第231話 お前の剣の形はそれでいいのか? らしいです

 雄一の手招きに反応したテツが、大上段から斬り、雄一の右肩にヒットする。


 だが、斬りかかったはずのテツは、ツーハンデッドソードと雄一を交互に見つめながら目を剥き出しにすると悔しげにする。


 イエローグリーンライトのオーラに受け止められて、雄一のカンフー服にすら届いてはいなかった。


「テツ、お前という剣の形はこれでいいのか?」


 そう言う雄一は感情が浮かばない瞳で見つめるとテツはイエローグリーンライトのオーラに拮抗を破る為に押し込もうとする。


 しかし、ピクリともさせられないテツの剣、ツーハンデッドソードの刃先を素手で握り締めてくる。


「もう一度、問おう。テツ、お前という剣の形はこれでいいのか?」


 握ったツーハンデッドソードごとテツを持ち上げると放心するようにこちらを見ているホーラとポプリの間を目掛けて放り投げる。


 放り投げられたテツは、かろうじて地面に叩き付けらる前に一回転してギリギリ着地をする。


「ホーラ、ポプリ、今の間に何度、攻撃できた? 寝てるのか?」


 絶句して何も答えられない3人に雄一が一歩前に踏み出す。


 たった一歩踏み出すその行為だけでホーラ達の体から汗が一気に噴き出す。


「これは訓練じゃない。お前達に俺が課した試練だ。俺を殺す気で来い」


 ホーラ達は思う。


 殺す気だろうが、相討ちを狙おうが、雄一を傷つけられるビジョンが一切浮かばない。


 一度は黙らされた巴だったが、ホーラ達が現実の一端に触れた事で恐怖、そう雄一を恐怖して見つめるのを見て、今までの鬱憤を吐き出すように笑う。


「くっくく、じゃから普段から言っておったのじゃ。お前らは甘いと、わっちから見れば、レイアとお前達にそれほど大きな差はないのじゃ」


 雄一を直視できないホーラ達は声をかけられた事が救いのように巴を見つめる。


 そんな心情を読んだかのように口の端を上げて、キセルに火を入れて咥える。


「お前達も戦争後、ご主人に御用聞きしたホーエンには、その時に会ったはずじゃ」


 戦争後の後始末のポプリの姉達の捌きをする前にホーエンは、最初に雄一に会った方法で魔道砲の回収を始めていいかという確認をしてきた。


 その時、3人はホーエンを見ていた。


「あの者は本気を出したご主人にボコボコにされて手も足もでんかった。じゃが、ご主人がいなければ、アヤツがこの世界の最強と名乗っても良い存在じゃった。そのホーエンですら、お前達が気付く前に首を切り離すのを容易くする」


