第204話 船旅の醍醐味らしいです
出航した次の日の早朝、雄一は釣り糸を垂らして鼻歌を歌っていた。
両親が健在な頃、父親が釣りが好きで休みが合う時に良く海釣りに強引に連れて行かれていた。
当初は、無理矢理連れて行かれる事に腹立たしいと思った事も懐かしい。
だが、両親と死別した後は、海に近寄る事はなかった。
父親に無理矢理連れて行かれたとはいえ、楽しかった団欒の時を思い出すのが辛かった。
大物など釣ったの事など、十数回行っていながら2度しかないのに、それを自慢げに深夜の運転の眠気覚ましのように語る父の声。
釣りに行く時に決まって、出発前に母が作ったオニギリを日の出を見ながら食べた冷たくなってたがとても心が温まる食事、美味しかった。
きっと、父親は雄一を連れ出すようになってからは、釣りを楽しむ事より、雄一が驚いたり、喜ぶ姿が見たいが為、釣りをしてたように雄一は思う。
釣果がボウズだった時に市場の食堂で海鮮丼が美味しいと喜ぶ雄一を見て、父親は嬉しそうにしていた。
とはいえ、理想は自分が大物を釣って母親に調理して貰った物を自慢げに語る事である事ははっきりしていた。
釣れない時はいつも決まって、「今日は潮の流れが悪かったから、魚がいなかった」であった。
だから、たった2度の時の父親の調子の乗り方が半端ではなく、母親にお玉で殴打されるレベルではしゃいでいた。
懐かしい思い出を掘り起こしながら、雄一は、ほくそ笑む。
「父さん、今日、俺はアンタを超える!」
そう雄一は自分で調理できるので、母親が受けるはずだった称賛も独り占めの為であった。
アリア達が、大物を釣り上げた雄一を尊敬の眼差しで見つめる夢想を始める。
『パパ、大好きっ!!!』
そう言って抱き付いてくる子供達を男前な顔をして受け止める姿を想像しながら身悶える。
蕩ける顔をする雄一を母親が見れば、きっとこう言うだろう。
「ゆうちゃん、パパの似なくていい所が似ちゃって、本当に残念……」
父親の受け継いではいけない部分も受け継いでしまった残念な雄一であった。
▼
水平線に太陽が顔を出し始めた頃、雄一は焦っていた。
そう、アタリが一切こないのだ。
「おかしい、昨日、船員から情報収集をして、丁度、今日の早朝に海域では大物が入れ食いと聞いた。しかも、お勧めのエサを使ってるのに何故アタリすらこない!」
そう焦ってる内に北川家の面子は船室から出てくる。
普段から早朝訓練をしているから、目を覚ますのが早い。
出て来て早々、柔軟を始める辺り、体を少しは動かさないと気持ち悪いらしい。
だが、すぐにレイアとミュウが雄一が何をしてるか興味を持ったようで見に来る。
「ユーイ、何をしてる?」
「それはだな、つ、釣りをしてるんだが……」
「ほんとか? 何が釣れた……はぁ!? まさか1匹も釣れてないのか?」
釣った魚がどこにもない事に気付いたレイアが、使えないとばかりに蔑むように見つめ、ミュウは露骨にがっかりする。
慌てた雄一は、
「今日は、ちょっと潮の流れが悪いようだな?」
言った直後、父親と同じ事を言ってる自分にダメージを受ける雄一。
雄一達が会話してると気になったのか、他の面子も近寄ってくる。
興味深そうに釣り竿などを見る面子が欠けてるのに気付く。
「あれ? ポプリはまだ寝てるのか?」
「ああ、どうやら酔ったようさ。少し気持ち悪いと言って寝てるさ」
ホーラは呆れるように溜息を吐く。
病人に対する態度ではないと思うかもしれないが、実のところ、そうでもない。
どうやら、女王業で色々溜まってた鬱憤が一時的とはいえ解放されて昨日はえらく騒いだそうだ。
そして、調子に乗った結果が今の状況だったので、ホーラの態度もそう酷いモノでもない。
自己管理を怠ったポプリの自業自得だった。
「へぇ、釣りですか。僕は釣りをしたことなくて、以前、スネ湖に行った時にし損ねたのがちょっと心残りだったんですよ」
