第170話 作戦開始のようです

 ダンテが考えた作戦はこうである。


 まずは宿の女将さんに微妙な作戦の変更を伝える為に、アクアに書いて貰った手紙を持ってミュウに走って貰う。


 手紙の中身はこうだ。


 空に文字が描かれたら、何も考えずにダンガを目指して逃げろ、である。


 そして、ミュウにはそのまま村に残り、村長の動向をチェック。明らかなおかしい動きをしたら、こちらに連絡。


 ミュウが移動中にレイアは洞窟の上に移動して倒木を捜して落とせる用意をして待機。ゴブリンではなく、ゴブリンキングと思われる者が出てきた時に倒木と一緒に落ちて奇襲を狙う。


 残る3人が注意を集めるように洞窟に正面から近づき、正面から挑むである。


 岩陰で潜んでいる3人の内のダンテがブツブツと呟く。


 決して緊張から壊れた訳ではない。カウントを取っているのである。


 ここからミュウの足で宿屋に着く時間を予測しているのである。少なくともミュウが宿に着き、手紙を渡して村長宅が見える場所まで移動する時間が必要である。


 ダンテ達の出番はそれからである。


 ミュウの行動パターンをどれだけダンテが読み切れるかで出だしの成功率に関わると緊張した2人、アリアとスゥが見守っていた。







 宿に到着したミュウは店の中に飛び込む。


 荷物を準備していたと思われる宿の女将はいきなり入ってきたミュウに驚いた顔を見せる。


「もう逃げるのかい?」

「違う、でもミュウ説明下手。これ、読め」


 身も蓋もない事を言うとアクアの手紙を手渡す。


 それを受け取った宿の女将は手紙に目を通す。読み進めていくと目を険しくしていき、ミュウを見つめる。


「ゴブリンキングはいたうえに、もっと危ないモノが中にあるって言うのかい!」

「みんな、そう言ってる。書いてる通り、空に文字出たらすぐに逃げろ」


 そういうと出て行こうとするミュウを止めようとする宿の女将にミュウは被り振る。


「ミュウ、やらないといけない事がある。これ以上、時間ムリ」


 宿の女将にそう言い捨てるといきなりトップスピードで村長宅へと走り出す。


 走り続けると村長宅が見えてきて、慌てて止まる。


「がぅ、違う。家、見える位置に」


 踵を返すと村長宅の玄関と勝手口が両方とも見える木々が茂る木の枝の上に陣取る。


「うん、ここでいい」







 ミュウが木の上に腰を落ちつけた頃、ダンテは呟くのを止める。


「ミュウが着いたはず、僕達も動くよ!」


 ミュウの行動パターンを読み切ったダンテが左右にいるアリアとスゥに告げる。


 ダンテの言葉と共に2人も岩陰から姿を現せる。


 盾を構えたスゥが先頭に立ち洞窟の奥に注意を払う。スゥ、アリア、ダンテという順番で洞窟を目指す。


 アリアはスゥのフォローや回復魔法をいつでも使えるように精神を集中しながら歩き、ダンテは万が一、イレギュラーや想定してなかった不測の事態にいち早く気付けるように辺りに意識を飛ばす。

 主に精霊が騒がないかという事に意識を向ける。何かある時は決まって精霊が騒ぎ始めるからである。


 そんな3人の後ろをアクアが着いていき、シホーヌは洞窟の上にいるレイアに付いていた。


 警戒しつつも洞窟の前にやってくるとゴブリン2匹が洞窟から走り出てくる。


 スゥが飛び出し、一匹を盾で叩きつけてふらつかせ、もう一匹には牽制目的で剣を振りかぶる。


 盾で叩きつけられたゴブリンにアリアが下から掬い上げるようにモーニングスターで殴りつけるとスゥとアリアから距離が離れる。


「任せてっ!」


 そう言うとダンテがウォーターボールを3つ生み出すとふらつくゴブリンに直撃させて仕留める。


 首が明後日に向いてるのを確認したアリアは残る1匹を押さえるスゥと挟みあう形で背後から後頭部を殴打して意識を刈り取り、倒れた所を背中からスゥが心臓を一突きにする。


 安堵の溜息を洩らす2人にダンテが叫ぶ。


「これから本番だよ! 気を抜かないでっ!」


 辺りに意識を飛ばしながらも足を止めずにいろんな角度から警戒をする。


 ダンテは、雄一に訓練で言われていた事を思い出す。




「ダンテ、お前は魔法使いで完全に遠距離だ。だから、距離を詰めて戦うのは愚の骨頂だ。分かるな?」

「はい、詰め寄られたら僕はどうする事もできません」


 変に強がらずに素直に自分の弱点を認識できる教え子に満足するように雄一は頷いてみせる。


「だが、お前の役割は遠距離からの固定砲台が仕事じゃない。常に前線で戦う仲間の一定の半径を移動して色んな角度から情報を集め、目の前の事に必死になってる奴らの目の代わりになってやらないといけない」


