9章 DTの後継者候補!

第223話 パパ悲しい、と馬鹿ばかり言ってられないようです

 バイオレンス巴事件から4日が過ぎた朝とも昼とも言えない時間の宿の女の子部屋のベッドの1つだけ、シーツで丸まって膨れ上がっているのがあった。


「あっあああ!!!」


 時折、思い出したかのように叫び、ベッドの中で身を捩る様子が見られる。


 それを見て、嘆息するスゥが呆れるようにベッドの上のダンゴムシに伝える。


「もう4日経ってるの、そろそろ、心の整理をいい加減着けるの、レイア」


 そう、ダンゴムシの正体はレイアであった。


 レイア達は、雄一の見立て通り、2日で完治していつも通りの生活に戻れた。


 3日目からは、朝の訓練にも参加しているが、レイアは一切、雄一の前には顔を出さずにランニング主体で、訓練メニューをアリア達に聞いて来て貰う事でやり過ごしている。


「だってよぉ……」

「だってよぉ、じゃない。ヒースもピンピンしてるし、レイアの事を心配してた。何より、いい加減、ユウさんに顔を見せる。ユウさん心配し過ぎて、少しやつれてた。レイア、恥ずかしいだけでしょ?」


 シーツから頭だけ出して、涙目のレイアを慈愛に満ちたアリアの笑みが向けられる。


 そして、ソッと優しくレイアの体に手を当てるアリアは包みこむような優しい声で伝える。


「ママって呼んでいいよ?」

「ぜってぇー言わねぇ!」


 慈愛の笑みで表情を固めるアリアと迷いを感じさせないレイアの視線がぶつかる。


 雄一を父親として認めたが、アリアと雄一が結婚する事には本気で反対のレイアであった。


 確かに、レイアの立場からすれば、致し方ないようにも見えるがそれはあくまでレイア側から見た場合の話に限られる。


 動かぬ笑みのまま、アリアはレイアのシーツを掴む。


「やめろぉぅ! アリア!」


 シーツから出てこないレイアの為にアリアの母としての愛の執行が始まった。きっと愛。


 そんな2人を見つめるスゥが溜息を零す。


「もういい加減にしましょうなの。やっとユウ様と巴から『試練の洞窟』へ行く許可が下りたの。ヒースと今日のお昼から慣らしも兼ねて入ろうと約束してるの」


 そう、巴との一戦でかろうじて巴の了承が取れた。その時の巴を見たホーラが渋々認めたと言ってたほど、本当にギリギリだったようだが、許可は許可であった。


 レイアは、勢いで行動した為、ヒースと戦ってしまった事を今更ながら後悔していた。


 お互い、憎しみ合っての戦いでもないし、己の主張をぶつけ合った若さの迸りだと第三者、ヒースですら良い意味でそう思える事であったが、レイアはそうでもなかった。


 胸に宿る淡い思いが、嫌われたり、避けられたらどうしよう! という思いで一杯であった為である。


「がぅ、レイア、面倒臭い」


 本当に面倒そうな顔をするミュウは、おもむろにレイアのシーツの足元に手を突っ込むと両足を掴むと勢い良く引っ張る。


 引っ張られたレイアは不意を突かれた事もあり、ベッドから引きずり出されて後頭部から床に落ちて強打する。


「ぐぉ! 頭がいてぇ! ミュウ、何しやがるんだ!!」

「レイア、暴れる。ダンテ、頭の方、持ち上げる」

「あっ、うん」


 ミュウの指示を受けたダンテが暴れるレイアの両脇に腕をなんとか廻して持ち上げる。


 それに顔を真っ赤にしたレイアが吼える。


「ダンテ、今、どこ触ったっ!」

「え? あっ、もしかして、今の胸? ごめん、背中だと思った」

「仕方ない。レイアの胸も背中も違いない。待ち合わせの時間が近い。そのまま連行」


 そんな無慈悲なセリフを言うアリアをレイアは驚愕の視線を向ける。


 やや、視線を下げると双子のはずなのに、とレイアは下唇を噛み締める。


「理不尽だぁ!!」


 レイアの魂からの叫びを響き渡らせながら、アリア達は宿を後にした。







 一方、その頃の雄一達。