 愉快そうに紫煙を吐き出す巴を雄一が目を細めて見つめるのを見て、仰け反るようにしてバツ悪そうにするが、「後、一言で済ませるのじゃ」というと了解を受ける前に言う。


「正真正銘の最強の男を目の前にして棒立ちとは余裕じゃな。死にたいのか? ご主人は、お前達を殺す覚悟をしているのじゃ」


 ホーラ達は油が切れたロボットのようにギクシャクしながら雄一を見つめる。


 3人の見つめる雄一の視線に殺気が混じっている事に気付くと意思の力を超えて、歯が鳴り始める。


「本当に最近の巴はお喋りだな」

「ふん、いいじゃろ? 長い間、駄目だししたいのを黙らされておったのじゃ」


 自分は悪くない、とばかりに横を向いて知らん顔をしてキセルを咥える。


 いつもなら、どこか抜けたような雰囲気を醸し出し、温かい光を宿す雄一の瞳が冷たくもない、温度のない瞳でホーラ達を見つめる。


「俺の指示を振り払って行こうとするんだ。勿論、覚悟はあったな? 試練に合格できなかったら、あの異世界人に殺される前に俺の手で楽にしてやろう」


 僅かに漏れ出していただけの殺気が、はっきりと分かるレベルになると3人は背筋がピンと伸びて固まる。


 更に一歩前に出た雄一が10mは先にいる3人目掛けて拳を放つ。


 雄一の拳が空気を切り裂くように突き出されると、遅れてホーラ達は空気の塊を叩きつけられる。


 ホーラとポプリは吹き飛ばされるが、足を震わせるがテツはかろうじて、その場で耐え凌いだ。


 そんなテツを楽しげに見る巴だったが、雄一をこれ以上怒らせるのは怖かったらしく口を噤む。


「死にたくなかったら、全力で足掻いてみせろ」


 静かに呟くように言う雄一の言葉はとても響き、それが合図になり、ホーラ達も生存本能に突き動かされるように雄一に攻撃を放ち始めた。



 馬鹿の1つ覚えのように飛び出してくるテツは渾身の力を込めて、ツーハンデッドソードを横薙ぎに放ってくる。


 テツは振り切ったツーハンデッドソードに手応えがない事に気付くとツーハンデッドソードの剣先に雄一が載っている事き気付いて、上空に放り投げるように雄一を放つ。


「ホーラ姉さん、ポプリさん!!」


 テツの言葉と同時にホーラは簡易付加魔法で爆破が込められたナイフを無数に放ち、ポプリは巨大な火球を雄一に放つ。


 空中にいる無防備な雄一に2人の攻撃が同時にぶつかり大爆発が起こる。


「よし! 取ったさ!」

「当たったようですが、聞いてるでしょうか……」


 2人は当たったと判断したようだが、正直、雄一に傷を負わせているとは思ってなかった。


 爆発の中心から雄一が出てくると思って見つめていた3人であったが、煙が晴れるとそこには雄一の姿はなかった。


「ユウの姿がないさ!」


 慌てて、雄一の姿を探すなか、笑みを浮かべた巴が楽しそうにホーラ達の背後を顎をしゃくって示してくる。


 後ろを意識すると圧倒的なプレッシャーが襲ってくる。


 動けなくなってるホーラとポプリの肩を抱くようにしてくる逞しい腕はイエローグリーンライトのオーラが纏われていた。


「外れだ。当たってすらないぞ。2人には言った事あったと思ったが、歩法の認識誤差を見破る方法は目だけに頼らず、気配を読め、と?」


 王都であった冒険者ギルドが開催した大会で見せたテツの歩法の説明をダンガに帰って後、2人にはそう教えていた。


 腕を廻した状態で2人の胸倉を掴むと上空に放ち、先程、放った空気の塊を放った要領で蹴りを放つ。


 直撃を受けた2人が意識が刈り取られそうになっているのを見た雄一だったが当然のように無視して背を向ける。


 それを見たテツが、2人の名を呼んで駆け出すが雄一がそれを阻む。


「このままだと地面に叩きつけられて2人は死んでしまいます!」

「言ったはずだ。乗り越えられないのなら、俺が殺すと」


 雄一が本気だと感じたテツが全力で斬りかかるが雄一は防御もしない。


 今度はテツは手加減もなしで斬りかかったのだが、雄一のオーラに阻まれてしまう。


 再び、ツーハンデッドソードの刃先を雄一に握られたテツを雄一は見つめる。


「3度目になるが、テツ、お前という剣の形はこれでいいのか?」

「えっ? どういう意味ですか?」


 ここまで繰り返されて、やっと馬鹿にされてる訳ではないと感じたらしいテツを無視してツーハンデッドソードを持ち上げる事で宙に浮かせて手を離す。


