理解したレイアが嫌そうな声で「ああ、アイツか」とぼやく。
レイアがアイツかと称したあの大男は子供達に群がられて野菜の皮むきをしてたりした。
「刃物の周りで暴れるな!」
と怒ってたりする。
そんな風に言うアリア達のセリフを聞いて眉を寄せる。
「ま、魔王!?」
「まあ、魔王というのは例えなの。でも家には元女王、現女王、滅んだ王族の血筋に国を捨てた伯爵やら、沢山いるの。四大精霊獣もいるしね」
シレっと言うスゥの言葉を聞いたヒースは余りにラインナップがおかしいので騙されてると思って笑い飛ばす。
「いやいや、そこまで盛られると嘘だと僕でも分かるよ?」
「嘘じゃない」
そう言ってくるミュウを見つめるヒースに向かってる方向にある噴水の傍の銅像を指差す。
幼き少女が上空を指差す銅像があり、近くに行ったヒースが銅像の下の文字、『ドラゴンを倒した、『ノーヒットDT』がくるの!』と書かれた文字を読んだ後、銅像をジッと見つめる。
「あれぇ? この銅像、スゥに良く似てるね?」
「ヒース、下の文字を読んだんでしょ? 現実逃避は駄目だよ?」
ダンテにそう言われたヒースは眉間を揉むとセリフが書かれた文字をもう一度読む。
『光の導きの少女』 ナイファ国、第一王女、スゥ 4歳
スゥを凝視するヒースの視線から逃れるように明後日を向くスゥに確認するように聞く。
「えっと、スゥってこの国の王女様?」
「一応は……ちなみに元女王というは、私のお母様」
少し恥ずかしそうにするスゥは昔は意味が分かってなかったから、自分の銅像がある事にちょっと照れたぐらいで済んだが、文章の意味を理解に至ると知り合いにそれを見られるとやはり恥ずかしいらしい。
スゥの答えを聞いたヒースは現実に付いて行けないようで、はぁ、と気の抜けた返事をするがすぐに再起動する。
「ちょ、ちょっと待って! 四大精霊獣もいるって言ってた?」
「まあ、その辺りの事は今度ね? これから一緒にいるんだから、いつでも話せるけど、今はもっと差し迫った問題をヒースに話してヒースの考えを聞きたいからね?」
そういうダンテは皆を連れて、卒業生がする宿屋を目指した。
▼
ティファーニアが連れてきた年長の男の子、バッツが経営する宿に着くと前もって話をダンテが通してたようで、すんなり部屋を用意して貰い、荷物を部屋に置いたヒースが食堂に降りてくる。
出して貰った飲み物を飲みながらアリア達が待ってるテーブルにやってくる。
「お待たせ」
「大丈夫、先に飲ませて貰ってた」
そう言うダンテが「これがヒースの分。店のサービスだから」とレモン水が入ったコップを差し出す。
ありがとう、と感謝を伝えるヒースが喉の渇きを潤すように一口飲むと聞く体勢になる。
「で、ダンテが言ってた話って何?」
「そうだね、どこから話したらいいかな?」
そう言ったダンテは、雄一の指示でペーシア王国で活動するように言われ、冒険者ギルドで受けれる救済処置、ランク1個上の依頼を受けない、受けれないようにされるなどの制約の下、誕生祭まで自活する事を言われた事を伝える。
ダンテから説明を受けたヒースが顎を掴むようにして考えに耽る。
それを不安そうに見つめるレイアがソワソワして見守る。嫌だと言われたどうしようと不安が隠せないようだ。
「いいっ! なんか、それいいよ! とてもパーティって感じがする!」
「ほ、本当かっ!」
目をキラキラさせたヒースが喜びを前に出して声を弾ませるのにビックリしたレイアが身を乗り出すようにして聞くと嬉しそうにしたヒースが力強く頷く。
安堵したレイアが椅子に腰かけるのを見たダンテが確認するようにヒースに言う。
「多分、向こうでは苦しい生活を余儀なくされると思うけど、それでも?」
「うん、皆で頑張れはなんとかなるさ。近くの山が無理なら遠くに遠征して狩りして保存食を作ってもいいし、あ、そうそう、僕は素潜りで魚を銛で取れるよ?」
ヒースは狩りや漁もできると胸を張ると何故かミュウが対抗意識を燃やして「ミュウもできる!」と大きな胸を突き出す。
凄く好意的な反応を見つめるアリアとスゥは顔を見合わせて安堵の溜息を吐く。
「ヒースだったら、とは思ってたけど思ってた以上に前向きで少し驚いたの」
「どうやら2年経ってもヒースはボッチだったよう。きっとみんなでするという事に強い憧れがあったみたい」
アリアの言葉を拾ったヒースは打ちのめされてテーブルに突っ伏す。
そんなヒースに気付いてレイアとダンテが慰めているとバッツに声をかけられる。
「なんだ? お前等、ペーシア王国で活動するのか?」
「そうなんですよ、バッツさん。何故か、そんな事になりまして……」
レモン水のお代わりをしにきてくれたバッツが聞いてくる。
バッツは眉を寄せて虚空を見つめる。
「間が悪いな、昨日だったら知り合いがペーシア王国に行ったから相乗りを頼めたかもしれないが……」
そう言うバッツがキュエレーならあるが「そこから足を確保できないだろうしな」と言うのに反応するダンテ。
「そうですね、キュエレーじゃ頼める相手もいないし、ああ……エイビスさんに頼むのは可能な限り避けた……い……」
苦笑いして話し始めたダンテが尻窄みになっていくと目を忙しなく動かして考え込む。
ダンテが急に黙り込んで考え耽るのにビックリしたヒースが声をかけようとするがレイアに停められる。
「ダンテがああなったら、邪魔しちゃ駄目だ。何か思いついたみたいだしな」
「えっ?」
「ダンテは私達の司令塔なの、『試練の洞窟』でもそうだったでしょ?」
戦闘ならともかく、ヒースにはイマイチ分かってないが、レイア達にとって見慣れた光景であり、この時のダンテは頼りになると信じていた。
そんな信頼関係を見せられたヒースが感動したように「やっぱりパーティってこうだよね?」と呟くのをアリアに聞かれ、「やっぱりヒースはボッチ」と言われて撃沈する。
当のダンテが急に顔を上げるとテーブルに両手を叩きつけて立ち上がる。
「そうか! ミレーヌさんが言ってた事はそういう事だったのか!」
「で、ダンテ、何が分かった?」
アリアに問われたダンテは笑みを浮かべて頷く。
「うん、分かったよ。ダンガだからできるタダでペーシア王国まで馬車で行ける方法」
善は急げとばかりに動き始めるダンテを呼び止めるレイアが聞く。
「どこに行くんだよ!」
「商人ギルド、今ならギリギリ開いてるはず」
そう言うダンテに連れられるようにしてアリア達も宿を後にした。
▼
宿を飛び出した頃、北川家では……
日が暮れても帰ってこないアリア達を心配した青竜刀を手にした大男が家から出陣しようとしていた。
その進行方向に立ち塞がるように立つ集団。
集団の先頭に立つのは白髪の赤目のエルフ、テツが決死の覚悟を漲らせて相棒のツーハンデッドソードを抜いて構える。
テツの背後では家の女性陣が呆れを隠さずに大男を見つめる。
そして、野次馬する子供達が、立ち位置的にテツが勇者な為、「テツ兄! 頑張れ!」と応援されていた。
一触即発の空気に包まれる北川家のグランドでは、命懸けの勇者、魔王ごっこが開催されようとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます