第255話 人の可能性のようです
テツは静かに目を瞑る。
いくらルナによって押さえ付けられているとはいえ、啓太の視界はクリアな状態なのを無視して深呼吸をしながら自分の世界を構築していった。
そんな無防備な姿を晒すテツを心配したホーラが声を上げようとする。
「何してるさ、テツ……」
まだ何かを言いそうだったホーラに掌を翳して停止してきたのは、いつの間にか戻ってきた徹であった。
「静かに、今、アイツは次の段階へと行こうとしている。そのタイミングが始まった今を逃したら次はいつ来るか分からない」
「しかし、今はルナさんに意識がいっているから攻撃されてませんが、もし……」
ホーラの代わりに言いたい事を代弁したポプリだったが、徹の不敵な笑みに口を閉ざされる。
笑みを浮かべる徹がテツに視線を戻す。
「成す前に終わるなら、そこまでの男だったという事だったと諦めてやれ。男とは女から馬鹿だと言われても進まなければならない時がある。今がその時だ」
「本当に徹には何度ヒヤヒヤさせられたか分からないの!」
プンプンと怒るルナに徹を大きな笑みを浮かべて「ワリィ!」と悪びれず、あっけらかんと謝ってみせる。
なんて言えばいいか分からず徹を見つめていたホーラが気付く。
「あれ? 洞窟なのに風が吹いているさ?」
そう言うとホーラはテツがいる方向と逆の入口に続く道の方に目を向ける。
風を意識するとやはり風が流れてきている。
「ち、違う、ホーラ! 風が吹いてるんじゃない。テツ君に風が集まり出してる」
ポプリが慌てたような声に引き寄せられるように前を向くと風に掬い上げられるように踵を浮かすテツの姿を見て驚きの声を洩らさないように両手で口許を押さえる。
それを同じように見つめていたルナが感心したように呟く。
「凄いの。生活魔法の風をあそこまで昇華させてるの。もしかしたら、徹より上手く使ってる?」
「確かに使い方のレパートリーとしては上に行かれたが、アイツには負けたとは思わないな。ただ、アイツを鍛えたヤツには生活魔法の運用方法で負けたのは悔しいけど認めざる得ないな」
本当に悔しそうにする徹が、「俺が生活魔法でやろうとしてた事を先にやられた!」と肩を竦めた。
そんな徹の様子にクスクスと笑うルナにホーラが問いかける。
「テツが何をやろうとしてるか分かるさ?」
「説明するより、見た方が早い。もう始まる」
ルナの代わりに答えた徹がテツに向かって顎で示すのを見てホーラとポプリがそちらに視線を向けると踵だけでなく、完全に宙に浮いているテツの姿があった。
テツが宙に浮いているのを見て絶句する。
確かに今までも空を飛んでいるような事はしていた。だが、あれは飛んでいたのではなく、跳んでいたのだ。
しかし、今のテツは宙に浮いたままでジッとしていた。
「これってもしかして、以前にユウイチさんが……」
ポプリが何かを思い出したようだが、問おうとしたホーラの視界ではテツがふらつくようにするのが見えて聞くのをやめる。
ふらついたように見えたが実は違った。
左右を往復するように動いていた。テツは足を動かさずに。
そして、急に空中を浮いて滑るように動き出すテツに驚かされるホーラ達だったが、次の行動に更に驚かされる。
滑るように進むテツが壁に叩きつけられると思わされたが、地面から壁へと足場を変えて滑るように進むテツの姿があった。
「やっぱり間違いない。これはスネ湖に行った時に私達にユウイチさんが教えてくれた事!」
ポプリの言葉で、その事を思い出したホーラは短く声を上げる。
スネ湖で卵を守っていたラミアを撃退する為に雄一に教えられた事であった。
あの時、雄一が言うように、あの一件以降にホーラは正式に教えられたが、壁を足場にできるところまで進めたところで次のステップに移行してしまったので、できずじまいであった。
感心するようにテツを見つめるポプリが言葉を紡ぐ。
「きっとユウイチさんのようにできるようになりたいと、訓練の時間以外を利用して練習してたんでしょうね……」
それを聞くホーラは、次のステップ、次のステップと強くなる事ばかり考えて、最短コースを要領良くやってきたと思ってた自分を恥じると同時に大きな勘違いを自覚した。
ホーラは、応用が利くようなモノを選び、取捨選択をしてやってきた。雄一が教えてきた事で自分に使い勝手の良いものだけを学んできたと思っていた。
だが、テツは違う。
教えられた事を全部できるようになろうとガムシャラに頑張ってきていた。