「テツ、お前は出会った頃から成長しないな」


 雄一から放たれた言葉に打ちのめされたテツは目を見開く。そんなテツをお構いなしに雄一は廻し蹴りを放ち、吹っ飛ばすとホーラとポプリを巻き込む。


 3人纏めて地面に転がる。


 雄一がゆっくりとそちらに歩いていくと口から血を垂らすホーラと額から血を流すポプリが震える足で必死に立ち上がる。


 そんな2人を見つめる雄一は溜息を吐く。


「俺は教えたはずだと思ってたんだが、仕込む時は魔力の気配は消せ、といったよな?」


 左手を払うようにすると雄一の周りにあった無数の投げナイフと火球の群れが吹き飛ばされる。


 以前、ポプリとの再会の後、ホーラとの訓練というより、ガチ勝負という戦いの時に2人が見えなくしたナイフと火球を配置して引き分けに終わった勝負があった。


 その時に雄一に2人は駄目だしされていた。


 あっさり手の内がばれた事に顔を顰める2人に雄一は言う。


「まあ、あの意識が刈られそうになってる状態で良く仕込んだと普段の訓練なら言ってやるが、足りないな」


 舌打ちしたホーラが魔法銃を取り出して構えようとするが、それより先に雄一が手を翳す。


 すると、魔法銃は水球に包まれてしまう。


「撃ちたかったら、撃て。お前の手が破壊されて終わりだがな」


 完封されたホーラが俯くのを見た雄一は指を鳴らすとホーラの手に覆われていた水球が形が崩れて地面に吸われる。


 ポプリは雄一に手を翳すが雄一の威圧で体が動かなくなる。


 そして、剣を杖のようにして立ち上がるテツを見つめながら、雄一は嘆息する。


「お前達、3人、不合格だ」

「ま、まだ、やれますっ!」


 テツが吼えるとホーラ達もそれに力を貰ったように体を震わせながら立ち上がる。


 ホーラ達の様子を見ながら雄一はテツに話しかける。


「テツ、最初のホーラとポプリの攻撃を俺が受けなかった理由を答えろ」


 そう言われたテツが反射で「分からない」と言いかけるが慌てて、口を閉ざす。


 ここで話す内容ですら、雄一の審査対象だと気付いた為である。


 今の雄一は容赦はないが、決して答えられないような質問はしてこない。


 必死にテツは頭を捻り、助けを求めるようにホーラ達に視線を向けた瞬間、テツは雄一の方に顔を向ける。


 闘いながら雄一が言ってた言葉を思い出していた。


 雄一は、歩法の誤認の見破り方から、気配の読み方、魔力の痕跡の隠し方などの教えた事を口にしていた。


 テツが教わった事に答えがあると気付き、必死に考えを巡らせる。


「生活魔法の運用……歩法と組み合わせて使えと言われた、『蜃気楼』」

「そうだ、ホーラ達の投げナイフと火球を見えなくするのとは逆で見える事で隠す方法だ」


 雄一とテツは魔法が自由に使えない弱点を抱えていた。


 確かに雄一は水魔法は誰にも追随を許さないが、他の属性の魔法が使えない。テツに至っては何も使えない。


 そんななか、雄一は生活魔法を利用する事でできる事を模索した。


 模索された魔法の代表が風を使った足場を作る事で空を駆ける方法である。


 いくつも思索され、掛け合わせをする事で色んな魔法が生み出された。


 その中の1つが火と水で作りだす『蜃気楼』であった。


「正解だ、テツ。なら、最後のチャンスだ。これを乗り切ったら再試験してやろう」


 そう言うと雄一は手を翳す。


 雄一が何をしようとしているか気付いた巴が頬に一滴の汗を滴らせる。


「ご、ご主人、さすがにそれは無理じゃ?」


 無茶を平気にやらかす巴が若干引き気味な様子に気付いたホーラ達、雄一に対して身構える。


 翳した掌の上に生み出されたモノを見て3人は生唾を飲み込む。


 3人は何度も目にした事がある。だが、それが自分達に向けられる未来があると思ってもいなかった。


 雄一が生み出したのは魔法で作られた1体の水龍であった。


「この水龍を凌いでみせろ」


 そう言った雄一の言葉を聞いたホーラとポプリは後先考えない魔力を使えるだけ使う。


 ホーラは簡易付加魔法を投げナイフ、パチンコの鉄球に込められるだけ込め、ポプリは、生み出せるだけの火球を上空一杯に生み出す。


 テツは目を瞑り、力を溜めるようにして自身の周りに風の結界を生み出し、ゆっくりと回転させて飛び出せるように前傾姿勢になる。


