第173話 同郷のようです

 村長の娘の高笑いが続くなか、洞窟は召喚陣から発せられる力に揺り動かされ、崩落が始まる。


 ここは危険だと判断したホーラが子供達に振り向き叫ぶ。


「全力で走って外に出るさっ!」


 言われた子供達が踵を返して逃げるなか、動かない者がいた。


「シホーヌ! ここは危険です。早く避難しましょう!」


 アクアは、村長の娘を下唇を噛み締めながら見つめるシホーヌを揺らす。


 それに反応らしい反応を見せないシホーヌはうわ言のように呟く。


「どうして、初めて見た時に気付かなかったのですぅ。やっぱり私は駄目な女神なのですぅ」


 正気を取り戻させようと必死にアクアと立ち止まってるシホーヌに気付いたホーラが、問答無用にシホーヌの頬を張る。


 その衝撃で我に返ったシホーヌは目を白黒させる。


「何をブツブツ言ってるさ! 早く避難する!」


 そう言うとシホーヌの右手を掴むと引っ張る。


 空いてる左手をアクアも掴むと引っ張り走り始める。


 走りながらも俯くシホーヌが呟く。


「これは始まり兆し、ついに動き出したのですぅ……」


 その言葉は2人にも届き、アクアは顔を強張らせると悲しそうに目を伏せる。だが、ホーラには何の事か分からずに眉間に皺を寄せるが、今はそれどころではないと前に向き直ると更に加速した。


 洞窟から飛び出してくるホーラ達、全員無事に外に出ているのを確認して振り返ると崩壊した洞窟から飛び出てくる大きな物体が飛行する。


 黒い鱗を纏うドラゴンがホーラ達の前へと降り立つ。


 降り立ったドラゴンは掌に乗せていた村長の娘を地面に降ろす。


 ドラゴンを間近で見て言葉を失う面子に村長の娘は蔑む笑いを浮かべる。


「どう? 私のチートは! こんなドラゴンですら操れる魔物使いとしての能力を持ってすれば、現地人の無能を蹂躙する事など簡単な話よ」

「チート? 良く分からないの。そんな事より、どうして父親である村長を殺したの!」


 憤るスゥが村長の娘に叫ぶが、ニタニタとした笑みを浮かべて理解できてないスゥ達を嗤う。


 その答えは村長の娘ではなく意外にも隣にいるシホーヌが答えた。


「あの2人は親子じゃなかったからなのですぅ。勿論、アリア達と雄一のような関係でもないのですぅ。ただの世間から目を逸らす為のブラフなのですぅ」

「良く気付いたじゃない。ついでに私の正体も分かってるという流れ?」


 分かる訳ないとばかりに鼻で笑うソバカスの少女はシホーヌを見下した目で見つめる。


「貴方は地球から来た日本人なのですぅ」


 そう言われた瞬間、ソバカスの少女の表情が固まる。


 当てられるとは思ってなかったようで絶句して後ろに後ずさる。だが、知られてたから、どうだと思ったソバカスの少女は余裕を取り戻す。


「どういうこと?」

「ユウイチが生まれたところから来たという事なのですぅ」


 アリアに投げかけられた質問に答えるシホーヌ。


 それを聞いたホーラが驚愕な表情を浮かべる。


「じゃ、あの女もユウみたいに強いのか!」

「ユウイチみたいなのはいないはずなのですぅ。いい加減、名乗りぐらいしたらどうなのですぅ!」


 ホーラの疑問に答えたシホーヌがソバカスの少女に名を問う。


 余裕の笑みを浮かべたソバカスの少女は勿体ぶるようにして口を開く。


「私の名前はジャスミン。華麗な魔物使いジャスミンよっ!」


 大袈裟に身ぶりを大きくして手を横に振るジャスミンを見て、子供達は身構える。


 だが、シホーヌは「シホーヌアイ!」と声に出してチョキした両手を眼鏡のようにしてジャスミンを見つめる。


「やっぱり嘘なのですぅ。名前は『山田 依子』なのですぅ」

「その忌々しい名で私を呼ぶなっ!」


 余裕をかなぐり捨てて肩で息をする依子、ことジャスミンは目を血走らせて叫ぶ。


「もうその名は、忌まわしい過去と共に捨ててきた。この力を使って今度は私が蹂躙する側になる! 好き勝手に生きていく……」


 瞳に狂気を宿らせるジャスミンは、心に癒えぬ傷を持つ者のようだ。


 それを見ていたレイアは気持ち悪くなり叫ぶ。


「アンタに何があったか知らねぇよっ! でもな、そんなアンタを見つめてくれるかもしれない相手がいるかもしれないのに、そんなに攻撃的に周りに接してたら誰も近寄ってこねぇ―よ!」