それをホーラは時には無駄な事だと嘆息しながら横目で見ていた。
ホーラから無駄だと思える事をやってきたテツは出来る事の引き出しを増やす結果に繋がった。
徹にヒントを見せられた事でテツが何に気付いたかは分からないが、ホーラが無駄だと切り捨てた何かが今の状況を打開する力になろうとしていた。
そして、大きな勘違い……
「ところがどうさ。テツの何倍も努力もしてたアタイを置いてけぼりにするように少しずつ距離を空けられる。そして、テツの身長がアタイを抜いた時が機にその距離は一気に広がった」
そう、ホーラは雄一に言った。
しかし、そんな事はなかった。
テツもまたホーラが努力している時に同じように自分に課して生きてきた。テツがスネ湖で見せられた事を練習してた事をホーラは知らなかったのだから……
テツの身長が抜いた時に一気に開かれたように感じたのは身体的な事だけでなく、テツの中で今まで教えられた事が形になり始めたからだ。
そんな必然の結果を前に泣き言を言った自分を雄一はどう思ったのだろうと悔しさと羞恥に焼かれる。
「ホーラ、それは私も同じだから」
悔しさに下唇を噛み締めながら、手が白くなるほど握り締めた拳を優しく包むように涙目のポプリが優しく包んでくる。
どうやらポプリも同じ事を思い出していたようだ。
そんなホーラとポプリを余所にテツは空中を駆けるように走るのを見て、驚くのにも疲れたようにポプリが呟く。
「次は、私への対策にホーラ相手に見せたユウイチさんの動きですか……本当にユウイチさんの背中を追いかけていたのですね」
そういう素直なテツだったから、馬鹿と称される程にガムシャラにやってきた。だからこそ、自分のスタイルを見失う原因にもなっていた訳だが、こちらは良い方面に影響を受けた部分であった。
空中を走り回ってたテツが元の位置に戻ると今まで目を閉じていた目を開くと相棒のツーハンデッドソードを正眼に構える。
それを笑みを浮かべて見守っていた徹がルナに声をかける。
「ルナ」
「分かってるの」
呼ばれただけで徹の言いたい事を理解したルナは指を鳴らす。
鳴らされた指と同時に地面に押さえ付けられていた啓太が飛び起きる。
先程までルナに注意を向けていた啓太であったが、目の前でしたテツの動きに警戒したのかテツに視線を向ける。
テツを見つめる啓太であったが、眉間に皺が寄り出す。
すると、目の前にテツの姿があるのに、もう一人のテツが啓太の背後に現れて斬りかかってきた。
「「なっ!」」
驚くホーラとポプリの声に反応したのか背後に反応した啓太が見えない力でツーハンデッドソードを弾く。
思わず出てしまった声ではあったが、それが原因で仕留め損ねたとバツ悪そうな2人の目の前では更に不思議な現象が起きていた。
「テツ君が沢山いる!」
「幻影かと思ったら、何故か全てに気配があるさ」
ホーラとポプリと同じようにテツが沢山見えるらしい啓太が全てのテツに視線を向けるのを見て、攻撃してるのだろうと察するが全て空を切っているようであった。
「あの姿は蜃気楼だな。気配の正体は気当たりの応用。気で攻撃されてないのに攻撃をされたと勘違いさせるアレだ」
「そう言えば、貴方達はあの加護持ちの攻撃もあの子の動きも見えなかったの」
今の状況を説明する徹と今、思い出したと手を叩くルナがニッコリと笑いながら「ごめんなの?」と言いながら人差し指をホーラとポプリの額に当てていく。
当てられた途端、先程まで見えていなかった啓太の攻撃が光線のように飛ぶのが見えた。
それと同時に徹が蜃気楼と呼んだテツの姿が透けるレベルまで薄くなり、啓太が向ける視線とはまったく違う場所の空中をテツが駆けるのが見える。
テツ達を見つめるルナが、目をパチパチさせて驚くホーラとポプリに話しかける。
「どう見える? 今、私が見ている映像を2人に見て貰ってるの」
色んな事をいとも簡単にやってのける2人に凄く興味はそそられるが、今はテツの事が気になる2人はテツの動きを追った。
テツは色んな角度から襲いかかるが何やら見えない力に守られていると思っていたが、ルナの見てる視界では啓太を包むような球体の壁がある事に気付かされる。
啓太の視界を掻い潜って斬りつけたり、蹴る殴るをするテツにたたら踏まされたりしているがテツの攻撃が届かない。
だが、テツは焦る様子も見せずに、何度も斬りかかり押していく。
テツに斬りかかれると明滅する球体の壁を見てホーラは安堵の溜息を吐く。