 いつも通りにミラーとエイビスが選んだ依頼をする為に、街の外へと出ていた。


 溜息混じりにソリを操縦する雄一にホーラが話しかける。


「で、どうなのさ?」

「ん? ああ、レイアが俺を避けていて、凄く悲しい。俺はもっとレイアと触れ合いたい……」


 思い出し、心から溢れる言葉と共に涙をホロリと流す雄一をテツは苦笑いをし、ポプリは「可愛い」と悶える。


 ホーラは頭痛を感じるように額に手を当てながら首を横に振る。


「いや、アタイの聞き方が悪かったさ。昨日、行ったソードダンスの話を聞いてたさ」

「なんだ、そっちか……」


 たいしたことなさそう言い放つ雄一に苦笑しかできないホーラ。


 元、ザガン1と言われたコミュニティ、現在2位ではあるが、そこであった会話がレイアに避けられている事より格下に扱う雄一がおかしかった。


 そう、昨日の時点で2位に落ちて、ミラーの言葉を借りると「とうとう、堕ちた巨星になってしまいましたね」との事であった。


「多少は興味は沸くが、やり方が余りに後先考えてなく、その割に何をするかという説明はなしで協力だけはしろ、と言ってくる。一般的に考えれば、用意される報酬が報酬だから黙って従え、と言える額ではあるが……」


 確かに、その報酬だけで学校にやってくる子供達が倍になったとしても10年はそれだけの資金でなんとかなってしまう程の額ではあったが、雄一はそれ以上の資金を既に持ち合わせているし、コミュニティの運営で逆に増え続けている。


 しかも、ミレーヌ、ポプリの国の法改正でストリートチルドレンが生まれにくい状況が出来始めた事により、学校にやってくる子供達の人数は減少傾向にあった。


 生徒の全体数としては増えているが、増えている原因が、家から通ってくる普通の子供達が増えているだけで、ストリートチルドレンとしての人数は減っている。


 現状、ストリートチルドレンの7割は、テツのように両親に不幸があった場合の子達である。


「何の説明がないという割に興味があるというのは、どういう事なのですか、ユウイチさん?」


 ポプリが可愛らしく首を傾げながら雄一に問う。


 問われた雄一は首に手を当てながら唸る。


「1つだけ、開示した情報がある。『精霊の揺り籠』という洞窟らしい」

「そ、それって……」


 後ろから驚いた声をあげるテツに「ああっ」と頷いて見せる雄一。


「俺もそう思ったから多少、興味を覚えた。だが、不透明過ぎる事が多いから、全部話す気になったら呼べ、と言って帰ってきた」


 その『精霊の揺り籠』についての情報をあの2人に調べて貰っている。


「そこが本命の保障はないけど、一度は行ってみたい場所さ。なんらかの情報がありそうな感じはするよね?」


 雄一に問いかけるホーラは顎に手を添えて考え込む。


 それに頷く雄一は自分の考えを伝える。


「確かに興味そそる問題ではあるが、飛び付くような真似はしない。相手の情報の開示とあの2人からの報告を待ってから行動するつもりだ」


 ホーラ達も後ろ髪を引かれる思いだが、そこを疎かにする危なさは理解しているので黙って頷いた。


 ただ、ホーラ達3人も避けて通れない道になるという予感を拭えずに空を見上げた。





 そして、依頼を済ませて、ザガンの宿に戻ると宿にはエイビスとソードダンスの使いと名乗る男の2人が雄一を待っていた。


「代表がお話があると言っておられます。ご同行お願いします」


 使いはそう言うと頭を下げる。


 エイビスに雄一が視線を向けると手を振られる。


「私はお気になさらず、ノンビリと宿の食堂で待たせて貰いますから、そちらの用事を先に済まされてください」

「そうか、すまない。しばらく時間を貰う」


 そう言うと使いに頷いて見せる雄一は宿からソードダンスの拠点へと案内されていった。

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