「テツ、ポプリ! 全部、絞り出すさ!」


 ホーラの掛け声と共に3人から生み出される魔力の流れに方向性ができる。


 それを見つめる巴はキセルを咥えるのを止めると目を細めて、3人の様子を見つめる。


 その流れが形になったと感覚がこの場にいる面子に伝わる。


 伝わったタイミングで雄一は水龍を放つ。


 放たれた水龍にホーラとポプリが全弾発射する。


 それぐらいで消えるような生易しい水龍ではなく、慌てた様子はないが、出し切って疲労の濃い表情で腕を上げるだけで辛い両手に魔法銃を握ると水龍に照準を合わせる。

 ポプリはふらつきながらも、ホーラの背中を押すようにして凭れる。


「ラストはテツ、アンタに任せたさ!」

「失敗したら、タダじゃ済まさないからね、テツ君!」


 ポプリの全力の魔法が込められた魔法銃をホーラは迷いを見せずに放つ。


 魔法銃から放たれた火線は、あの魔道砲を彷彿させた。


 そんな威力の魔法を放ったホーラはポプリに支えられていたが、木の葉のようにポプリを巻き込んで、吹っ飛ばされる。


 放たれた火線と水龍がぶつかると一瞬の拮抗が生まれるが火線が押され始める。


 そして、火線が消えそうになった瞬間、閉じてた瞳を開いたテツが雄叫びを上げ、風で回転を付けて弾丸のようにすると飛び出す。


 突撃したテツがツーハンデッドソードで水龍を叩きつける。


 一瞬、水龍を押したがすぐに押し戻される。


「足りない! 僕の一撃では足りない!!」


 歯を食い縛り、叫ぶテツは水龍が生み出す魔力波で意識を刈り取られそうになるのを必死に堪える。


 堪えるテツをジッと見つめる雄一が水龍の後ろにいるのを視認したテツは、雄一の名を呼ぶと意識が飛び始め、目の前が真っ白になり始める。




「お前の心を折る為なら、僕は千回、斬りかかろう。その見えない壁を割らないと折れないと言うなら、幾万回、斬り裂こう。1度や2度の敗北で、僕の心を折れると思っている、お前に馬鹿野郎と幾億回、叫ぼう」




 テツは思う。


 これは自分が言ったセリフだ、と分かるがいつ言ったセリフが思い出せない。


 真っ白になった視界の中で何かを見つけた気がするとだけ分かると口から答えを求めるように呟く。


「ぼ、僕は、僕は……」


 不意に相棒のツーハンデッドソードを握る手に力が戻るとテツは魂から漏れ出しているような叫びを上げる。




「ああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!」




 瞳孔が開いた瞳で我を忘れたようにテツは水龍に剣戟を乱打していく。


 押されていたテツだったが盛り返すように拮抗状態に戻す。


 獣のように叫び、獣のように斬りつけるテツの体がブレる始める。


 ブレ始めたテツの姿が3人重なってるように見え、1度斬ると複数回斬りつける。


 だが、雄一が生み出す水龍も生易しい相手ではなく、足りないと感じたらしいテツは更に吼えると体のブレを激しくして、今度は10人に増える。


 それを見つめていた雄一の口の端が上がる。


「そうだ、テツ。それがお前の剣の形だ」


 テツを称賛するような目で見つめる雄一の目の前で水龍はテツに掻き消され、その余波でテツは吹き飛ばされる。


 地面を転がるように滑るテツに歩いて向かう雄一に巴がホーラとポプリを抱えて文句を言ってくる。


「ご主人、この馬鹿2人を本気で死なす気じゃったのか? わっちが助けなかったら本当におっちんでたのじゃ」

「きっと、巴なら俺の気持ちを汲んでくれると信じてたさ」


 巴にウィンクする動作でイエローグリーンライトのオーラを解除する。


 ブツブツと巴は文句を言うが、頬を赤くしながら、なんだかんだと満更そうでもない。


 気絶する2人を巴に任せて、雄一は荒い息を吐きながら、意識が飛んでるテツに大量の水をぶっかける。


「ブッ、ゲハッゲハ」


 それで意識が戻ったが体に力が入らないテツに雄一は伝える。


「テツ、再試験だ。試験内容は、『何故、お前は自分の命を大事にしないか』だ」

「それは……どう……いう意味……です……」


 雄一の言葉に質問しきる前にテツは気を失った。

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