「この勝負、テツの勝ちさ。相手はまったくテツを視認できてないけど、テツの攻撃は徐々にあの壁に影響させていってるさ」
ホーラと同じ感想だったポプリも嬉しそうにするが、同じように見つめていた徹が肩を竦めて片目を閉じてみせる。
「さて、それはどうかな?」
「どういう意味ですか?」
徹を見つめるポプリが問いかけるが徹は腕組みをしたまま何も答えない。
代わりにルナが答えてくる。
「相手がただの人であれば、あの子の勝利は動かないの。でも相手は加護持ち、あの子の不利な状況はまだ変わってないの」
そう答えるルナに何故かと問いかけようとした矢先にテツのツーハンデッドソードが啓太の球体の壁を破壊に成功する。
啓太にトドメを刺すべく斬りかかるテツに初めて視線が合致した啓太が獣のような雄叫びを上げる。
その叫びと共に全てを塗り尽くすような啓太の力が噴き出してくる。
それを確認したルナが自分中心に啓太が覆っていたような球体の壁を生み出して徹とホーラとポプリを内包する。
「な、何さ、この光は!」
啓太が放つ光とも取れる攻撃に目を細めるホーラにルナが、
「あの加護持ちが力を解き放ったの。自分を中心に無差別に攻撃を放ち……」
ルナが説明してる間に光は落ち着き、肩で荒い息をして両膝に手を置いている啓太と啓太の近くで倒れるテツの姿があった。
それ見ながら徹が呟く。
「モロにあの力を食らったな」
冷静に言葉にする徹に目を白黒させたホーラは、テツに駆け寄ろうとする。
そのホーラを追いかけようとするポプリの2人を徹が手を広げて通せんぼして止める。
「どうして止めるのですか!」
「黙って見てろ」
テツから視線を外さない徹は噛みつくように文句を言うポプリを一蹴する。
目を細める徹に気圧されたホーラとポプリは口を噤むがテツの事が心配で仕方がないのか落ち着きを失ったようにソワソワし出す。
そんな2人をルナが後ろから抱き締めてくる。
「神の加護とは人の努力で超えられるようなモノじゃないの。努力を嘲笑う力、それが加護の力」
「じゃ、きまぐれで加護を与えられた相手に蹂躙されるしかないと言いたいのさ?」
ルナの服の裾を握るホーラが悔しさとテツに何をしてあげればいいか分からないもどかしさから目尻に涙を浮かべる。
そんなホーラに優しげな笑みを浮かべるルナが話しかける。
「何故、神は凄まじい力を行使できたり、万能のような事ができるか知ってる?」
ルナが質問するが脈絡が分からなくて答えられない2人だったが、それに気にした風ではないルナが続ける。
「神の力は人の想い、願いがあって初めて力として使えるの。逆に言うとどちらもなければ神とは無力」
人が神がいなければ生きていけないのではなくて、神が人という祈ってくれる存在がなければ存在していけない、と説明するルナの話を聞く2人は、何故、今、その話をするのだろうと困惑する。
「神の加護の力も例外じゃないの。加護の力も人の想いから生み出された力。なら当然、人の想いで神の力を使えるの。ううん、神以上の力を生み出す可能性がある。私はその瞬間を何度も隣で見つめ続けてきたの」
テツをジッと見つめる徹をホーラとポプリを抱き締めながら見つめるルナ。
そんなルナの視線を追うようにして徹を見つめるホーラはその答えを求めて声をかける。
「どういう……」
声を出すホーラの視界には、「やりやがった……」と大きな笑顔を浮かべる徹が破顔させていた。
それに驚いたホーラは反射的に徹が見つめる先、テツに視線を向けると言葉を失う。
同じように驚き過ぎて口許を両手で隠すようにするポプリと優しげに見つめるルナが呟く。
「これが人の可能性なの」
倒れるテツを中心に青いオーラの旋風のような渦が巻き上がり出す。
その力にゆっくりと身を起こされるようにして空中で立たされるテツは、地面に降り立つと閉じていた目を開く。
開かれたテツの瞳はいつもより赤みを増したように輝く瞳を細め、落ちていたツーハンデッドソードがテツの手元に戻ってくる。
それを握り締めて後ろに流すようにして構える姿は防御を考えずに攻撃しか考えてないテツの考えが透けて見える。
それを楽しげな笑みで見つめる徹は声を弾ませて言葉を洩らす。
「お前が手繰り寄せた運命の力を見せてみろ」
徹の言葉が引き金になったようにテツを覆っていた青い旋風は竜巻に昇格するように力強く舞い始めた。
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