そう言うテツが、「予備の竿をお借りしますね?」と言うと適当にエサを付けて海に放る。
テツの適当なエサのつけ方を見て、そんなつけ方ではエサだけ持って行かれるだけだと鼻で笑う雄一。
だが、テツが釣り糸を垂らして10秒したかどうかでテツの竿がしなる。
「うわ、うわ、何か来た!」
「頑張れ、テツ兄!」
「テツも頑張れ、お魚さんも頑張れ!」
騒ぐレイアと踊るミュウだけでなくアリア達にも見守られるテツは、目を白黒させながら竿を操り引き寄せていく。
近くに来た魚をレイアがタモ網で掬い上げる。
釣り上げた魚をミュウが嬉しげに抱き抱える。
「大きい! 美味そう!」
「本当だ、50cmぐらいあるんじゃないか? テツ兄すげーよ!」
そう言うレイアがテツの首に抱き付き、称賛する。
アリア達にも褒められるテツを瞳孔の開いた目で見つめる雄一は愕然とする。
おかしい、あの立ち位置は俺だったはずだ……
テツが称賛され、次も期待されるのを涙目で見つめながら、雄一は負けるかと竿を振って遠くへと飛ばす。
雄一は思う。
こうなったら2m級のを釣らないと挽回は無理だと、雄一の男として、いや、父としての戦いが始まった。
それから2時間が経過した。
テツはあの後も順調に釣り続けて、主にレイアとミュウの好感度が急上昇させるなか、雄一にはアタリすらきていなかった。
釣り上げた魚が船員にも振る舞っても問題ない量になり、喜んだ船員が運ぶのを買って出ていた。
本気に泣きそうになっている雄一がいた、そんな時、漸く、雄一の竿にアタリがきた。
「でかいアタリがきたぞ!!」
確かに、テツなどが体験した事がないレベルのしなりを見せる雄一の竿。
しかし、このままだと確実に折れると判断した雄一は竿と糸に魔力を這わせる。絶対に逃がさない決死の覚悟の表れであった。
魚を運ぼうとしてたレイア達も目を大きく見開いて、驚く様を雄一はここ一番の良い笑顔で見つめる。
相手は相当な大物のようで、必死の抵抗をして、船を大きく揺らす。
「お前、何を釣ったんだよ!!」
余りに揺れが酷い事にレイアがキレ気味に叫ぶが、どこか楽しげであった。
だが、楽しげなのは北川家の面子のみで、船員達は雄一の釣り糸の先にチラリと見えたモノを震える指で指して声も震わせる。
「ま、まさか、アレはこの海域の主の……」
「よし、捉えたっ!」
雄一がそう叫ぶと一気に竿を引き上げる。
釣りあげられたのは、体長十数mはあろうかという巨大な蛇のような生き物が船上の真上に釣り上げられる。
「シーサーペントだぁ! 釣っちゃ駄目なヤツだぁ!!」
船員が目を剥き出しにするのを無視した雄一が巴を肩に担いで飛び上がる。
シーサーペントを空中で輪切りにしていき、落下していく肉が綺麗に並べて船上に広がり、最後にお頭が船首の所に飾られる。
ドヤ顔した雄一が胸を張って言う。
「これが本当の船盛りだっ!」
「馬鹿か! 本当に船が沈むかと思っただろうが!」
雄一に駆け寄ってきたレイアが飛び蹴りを顔に入れてくる。
これじゃない、と雄一は涙する。
「これ、食べれる?」
「美味しいんだが、食べれるようにするまでに2週間はかかるな」
ミュウが魚を取りに来たコックに聞いて、ガッカリする姿を捉えて、雄一は悔しさから唇を噛み締める。
他の北川家の面子には呆れられた顔を向けられるなか、船員達は大はしゃぎであった。
「釣り上げた時は、止めてくれ、と思ったが退治してくれた。この海域で気紛れで襲ってくるから厄介なやつだったんだ。これで安心してこの海域を抜けられる!」
船員達に囲まれて、噂にたがわぬユウイチ様や、さすが救国の英雄と持て囃されて、体をパンパンと叩かれていくが、雄一は涙が止まらない。
「こんなはずじゃなかったんだ……」
テンションが上がった船員達は早朝だというのに酒盛りの準備を始めて騒ぎ始めた。
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