幕間 恥ずかしい家族と誇れる家族
土の宝玉ミニをペーシア王国地下に設置する為にやってきたホーラ達は玉座にペーシア王国第一王子と面談していた。
「ああっ、お待ちしておりました。これでペーシア王国は危機を脱するのですね?」
喜色を見せる第一王子、ゼンガーは玉座から立ち上がると膝をついて頭を垂れる先頭にいたホーラの手を両手で優しく掴む。
「本当にありがとう。我が国の不始末だったのに何から何まで……ポプリ女王に至っては他国の出来事にまでご協力頂き……」
「お気になさらず」
「ユウ……ユウイチが言うには唆したのがいた可能性があると言ってましたので、ゼンガー王子がそこまで気にされる事ではないかもしれません」
ホーラは苦笑しながらも腰の低く、距離感が近いゼンガーに好感を感じるが、これはこれで王族として良いのだろうかと思う。
だが、自分の後方でシレっとした顔をして目を伏せるポプリをチラッと見つめ、こんな女王もいると苦笑いする。
「リホウ殿からの報告書にあった『ホウライ』の暗躍の可能性ですか……実在も怪しく、私個人としては話が大きくなって生まれた過去の予言者ぐらいの認識でしたが……」
「それはそうと、ジンガー王はどちらに? 事の顛末と土の宝玉を地下に設置する許可を頂きたいと思っているのですが?」
顔を上げたポプリがゼンガーを見つめて言うが、当のゼンガーが困った顔するのに首を傾げる。
新しい宰相と顔を見合わせるゼンガーが溜息を吐くと渋々といった様子で話し始める。
「我が国の恥になるので、普通なら病に伏せています、と誤魔化すところなのですが、ユウイチ様の関係者である貴方達なら無闇に吹聴しないでしょう」
そういうと王の間の出口に行くと振り返り、「こちらです」と声をかけてホーラ達がやってくると先導して王の私室へと向かった。
私室前に着いたゼンガーがドアノブを握った状態で若干躊躇を見せるが諦めたのかホーラ達を見つめる。
「重ねて言うのは失礼だとは思いますが他言無用でお願いしますね?」
頷くホーラ達を確認すると意を決してドアを開ける。
開けた先の奥の窓際に大きなベットがあり、そこには人形を抱えてベットの上で転がるオッサンがいた。
ジンガー王であった。
「うふふ、ハミュ、大きくなったのにパパと一緒に寝たいなんて甘えん坊さんなんだから!」
ホーラ達、3人はジンガー王との面識があり、目の前の人物がそうであると分かるが色々、認識してはいけない衝動に襲われる。
確かにジンガー王が抱える人形はハミュの面影を感じさせる。
「あの人形は父上が自作されました……」
自分の父親が裁縫できた事実を初めて知った日を思い出しながら、眉間を揉むゼンガーは肺にある息を全部吐き出すようにする。
「妹のハミュの正式な婚約が決まってから、あの調子なのです。母上が存命であればなんとかしてくれたのでしょうが……」
「未来のユウを見てる気分さ……」
「うふふ、ユウイチさんなら世界を滅ぼそうとするかもしれませんけどね」
ポプリが言う未来も一概に否定しきれないホーラもゼンガーを倣って眉間を揉む。
テツは困った顔して笑うだけで何も言ってこない。雄一の未来像という事も否定できない事もあるが、自分自身が娘を持ったら同じになるのだろうかと恐怖に感じていた為である。
そっとドアを閉じるゼンガーは苦悩に溢れる顔を向ける。
「こうなったら正式にさっさと結婚して貰って父上にトドメを入れて貰ったほうが治りが早いのでは? と重鎮達との話し合い、父上にばれないように話を進めています」
肩を竦めるゼンガーは苦笑いを浮かべる。
「こういう状態なので、父上の許可は代理で私が受け持っておりますので、どうか私の言葉で納得して頂けないでしょうか?」
「そう事情であれば致し方がありませんね?」
クスクスと笑うポプリはゼンガーに笑ってみせるが、ゼンガーは赤面する。身内の恥を晒した恥ずかしさが許容を超えたらしく、赤面を意思の力で抑えられなくなったようだ。
「そ、それでは、地下に入る許可を出しておきますので、我が国の危機をお救いください」
割符を差し出し、若干捲し立てるように言うゼンガーは頭を垂れてみせる。
それに頷くホーラ達はゼンガーから割符を受け取ると地下坑道を目指した。
▼
地下坑道に入る前に地図を受け取っていたホーラ達は迷いもせずに最奥の場所、ペーシア王国の礎の土柱がある場所にやってくる。
モンスターも現れたがホーラ達にかかれば、草を刈る程度で労苦を感じさせるようなモンスターの出現はなかった。
その土柱の傍に土の宝玉ミニを埋めるとその場が急に静謐な空間を形成する。