 つまり、お前が司令塔だ、と言う雄一を驚いた顔でダンテは見つめる。


 言われたダンテは慌てて、両手を振って無理だと意思表示をする。


「驕らないところは良い所だが、お前は自分に自信がなさ過ぎる。普段はそれでもいい。だが、戦いに置いて、お前はレイア達と見比べて何も見劣りはしない。いや、むしろ、お前が一番みんなを活かせる。戦う事になると視野狭窄になりやすい4人と違い、お前は冷静だ。もっと自分を信じてやれ」


 雄一はダンテの胸を拳で叩くようにして口の端を上げる。


「怯えるな。お前が思うほど、お前は弱くない。みんなを良く理解してるお前が十全の力を引き出してやれ。俺はお前のそんな強さを信じてるぞ?」




 雄一にそう言われて胸を熱くしたあの時の自分を思い出し、できないかもしれないと思ってしまう自分を叱咤する。


「僕はできる。ユウイチさんがそう言ったっ!」


 洞窟から出てこようとするゴブリンキングの姿を捕えて、2人に警戒を促す。


 出てくるゴブリンキングで出口付近になった時、アリアは洞窟の上にいるレイアを見つめる。

 たったそれだけで、レイアは自分の背丈の倍はある倒木を持ち上げると入口に目掛けて投げる。

 そして、迷いも感じさせないレイアは倒木を目指して飛び降りる。


 洞窟から出てきたタイミングばっちりでゴブリンキングの後頭部に倒木がヒットし、膝を着くゴブリンキングに追撃だとばかりにレイアは、廻し蹴りをぶつけてゴブリンキングを吹き飛ばす。


「スゥ、ゴブリンキングの動きを抑えて!」


 ダンテの指示と同時に盾を構えたスゥが飛び出す。


 盾をゴブリンキングに叩きつけるようにぶつけるが、持ち直したゴブリンキングが盾を乱打する。


 その後ろに駆け寄るアリアが叫ぶ。


「スゥ、目を瞑って!」


 アリアの言葉を聞いたスゥは迷いもなく、盾に身を隠すと両目を閉じる。


 走りながら何かを唱えていたアリアの掌に小さな光の玉が生まれる。それをスゥとゴブリンキングの間に放つと言葉と共に指を打ち鳴らす。


「フラッシュ」


 アリアも目を閉じながらも叫ぶ。


「レイアっ!」

「あいよ!」


 視界を奪われて顔を押さえるゴブリンキングの頭を掴むと引き寄せるように顔に膝蹴りを入れる。


 鼻から血を噴き出せながら怒りに染まった目でレイア達を睨んで叫ぶ。


「出だしは想定通り、ここからが本番だっ!」


 ダンテはそう言うとみんなに指示を飛ばし始めた。







 ダンテ達がゴブリンキングとの戦いが始まった頃、村長宅で動きがあった。


 村長と大男が飛び出してきたのである。走る先は洞窟方面である。


 それを見たミュウは今がその時とダンテ達がいる方向に振り返ると息を吸い始める。

 吸った息を溜めるようにして目を瞑ったミュウが目を開いた瞬間、大気を震わせるような遠吠えを放つ。



      『ウォン!!!』



 本来は魔を払う為の遠吠えであるが、ミュウはそこまで使いこなせていなく、目の前にいる相手を怯ませる事ぐらいしかできない。だが、声に指向性を持たせて飛ばしたい方向だけに音を届かせられる。


 そう、ダンテ達に届くように意識された遠吠えであった。


 遠吠えを終えると木から飛び降り、村長より先に着くべくショートカットする森の中を駆ける。

 普通なら速度が落ちるところであるが、ミュウにかかれば、普通の平地を走るのと変わらない。

 鈍足の2人が遠回りをしている以上、楽勝でみんなの下へと辿りつけるであろう。


 そう余裕があるミュウだから本当ならもっと冷静に状況を見てから動くべきであった。

 だから、走り去るミュウの背後では勝手口が静かに開いた事に気付く事はなかった。







 戦闘中であるダンテは、ミュウの遠吠えに気付く。


「スゥ、合図が来た」

「分かってるの! レイア、アリア、お願い」


 押さえる役をスイッチする3人はスゥが背後に飛び、2人が牽制をかけながら一方に集中しないように意識を拡散させる。


 それを援護するように時折、ダンテもウォーターボールを放つ。


 後ろに下がったスゥは剣を地面に突き刺すと指を翳して文字を上空に書き始める。


 それを横目で見ていたダンテは遠い目をするようにスゥを見つめる。


 確かに書きやすい文字だし、字のバランスも取り易く大きく書きやすい……でも、とダンテは思う。


「スゥ、もう開き直ったんだね……」


 一時はその意味を知った時、羞恥に悶えたスゥであるが、それを再び眺めて、女の子は気持ちの切り替えが早いと嘆息する。



   『DT』



 その文字を眺めるダンテにも先程の呟きを無視してスゥがゴブリンキングの前に飛び出し、レイアとアリアとスイッチする。


 ここにいない雄一にダンテは呟く。


「ユウイチさん、僕は少なくともスゥ達より肝っ玉は大きくはありません。あれに指示するとかやっぱりハードルが高い気がしますよ」


 そう泣き事を呟きながらも、前線の状況を見ながら牽制目的のウォーターボールを放ち続けた。

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