 そう叫んだ瞬間、レイアの膝から力が抜けるように折れるとしゃがみ込みそうになる。



  『手遅れになる前に気付いて、レイア……』



 どこかで聞いた事があるような声に体が震える。


 震える体を抱くようにすると黒いカンフー服を着る少年が笑みを浮かべて抱きしめてくる幻視を見る。


 それに目を見開くレイアの口から、「違う……」と言う言葉が漏れると同時に歯を食い縛る。


 震えるレイアに寄り添うように見つめるアリアは悲しげに顔を歪ませる。


 様子のおかしい妹達も気になるがそれよりも目の前の脅威を何とかしなくてはと思うテツは、ジャスミンを睨みつけながら声をかける。


「貴方は、その力を使って脅迫、殺戮を繰り返して、思うがままに生きると仰っている事に間違いがないと思われてるので?」

「当然でしょっ! 私だけが蹂躙される側なんて許されないっ!」


 ツーハンデッドソードを正眼に構えたテツが、更に言葉を繋げる。


「では、貴方の論理だと貴方より強い力で蹂躙されたら納得できるという事になりますが後悔はありませんか?」

「な、何を言ってるの? 貴方は……!」


 そう言ったのが引き金になったらしく、いつもなら優しげな瞳をするテツが目を細めて見つめられたジャスミンは強い畏怖を感じて後ずさる。


 ジャスミンの言葉に返事をせずに飛び出し、斬りかかるとドラゴンにより防がれる。


 それを見て余裕を取り戻したジャスミンが馬鹿にした風に言う。


「でっかい口を叩いた割にこの程度? ドラゴンに挑もう、と思うならチートの一つも……」


 そこまで言った時にジャスミンは気付く。


 テツのツーハンデッドソードを抑えるドラゴンがズリズリと後ろに押されている事に。


「どれだけ体重差があると思ってるの! アンタは何者よぉ!」

「僕は貴方と同じところから来た人に育てられた者です。貴方が同じ所から来たと思うとハラワタが煮え返る思いなので、二度と聞かないでください!」


 その声と共にツーハンデッドソードを斬り払う。斬り払った事により鱗は傷つき、たたら踏むドラゴン。


 ガチ切れしたテツが縦横無尽に動き回り、ドラゴンを切り裂いていく。


 それを若干呆れた顔をして見つめるホーラがテツを眺めながら呟く。


「あの調子ならほっといてもテツが倒しそうさ……」


 しばらく観戦モードに入るかと岩場に腰を落ち着けるホーラにシホーヌが近寄ってくる。


「ドラゴンがテツ一人でなんとかなってる今の内にホーラにして欲しい事があるのですぅ」


 先程から珍しい顔をし続けるシホーヌに少し驚きながらも頷くホーラ。


「今の内に、あの女、ジャスミンと名乗る奴の息の音を止めて欲しいのです」


 それを聞いたホーラは目を見開いて固まる。


 まさかシホーヌの言葉から、殺せ的な言葉が出てくると思っていなかった為である。

 ホーラは、シホーヌ達に殺すのは可哀そうと言われて捕縛になるんだろうな、と思っていただけに驚きが大きかった。


「ど、どうしたさ、らしくないさ?」


 動揺を隠せずに聞き返したが、シホーヌは言葉を撤回してこない。


 変わらぬ、いや、辛そうな色を見せながらもシホーヌは言葉を口にする。


「今の内に止めておかないと手遅れになってからでは遅いのですぅ」


 どうして? とホーラが鼓動を早まる胸を意識しながら問うた答えを聞いた瞬間、背中に氷を放り込まれたような感覚に襲われる。


「あの子が持つ能力は魔物使いなんかじゃないのですぅ。心理操作なのですぅ。あの子が自分の能力を勘違いしている内に仕留めないと手遅れになるのですぅ」


 そう、ジャスミンの能力は魔物だけに及ばず、使いこなすと人すら操れるという事実をシホーヌにホーラは叩きつけられた。

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