土の宝玉ミニから土の精霊の力が流れ始めたのだろうとアタリを付けたホーラが苦い顔をする。
「あんなだらしない精霊が、こんな穏やかな空気を生む力を発するというのは色々納得できないさ?」
「部下にさせると言ってましたし、部下の精霊さんの気質に変換されてるのでは?」
悪態を吐くホーラにポプリが可能性を示唆する。
ホーラもそれだったら納得できると頷くのを酷いな、と思いつつも話しかけるテツ。
「これでユウイチさんからの用事は済みました。キュエレーを目指して出発しましょう」
テツは、世界の視点から見れば、こちらが本命であるべきではあるが、自分達にとってのそれ以上の本命である言伝を伝える役目があった。
テツの言葉に頷いたホーラ達は、すぐにこの地下坑道から出ると休む間も惜しいとばかりに馬車を走らせて、ナイファ国首都キュエレーを目指して出発した。
▼
キュエレーに到着したテツ達は迷いもなく目的地を目指した。
店の前に立つテツは看板に書かれた『マッチョの集い亭』の文字を見つめ、郷愁に駆られる。
初めて、キュエレーに来た時にお世話になった宿。
最愛の人、ティファーニアとの出会いをした場所。
そして、無様な敗北に足を止めそうになった自分の背中を押してくれたマッチョで男なのに母性的な女性を感じさせる店主。
そんな色んな思いが溢れ、そして、再び、この場所へと導かれるようにいるテツは胸を震わせる。
テツのそんな思いを全部理解できてるとは思えないがホーラ達は決してテツを急かしたりせずに後ろで見守る。
深呼吸するテツがそっと扉に触れると開く。
澄んだ音を鳴らすドアベルを潜るようにしてテツ達が入ると店の夜の仕込中だったと思われる4年前と変わらない優しい笑みを浮かべたミランダがテツ達を出迎えた。
「お久しぶり。大きくなったわね、もう4年だものね」
入口で固まるテツ達にミランダはカウンター席を指差して「こちらにどうぞ」と笑ってみせる。
緊張した様子が隠せないテツは姉達に背を押されるようにしてカウンターへと向かい、ミランダに指定された場所に座る。
しばらく、お互い何も話さなかった。
ただ、ミランダがお湯を沸かしながら色々と準備する時間が過ぎる。
良い香りがしてくるとホーラにストレートティ、ポプリにはミルクティが置かれ、テツには真っ黒な、そうコーヒーが置かれる。
姉達が砂糖などを使うのを見ていたテツが最後に使わせて貰おうと手を伸ばすがミランダにやんわりと掻っ攫われる。
少し意地悪な悪戯っ子がするような笑みを浮かべるミランダにテツは苦笑する。
「今回も砂糖もミルクも貰えないんですね?」
小さく上品にクスクス笑うミランダはテツの言葉に何も答えない。
苦笑いするテツがコーヒーを一口飲むと口を開く。
「ある人からミランダさんに言伝を預かりました」
「あら? 誰かしら、ユウイチ?」
コップを磨くミランダは少し首を傾げるのを見つめながらテツが続ける。
「言伝は、『こっちのミランダによろしく言っておいてくれ』とトオルさんから預かりました」
テツの言葉でミランダの動きを止める。
珍しく動揺したような様子を見せるミランダが声を震わせて言ってくる。
「と、トオルと言ったの?」
「はい、後、ルナさんとミクさんにも会いました」
そう言った瞬間、ミランダの瞳から一筋の涙が流れる。
ミランダの様子に少し驚いたホーラ達であったが、テツはミランダの徹への想いの深さの一端を知るので笑みを浮かべる。
「そう、こちらのミランダ、と言ったのね? 私の未来の先にあるのね……」
流れた涙を人差し指の背で拭いながらカウンターから出て入口に向かうミランダが言ってくる。
「最高にいい男だったでしょ?」
笑みを咲かせるようにして振り返るミランダにテツも笑みを返す。
「はい! ユウイチさんの次に!」
「それは見解の相違ね?」
ミランダはドアの外側にある『OPEN』と書かれた札を『CLOSE』に変える。
再び、カウンターに戻ったミランダは自分用のコーヒーを入れるとテツを覗き込むようにして話しかける。
「じゃ、私の大切な家族の話を聞かせて?」
笑みを弾けさせるようにしたテツは頷くとミランダにザガンであった事の最初から話し始める。
関係ないと思われる話にも楽しげに頷くミランダとテツ達の話は尽きる事がないのかという程、語り合った。
そして、『マッチョの集い亭』で夜遅くまで明かりが漏れていたらしい。
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